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弟が私に囚われながら生きてきたように、私自身も弟に囚われながら生きてきたのかもしれない。
弟と初めて逢ったのは、私が17の時だった。弟はまだ6つになったばかりだった。
私は騎士団見習いの期間を終え、正式な騎士として認められようとしていた頃で……やっと手に入れた騎士としての自分と、修道院での立場をまたこの小さな少年に奪われるのかと辛く当たった。
それまでの私にとって、異母弟の存在そのものが悪だったからだ。
私の受けるはずだった恩恵も、立場も全てククールに奪われた。結局は母までも失うことになり、私には妾腹の子という蔑みの言葉のみが残ったのだ。
しかし、全てを私から奪ったはずのククールが、全く幸せでなかったことを知ってしまった。
それも当然のはずだ、あの男の下でククールが幸せだった筈がない。
父の正妻……ククールの母は、望んでドニ領主の元に嫁いできたわけではなかった。彼女には愛しあう男がいたが、金と脅しとで容赦なく引き裂かれ泣く泣くあの男のものになった。
子ができなかったのも、彼女の抵抗だったとしか思えない。
あの男が私の母を陵辱したのは、正妻に対する見せしめということになっているが実は違う。あの男はある席でからかわれたのだ。お前は種無しかとね。
自分が正真正銘子を設けることができる男だということを証明したかったのだろう。馬鹿馬鹿しい。そんなくだらないことに母は利用されたのだ。
ククールの母とは数回しか逢ったことはないが、私に対しては悪くない態度だった。
みすぼらしい格好をしていれば主人の名のもと服を買い与えるよう手を回す。学びの場を手配したのも彼女だった。そのとき決まっていう台詞は「跡継ぎとして恥ずかしくないように」。もしかすると私を領主の後継者として認めていたのは彼女だけだったかもしれない。同情からか、それとも責任を感じたからかは知れないが、母に対しても水面下で施しをしていたらしい。表立って行動すれば周囲の目が厳しくなることを知っていた、聡明な女だった。
しかしそんな彼女も自分の息子に愛情を注ぐことはなかったらしい。
憎い男の子を孕んでしまったことを悔いる毎日、一度わざと堕胎するために冷たい川に入ったこともある。産み落としてからも育児は一度もせず、自分の乳を与えたこともない。
領主も同じだ。自分の子に興味を感じたのもほんの僅かな間で、あとは享楽に耽る毎日だった。
かつては裕福だった家も堕落しはじめていて、ククールの物心がついた頃にはちょっと裕福な平民と変わりない…もしくは劣るような生活しかできなかった。
私の中でククールへの憎しみが薄れていくのを感じた。あれも知っているかもしれないが、私の態度が軟化していた時期がある。
最初が最初だっただけに、今更表立って優しくしてやることは出来なかったが……私はそれなりに弟を案じ、見守っていた。
君も知ってるかもしれないが、修道院というところはそう清廉な場所でもなくてね。
騎士団に入ってからというもの、穢れた現実をまざまざと見せ付けられ、私は荒み始めていた。
そんな中で私は弟にあることを願うようになる。
どうか美しく育つなと。無茶な話だが願わずにはいられなかった。
しかし、私の願いを砕くかのようにククールはどんどん美しく成長していった。
私はあれを護るために必死だった。自分と同じような目には遭わすまいと…その程度の愛情は持っていたつもりだ。
その頃副団長になって力を持ち始めていた私はククールをなるべく表に出さぬよう下働きのような真似をさせ、その間ククールをなんとかして修道院から出す方法を考えていた。周囲からは追い出そうとしているように見えたかもしれないな。歪んだやりかただったかもしれないが、他に方法を思いつかなかった。
しかしククールは修道院を出ることを頑なに拒んだ。
あろうことか、騎士団に入りたいとまで言う。腐敗し始めたあの騎士団にだ。
その頃から私はあれを憎むようになったのかもしれない。何かとククールに辛く当たるようになった。
