日野正美は休日の朝のコーヒーを楽しみながら結局昨夜は帰ってこなかった同僚の
小林澄子に思いを馳せていた。

「(結局お泊りね・・・・ やっぱり私の言った通りじゃないの)」

自分で言ったこととはいえ、これはちょっとした驚きだった。あの澄子の外泊デートなど
想像しにくかったからだ。
澄子とは帝丹小学校教師の同僚であると同時に、高校時代から10年以上の付き合いの親友だ。
彼女はどちらかというとお堅い性格で、男女関係についてもかなり奥手な方だ。
それでもさすがに白鳥以前に異性と付き合ったこともあったし、一応「経験」も
済ませているようだが、それも正美が知る限りほんの数えるほどで、今どきの26歳の
女性にしては恋愛経験はかなり少ない方だろう。
そんな澄子だから、今彼女が交際している相手の白鳥任三郎が鈴木財閥と肩を並べる
日本有数の企業集団・白鳥グループ総帥の三男坊で、かつキャリア出身の警視庁の
エリート警部だと聞いた時は心底驚いた。そしてそのあまりにかけ離れた立場の相手に、
彼女が遊ばれているだけではないかと危惧して忠告もしたのだが、幸いそれは正美の杞憂で、
何でも白鳥にとって澄子は初恋の相手だったらしい。その後も2人は真剣な交際を続けており、
今では澄子が毎朝、彼のために甲斐甲斐しくお弁当を手作りしているほどだ。そんな彼との
お泊りデートとなれば、もう完全に玉の輿コース乗ったとみていいだろう。

「ちょっと羨ましいかな」

正美はそう独りごちてコーヒーを飲み干し、ジョギングウエアに着替えると毎朝定番の
ジョギングにでかけた。ジョギングといっても遠出をするわけではなく、せいぜい
近所の公園を周回する程度の軽いものだ。
公園まで歩いて到着し、いつものスタート地点へ向かう。その時、地面に落ちていたものが
ふと目に入った。

「(あれ?)」

それは見覚えのある携帯電話。さらにそれについているストラップにも記憶がある。

「(これって澄子のじゃあ・・・・)」

正美はそれを拾い上げた。そして一瞬迷ったが思い切ってアドレス帳を開くと案の定、
自分の名前が登録されており、さらに澄子と共通の友人や帝丹小学校の同僚の名前を
いくつも見つけた。間違いない、これは澄子の携帯電話だ。

「(でもどうしてこんなところに澄子の携帯が落ちてるのよ)」

言いようのない不安に襲われた正美は、アドレス帳から「白鳥任三郎」の名前を見つけて
コールした。

                      ※

白鳥は出庁した直後に自分のデスクでコーヒーを飲んでいた。

「(昨日はタイミングが悪かったな)」

昨夜は食事の後、澄子と一夜を過ごすつもりだった。しかしあの人騒がせな立て籠もり
事件が起こったのせいでデートを途中で切り上げざるを得ず、思いは果たせなかった。
白鳥は澄子との結婚を真剣に考えている。もし自分が白鳥家の長男で父親の跡を継ぐ
立場だったとしたら、彼女との結婚にはいろいろと差し障る点がないわけではないのだが、
幸い自分は三男でその心配はない。グループを継いでいくであろう兄二人はすでに
それぞれの家庭を築いており、また妹の沙羅も昨年詩人の晴月光太郎と結婚して、
いまは妊娠3か月だ。
4人兄弟の中で唯一白鳥だけが未婚なのだが、両親は白鳥の結婚については完全に本人に
任せきりで、澄子と交際していることを告げても特段驚きせず、それどころか彼女が小学校の
教師だと知って返って身持ちの堅い職業だと喜んだくらいだ。
自分と澄子の間に障害は何もありはしない。それに何より自分は澄子を心から愛している。
それゆえ、彼女を求めたい気持ちも強い。

