17.


「〜〜〜〜〜〜〜!!」
 ぐっと目を閉じて、視線を落としてズボンを穿く。
 目を開けて、顔を僅かでも上げてしまえば、視界に入るのは乱れた寝台。
 それを直視するだけの余裕は、まだ士郎にはない。


 相手は―――情を交わした男は既に戦闘の為の装束に身を包んでいるというのに。
 自分の上で、下で……あられもない声を上げて、その白い肌に快美の色を纏って、想像もしなかった痴態を繰り広げていたというのに。
「………っ」
 思い出して、瞬時に顔が熱くなる。
 軽く頭を振ってその光景を脳裏から追い出すと、士郎は仕上げとばかりに両の頬をバチンと叩いた。瞬間的な痛みは、靄がかかったような脳内をすっきりとしてくれる。
 これで大丈夫だろう。そう思って振り返ってみれば、
「…………?」
「……………」
 自らの手に視線を落とし、その手の中に何か文様らしきものを指で描く男の姿が目に入った。何だろうか、気になって尋ねようとした士郎の機先を制するように、

「やる」
「へ?」

 ひょい、と男の手から何かが放たれた。反射的に両手で受け止めた士郎がその掌を開くと、そこには何の変哲もなさそうな小石が一つ。つるつると磨かれたように丸いその小石の感触は、確かに覚えがあった。


 そう、ここに来る直前―――強化の魔術を施そうとした小石。
 蔵の中で―――少しずつでも成長していこうと、まるで誓いを立てるかのように手にした小石。


 あの時、凛に声を掛けられて咄嗟にポケットに捻じ込んだことを思い出し、力の抜けた笑みが士郎の顔に浮かぶ。

 全てのものを………自分の目の前にある全てのものを助ける"正義の味方"になってみせるという誓いを新たに胸に抱くきっかけになった男がいて、その男から自らが目指すものの「真実」を突きつけられたというのに………間接的に誓いを立てる形になった小石を渡される。

 それはまるで、よくできた御伽噺のよう―――そう思ったら自然に笑みが口の端に浮かんでしまった。そのまま手の中で小石をひっくり返してみると、見たことのない記号のようなものが描かれている。
「これ………」
「一宿一飯の恩義ってワケじゃねえけどな………一方的に恩だけ受けてそのままってのも寝覚めが悪い」
 訥々と語る男の顔と石とを見比べていると、じんわりと手の中が暖かくなるのが分かる。さすがにそれが魔力の欠片だということに気付けないはずがない。
「ランサー………アンタ、魔術も使えるのか?」
「まあ、そんな大層なモンじゃねえよ。精々、護り石程度にしか使えないがな」
 護り石、と言うからには護符のようなものなのだろう。それでも槍の英雄の血液を以て描かれた文様には、それ相応の力があって然るべきものだ。
「…………敵に塩を送ってどうするんだよ」
「…………オマエがそれを言うか!?」
 顔を見合わせて、同時に吹き出す。
 屈託なく笑う眼前の男につられるようにして、士郎も自然と顔がほころぶ。そんな士郎を笑い含みに見遣りながら、ランサーは何でもないことのように口を開いた。





「なあ小僧、『それ』でオレを召喚(よ)ぶことができたら―――その時はオマエにオレの槍を捧げてやる」
「―――――――――」





 今、この男は何と言ったのか。
 士郎の顔から表情が消える。けれど、ランサーは僅かな―――本当に口唇の端を微かに持ち上げるだけの笑みを浮かべると、もう一度口を開いた。

「オレを召喚(よ)べるくらい、強くなってみせろよ」

 僅かに細めた瞳には、心底楽しそうな色が浮かんでいる。
 そこに切羽詰ったような真剣さはない。ないのに………彼の言葉は彼の心情を素直に吐き出したものだということが、わかってしまう。
 飄々と鮮やかに潔く、戦乱の大地(アイルランド)を駆け抜けた大英雄は、何よりも己を偽ることなどなかっただろうことが、わかってしまう。


 そして、これが彼なりの別れの言葉なのだと―――おぼろげながら、わかってしまった。




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