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***「あなたのために生まれてきました編」
「すっかり秋だねえ…」
洗濯カゴを片手に持って、オレは青い空を眺める。
雲ひとつない良い天気だ。きっと今日は洗濯ものもよく乾くことだろう。
リュウとゼシカは園に行ったし、マルチェロも仕事に送り出したし……あとは掃除をして、のんびりゲームでもやることにしよう。困ったねこの有閑マダムっぷり。まあ、甲斐性のある亭主を掴まえちまったオレが悪いんだけどね。
あ、言ってなかったかもしれないけどマルチェロは会計士だよ。その前はサラリーマンやってたんだけどね。アスカンタ商事って知ってる? そう、トロデーン、サザンビークと並ぶ三大企業ね。そこのエリートサラリーマンだったんだぜ。ま、ちょっとした事情があって辞めちまったんだけど……。あのまま続けてたら結構上の方まで行ってただろうな。今更こんなこと言っても仕方ないけどさ。それに、間接的でも辞める原因になったオレが考えていいことじゃない。
気を取り直してオレはさっさと洗濯物を済ませる。
手早く掃除を済ませて、おおっとおやつの時間。もらい物の饅頭を食べながら暴れん坊将軍を鑑賞していると、家の呼び鈴が鳴った。
インターホンの画面を見てから通話ボタンを押す。女の人だ。誰だっけ?
「いつもお世話になってますー。ゴルド生命です」
マルチェロが入ってる生命保険だ。保険関係は全部マルチェロに任せてるからよく分からないけどさ。
昔は財布もマルチェロが握ってたもんでね。ある事情で今はオレにやらせてくれるようになったけど。「事情」が多すぎる夫婦だって? まあ気にすんなよ。考えるならオレのことだけ考えてくれ。
「すみません。主人、事務所のほうに居ませんでしたか?」
申しわけなさそうに答えてみる。関係ないけど、”主人”っていい響きだよな! 旦那とか亭主とか色々呼び方あるけど、オレは主人ってのが一番好きだ。本当は”兄貴”が一番使い慣れてるんだけどさ。
「今日は奥様にご用がありまして……」
保険のお姉ちゃんが意外なことを言う。オレに用なんて珍しいな、と不思議に思いながらも、とりあえずドアを開けて対応することにした。
爽やかな笑顔で綺麗なお嬢さんが立っている。なかなか好みのタイプだけど、残念ながらオレは保険のことは決められないからな。新しい保険に入れって言っても無駄だぜ。内緒でマルチェロに保険かけたりしたらあいつに何されるか分からねえ。あ、今は出来ないんだっけ?
色々無駄なことを考えたが、オレの予想とは違って彼女の用件は保険とまったく関係ないことだった。
「今日は奥様がお誕生日ということで、ささやかではありますけど社のほうから記念品を」
え……誕生日?
…………。
忘れてた!!