「(今度のデートでは必ず・・・・)」

白鳥は目をつぶり、昨夜は目にすることができなかった彼女の白い裸身を思い描いた。

「(澄子さん・・・・)」

その時、突然内ポケットの中の携帯電話がバイブした。開いてみると液晶画面には澄子の
名があった。昨夜、立て籠もり事件が解決した後に何度か彼女の携帯に電話を入れたのだが
通じず、留守電に伝言を残しておいたのでそれに気づいた澄子が電話をくれたのだろう。
不謹慎な想像に浸っていた白鳥は一瞬慌て、手にしていたコーヒーカップを危うく落とし
そうになったが、やや冷めたコーヒーを一気に飲み干して気持ちを落ち着け、電話に出た。

──はい、白鳥です。澄子さん、昨日は最後まで送ってさしあげられなくてすみませんでした。
相手が一瞬はっと息を呑む気配が感じられ、その後に沈黙が続き、訝しんだ白鳥が訊いた。
──どうされたんですか、澄子さん?
すると澄子ではない声が返ってきた。
──私・・・・ 小林澄子と帝丹小学校の同僚で日野正美といいます。
──えっ! でもこれは澄子さんの携帯電話ですよね?
──ええ、まあ。あのう、白鳥さんは昨晩・・・・
そこで正美は逡巡し、やや訊きにくそうに問うた。
──澄子とずっと一緒じゃなかったんですか?
──えっ、いや、昨日はレストランで食事を済ませた後、私にちょっと急用ができまして
  そこで別れました。澄子さんにはタクシーを手配してごマンションまで送ってもらった
  はずですが。
──そんな・・・・ どうして・・・・
絶句する正美。その彼女のただらならぬ気配に白鳥も声を高めた。
──澄子さんに何かあったんですか?
──澄子・・・・ 昨夜は帰ってこなかったんです。
──ええっ? それは本当ですかっ!
──はい。それに今朝ジョギングに出ようとしたら近くの公園に澄子の携帯電話が落ちて
  いるのを見つけて、それで変だと思ってアドレス帳にあった白鳥さんに電話したんです。
  てっきり私、澄子は昨晩ずっと白鳥さんと一緒だと思っていたものですから。
──と、とにかく詳しいお話を伺いたい。今、小林さんはどこにいらっしゃるんですか。
──○○区△△の児童公園にいます。
──わかりました。近くの交番の警官をそちらに向かわせますので事情を話してください。
  自分もすぐに向かいます。

「(澄子さん!)」

白鳥はとるものもとりあえず部屋を飛び出し、その児童公園へと向かった。

現場に到着した白鳥は正美から改めて事情を聴いた。
あらかじめ昨晩手配したタクシー会社に連絡を取り、澄子がこの公園近くで下車して
歩いて自宅のマンションに向かったことは確認済みだ。公園からマンションまでは
200メートルほど。その間に澄子が何らかの事件に巻き込まれた可能性は高い。
最寄りの駐在所の警察官が聞き込みを始めると意外な証言者がすぐに現れた。
それはこの公園を夜のねぐらにしていたホームレスで、昨晩澄子らしい女性と
2人の男が何やらもめているのを見たというのだ。

「それで、3人はどんな様子でした」

白鳥が焦燥に駆られる気持ちをぐっと押さえて訊くと、そのホームレスは
思いがけないことを言った。

「その女はあんたらのお仲間じゃないのか?」
「えっ? それはどういうことですか?」
「男どもがその女に向かって警部補さんかって訊いていたんだよ」
「本当ですかっ!?」
「ああ。最初の名字はよく聞き取れなかったけど、確かに警部補さんかって
訊いていたのは覚えてる。間違いねえよ」
「そ、それで、そのあと3人はどうしたんですか」
「知らねえよ」
「知らないって・・・・ もめているのを見たんでしょ」

ホームレスはそっぽを向いて答えた。

「前に同じようにもめてた男と女の仲裁に入ったら単なる痴話げんかでよ。
かえって逆切れした男に散々痛い目にあわされたことがあったんだよ。
だから厄介ごとには巻き込まれたくなくてすぐに立ち去ったんだよ」
「(くそっ!)」

白鳥は改めて駐在所の警察官にホームレスの事情聴取を命じ、所轄署に連絡を取って
応援を頼むと天を仰いだ。
状況から判断してその2人の男に澄子が拉致されたことは間違いなさそうだ。
そしてその男達が澄子のことを「警部補」と呼びかけていたことから導き出される
結論は一つしかない。

