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夢のまた夢 |
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「おい、バゼット起きろ!」 「………………」 それは午前3時半。草木も眠っているだろう時間。 普通の人間であれば別に起きる必要もないが、彼女は生憎と普通の人間ではなかった。 「だから起きろってば! 時間過ぎるぞ!」 「………………」 この日、バゼットは魔術実験の都合で午前4時に工房に描いてある魔法陣に立っていなくてはいけなかった。それも準備を終えて。 そもそも、彼女が仮眠を取ろうとベッドに入ったのが午前2時。それまで実験を繰り返して疲労が溜まっていたのもあったのだろう、ランサーという強力目覚ましを置いておいたにも関わらず、バゼットは一向に目覚める気配を見せない。 「襲うぞ、コラ」 「………………」 いつもであれば鉄拳制裁を加えるであろうランサーの言葉にも、バゼットは反応しない。すやすや、と満腹の赤子が眠るような安らかな寝息を立てて気持ちよさそうに惰眠を貪っている。そんな様子を見ていると無理に起こすのは忍びない気がしないでもないランサーだったが、ここで起こさなかったら後でどんな仕打ちを受けるか想像に難くない。心をオニにしてバゼットを起こそうと試みる。下僕のそんな涙ぐましい努力の甲斐なく、主は目覚めない。そんな主の醜態を好機と取ったか、ランサーはパンと拍手を打つと声に出して宣言した。 「………起きないお前が悪い、ってコトで美味しくいただき………」 ます、と言おうとしたその瞬間、 「…んチクショウっっ………!!」 突如としてバネ仕掛けの人形のよう起き上がったバゼットが、力を込めた拳を振るう。唐突な展開に間一髪のところで直撃を避けたランサーだったが、空を切ったその波は彼の頬を掠めて皮膚を切り裂いた。 「……………っっ……」 バゼットの拳が壁に吸い込まれるようにしてめり込んでいるのを横目で捉えながら、ランサーは思わず固まってしまった。さもあろう、手出しをしようとした瞬間の一撃である。けれど、 「………ん? ランサー……どうした……?」 半開きの目をランサーに向けたバゼットはこの状況を把握していないらしい。それをいい事に、ランサーはバゼットの意識を別の方向に誘導しようとする。 「お、起きたか? 時間だろ?」 「…………ん…………」 ゆっくりと、枕もとの時計に視線を移したバゼットは、たっぷり10秒ほど睨みつけるように時計を見つめる。と、その青い瞳を大きく開いて、 「……遅れるっ!」 一声叫ぶと、ランサーが実体化しているのを塵ほど気にもせずに着替えを済ませ、工房の方へと走り去った。 「………ちょっと、危なかった、かな」 主の後姿を見遣りつつ、風圧で切り裂かれた頬に手をやるランサー。けれど、それは既に跡形もなくきれいに塞がっていた。 「………さっきはすまなかったな」 「いや、別に」 実験を終えたのだろう、ランサーの待つ居室に戻ってきたバゼットは二つのカップを手にしていた。一つをランサーに手渡すと、ソファーに腰掛けて自分のカップを口にした。 「……その、何でまた急に………」 内心、手を出しかけた自分の行動に気付いていたのではないかとびくびくしていたランサーだったが、問われたバゼットはというとほんの少しだけ頬を赤らめて、蚊の鳴くような声でぽつりと呟いた。 「…………夢、だ」 「あァ!?」 思わず聞き返してしまったランサーに、明らかに頬を紅潮させたバゼットは、 「だから、夢を見ていたんだ! 何度も聞くなっ!」 叫ぶように吐き捨てると、ぷいと顔を背ける。 主のこんな表情と仕草は珍しい。 好奇心が湧いてきたランサーは、にやにやと笑いを浮かべながらバゼットの顔を覗き込むようにして見つめる。 「で、何の夢だったんだ?」 「……っ! そ、それを聞くか!?」 思い出すだけで恥ずかしいのに、口にするなんてもっての他! とばかりに今度は反対側に顔を背けるバゼット。けれどそれくらいで諦めるようなランサーではない。バゼットに視線を合わせるようにして回り込んで追求の手をゆるめない。 「なー、何だよ? いいじゃねえか、たかが夢の話なんだからよ」 「た、たかがというくらいなら、そ、そんなに深く追求するな!」 頬を赤らめたまま、バゼットはもう一度ランサーから視線を逸らすようにして反対側を向く。ここまでくると単なる意地の張り合いに近い。それも互いに。 「マスターとサーヴァントの間に隠し事はよくないと思うけどなー」 「だからと言って、お前に私の夢を検閲する権利があるとでも思っているのか!」 「だから、夢の話だろうが!」 「そうだ! たかが夢の話だろうが!」 遂には痴話喧嘩以外の何物でもなくなっていた。 もっとも当の本人たちは否定するだろうけれども。 「ははーん、さては口にできないような夢を見ていたんだろう〜? いや、若いってのはいいねェ」 「なっ……! ラ、ランサー! 貴様よからぬ事を想像しているだろう!? 取り消せ! 即刻消去しろっ!」 「けっ、マスターだからってサーヴァントの頭の中まで検閲する権利があると思ってんのかよ!」 「当たり前だ! あ、主に無断でそんな破廉恥な……!」 「へええ〜破廉恥とくるか! オレは別にそんなコトは一言も口にしてねえし、想像すらしてねえよ! っていうか、バゼットはそんな風にオレを見てたってワケか!? ったく報われねえってもんだよ」 「日頃の態度がものを言うんだ! 大体……」 ぽろ。 舌鋒バトルも最高潮に達したその瞬間、二人の時間はぱったりと止まった。 |