| こどもの浅知恵 4〜繰り返すのは罪と罰 |
「い〜〜た〜〜い〜〜〜〜」 「…………………」 「ぎ〜ぼ〜ぢ〜わ〜る〜い゛〜〜〜〜」 「…………………」 「……あーたーまーがーわーれーる〜〜〜〜………」 うーんうーん、と呻きらしき声をバックミュージックにしながら、男は手にしたタオルをぎゅっと搾る。仕上げにぱんぱんと叩いて水気がなくなったのを確認すると、心持ち小さめにたたみ直す。 そう、子供の額に乗っかるくらいの大きさに。 「ん〜〜〜〜〜〜〜」 唸りにも呻きにも取れる声を鼻の奥、喉の奥から漏らす子供。その子供の金色の髪を掻き分け、秀でた額にそっとタオルを乗せた男は、 「そりゃ、ま」 自業自得だろ、と心の中でしっかりツッコミを入れておいた。すると、 「……それくらい、わかってますよ」 ぽつ、と下方から反論が上がる。 弱々しいながらも、しっかりとした…酔いなど微塵も感じさせない口調の、いかにもしっかり者の少年の声で。男が視線を落としてみれば、子供は男から視線を外すようにしてぽつぽつと言葉を続ける。 「だって、おじさんにも止められたんですから」 「……………………」 「キルシュが強いから別のにしとけ、って」 「……………………」 「いつも買ってるベリーベリーストロングーはどうだ、って」 「……………………」 と、良識ある大人からの注意を受けた上で押し切ったことを明かす子供の王さま。 自らの意思で退けたのだとはっきり口にする。 けれど、それを聞いたこの場の大人―――良識とは乖離しているようで、意外に蜜月―――は、何も言わない。 「確かに、僕はめったに口にしないんですから、それでもよかったんですけど………」 「そりゃそうだ。オレの胃袋の中に収まってんだしなあ」 うんうんと二つばかり頷くと、男はまだ不貞腐れるようにしてそっぽを向き続ける小さな王さまの枕元にそっと腰を落とした。身の丈から考えれば軽いとはいえ、敷布は男の重みを受け止めた反動で揺れる。子供からしてみれば、割れるかのように痛む頭が傾ぐのは歓迎できることではない。けれど、近くにやってきた温度は、床について下方に傾く気持ちをどことなく引き上げていく。 本来なら血肉を持つはずのない、霊的存在(サーヴァント)であろうとも。 「まあ、餓鬼にゃこれが相応だ」 「ガキ…って……………」 そりゃあボクは子供ですけど……!! 容赦ない大人の一言に、思わずといった風に反論がついてでる金髪子供。 けれど、 「―――……………………………」 「甘いだろ」 少年の口唇にあたたかいものが触れる。そして、容易く侵入するのは甘露。 自分の口腔に流れ込む甘みと、自分の口唇から離れていく甘み。 口の中に放り込まれたサクランボ味のキャンディーと、口唇をこじ開けた男の―――指。 「……………」 「それ食ったら少し寝とけ」 男の明朗な声とともに、再び少年の横たわる寝台がかすかに揺れる。沈んだスプリングが力を取り戻すかのようにして軽く跳ねたのだ。 けれど、そんなことは今の少年にとって大した問題ではなかった。 「…………………………」 「また後で水持ってきてやるから」 空気が動く。 傍らにあったはずの温みは、少年から離れようとしているのに。 実際、扉の軋む音を微かに響かせて、男は足音一つ立てずにその場を去った。 なのに―――どうだろう。少年を襲う、どうしようもないほどの温度は。 どうしようもないほどの、わけのわからない熱さは。 「いじめだ……あの人、本当に、天然のいじめっこだ…………!!」 子供は掛布を手繰りよせては引き上げる。 口元まで引き上げて、布の下、布の影で自分の口唇にそっと触れる。 すでに男の指の感触など失せているだろうに、それでもその痕跡を自らの指に重ねようと……その温もりを自らの指に沁みこませようと、そっと触れる。 けれど、かなしいかな。 微かに触れただけの男の温度は、すでに小さな王さまの口唇に影ほども残っていない。 あるのは…少年の口唇に、口腔に残っているのは―――人工的な香りと甘み。 ただの大人がただの子供に与える、菓子の残滓とも言うべきそれ。 なのに―――どうだろう。早鐘が打ち続けるような脳の奥の金属音は。 異常なスピードで刻む心臓の鼓動は。 ああきっとよっぱらってるせい。 ささいなことでどきどきして、ささいなことでずきずきする……ぼくはこどもじゃないのに……。 呪文のように、子供は呟く。すると、舌が動くついでとばかりに口の中の飴玉も動く。再び立ち上ってくる香りと甘みが邪魔で、子供は詠唱を心の中の呟きに切り替えた。 すると、次第に熱も雑音も収まっていく。 そして、静寂の中、子供の視界は紗がかかったかのように薄らぎはじめた。 とろとろと甘い蜜の中に誘われる感覚に、子供は瞼を落としてそれを受け入れた。 ああぜったいよっぱらってるせい。 だって、ぼくはこどもじゃないから―――あのゆびが、ほんとうにこどもにたべさせるだけのゆびでよかった、なんておもうわけがない。あのゆびが、ほんとうにこどもにふれるためのゆびでよかった、なんておもうわけがない。 だってぼくはかりそめのこども。 いつかはおとなにかえる。 あのひとのだいっきらいなおとなにかえらなくちゃいけない、ただの――― だからせめて……もう少しだけ、夢を見る時間をください。 子供のボクが子供でいられる時間を―――。 そして子供は夢を見る。 子供の我が侭を苦笑して受け入れている青い髪の英雄と―――人の姿を象った黒い泥。 そんな、夢を。 ・END・ ということで子供の特権を生かしつつランサーに仕掛けるちっこいのですが、やっぱり子供なので「子供として」可愛がられると弱いのです。 でも、諦めるワケがないのがちっこいの。いつぞやのキャンディーのお返しです〜、とか言いながらもぐもぐしている自分の口から槍の口へ(ベタだ)。そんなチャンスを狙っているのです。 >戻る |