「(澄子さんは佐藤さんと間違えられて拉致されたのか)」

それにしても気になる点がある。
まず犯人達が美和子と勘違いした澄子を「警部補」という役職で呼びかけていることだ。
もしかしたら犯人達は美和子の顔見知りということも考えられるが、美和子と顔見知りなら
澄子と勘違いするというのはおかしいし、わざわざ警部補であることを確認するまでもない。
これはいったいどういうことなのか。
白鳥はそこではっと気が付いた。

「(そうか)」

美和子のことをよく知る人物が、彼女と直接の面識がない実行犯に彼女の拉致を指示したのだ。
そしてその際に何らかの手違いで美和子と澄子が間違えられてしまったと考えれば納得がいく。
さらに美和子を警部補と知っていてなお拉致を実行した大胆な犯行は、かなり計画的で
彼女個人に対する強い怨恨を想像させる。
刑事は仕事柄他人の怨みを買いやすい職業だ。白鳥に言わせればそのほとんどが逆恨みで
こちらには全くいわれのないものなのだが、実際、白鳥も何度か事件関係者から脅迫めいた
言辞を弄されたことがある。おそらくそれは美和子も例外ではないだろう。
そうなると今回の拉致事件の首謀者はかつて美和子が扱った事件の関係者という線が
臭いかもしれない。
ただ不可解なのはどうして澄子が美和子と間違えられるなどということが起こったかだ。
2人の外見は確かに瓜二つだが、住んでいるところも離れているし、日頃の接点はなきに
等しく、2人が間違えられることなど起こるはずがないのだ。これは単なる偶然なのか、
それとも・・・・
いくら考えてもその理由が想像できない白鳥。まさか自身が美和子と一緒に撮られた写真と、
澄子とデートしているところを見られたことが原因であろうとは気付くはずもなかった。

「(ともかく、佐藤さんに心当たりがないか訊いてみよう)」

休暇を取っている美和子の携帯電話に直接電話した。
しかし、数回呼び出し音が鳴った後、留守番電話に接続されてしまった。
とりあえず伝言を入れたあと、一応自宅の方にもかけてみると彼女の母親から意外な話を聞いた。
美和子もまた昨晩自宅に帰ってこなかったのだというのだ。
もっとも美和子の母はそのことをさほど気にするようすもなく、こう言った。

「昨晩は高木さんとご一緒のようでしたし、今日は何かあちらのご実家に行く予定が
あるとか言ってましたので、たぶん今も彼と一緒じゃないでしょうか」

白鳥は今度は高木の自宅と携帯に電話をかけたが、どちらも留守番電話につながるだけだ。
さらに千葉刑事に頼んで高木の実家の電話番号を調べてもらい、そちらにもかけてみた。
すると確かに今日2人が来るはずになってはいるが、特にまだ連絡はないのだという。
美和子に間違われた澄子が拉致され、その当の美和子と、彼女と一緒にいるであろう
高木と一切の連絡が取れない。これを単なる偶然と済ますのは楽観すぎるかもしれない。
間違いに気づいた犯人が改めて美和子の拉致に動き、それに高木も巻き込まれたという
最悪の事態を想定した方がいいだろう。
白鳥は目暮に電話をして事情を話し、こう要請した。

「澄・・・・ いや、小林先生が佐藤さんと間違えられて犯人グループに拉致されたのは
間違いないと思います。それと連絡が取れない佐藤・高木両刑事も同一犯人たちの手に
落ちた可能性も捨てきれないので、至急緊急配備をお願いします。それと・・・・」

そこで言いよどんだ白鳥。目暮が怪訝そうに訊いた。

「うん? どうしたんだ、白鳥君」
「これは私の推測ですが、犯人達の背後には佐藤さんが扱った事件の関係者か、
もしくは・・・・」
「もしくは、何だね」
「元を含めた警察関係者がいるのではないかと思います」
「何だって! それはどういうことだね?」
「佐藤さん、いや佐藤さんに間違えられた小林先生に『刑事』ではなく『警部補』と
役職で呼びかけたことが少し気になります。佐藤さんが警部補に昇進したのは最近ですし、
彼女が扱った事件関係者だとしても、普通役職までは知らないんじゃないでしょうか。
もちろんそんなことは考えたくはありませんが、裏で糸を引いているのが警察関係者の
可能性も捨てきれないと思います」

