ヒメゴト



「ふう……やっと終わった」

 現代の暦で言うところの大晦日。元旦礼拝の準備と称して大掃除に駆り出されたランサーは、あのだだっ広い礼拝堂の掃除の上に、聖餐式で使う銀杯やら銀皿の手入れまでさせられる始末。
「もう一人にも手伝わせろ!」
 と抗議してみれば、言峰から至極マジメな顔で
「……掃除するところを増やすだけだ」
 と反論され、納得してしまったのがいけなかった。結果として、哀れな灰かぶりよろしくこき使われたのだった。その結果を見て、主は満足そうに笑む。

「なかなかどうして…ここまで使い勝手のよいサーヴァントだとは思わなかったぞ」
「……褒めてねえよ、それ」

 実際、ランサーの手際のよさは、もともと器用にタチであることにに加えて以前のマスターに鍛えられたせいもあった。流石にこういう時は恨み言の一つも言いたくなる。
 一息つこうと裏手に回り、居間の扉を開けるとそこには先客がいた。

「………………」
「………………」

 蜜柑の爽やかな香りがするのに、二人の間にある空気はブリザードにも似たそれ。ギルガメッシュは入ってきたランサーを一瞥すると手にした蜜柑に視線を戻す。ランサーもそ知らぬ振りを決め込んで空いている、しかもギルガメッシュから一番離れたソファーに腰掛けると蜜柑を手にとった。
「狗」
 自分が呼ばれているのは分かったが、無視を決め込むランサー。狗呼ばわりされるのも癪だったし、この男から何か行動を起こされるときはよからぬコトと相場が決まっているというのを既に悟っていた……教会に来てから今までの短い期間の経験上。
「こら狗!」
 シカトを決め込んでいたランサーに向かって、軽く手を一振りするギルガメッシュ。その手の先からは銀色の鎖がランサーの身体に延びていた。
「な、何すんだ!」
 いきなり宝具を出され、両の手首を拘束されるランサー。噛み付くように抗議するランサーをものともせず、ギルガメッシュの王様発言は止まらない。
「たわけ! 王が直々に呼んでおるのに返事をせぬとは何事か!」
 別にランサーはギルガメッシュの臣下というわけではないのだから返事をする必要などないのだが、そんな理屈がこの暴君に通用するわけがない。
「このうつけ! 呼ばれたらさっさと此方へ来ぬか!」
「て、てめ……うわっ! わ、わかったから引っ張るなー!」
 半ば引きずられるような形でギルガメッシュの隣に腰掛けさせられたランサー。

「で、何の用だ」
「筋を取れ」

「……は?」 
 ……一瞬、何を言われたか分からなかったランサーは怪訝な顔をして聞き返す。すると、ギルガメッシュは皮は剥いてあるものの一口たりとも口をつけた形跡のない蜜柑をランサーの手に握らせるともう一度言う。

「蜜柑の筋を取れ、と言ったのだ。たわけ。王の言を聞き返す不届き者め」

 ……あまりの内容に反論する気も失せたランサーはおとなしく蜜柑を手に筋を取ろうとして、あることに気付くとつながれた鎖をじゃらじゃらと鳴らす。
「とりあえずコレ外せ」
「王に命令するか、貴様は」
 そう言いつつもギルガメッシュは簡単に「天の鎖」を引く。ランサーは自由になった手で蜜柑を取って、わけた一房からスッと筋を取り除く。
「ほれ」
 そう言って渡そうとしたら、ギルガメッシュは何を思ったのか房を摘んだ手首ごと自分の方へと引き寄せた。そのまま蜜柑を自分の口元に寄せると、ランサーの指ごと自らの朱唇に含ませる。
「なっ……!」
 別にそれだけなら大したことはない。けれど、口の中に入れた指先をまるで愛撫されるように辿られて、ランサーは思わずゾクりと身を震わせる。
「何、して……んだ……っ!」
「貴様、随分と悦い身体になったものだな」
 一度口から指を離し、下方からランサーの顔を見上げて愉しそうに笑みを浮かべるギルガメッシュ。それに対するランサーの反論を許さず再び指を咥えると、今度は横のラインを啄ばむようにして舌を這わせ、指の股を吸う。
「…………っ」
 繰り返し繰り返し、その尊大な態度とはまったく逆の丁寧な動作での愛撫に、目をぎゅっと瞑ったランサーはギルガメッシュから視線を逸らす。

「欲しかったのであろう…我の魔力が?」

 違う、と言ったところでこの男は強引に行動に出ることは間違いないのだろう。そう思うと、ランサーは返事をする気にもならなかった。かといって肯定すれば、何かとてつもなく恥ずかしい行為を要求されることは間違いない。
この返事は究極の二者択一とも言えた。

>続く

>戻る