声に出てしまったのだろう。お嬢さんが苦笑しながら記念品とやらを渡してくれる。
可愛い袋の中には綺麗な入浴剤が入っていた。彼女の話によると誕生日ごとに種類が違うんだそうだ。1年間限定でやってる企画で、先月から始まったらしい。保険会社も大変だよなー。
オレは丁寧にお礼をして、家の中に戻っていった。
カレンダーに目をやれば、確かに10月17日。本当だ。オレの誕生日じゃねえか。なんで皆して忘れてんだよ! ……まあオレも忘れてたんだけど。
ていうか、誕生日なんて忘れられてるのが常のオレにとっては要らんツッコミではある。リュウとゼシカはまだ幼稚園児だし、覚えてなくても当然。問題は愛しきオレのご主人さまだ。
あの人ときたらオレの誕生日を覚えていた例がない。意図的に忘れようとしてるんじゃないかと邪推してしまうくらいだ。誕生日プレゼントが欲しいオレとしては自分からアピールするしかない。しかし、今年はそのアピールすらするのを忘れていた。
家に帰ってきてから訴えるべきか。
そんなことを考えてみるが、なんていうか……むこうから一度くらい「おめでとう」って言ってくれてもいいんじゃね? そんな望みの薄いことを願ってみる。
もしかしたら……今年は思い出してくれるかも! そう考えるとちょっとドキドキしてきた。いいね、この胸がキュンってくる感覚。
よし、これでいこう。
そう決意したオレは、”自分から誕生日アピール”を今年やめることにした。
こんな健気なオレに神様は応えてくれるかもしれないな。
どうしよう、もしもマルチェロが誕生日プレゼントとケーキ片手に帰宅したら! オレはそれだけでテンション100まで上げる自信がある。
代わり映えのない一日だよなーなんて思ってた朝の自分にバギクロスかけてやりたい。スイートテンダイヤモンドなんかよりも価値のある思い出の年になっちゃうぜ。
妄想は膨らむばかりだ。
でもさ……そんなことあるはずないって分かってたんだよ。オレも。
次の日の朝。
携帯のアラームでオレが目を覚ますと、隣にマルチェロの姿がなかった。
綺麗に畳まれたパジャマ。机の上にあったはずのノートパソコンが姿を消している。
会社に行ったのだと瞬時に悟った。
なんだよ、今日早いなら言ってくれればいいのに。これじゃ夫が会社に出掛けるときに布団からいってらっしゃいする怠け主婦みたいじゃないか。ま、そんなことを言ったら「実際そうだろう?」と嫌味が返ってきそうだから本人には黙ってるけどさ。
携帯の時計を見てみると現在6時ジャスト。アラームが5時50分だから……本当あいつ何時に出たんだろう。
顔にも態度にも出さなかったけど、きっと忙しいんだろうな。そう思うと昨日のことも拘りなく「しゃーねえな」で済ませられる。日付が変わらないうちに家に帰ってきてくれるだけでも感謝しなくちゃ。誕生日スルー上等、マルチェロが居ればいいや。おおっと勿論子供たちもだぜ。
目を擦りながらキッチンに向かう。使用済みの食器とカップがシンクに置いてあるのを見てホッとした。ちゃんと食事はとっていったみたいだ。
そしてオレはもうひとつ、昨夜はなかったはずのものをリビングで見つけた。おそらく書置きだろう。マルチェロは几帳面だから、こういうことは忘れない。
だが、その文面を見てオレは驚き……思わず腰を抜かしそうになった。
馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、とうとう自分の誕生日まで忘れたか。
日々自堕落に生活している証拠だ。今後は改めるように。
言い忘れたが、今日は仕事で地方へ行くので早めに出る。
アホみたいによく眠っていたので起こさずにいく。感謝しろ。
朝食はとった。帰りはおそらく10時頃。夕食はいらん。
以上だ。
その書置きの隣には無造作に小さな袋が置かれていた。中身は新しいゲームソフト。誕生日プレゼントにしちゃ色気がねえ……。
苦笑しながらもう一度袋を覗いたら、それこそ無造作に小さな箱が放り込まれていた。
中身はピアス。おそらくこっちが本物のプレゼント。
嬉しくて踊りだしそうなのを必死に堪えて携帯を手にする。出るかどうか分からなかったけど、マルチェロに電話せずにはいられなかった。
数回コール音が鳴って、マルチェロが出た。最初のひとことは「やっと起きたのか」だと。オレは寝坊したわけじゃねえぞ!
「あんた、オレの誕生日覚えてたのかよ」
素直に礼をいって終わりにするつもりだったのに、可愛げのない言葉がでた。
「覚えてるなら言ってくれればいいだろ。性格悪いぜ」
更に可愛くない言葉が出た。誰かオレを止めてくれ。
この際どうだっていいんだよ。あいつからおめでとうの一言が欲しかったとか、直接プレゼントを貰いたかったとか、顔を見てお礼を言いたかったとか。そんなことどうでもいいくらい嬉しかったのに。
どうしてオレはこうなんだ! 自分自身が情けなくて涙が出てくるね。
『お前は何か勘違いしているようだが、私はお前の誕生日を忘れたことはない』
うそつけ!と、心の中で叫んでみる。
『本当だ』
うわ、すげえ……こいつ心の中読めんのか?
