18.


 強くなってみせろよ、と槍の英雄は言った。


 衛宮士郎の望みも矛盾も、その全てを見通して受け止めて―――その全てを肯定して。
 戸惑いを隠さない少年を心底楽しそうに見遣り、それでも「次に会ったときにはオマエをセイバーのマスターとして認識する」などと躊躇いもなく、敵として会った時には斃す、という宣言までして。


 けれども。
 結局、あの後衛宮士郎は二度と青の槍騎士と顔を合わせることはなかった。
 そして。
 第五回聖杯戦争の終結とともに、過去の英雄たちは各々の「座」へと還っていった。それは、最後まで衛宮士郎と共に在った、剣の英雄である少女騎士も例外ではなかった。


 ―――この時代に、この場所に存在したという証左の一片も残すことなく。









「………………………」


 家の塀から零れ出る桜並木の下を、男はただ静かにゆったりと歩みを進めていた。
 感慨にふけるようなその姿は、久しぶりに歩く故郷の道に幾ばくかの懐かしさを感じているように見えるかもしれない。
 少年の時を思いながら、懐かしい人々を思いながら………そして、長い年月を留守にしてしまっていたほんの少しの後ろめたさと照れくささを抱きながら歩いているように見えるかもしれない。

 男が―――かつて、養父からこの広大な家を受け取った少年だと解る者がいればの話だが。

 男は異相の持ち主といえた。
 色の抜け落ちた髪は齢数十年を経た老爺を思わせるだろうに、褐色の肌の下には隆々とした筋肉が蓄えられている。人種の異なる外国(とつくに)の者にしか見えないだろう。
 ゆったりとした歩調もまた、ただ歩いているだけではない。それは言うなれば獅子の歩み。力あるものの余裕を示すかのような足取りであった。

 そんな男は、淀みのない足取りで衛宮邸の門をくぐっていく。
 それはまるで、仕事から草臥れて帰ってきた大人が、安寧の場所にたどり着く様にも似ていた。




「……………………」
 開錠の言葉を口にすると、男は約10年振りにその家に足を踏み入れた。三和土に並ぶのは、当時履いていたスニーカーやらサンダルやら。今となっては、一足たりとも用を成さないものばかりなのに埃一つ塵一つ被っていない。おそらく、未だにこの屋敷に出入りしているだろう少女………いや、もう女性と言うべきか………その彼女の手によるものだろう。

 いつか、この家の主が帰り来る時のためにと。

 そんな彼女の健気さに申し訳ないという気持ちを抱きながら、三和土同様に掃き清められている廊下へと上がる。かつては大人数で食事を楽しんだ居間を抜け、ただ真っ直ぐに男が目指したのは奥まった一室。

 襖を開ければそこもまた、10年という年月を感じさせることのない静謐な場所だった。
 男が―――かつて、衛宮士郎と呼ばれていた少年がこの家に引き取られてから、旅立つまでの時間を最も多く過ごした場所………自室であった。


「変わらないな」
 余計なものがない一つない部屋だったのは、昔からのこと。
 文机と本棚と………最低限の家具だけがかつての主を出迎える。けれど、主は「ただいま」の声もなくただおもむろに机に近づくと、ポケットから取り出した手をそっと置いた。かち、と微かな音を立てて置かれたのは、何の変哲もない小石。
 ただ表面が磨かれて、感触が心地よいだけのただの小石。
 裏も表もなく、ただ僅かばかりのつやがあるだけの小石。


 ―――あの時には、確かに文様があったというのに―――


 男は微かに眉根を寄せて、小石を見下ろす。
 その表情は睥睨しているようでもあり、手の届かぬものを眩しげに見つめるようでもあった。


 ―――アイルランドの大英雄と呼ばれた男が、どうしようもない嘘をついたものだな―――


 それでオレを召喚(よ)ぶことができたら、などと期待を持たせるような言葉だけを残して泡沫の様に消え去ったくせに。
 英霊が座に還る時には、召喚された場に時代に、僅かばかりの痕跡も残さぬと知っていたくせに―――!!


