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***「お菓子のように簡単に 後編」
『ああ、このまま時間が止まってしまえばいいのに』
テレビドラマの女優がそんなことを言っている。
大して興味もないものだったが、今日ばかりは”時を止めるどころか息の根を止めてやってもいい”と心の中で突っ込みを入れた。
”マルチェロは祈りを込めて十字を……”
私の下のほうに流れている謎のテロップ。
心の中だけのつもりだったが、無意識にグランドクロスを発動しそうになっていたらしい。やれやれ、もう少しで新しく買ったばかりのテレビを潰すところだった。
不承不承立ち上がって冷蔵庫の中から新しいビールを出す。すると、ちょうどその時ククールがリビングにやってきた。
「もう3本め? 飲みすぎじゃねえの?」
「話とは何だね?」
引き伸ばしても仕方ない。単刀直入に切り込むことにした。
時は金なり、だ。無駄なことに時間を費やす気にはなれない。さあ、矢でも鉄砲でも持ってくるがいい。今の私はゴルドを崩壊させることだって出来る。その程度にはイラついているのだ。
とことん開き直ってソファに腰掛ける。と、ククールは何かを小声で呟きはじめていた。
何事かと思って耳を澄ます。そして同時に生命の危機を感じて蒼くなった。
ああ、確かに私は矢でも鉄砲でも持って来いと言った。だが……
いくらなんでもザラキーマはないだろう!?
「落ち着け、ククール! 話せば分かる」
「これが落ち着いていられるかよ! 問答無用だ」
大暴れするククールをなんとか押し倒して床に縫いとめる。
すると、あれはふっと力を抜いて私に抱きついてきた。
とりあえず一安心……ホッと息をついたのも刹那のこと。何気なく視線を後方に向けてみれば左手に地獄のサーベルときたものだ。慌てて身を翻して避け事なきを得たが、ククールはすかさずバギクロスを発動してきた。―――腕を上げたものだな……。なんて、今は感動している場合ではない。
「ククール……! これはどういうつもりだ」
「うるせえよ! 自分の胸に手を当てて考えてみやがれ」
手を当てるなら自分のではなくククールのでお願いしたいところだが……いや、そんなこともどうでもいい。
とりあえず本気で私を殺そうとしている目の前の人間を何とかするのが先だ。
「ククール、落ち着け! この前の外食代は私の奢りにしてやる」
「そんなもんで騙されるかよ!」
「では、新しい服を買ってやる。今なら靴もつける」
「もう一声!」
「くっ……! ククール、私から何もかも奪いつくすつもりか!」
そんなこんなのドタバタを超え、なんとか私はククールを落ち着かせることに成功した。
身体的にも金銭的にも痛い目をみたが……それは致し方ない。まずは、なぜククールが私を闇に葬ろうとしたのかを問い質さねばならないだろう。
「いや、その……つい、うっかり」
でへへ、と笑いながらククールが言った。
うっかり者めvと言ってやれるほど出来た人間ではないのでメラをお見舞いしておく。
「痴情のもつれ……?とか」
なぜ疑問系なのだ。
もつれる前に襲い掛かってきたのは間違いないのでメラミをくれてやる。
「別れ話がこじれて……」
ワイドショーのトップニュースか何かか。
こじれる前にザラキーマだったのは事実なのでメラゾーマで締めておく。
私の攻撃に手早くベホマをかけてククールは立ち上がる。いつも思うが、これの打たれ強さは大したものだ。
回復を終えるまで待ってやって(これは私の優しさだ)尚も詰問すると「うーん」と呻ってからやっとククールが結論を出した。
「じゃあ、やっぱり……”ついうっかり”かなぁ」
「なるほど。まあいいだろう」
何かが間違っているような気がしないでもないが、この際どうでもいい。
「何か私に言うことはないのかね? ククール」
「ついうっかり殺意が芽生えてごめんなさい。許してくれる?」
両手を合わせて上目遣い。あまりの可愛さに溜め息が漏れる。
「仕方のないやつめ……」
こちらもついうっかり絆されて、これまで何度許してやったのか数えるのも嫌になってきた。(ちなみにこれで15795回めだ)
「で、本当の理由はなんだ。言ってみろ」
当然先程の答えで納得できるはずがない私が少し厳しい口調で問いかけると、ククールは少し躊躇いながらも事の次第を話し始める。あれも服とバッグと靴の誘惑には負けたらしい。誰に似たのかモノで簡単に釣れすぎだ。
「マルチェロが綺麗な女の人と密会してるって。背が低くておとなしそうな……マルチェロより3歳年下の賢い女性だって聞いてさ」