確かに根拠としてはかなり弱いかもしれないが、逆に唯一の手がかりともいえた。
目暮はしばらく沈黙した後、声を低めた。

「分かった。そのつもりで捜査するとしよう。君もすぐに戻ってきたまえ」
「はい、所轄の署員がこちらに来たら、すぐに戻ります」

携帯電話を切ると、白鳥は美和子と高木の所在を知る術を考えた。
2人の携帯電話に電源が入っているのだからGPSの位置検索機能は使える。
しかし、それには検索される相手方の了承が必要だ。もし2人が本当に拉致されて
いるのだとしたらそれは到底期待できない。
ただ、事件性ありとして裁判所が認めれば、相手の了承がなくて携帯電話会社に頼んで
位置検索は可能だが、今の状況は若い男女のカップルが一時的に連絡が取れなくなっている
だけであり、裁判所を納得させるのは無理だろう。
澄子についてなら事件性ありとしてその許諾は出るのかもしれないが、肝心の彼女の携帯電話は
この公園に落ちていたのではどうしようもない。
だが、はっと気づいて正美に訊いた。

「日野さん、もしかして澄・・・・ いや、小林先生は携帯電話を2つ持っていたりしませんか?」

正美はあっさりと言った。

「ええ、持ってますよ」
「ええっ! そ、それは本当ですかっ!」
「はい。実は帝丹小学校では担任の先生には個人用とは別に業務用の携帯電話が一つずつ
支給されているんです。それでご父兄からの緊急連絡などはそちらで対応するようになっていて、
常に身に着けているように指導されているんです。だからほら、私も今二つ持ってますけど」
正美は腰に巻いたポーチの中から携帯電話を二つ取り出し、片方を白鳥に手渡した。
「これが支給されている携帯電話で機種はみんな同じです。でも私も白鳥さんに連絡した後
澄子が持っているこちらの携帯にもかけてみましたけど、澄子は出ませんでした」
「相手の電源は入っていたんですね?」
「ええ」
「それでこの携帯電話、GPS機能はついていますか?」
「ええ、もちろん」

それならばGPS機能で位置検索がかけられる。
白鳥はもう一度目暮に連絡し、至急裁判所に許諾をもらう手続きを取った。

「澄子は・・・・ 大丈夫なんでしょうか?」

正美が不安げに訊いていてくる。
白鳥は大きくうなずき自分に言い聞かせるように言った。

「大丈夫です。僕が絶対・・・・ 澄子さんを助けてみせます」


白鳥が澄子の拉致と美和子の行方不明の情報を掴んだまさにその時、その2人は美囚は
ベッドの上でぐったりと倒れ伏し、淫惨極まる凌辱の宴から解放されてわずかな間の
休息を許されていた。
時計の針は9時を回り、高木を含めた3人がここに監禁されてからすでに10時間以上は
経っていた。閉ざされたカーテンのわずかな隙間からは朝の陽光が射し込んでいる。
テーブルに置いた腕時計を目にして園田が満足げに笑って言った。

