2.


「…………………」
 家に帰り着くなり、士郎は今日の出会いを反芻していた。

 ―――オマエ……っ……可笑しすぎる……!―――

「………何がだよ」
 腹を抱えて爆笑していた青い髪の男の姿が脳裏に浮かび、思わず顔を顰める。自然と手つきは乱雑になり、だん、と一際大きい音が鳴り響く。

 ―――……気に入った―――

「……なら、人のコト笑うなよな」
 そうこぼしつつも、自分を見つめる男の視線に侮りも蔑みも感じられなかった。強いて言うならば……そう、年少者を見守る年長者のような色を向けていたように士郎には思えた。
 けれど相手は敵。
 しかも自分を2度も殺しかけた男。
 そして何より……

「シロウ」

 彼女と同じ英霊。
 過去の稀代の英雄。
 聖杯戦争においては不倶戴天の敵。

「シロウ、私の話を聞いているのですか!?」

 あの夜の庭の、2人の刃の応酬は凄まじかった。
 少女は自らよりも立派な、戦士としての体躯を備えた男の刃をことごとく弾いた。
 男は対処のしようがないだろう少女の不可視の剣を、悪態をつきながらもことごとく捉えた。

「ちょ、ちょっとシロウ……!!」

 卓越した技能と、今の時代までも伝説を残す宝具を持つ……そんな男がどうして……。



「シロウ!! 鍋が吹いてますっっっ!!!」

 

 セイバーの常軌を逸したような悲鳴に近い叫びは、自らの思考に埋没していた衛宮士郎を現実に引き戻すに至った。
 慌てて火を止めると、二人して大きく息を吐く。何しろ、鍋の中の液体は半分近く蒸発してしまっていたのだから。
「うわ…こりゃまたエラいことに………」
「だから、さっきから何度も声をかけました」
 士郎にはぴし、という音が聞こえた気がした。それは、熱を持ちすぎて急激に冷まされた鍋が発した音か、セイバーの青筋がぷちっと切れた音かは定かではない。
「えっと…………」
「大体、火を扱う時に思考を飛ばすとは何事ですか! いくらシロウが致命傷に陥りにくい身体だからといって、油断していてはどうしようもありませんよ」
 珍しく、少女は怒りを爆発させている。
 これも全て自分のために怒っているのかと思うと、本気で怒られているのに何処か暖かな気持ちになってしまう士郎。そんな士郎に構いもせず、少女は怒りの矛先を納めようともしない。
「聞いているのですか!? これで一体どれだけの時間を無駄にしたと思っているのです。本来ならば疾うに…………」


 きゅるるるるる。


「…………………」
「…………………」
 何とも可愛らしい音が2人の間に響く。
 どう考えても思い当たるモノはひとつ。
「…………………」
「…………えっと」
 顔を赤らめて僅かに俯いた少女に、少年は何か言おうと口を開く。
 なにしろ、急激に訪れた沈黙が痛い。
「さ、さっさと作っちゃうな」
「……はい、お願いします………」
 2人はほぼ同じタイミングで身体を反転させる。士郎は台所のシンクの方に、セイバーは居間の方に。
 そして、10分後……その手際のよさを十分に発揮して、士郎は居間のテーブルに皿を並べ始めたのだった。

 ゆったりとした食後の時間が流れる。
 今日の夕飯は2人きりだった。けれど、だからといって今までのように時間を持て余すということはなくなっていた。それだけ、半人前のマスターである士郎と最強のサーヴァントと言っても過言ではないセイバーは互いに対する信頼のようなものを培ってきていたのだ。
 今日の夕食の何が美味かっただの、なら明日のメインはちょっと変わったものをつくってみようだの。
 別の服を用意しようかと言う士郎に、シロウが似合うと言ってくれたこの服がいいと答えるセイバー。
 話している内容は、ごく普通の生活の中身だ。
 だけど、士郎には聞いておいたいことがあった。


「なあセイバー、ランサーの真名っていうのは聞いたけど……その……どんな英雄だったか知ってるか?」
「…………………」
 唐突な士郎の質問に、セイバーは一瞬だけ驚いた表情をした。が、微かに硬い表情を作ると、
「シロウはランサーとそのマスターから倒していこうと考えるのですか?」
 と、逆に問い返す。
「え………」
「ランサーは最初の晩以来、目立った動きがありません。というより、影を潜めています」
 セイバーからしてみればそうだろうが―――、
「宝具を明かしてしまったことで、少し私たちから距離を置こうと考えているのでしょう。けれど、私たちはその正体を知ってしまっているわけですから、目くじらをたてて彼を探す必要もないと思いますが」
 唐突に姿を現されたことで、士郎としてもどうしてよいかわからなかったのだ。その上、敵マスターである自分を簡単に見逃したランサーの行動が読めないことも気になっていた。
「そうだけど……」
「それに、」
 何か言おうとした士郎と、明確に続きを口にしようとするセイバー。そんな彼女に続きを促すと、
「彼は卑怯な真似を嫌います。つまり、街の人間から精気を奪っているのは彼ではありません」
 きっぱりとセイバーは断言した。
「けど、令呪で命令されたら……」
 食い下がる士郎を正面から見つめると、


「これは予想ではありますが……彼は徹底的に拒否するように思えるのです」


 セイバーは静かにそれだけを告げた。
 静かであるがゆえに……士郎にはそれが真実であるように感じた。




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