『例年こちらが何かする前にお前が煩く言っていただけだろう。今年は忘れていたようだったので、いつ思い出すか楽しみにしていた。とうとう思い出さなかったようだが』
オレってばマルチェロを騙し通すことができたらしい……。あいつときたらいつも何でもお見通しでさ……今まで随分悔しい思いをしていたけど、なんで今回に限って成功しちゃうかな。
『まったく……。フェイントまで用意したのに、残念なことだ』
ゲームソフトでフェイントかけてオレが文句言ったところを貴金属で攻めるってか。その光景が容易に想像できるぜ。
「院を出てから……くれなかったときもあったじゃん。あの時も覚えてたのかよ」
まだ言うかオレ。プレゼント貰っておいてキレるってアホだろオレ。
マルチェロに逆ギレされても文句言えない状況だ。今日のオレはグランドクロスもメラゾーマも甘んじて受ける。
……離れてるから無理だけど。
それに、どういうわけか今日のマルチェロはメラやかまいたちの心配もないくらい冷静だった。
『勿論覚えていたが?』
「本当かよ。じゃあさ、そんときのプレゼントはどうなっちゃったわけ?」
『後から渡したはずだ。1月頃に何かもらった記憶はないか?』
そういえば―――。
そういえば、何かもらったような気がする。理由はその年その年で変わっていたけど。
「間違って買ったから」とか「そろそろ古くなっただろうから」とか……そんな感じで靴とか財布とか貰ったかもしれない。それも、今思えば同じ時期だったような気がする。
『1月……。1月12日だ。誕生日を逃したときは、必ずその日に渡していた』
「なにか、意味がある日なの?」
本当に分からなかったので、素直に聞いてみる。
そして、少し間を空けてからマルチェロが答えをくれた。
『お前が、院に来た日だ』
オレはしばらく言葉が出なかった。
初めて聞いた。昔のこと。
物心ついたとき、オレはもう院にいた。そのときにはもう親が居ないことを知っていた。
どうしてオレに親がいないのか。どうして院に預けられたのか。気にならないと言ったら嘘になるけど、オレは自分から聞こうとしなかった。
オレにとっての家族は同じ院の子供たち。そしてマルチェロ……。マルチェロがいるなら、過去なんてどうでもいいって思ったんだよ。
『雪の降った夜だ。母親がお前を連れてきた』
―――悪いが、それ以上は話したくない。
そう呟いたマルチェロの声が怒りと悲しみに満ちていて、オレはそれ以上聞く気になれなかった。
きっとオレは不幸な身の上だったんだろうな。でも、そんなことはどうでもいいや。
父親が死んだときにも思ったけど、オレにとって一番大切なのはマルチェロ。幼い頃からオレの兄としてそばにいてくれた彼と共に過ごしてきた日々だけだ。
オレが院に来た日。それは親に捨てられた日じゃない。
「オレとマルチェロが初めて逢った日なんだな」
オレの小さな呟きは、マルチェロにも届いていたらしい。
『そういうことだ』
マルチェロの声音はどこか満足げ……そう聞こえるのはオレの自惚れかね。
「誕生日よりも大事かもしれねえよ。そんな大事な日、なんで教えてくんねえの? やっぱ性格悪いぜマルチェロ」
『それはそれは。大変すまないことをした』
からかうような口調で問いかけると、飄々とマルチェロが答えてくれる。
ああ本当……オレ、生まれてきて良かったね。
両親のことは殆ど何も知らないけれど、生んでくれたことには感謝してる。
生まれてこないことにはマルチェロにも逢えなかったしさ。
それに、ゼシカとリュウもいなかったし。
『ところでお前……ゼシカとリュウは起こしたのか?』
見事なタイミングで突っ込みをいれたマルチェロ。
その理由はきっと”オレと同じこと考えてたから”だって。これはきっと自惚れじゃないな。
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マイ設定(パラレル編)ではククールは10月17日生まれ。
マルチェロは6月6日生まれにしてます。
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