扉の前に突っ立ち、チャイムに指を伸ばそうとするも触れる前に指を引っ込める。かれこれ数分、それを繰り返していた早坂だったが、胸元から小さな鳴き声が聞こえると、意を決してチャイムを押した。ガチャリ。ドアが開く音に早坂の鼓動が微かに速まる。
「……何?」
扉を開けたのは愛想の無さそうな若い男で、自分にとっては苦手なタイプ。だが、腕の中にいる小さな命の為に早坂は緊張した面持ちで口を開いた。
「あ、あの…十七号室の早坂です。えっと、その、子猫…飼いたいんです……けど」
おずおずと、だが何とか表面上は笑顔を見せる早坂の腕の中の黒い毛玉に目をやった男は小さく鼻を鳴らした。
「駄目だ。このアパートはペット禁止。捨てて来い」
「っ!! 待って下さい!!」
言うだけ言って閉めようとした扉の間に何とか身体を滑り込ませて来た早坂に男は露骨に苦虫を噛み潰したが、早坂は怯まずに声を張り上げた。
「お、お願いします! 飼わせて下さい!! ちゃんと躾はしますから!」
「駄目だって言ってるだろ? 帰れ」
「御迷惑をおかけする事はしませんから!」
突き放しても、なお食い下がる少年に男は深く溜息を吐き、部屋の奥の方へ顎をしゃくった。
居間のソファーにちょこんと座る早坂と胸元の子猫を交互に見ながら男は煙草に火を点けて煙を燻らせる。嫌だな、あんまりこの子に煙草の煙とか吸わせたくないんだけど。心中でそう思っても、それを口に出したら子猫の運命が最悪な方向に向いてしまう事は充分に分かっていた早坂は、ただひたすら黙って俯き、相手の男が口を開くのを待った。
「…お前がその猫飼うのを許可したら、他の住人が動物連れてきた時も許可しなくちゃなんねぇんだ。分かるだろ?」
「分かってます。でも…」
相手は漸く口を開いたが、その口から出た大方予想出来ていた台詞に早坂の視線が一層下に向けられる。揃えられた自分の足とベージュ色のカーペットが目に入った。
「どうしても、その猫は捨てられね?」
「はい…」
「そっか。じゃあ……」
溜まっていた煙を大きく吐きながら煙草を灰皿に突っ込んで揉み消し、ゆっくりと向かい合って座っている早坂の横へと近付く。男の行動の意図が分からずにきょとんとする早坂の悲鳴に似た叫び声が次の瞬間に響いた。
「駄目ーっ!! やめっ…止めてぇえーっ!!!」
素早く早坂の腕から子猫を奪ったかと思うと、そのまま壁に叩き付けようと構える男の腕に早坂は叫びながら飛び付き、首を何度も横に振った。
「何だよ、お前が自分の手で捨てられないって言うから俺が処分しようとしただけじゃねぇか」
「そ、そんなのっ、嫌だっ……お願い、止めて…」
「……………」
腕にしがみ付き、手の中で己の身に降り掛かっている状況が分からずに目を丸くして呑気に鳴く子猫に手を伸ばし、その小さな命の為に涙をポロポロと零して懇願する少年の顔を改めて凝視した男は不意にニヤリと笑った。
横目に入って来る子猫の穏やかな寝顔がジワリと滲む。…大丈夫、君は僕が守るからね。心の中から優しく声をかけ、何とか微笑を浮かべようとする早坂の黒髪が乱暴に掴み上げられた。
「よそ見してねぇで、ちゃんとやれよ。手ぇ抜いたらあの猫がどうなるか聞いただろ?」
「………………」
一瞬、床を見詰めた後、ゆっくりと顔を上げた早坂の口の先には既に硬度を増している男の象徴物。うっすらと濡れた唇を恐る恐る開いて口内に導くと、頭の上から男の微かな吐息が聞こえた。
「全く…たかが子猫一匹の為にこんな事するとはねぇ。ホント、お前は馬鹿……いや、優しいんだなぁ」