―――ばかばかしい。くだらん伝聞に惑わされおって。
呆れてものも言えないが、どうやら不安にさせたらしいので今回は下手に出てやることにする。
「噂に翻弄される前にすべきことがあるのではないかね? まずは私に事実を問うこと……なぜそれが出来んのだ」
しゅん、とした表情でククールが小さく謝罪する。
素直に謝ることができたので、褒美に頭を数回なでてやった。
「残念ながら、私に付き合えるような物好きな人間はお前以外にいないのだ。長い付き合いなのだから、その辺りは解っていてもいいのではないか?」
「うん……。疑って本当にごめん」
「分かればよろしい」
色々あったが何とか事の収束をみることができたらしい。
それにしても散々な夜だった。ありもしない浮気の疑いをかけられ、ククールを口説いている男の存在を知り……。今日はもしかして仏滅なのかと何気なくカレンダーを見る。
”10月31日 赤口”
なるほど、仏滅に負けず劣らずの大凶の日だったか……。と訳のわからない納得をした私だが、もうひとつ書いてあった文字を見て愕然とする。同時にある可能性に気がついて肩を震わせた。
「ククール、お前……私が密会してるとかなんとかの話は一体誰に聞いたんだ?」
きょとんとしながらも、ククールは質問にあっさり答える。
「え? ゼシカだけど?」
それが予想通りの人物で、思わず私はうな垂れた。
そうだ、今日は”ハロウィン”だ。
お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!と、子供が脅迫や強盗まがいのことを認められている”その日”だ。
確かに私たち夫婦はリュウとゼシカに菓子をくれてやることはなかったが……悪戯にしては少々度が過ぎているのではないか。というかむしろ、あのふたりは「Trick or Treat」のひとことすら言わなかったではないか!
翌朝、私はリュウとゼシカに大量の菓子をくれてやった。
ゼシカは「あら、1日遅れのハロウィン?」などと言っている。やはり昨夜のことは、子供たちの”私とククールに対する悪戯”だったのだと確信した。
「……菓子ならいくらでもくれてやる。今後は度の過ぎた悪戯は控えなさい」
怒りを抑えつつ、そして内心悪戯だったことにホッとしつつ私が言う。が、ゼシカとリュウはその辺の子供よりも性質が悪かった。
「私もリュウもお菓子なんて要らないわ。ただ、悪戯がしたかっただけよ。だからハロウィンに乗じてやらせてもらったってわけ」
「ゼシカ、お前……」
今まで何度も言ったことだが、あえて今日も言わせてもらいたい。
私は子供たちの育て方を間違った。
我々を悪戯で翻弄し、結果的に大量の菓子をも奪っていった。昨日今日との二日間、私のダメージは計り知れない。金銭的な面では多大なる損失を、そして身体的、精神的な面では厳しい打撃を充分すぎるほど頂いた。(なんせ私はククールに殺されかけている)
「あとでククールには事情を説明しておきなさい」
そう言うのが精一杯。ゼシカは素直に「はぁい」なんて返事している。
勿論私としてはリュウの謝罪と説明も欲しいところだ。一時はテレビを破壊しそうになり、更には世界を滅ぼそうというところまで行ったのだ。謝罪もなしに許せるかと無言の訴えをリュウに向ける。
だが、出てきた彼の言葉は意外なもので。
「僕は何も言うことはないよ」
「……なんだと?」
飄々と言い放つ息子を睨みつけてやったが、そんなものはお構いなしでリュウは満面の笑みを浮かべる。
「ゼシカがククールに言ったことは全部嘘だけど、僕が言ったことは全部本当だもん」
なんだと!?
「沢山お菓子をもらった御礼に教えてあげるね。ククールはちゃんと断ってたよ。『申し訳ないけど、オレには大切な人がいるから』って。
良かったねマルチェロ。でも、今回は事なきを得たけどこれからはどうだか……。努々油断しないようにね」
油断も何も……。あれが私以外の人間に心を動かすことなどあるものか。
今回は”ついうっかり”疑ったが、ククールは絶対に私の傍から離れはしまい。
―――だが、しかし。
「リュウ」
「なに?」
「昨夜の発言は撤回する。もし、その時が来たとしても……私が簡単に負けを認めることはない」
「そうこなくちゃね」
アドバイスはありがたく頂戴しておく。
あれは私のものだ。
子供に菓子をくれてやるように簡単には渡せないのだと……ハロウィンの夜に改めて知った。
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