それでも多少の情は残っていたんだろう。最悪の事態だけは免れようと、評判の悪い貴族が修道院にやってくるときは言いがかりをつけて部屋に閉じ込めたりもした。妖しげな祈祷の話は全て水面下で握りつぶし、安全だと思われる場にだけ向かわせるようにした。
だが……あれはいとも簡単に道を踏み外した。私が数日不在にしている間に。
そして軽い口調で、私に言った。
『自分の見た目の価値くらい自分でよく分かってますから。周り見て覚悟はしてましたしね。騎士団のお役に立てるならいくらでも俺をお使いください、副団長殿』
本気で憎んだ。同じ血が流れていることに寒気を感じたのは、その頃からだ。
君が初めて修道院を訪れたとき、不確かだが、何かが変わるような気がしていた。
トロデ王も老獪で面白い人間であったし…ああ、あの頃は魔物の姿であったが…何よりも君だ。とても澄んだ瞳をしていた。こう見えても人を見る目はあるつもりでね。
ククールを預けたのはドルマゲスを倒すことだけが理由ではない。何かを諦めたように修道院で日々を送っているククールが、広い世界で何かを得ればいいと思ったからだ。
ん…? これはさすがに違うな。すまない。
実は、やる気がなくて問題児で目障りなククールを追い出すいい機会になったと思っていた。あの頃私の感情など、その程度のものだ。
それでも君たちに預けたのは正解だったと思っている。ククールを毛嫌いしていた、当時の私にしては上出来だ。
信仰していた神に裏切られ続けて、私は歪んでしまったのかもしれないな。
穢れた現実に憤りを感じてみても、神はなにもしてくれない。
どんなに祈っても異母弟は思い通りにならず、母もオディロ院長も死んだ。剣や魔法に長けていても、大切なものひとつ護ることができなかったんだ。
もう、信じられるものは自分自身のみだった。嘆いても悔やんでも仕方がない、自分がなんとかしなければならないのだと。
力が欲しかった。血を分け合った実の弟さえ、どうでもよくなるほどに。
確かな力を得るためなら、それまで軽蔑していた権力者たちに媚びるのも苦ではなかった。誰を泣かせても、誰に恨まれても構わなかった。
力さえあれば、何かが変わると……本気でそう信じていたんだ。
だが、暗黒神の邪念すらも抑えた私も君たちに敗北した。
そのときの私に何が足りなかったのか、今なら分かる。
―――私は、簡単に捨てすぎたのだ。
私は何のために力を欲したんだろうな。
母と私の人生を狂わせた者に対する恨みか?
出自を嘲った権力者たちを見返してやりたいからか?
この世に私という人間を存在させた神に対する反抗か?
それのどれも間違ってはいない。しかし、正しくもないのだ。
私はきっと…奪われるのを畏れていただけだ。
力があれば、もう誰も私から奪うことなどできないと。
自分は簡単に捨てたというのにな。愛情も、優しさも……。必要ないものとして容赦なく切り捨てた。
自分の中の弱さを認めることができなかったこと、それが私を強くできなかった原因かもしれない。
私は「捨てた」。ククールは―――君たちもだが…「捨てなかった」。
この違いが、聖地ゴルドでの命運を分けたのだろう。
ククールが旅を通じて変わっていったことには気付いていた。
サヴェッラで私が嫌味を言ったら反論してきただろう? 正直、吃驚した。
それまでのあれは、何を言っても適当にかわすか投げやりに相槌を打つかだんまりになるか…それのどれかだったからな。
幼少の頃はそうでもなかったが、歳を重ねるごとに感情の起伏を見せなくなった。
君はククールの笑顔を見たことがあるんだろうな。私にはそんな記憶はないが…。
素晴らしい仲間に出会えて、ククールは幸せだったろう。心身共に、本当に強くなった。今は彼が弟であることを誇りに思う―――。
私はこれからもククールに囚われながら生きていくだろう。
しかし、彼はもう私に囚われる必要はない。
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