「……んっ、うっ、ぅ……」
想い人のもの以外は口に含んだ事も触れた事も無いそれの感触に腹の中心辺りが微妙に重くなり、込み上げてくる何かを口内に流れて来る蜜と共に必死に飲み下す。眉を顰めて苦悶の表情を浮かべる膝立ちの少年を満足げに眺めながら男は口の端を大きく吊り上げた。
「お前、何か慣れてるな。こんな事するの初めてじゃないんだろ」
「…!!」
突然指された図星に肩が跳ね、瞬く間に頬に紅が点す。思わず視線を下に向けた早坂の黒髪を男の手が丁寧に梳いた。
「そう言えばお前、友達とか言う男と二人で部屋借りてたよな。…そうかそうか、アイツは“友達”じゃなくて、本当は“恋人”なんだな?」
「そ、それは……っ」
「口答えする暇あったら、ちゃんとやれよ」
「ぐっ……!!」
何とか頭の中で即興の弁解を作りながら口を離す早坂だったが、その弁解も捻じ込まれた本体に封じられ、大粒の涙が頬を伝った。
「…何てな。お前らは知られてないつもりだろうが、住人にはバレバレなんだぜ?」
「っ!?」
「お前ら、週一の割合でヤッてるだろ。大体、土日辺りに」
「…………」
嫌だ、言わないで。急激に熱くなって来た顔を横に振る事で拒絶の意を表すが、相手はその反応すら楽しんでいる様子で早坂の頭を押さえ、ゆっくりと腰を前後させた。
「お前の近くの部屋の奴がよく言ってるぞ? 最初は声抑えてるみたいだけど、段々声がでかくなって最終的にはアンアン鳴いてるって。お前だろ? 鳴いてる方は」
「…んっ、うぅ…!」
「…“駿君、もっとして”、“中に出して”そう言うのぜーんぶ丸聞こえだったんだぜ? やらしいよなぁ。普段、真面目そうな顔してるくせに」
そんな…。今まで感じた事の無い熱が早坂の顔を真紅に染め、瞳に新たな涙が浮かぶ。聞こえてたの? 僕のいやらしい声を皆、聞いてたの? 考えれば考えるほど熱は高くなり、羞恥の余りに身体が震え出す。男の笑い声が頭上から聞こえて来た。
「引っ越そうとか考えるなよ? お前の声をオカズにしてる奴も結構居るみたいだしな。……さてと、それじゃ俺も本格的にお前を楽しませて貰おうかな」
「…ぅ…ん…ふっ…、ぅぐ……っ!…うぇっ……げほげほっ…かはっ…!!」
急に忙しく頭を揺さぶられたかと思うと口内への侵入物が爆発し、不慣れな味と粘り気が喉の奥まで飛びこんで来る。喉に叩き付けられた衝撃に涙に濡れた目を見開き、反射的に顔を横に向けてむせ返る早坂の熱い頬を白濁の残りが容赦無く汚した。
「チッ、何だよ。吐き出しやがって。汚ぇなぁ」
「ぐっ、ごほっ…!」
赤い顔を涙と精で汚した少年が唾液混じりの種を細い糸を引きながら吐き戻しつつ、不平そうに見下す男を上目使いで見上げて来た。
「けほっ……はぁ、はぁ…も、もう…良いんですよね? …これで…あの子は……」
「あぁ、あの猫の命は助けてやる。だが、このアパートで飼う為には」
一旦言葉を切り、相手の肩を掴む。不安そうに肩に手をやる少年の顔を覗き込んで、男は続けた。
「俺とヤッて貰わないとな」
「っ!! そ、そんな…」
「良いから言う事聞くんだよ! 可愛い子猫を捨てたくないんだろ!?」
「嫌だあぁぁっ!!」
男と性を交える事と子猫を捨てる事と言う二つの事に対する“嫌”を繰り返す早坂の身体が近くのベッドに沈み込まれる。服脱げよ。耳元に近付いた男の口から性交の始まりを意味する言葉が聞こえた。