「もう9時過ぎか。結構長いこと犯ってたな。いやあ・・・・ それにしても最高だな、
この2人は」

大きくうなずく木島と蜂須賀。

「で、お前らは刑事と先生とどっちが良かった?」

園田の問いに蜂須賀がにやりと笑った。

「おれはやっぱりあの刑事さんっすね。いい身体してやがるし、締りも抜群に良かった。
身体を鍛えている女はあそこの締りがいいって話は単なる都市伝説みたいなものだったと
思ってたんですけどマジだったんすね。その上、中は熱々のトロトロときてるんだから、
ホント犯りがいのあるいいお○○こでしたよ」
「サブ、お前はどうだ?」
「そうっすね。確かにあの刑事さんは身体はエロいし、あっちの締りもよかった。
それにああいう勝気な女を無理やり犯すってのも悪くないっすね。でも俺はどっちかっていうと、
先生みたいに恐怖におびえて泣き叫ぶ女を犯る方がそそるんですよ。ほら、その方がいかにも
レイプって感じで燃えるじゃないですか。それに身体だって刑事さんに全然負けてなかった。
そういう園田さんはどっちが良かったんですか?」
「うーん・・・・難しいところだな。でもあえて言うならやっぱり刑事さんかな。
女教師を犯るってのもいいけど、やっぱり女刑事(めすでか)を犯れるチャンスなんて
そうそうあるもんじゃないし、それがこれだけの上玉なんだから大興奮だったぜ。
ところで勝俣さんはどうして先生の方を犯らなかったんすか?」

園田が勝俣を振り返ったが、勝俣はソファ型の椅子に深く腰を落とし、背もたれに身を
ぐったりと預けたまま目をつぶって返事をしない。

「勝俣・・・・さん?」

不審に思った園田が勝俣に近づき、顔を覗き込む。顔色は青白く、息遣いも荒い。

「ど、どうしたんすか、勝俣さん」

園田が勝俣の肩をゆすった。勝俣は目を開けるといかにもしんどそうに言った。

「あ、ああ、すまん。ちょっと頑張りすぎたようだ。少し休ませてくれ。
俺のことは気にしないでいいから、まだまだたっぷりとあいつらを可愛がってやれよ」

園田が一瞬ほっとした表情を浮かべ、すぐに口の端を歪めて卑猥に笑った。。

「確かに勝俣さん、頑張ってましたよねえ・・・・」

勝俣のセックスを目の前で見るのはもちろん初めてだったが、確かに美和子に対する
彼の執着と、その身を蹂躙しつくした荒々しい責め立ての凄まじさには目を見張った。
それでも園田は気安く軽口をたたいた。

「でも、あれくらいで『頑張りすぎた』って、まだ勝俣さんもそんな歳じゃないでしょうに」

それに乗じる木島と蜂須賀。

「でも、あんまり頑張りすぎて腹上死なんてことになったら、それこそシャレにならないすから、
少し休んだ方がいっすよ。その間は俺たちに任せてください」
「そうそう、俺達はまだ体力十分・犯る気も満タンっすよ」

2人はベッドに目をやると身を起こした。

「そんじゃあまた楽しませてもらうとするか」

その時、立ち上がった蜂須賀のお腹が大きな音を立て、まるでそれにつられるように、
木島の、そして園田の腹も続けて鳴って、園田がおかしそうに笑った。

「その前に、ちょっと腹ごしらえが必要だな」

ここに3人を監禁してから彼らは水分こそとっていたものの、後は何も食べずにひたすら
美和子と澄子の身体を貪り続けていたのだ。

「コンビニで何か調達して来いよ」

園田が、車のキーを差し出した。
蜂須賀と木島は互いに顔を見合わせあい、押し付けあうような表情になったが、
結局蜂須賀が折れ、服を身にまとってキーを受け取って訊いた。

「そんじゃあ行ってきますけど、勝俣さんは何がいいっすか?」

勝俣は物憂げに手を振った。

「俺はいい。何もいらない」
「じゃあ園田さんは?」
「何でもいいから適当に見繕ってきてくれ。ああ、できれば薬局で精力剤を頼むわ」
「オッケーです。サブは?」
「俺も何でもいい。それと俺にも精力剤を頼む。なるべく強力なやつにしてくれ。
まだまだたっぷりと可愛がってやりてえからな。こんな犯し甲斐のある女どもは
めったにいねえよ」

蜂須賀は好色な笑みを浮かべ頷いた。

「それは俺も同じさ。そんじゃあ、行ってくる」

蜂須賀はベッドの上の美和子の髪を乱暴に引っ掴んで顔を上げさせた。

「戻ってきたら今度はまた違う格好で犯ってやるよ。どんな体位がいいか、それまでに
考えておくんだな刑事さん」

蜂須賀が部屋を出ていくと木島は園田を振り返り、おどけたように言った。

「やっぱりあいつが戻ってくる前に、軽くもうひと合戦いきましょうよ。
園田さん、今度は2人を並べて同時に犯っちまいましょう。どっちを犯りますか?」
「そうだな、今度は先生様にフェラチオ奉仕をしてもらうとするか。お前、さっき
あの先生様にもフェラさせてたよな。どうだった?」
「ええ。どうやらその先生もフェラは初体験だったみたいですけど、まあそこそこは
楽しめますよ。そんじゃあ俺は、刑事さんをドッグスタイルで犯ってやりますよ」

