冬木町お子様事件簿〜はじまりはこんな感じ
「………若返りの薬って、そんなに効果があるものなのかしら」
「はい?」
冬木教会内の一室。
代理とはいえ、堂主である修道女は紅茶のカップを手にぽつりと呟いた。彼女の隣にちんまりと座っていた金髪の子供は、危うく口に含んでいたミルクティー………というよりは、紅茶入りミルクを吹き出しかけた。
「い、一体何のコトですか、マスター?」
危険を察知したのか、子供は静かに中身の入ったカップを置く。元より全て飲みきるつもりはなかったのだ。味覚が衰えきった女主人が入れる紅茶は、茶の渋みの粋を集めたもの。
具体的に言えば―――ダージリンの茶葉を20分放置したもの。
普段は茶を相伴させられる前に逃げ出している子供だったが、生憎と今日はシスターの持つマグダラの聖骸布でフィッシュされてしまったのだ。仕方なく、砂糖を多めにミルクを大量に入れることでなんとか誤魔化していた。
これも、サーヴァントの哀しきお勤め。
そんな中、黙って紅茶を一口運ぶと、シスター―――カレン・オルテンシアはゆっくりと味わうようにして嚥下する。
その時間およそ3秒。
1秒たりともストレートのまま口にしていられない子供―――英雄王ギルガメッシュの幼年体はそんなカレンの姿を見ると、思わず視線を逸らす。
これは遺伝ではないのか―――!?
本当に、悪魔を憑かせるという仕事で各神経が異常をきたしただけなのか―――!?
脳裏に3本の蓮華を指の股に挟んだ似非神父がカメラ目線で笑う絵が浮かんできて、思わず冷や汗をかく小さな英雄王。そんな彼を現実に戻すように、小さな鈴を振るうような柔らかな声が聞こえた。
「大人の貴方と子供の貴方が天地をひっくり返したように違う、と誰もが口を揃えて言うものですから」
「あははははは………誰も、って言うか主にセイバーさんのマスターとか、ランサーさんとかですよね」
証言者A、セイバーのマスターこと衛宮士郎は子供の正体を知ったときに冬木大橋で絶叫した。証言者B、ランサーもまた1分ほど上から下まで眺め回した後、頭を抱えて更に黙考してようやく現実を受け入れたのだ。
「ええ、そう。当人ですらそう思っているのでしょう、小さい英雄王………?」
「…………まあ、自覚はありますけど」
足をぷらぷらとさせながら、視線を靴の先に向ける小さなギルガメッシュ。「大人」の自分を思い浮かべたのか、自嘲の笑みを僅かばかり浮かべる少年。
けれど、カレンが次に口にした言葉は、少年の思考の範疇外だった。
「なら、ランサーが若返りの薬を口にしたなら一体、どうなるのかしらね」
「・・・・・・はいィ!?」
ただでさえ高音域の少年の声が裏返る。
奇声に近い声を発しながら自分を見上げてくる少年をチラ、と一瞥するとシスターは丁寧な仕草でカップをテーブルに戻す。
「彼の行状は、聞き及んでいるかと思いますが」
「はあ、まあ………でも、別に構わないんじゃないのかな。自分の食い扶持を自分で稼ぐのは、大人の甲斐性としてはごく当たり前のことでしょう?」
「その事もそうですが―――寧ろ、彼の場合は甲斐性がありすぎるのが問題でしょう」
別の意味で、とシスターが更に付け加えたことで、少年は彼女が何を言いたいのかを理解した。
「ああ………まあ、確かに。でも、ランサーさんの出自を考えたらこっちの方が当たり前のような気も………」
商店街で公園で、はたまた港で新市街で。
美人と見たら声をかけまくる、稀代のナンパ師―――その真名をクーフーリンという青い髪の男は、冬木の町で今やちょっとした話題になっていた。
「全く、これなら春先だけ発情する本物の犬の方が、まだマシだわ」
「・・・・・・・」
「もしもの時に備えて―――飼い犬を去勢するのは、飼い主の役目ですものね」
「・・・・・・・」
淡々とした口調はそのままに、言葉の内容だけがヒートアップしていく修道女に、イヤな予感を覚えた少年王は逃げ出そうと席を立つ。
「じゃ、ボクはそろそろ………」
「早くお出しなさい」
けれど、立ち上がった瞬間に眼前に手を出され、淡い金色の瞳で睨みつけられる。そうなっては、令呪の縛りがギルガメッシュを捕らえて離さない。
おずおずと少年が差し出した、奇妙な色の液体が入った瀟洒な小瓶を手にシスターは微笑むと呟いた。
「―――明日が、楽しみね」
と。
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