ベッドの上で早坂は自分の服の裾をキュッと掴み、暫く躊躇している様子を見せていたが、四肢を伸ばして眠る子猫に目をやった瞬間、唇を真一文字に結んで服を脱ぎ始めた。恐る恐る最後の衣服である下着を下ろし、足の指先に引っ掛かったそれをスッと手にとって力無くベッドの横に落とした瞬間、男の手が早坂の身体を横倒しにする。相手の手が肉付きの良い双丘の片方を掴んで横に引っ張ると、早坂の口から小さな悲鳴が漏れた。
「へー、彼氏とヤリまくってる割には締まってて綺麗じゃん」
「…ヤ、ヤリまくってるだなんて…そんなっ……」
露出された蕾に対する口笛交じりの感想に早坂の頬の熱が高まり、瞳の底に涙が浮かび上がる。強い羞恥とこれからされる行為への緊張と恐怖に身体を震わせる早坂の反応は男の加虐心を刺激し、人差し指から薬指までをゆっくりと舐りながら唇の片端を吊り上げて笑った。
「っ! あ……やあ、ぁ…っ!!」
「お、すげ。いきなり指三本でもすんなり入りやがる。やっぱ、場数を踏んでいる内に解れて来たのかな?」
「だ、駄目っ………乱暴にっ…しないでぇ…!」
唾液にうっすらと濡れた指を無遠慮に捻じ込まれる事から生じる痛みに首を激しく振り、掴んだシーツに顔を埋める早坂だったが、その心中とは裏腹に腰は無意識の内に高々と上がり、下腹部は顔と同じように熱くなって来るのを感じる。その性的反応を相手が見逃す訳が無かった。
「乱暴にされて感じてるのは誰かなぁ? …ココもこーんなに硬くしやがって」
「ひあっ……ぃや……や、やめっ…! んっ、はぁはぁ……」
既に先端を露で滲ませているそれを家畜の乳を搾取するように強く握り、その手を激しく上下させると、呆気なく溢れ始めた露が手を濡らすと同時にシーツの上に零れ落ちて斑点を描き、拒絶の言葉ばかりを吐き出す口からも快楽混じりの艶かしい息が漏れ出始めた。相手の反応に応えるかのように扱く速度を速めると、少年の細い腰がより強い快楽を求め、本人の意思を無視してゆらゆらと揺れる。誘っている風に見える自分のはしたない態度に早坂は硬く目を閉じてシーツを引っ掻いた。
「あーあー、自分で腰振り始めやがって。そんなに欲しいのか?」
呆れたような台詞に嘲笑を混ぜ、露で濡れた手を腰と同じく浮き上がった胸元に滑り込ませて自然と膨らみを帯びていた突起を強く抓むと、早坂の身体を電流が走り、感電したそれはビクンッと跳ねる。開きっぱなしの口から、短い悲鳴(嬌声かも知れない)が飛び出た。
「ぁ、あんっ!」
天を仰いで汗を散らしながら、早坂は思った。相手が駿君だったら“もう、駿君の頂戴”って、おねだりするのに。駿君…。望月の事を思い描いた途端に自然と涙が頬を伝ったが、相手はそれも快楽による涙だと都合良く思い込み、汗に濡れた背中をやたら丁寧に舐った。
「よしよし、泣くほど気持ち良いんだな。もっと気持ち良くしてやるよ」
「…はぁっ、ぁ……や、やだっ………」
「へっ。どうせ一回入れちまえば、よがるんだろ?」
「そ、そんな…事、なぃっ……あ、あぁーーっ!!」
最後の抵抗と言わんばかりに身体を捩じらせるが、上にいる男の手が自分の後頭部を乱暴に押して顔をシーツに埋めたかと思うと腰の辺りに相手の身体が密着してくる。その後に続く圧迫感に息を呑んだ時には、鈍い衝撃が身体を貫いていた。
「やっぱ、ヤリまくってるだけあって締め方とか上手いよな。搾り取られそうだ」
「んぁ…あっ…嫌、あぁ………!!」
無意識の内に男を愉しませているらしい己の身体を呪いながら、早坂は幾度も心の中で謝罪した。駿君、ゴメンね、ゴメンなさい。僕は、君以外の人に身体を捧げてしまいました。でも、僕、こんな事になるなんて思わなかったんだよ?