木島はベッドの上の女囚のもとへと足を向けた。だが園田は気遣わしげに勝俣を
振り返り、顔を覗き込んだ。

「勝俣さん、何かかなり具合悪そうですけど、マジに大丈夫ですか?
それに目が何かまっ黄色ですけど、ちょっとまずいんじゃないですか?」

勝俣はしんどそうに手を振った。

「いや、別にこれは大したことはない。少し休めば大丈夫だから気にするな。
ああそうだ、悪いが犯る前に今まで撮っておいた映像データを隣の部屋のパソコンに
落としておいてくれるか」
「ああ、それだったらさっきカメラのロムを入れ替える際にやっときましたよ」
「そうか。じゃあお前も俺のことはいいから犯ってこいよ。まだ犯り足りないだろ?」
「もちろんそのつもりですよ」

園田も木島に続き、2人はそれぞれのベッド上の相手を組み敷いた。

「ああっ・・・・ いやぁっぁぁ・・・・」

まもなく澄子と美和子の悲鳴とも喘ぎとも区別のつかない切ない声が淫猥なハーモニーを
奏で始めた。
だが勝俣はベッドの上で繰り返され始めた凌辱劇には目もくれず、重い足取りで部屋を出ていった。

「(くそっ・・・・)」

ひどい倦怠感。鉛のようにずっしりと重い身体はほんの数歩歩くだけでもでしんどく、
もう喋ることすら億劫だ。さらに背中に走る鈍い痛み。ポケットから白い錠剤3粒を取り出し、
水なしで飲みこむ。当初は効き目のあったこの薬ももはや気休め程度にしかならない。

「(まったく・・・・ 佐藤を犯っている時は痛みもなかったのに・・・・
我ながらゲンキンな身体だぜ)」

実は勝俣の肝臓は肝硬変に蝕まれていた。ひどい倦怠感と背中の鈍い痛み、
そして先ほど園田が気付いた目の黄疸はこの病特有の症状だ。
生活安全課に異動させられた頃から体調がすぐれなかったのだが、忙しさにかまけて
医者に受診することなく市販の薬でごまかしてきた。
その後警察を追われて身辺の状況が激変し、泥山会に転がり込んで自堕落で不摂生な
生活が続くようになった。やがて一層身体の不調が顕著となり、耐え切れなくなって
病院で受診してそれが発覚したのだ。
肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、病状がかなり進まないと自覚症状が出ないことが多い。
症状がここまで重くなっていた勝俣の病状はかなり進んだものであり、口を渋る医者から
半ば強引に訊きだすと、もはや手の打ちようがない状態で、余命もあと1年ほどだと
宣告されたのだ。

「(1年・・・・)」

そして入院を勧める医者の忠告を断った病院の帰りに警察学校での同期と会い、
そこで美和子の警部補昇進や婚約を訊いたのだ。
何もかもなくした上に、唯一残された命にすらも期限を切られてしまった自分と比べて、
美和子は警察官として大いに活躍し、私生活でも女としての幸せを掴もうとしている。

「(畜生っ! どうして・・・・)」

その絶望と鬱屈のないまぜとなった負の感情が、一度は心の奥底に押し込め、諦めていた
美和子への復讐心と歪んだ欲情を再び昂らせ、爆発させた。
もう恐れるものはなど何もない。そしてどうせこのまま死ぬなら自らの欲望の全てを
果たしてやるのだ。そんな自暴自棄にも近い歪んだ感情、それこそが勝俣を今回の
淫惨非道な復讐劇に走らせた最大の理由であった。
隣室に入り、パソコンを立ち上げると、自分あてのメールに気づいた。
送信者は泥山会の有力幹部・阿久津からのものだった。彼はいま理由(わけ)あって
泥山会に匿われているある男の世話を任されている。