 今でこそ恨み言の一つでも口にできるようになったが、直後………聖杯戦争の終幕直後はその場に叩きつけて割ってやろうと何度思ったことか。倫敦に渡って魔術の修行と同時に鍛錬を積んで力を得て、粉々に握りつぶしてやろうと何度思ったことか。
 けれど、今に至るまで持ち続けていたということは―――やはり、未練なのだろうと苦笑せざるを得ない。



 あの英雄への未練。
 あの英雄の言葉への未練。 
 そして何よりも―――"正義の味方"に対する、未練。



 矛盾を突きつけられて、それでも抗って。
 助けられることを望まないモノを助けようとして。
 助けられるモノと助けられないモノがあるということを思い知らされて。
 100を助けるために1を見殺しにしなければいけない現実を突きつけられて。
 現実だけではなく、自らの心に抱いた理想にまで―――エミヤシロウの在り方を否定されて………!!


 強くなればいいと思った。力を得ればいいと思った。
 力は強さだと、そう思っていた。
 けれど、力を得て―――強さを手に入れたと思った途端に、それが砂上の楼閣だと思い知らされた。
 今となっては、あの男の心の強さ―――全てのものを受け止めて、受け入れること―――こそが「本物の」強さというものではないかと、思わずにはいられない。






 あなたのようになりたかった
 あなたのようにつよくなりたかった。






「ウィアドか………確かにオレに相応しい」
 石を見下ろし、男は微笑む。そして、皮肉気に口の端を歪めた。


 槍の英雄との別れ際、何か言葉が欲しくて石に描かれた文様の意味を尋ねた。すると、
「んなモン、自分で調べろよ」
 と、けんもほろろに一蹴された。けれど、彼はふっと笑むと、
「………そんな顔するなよ。オマエに相応しい文字を入れてやったんだからさ」
 余程情けない表情をしていたのだろう。出来の悪い弟分の頭で撫でてやるかのように言い添えたのだ。
 けれど、今となってはかつて描かれた文様に意味などない。
 寧ろ、この空白にこそ意味があるといえよう。


 空白のルーンはウィアド。
 意味する言葉は「宿命」そして「未知」。
 相反するに近い二つの意味を抱く矛盾のルーンは、同時に生の象徴でもあり死の象徴でもある。


 ―――人としての生の終わりはすなわち、英霊としての生の始まり―――


「けど―――オレは諦めない」
 万人を助ける"正義の味方"になると誓った。
 命を与えてくれた養父に、最初の矛盾をつきつけた男に、何よりも自分自身に………!!


 だから、だから決してその道を違えることはない。


 怨嗟の声が待ち受けていようとも。
 幾度となく在り方を疑おうとも。

 ただ真っ直ぐに剣の墓標が並ぶ荒野を突き進むのみ。
 ただ敢然と剣製の丘に独り立つのみ。


「…………………………」


 もう一度、男は小石を撫でる。その表面の線を辿る。
 まるで、愛しいものに対する愛撫であるかのように優しく触れると、口唇を微かに動かした。


「・・・・・・・・」


 その言葉を最後に、男は立ち上がる。
 そして、入ってきたときと同じ淡々とした足取りで、少年の時代(とき)を過ごした場を後にした。




 至高の快楽(エピキュリア)にも似た甘さを持って彼を誘う―――英霊の座への路をたどるために。






・END・




<後書き>

 全18話、これまでの最長記録をまたもや塗り替えました『エピキュリア』です(笑)。
 Fate/staynightのセイバールートを基本ベースにしたのですが、一番大事な部分を端折ってしまったという自覚はあります(15日目・地下聖堂の『ゆずれぬとが』ですね……)。後日、何かの形で補完できればと思うばかりです。
 長丁場になった話ですが、構成で詰まったときに助言を下さった相棒の紅嬢、そしてワタシに士槍インスピレーションを最大限に与えてくださったKさん(魔性のゲ○は離れてから発動する、は名言です…!)に本当に感謝を。
 そして、何回も更新が滞ったにも拘わらず読んでくださった方々に本当に愛を。
 またお付き合いいただけたら嬉しいです。



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