…ただの言い訳にしか…聞こえないよね……。
「あっ……!」
考え事をしている間に顔を掴まれ、男の顔が迫って来る。唇を吸われ、口内を蹂躙する舌の感触に早坂は眉を顰めて身体を震わせ、新たな涙をシーツに落とした。
「ふあ………ぁ…」
何もかも奪われて行く感覚は心を罪悪感で満たし、自然と表情に悲しみを滲ませる。早坂の柔らかな唇を幾度も堪能していた男はニヤリと唇の端を歪めて笑った。
「どうしたんだよ、そんなツラして…。もしかして、早くイキたいのかな?」
「っ…!ち、ちがっ………」
「ハハッ、遠慮しなくて良いんだよ」
「ぃあっ…あ、あんっ…ぁ…あぁんっ…!!」
突如激しく突き上げられた勢いに呑まれて派手な嬌声を上げ始めた早坂に相手は満足そうに笑い、腰の下で雫を散らしながら揺れている本体をゆっくりと包み込んだ。
「んっ! …ぅ……あはぁっ…」
密かに望んでいた行為に心地良い寒気が全身を貫き、自分を擦ってくる感触は腰を浮かせる。開きっ放しの口から漏れる嬌声のリズムが徐々に細かく刻まれ始めた。
「あ、あ、あっ、だ、駄目……イっ……イキそっ…イッちゃうぅ…!」
恥辱と罪悪感を僅かな間ながら快楽に塗り替えられ、相手の絶頂さえも促すように腰を淫らに揺らしていた早坂は虚ろな目で虚空を見詰めていたが、突如その瞳を硬く閉じてシーツを強く握った。
「あっ……あぁぁ………」
何処か気の抜けたような声を震わせる少年の両足の間から、白い種が勢い良く射出されて行く。快楽を吐き出すと同時に舞い戻って来た罪悪感に顔を赤く染めて泣きじゃくり出した早坂の背後で顔を歪めた男が細い腰を掴むと、あっ…と早坂の口から不安げな声が漏れた。
「じゃ、お前も気持ち良くイッたみたいだし、俺も出すとするかな♪ ……お前の中で」
「!! や、やだっ…!」
「そんなに嫌がるのは、やっぱり彼氏にバレるのが怖いからかな? 可愛いねぇ。可愛いから余計に苛めたくなっちまうな」
身体を密着して顔を耳元に近付いて囁いた後、忙しく身体を起こして腰を打ち付けて来る。その音と勢いに不安げに背後を窺いながら、早坂は涙声で改めて懇願した。
「お願いっ…だ、出すなら……外に…」
「出す訳ねぇだろ。このままイカせて貰うからな……くぅっ……!」
「!! 駄目っ! 中は駄目っ…嫌ああぁーーっ!!」
喉の奥から搾り出す拒絶の叫びも空しく、焼け付くような熱がドクドクと体内に流し込まれるのを感じた早坂はシーツに顔を埋めて啜り泣き、その反応を見た男は満足げに腰を引いて、汗ばんだ早坂の背中を撫でた。
「お前、すっげぇ良かったぜ。あの彼氏には勿体無い位だ」
「……うっく、えっ…うぅっ……」
早くも後ろから溢れ出始めている体液に嫌悪感を覚えながら、早坂は心の中でひたすら繰り返した。駿君、ゴメンなさい、ゴメンなさい……!! にゃあ。不意に耳に飛び込んだ声に、謝罪の言葉を一瞬忘れて顔を上げると何時の間にか目を覚ましていた子猫が自分に額を擦り付けて喉を鳴らしていた。
「…………」
そうだ……これで良かったんだ。僕は、この子の為に頑張ったんだ。無理矢理、自分を納得させて小さな身体を抱き締める早坂だったが、彼の背後から残酷な台詞が聞こえて来た。
「お前、携帯の番号教えろよ。ヤリたくなったら呼ぶからよ。その猫飼いたいんだろ?」
「―――――!!」
彼は何処までこの子を利用して僕を苦しめる気なのだろう? 相手の突き出す酷な条件を聞いた早坂は瞳に涙を溜めて唇を噛み締めたが、結局腕の中の子猫の頭を一撫でした後、無造作に散らばった服の山の中に埋もれていた携帯電話を震える手で拾い上げた。