「何のメールだ?」

勝俣はそのメールを読み、さらに添付されていた画像を開いて見ると思わず声を上げた。

「おっ・・・・ これは・・・・」

しばらくそうしていただろうか、勝俣は暗い笑みを浮かべひとりつぶやいた。

「なるほどな・・・・・ あっちはあっちでお楽しみってわけか。それならこっちも
いいモノをお返ししてやらないとな」

勝俣は園田が保存した今夜の凌辱の宴の膨大な画像データを細かく分けてメールに添付し、
返信機能を使って阿久津に送信したのだった。

                  ※

裁判所の許諾は迅速に下りた。
澄子の携帯電話の電源は幸いつながっており、すぐにその位置を特定することができた。

「西多摩市の郊外ですね」

すぐさま所轄の西多摩警察署の署員が現場へと急行し、白鳥も目暮とともに車で向かった。

「(澄子さん・・・・ 無事でいてください)」

もちろん恐らく拉致されたのであろう美和子と高木の身も心配だが、今の白鳥にとって
何よりも澄子の身の安全が一番大事だ。
美和子を拉致した犯人グループの目的が彼女への復讐だとしたら、その手段として
彼らが美和子を凌辱する可能性はかなり高いといわざるをえない。そしてもしその
おぞましい歯牙が澄子にも向けられるたとしたら・・・・
白鳥は大きく首を振った。そんなことがあってたまるものか。澄子は単に彼女と間違われて
巻き込まれた被害者なのだ。そのことを彼らが慮ってくれれば・・・・ そんなはかない
期待をする白鳥だった。
現場に到着すると、いまだ西多摩署の警察官達は突入せずに待機していた。
現場近くから美和子の愛車のRX7も発見され、澄子とともに美和子・高木の2人が
監禁されていることも明らかとなって3人が監禁されているであろうビルまでは特定
できたのだが、具体的な相手の人数や拉致されてい3人の状況が分からず、ビルの周囲を
包囲したまま手をこまぬいていたのだ。
すると突然、ビルから一人の男が出てきて駐車してあった車に乗り込んだ。
既にその車が泥山会のチンピラである木島三郎のものであることは確認済みで、
さらに出てきた男が蜂須賀幹久であることもすぐにわかった。
現場で指揮をとる相模警部が決断した。

「今の男を至急確保し、中の状況を訊きだせ。そして状況が分かり次第突入する」

15分後、西多摩署の警察官達が一斉に部屋に突入し、白鳥と目暮もそれに続いた。

「(澄子さんっ!)」

そこで白鳥が見たもの・・・・ それは美和子がベッドの上で犬のような格好を
強制されて背後から男に刺し貫かれ、澄子が男の股間に顔をうずめ、その一物を
舐めさせられている姿。いや、正確にはどちらがどちらなのか区別はつかなかった。

「澄子さんっ!」

2人の男は素っ裸のままたちまち刑事たちに拘束され、美和子と澄子、そして部屋の
片隅で縛り上げられていた高木も助け出された。
さらに隣の部屋にいたもう一人の男も拘束され、その連行されていく男を見て、
目暮は思わず声を上げた。

「お前は・・・・ まさか勝俣なのか?」

足を止めた勝俣が顔を上げ、一瞬なつかしそうな目をして言った。

「久しぶりです、目暮警部」

目暮はその変貌ぶりに驚嘆した。確かに勝俣であることに間違いないが、当時のがっしりと
恰幅の良かった身体はむしろやせぎすで、顔色も極端に悪くまるで別人のようだ。

「ど、どうしてお前が・・・・ まさかあのことで佐藤君を恨んでこんなことを」
「それもあります」
「それもありますって・・・・ それは逆恨みじゃないかっ!」
「そうですね。詳しいことは取り調べでお話ししますよ」

そこで言葉を切ると、シニカルな笑みを浮かべて言った。

「できれば取り調べは白鳥警部補、いや今は警部ですか。彼にお願いしたいですな」
「なっ・・・・!」

目暮は言葉を失って首を振ると、刑事達に目配せした。

「連れて行け



      戻る   作品トップへ  第九章へ  エピローグへ