エピキュリア



   



「…………………」
「…………………」

 二つの人影は互いに互いを凝視する。
 けれど、その視線に込められたものは大きく違う。片方は「何で!? どうして!?」 という疑問符付きで。が、もう片方はいかにもどうでもよい、といったいささか投げ遣りめいた風で。

 どちらにせよ、これが衛宮士郎と槍兵のサーヴァント・ランサーの二度目の出会いであった。




 普段は小さい子供連れの主婦で賑わったりもするこの公園ではあるが、昼過ぎという半端な時間帯であるためか人気はまったくと言っていいほどなかった。
 だから―――だろう。
 衛宮士郎は商店街での買い物の帰りにこの場所へ立ち寄った。
 本来ならば、昼間とはいえ人気のない場所へ行くことは危険極まりない。本人の積極的意思でないにしろ、聖杯戦争という生き残りをかけたバトルロイヤル形式の戦いに足を踏み入れた人間が、独りになることは「狙ってください」と言っているも同等なのだ。特に、サーヴァントであるセイバーの自由が利かないばかりでなく、自らも魔術師として半人前の力しか持ちえない士郎にとって、自殺行為とでも言いうるものである。

 それでも。

 聖杯戦争という「運命」を享受した彼にとって、自ら考えることは多すぎた。
 現実は眼前にある。そこから逃避しようなどという意思は更々ないのだが、自らの最善が見えてこないこの状況で、行動を起こすことよりもまず考えたかった。
 士郎自身も気づかぬうちに、ほんの少しだけヤケを起こしていたのかもしれない。いっそ、崖っぷちの方がいい案が浮かぶかもしれない……などと。
 そして、何よりも……何物にも縛られずに自らの思考の内に埋没するには、屋外の方がいいような気がしたのだ。
 確かに、結界の張ってある衛宮邸内でも独りになれる場所はある。その上、もっとも信頼すべき彼のサーヴァントもまた邸内に現界しているのだ。

 でも、士郎は外に出ることを選んだ。
 そして、



「……………………」
「……………………」

 
 サーヴァントの一人と出会った。
 しかも、1日に二度も殺される寸前まで叩きのめされたランサーに。
 士郎はこの時ほど、自分の浅慮を悔いたことはなかった。後悔、という言葉にこれまであまり縁のなかった士郎であったが。何しろ、自分を生の瀬戸際まで追い詰めた男が眼前にいるのだ。少しの遠慮もなく、神に近いというその力を人間である自分に素直に向けてきた男が。
 
 背筋が凍る。
 一歩も動けない…どころか、思考が停止しているのに近い。
 ただ士郎の頭の中を占めるのは、ただ単に「恐怖」という感情だけ。

 なのに、
「んだよ…坊主だけかよ」
 と、固まってしまっている士郎を一瞬だけ視界に入れると、ランサーは欠伸をかみ殺すようにして投げやりな口調でそれだけを言った。
「……………………」
 言葉を返す余裕などない士郎をよそに、ばりばりと髪を掻くとランサーは、
「半人前がサーヴァントを連れずに歩きゃ、四分の一人前にしかならねーだろうが」
 などと悪態をついてみせる。
「……………………」
 言われたところで、士郎には返す言葉がない。ランサーの言うことももっともだと、どこか納得しているし―――何しろ、他でもない彼のサーヴァント自らが口を酸っぱくして言っているのだ―――、それ以前に当意即妙な答えが出るはずもない。
 そんな士郎に対して、やれやれというようなジェスチャーをしながらも、嫌味のない笑みを浮かべたランサーは、
「ああ、今日は殺り合う気はねえよ。もっとも、その令呪でセイバーを喚んでくれるってなら話は別だが」
 と至極あっさりとした口調で言い切った。
 そんなランサーの口調と親しみの持てる笑みに、自然に…すうっと身体の力を抜く士郎。途端にランサーはぷっ、と吹き出す。
「な、何だよ……!」
 いきなり笑われて瞬時に身構える士郎、そしてますます笑い声を高くする槍の英雄。
「オマエ……っ……可笑しすぎる……!」
 それだけを言うと、更に腹を抱えて笑い始める。
「な、何が可笑しいんだよっっ!!」
 不本意な…というより何で笑われるのかが分からない士郎としては、納得できるはずもなく。せめて理由を問いただそう、と声をあげてみる。すると、青い髪の男はすっとその声を静めた。
「………え!?」
 いきなり黙ったランサーに、無言の圧力を感じる士郎。いつの間にか、自分には関係ないというような視線を向けていた紅い瞳に値踏みするような色を感じ始めていた。

「……気に入った」

 そして、またもや唐突な科白。

「……魔力は微量、なのにサーヴァントを連れて歩かないほどの阿呆。だけど……」
 そこで言葉を切ると、ランサーはニッと笑ってみせる。
「不必要に吠えず、言うべきことはハッキリ言う、か……あのセイバーを手懐けるマスターとしちゃあ、いい度量だ」
 自分だけが納得したような顔でうんうんと頷くランサーだが、士郎の方はというと微妙な表情をしている。自分に向けられている言葉は褒貶の別がつけにくいし、何より自分を殺そうとした相手に評価を付けられるいうことに納得がいかない。
「…………………」
 押し黙ってしまった士郎の肩を、ポン、と軽く叩くと、


「またな」


 それだけを言って、ランサーは背を向ける。
 何が何だか、ワケがわからなくなってしまっていた士郎は呆然とその後姿を眺めているだけだった。




>続く



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