時間帯の関係か微妙に客が少ないコンビニエンスストアのカウンターで欠伸を噛み締めながら、コッソリと最新の週刊漫画誌を読んでいる羽鳥の隣で望月が大きな溜め息を吐いた。
「……お前、今日で溜め息吐くの何回目だよ。溜め息ばっかしてると、幸せが逃げるぞ。あ、ついでに良麻も逃げたりして」
ボンヤリした様子で溜め息を吐き続ける望月に苦笑しながら漫画雑誌を閉じて、彼の関心を引こうと彼の想い人の名前を口にするが、当の言われた本人は何時も通りに露骨に顔を赤くして反応する事無く、虚空を見詰めたままポツリと呟いた。
「…………逃げられるかも」
「はぁっ!!?」
思わぬ返事に目を見開いて素っ頓狂な声を出すと、雑誌売り場で立ち読みをしていた数人の客が一斉に自分の方を振り向いて来る。すみません、と得意の笑顔で頭を下げて謝罪した後、羽鳥は改めて望月の方を向いた。
「逃げられるかも…って……何かあったのか?」
「喧嘩した。マグカップ割った。良ちゃん泣いた」
「…何で箇条書きみたいな説明するんだよ。……喧嘩なぁ…。原因は?」
「原因……。俺、悪くないんだぜ?だって…」
漸く羽鳥の方を振り向いて唇を尖らせながら喧嘩の経緯を話すと羽鳥はガックリと首を落とした。
「………それ、お前も悪いと思うけどなぁ」
「何でだよっ!俺、ちゃんと今度は一緒に遊びに行くって約束したんだぜ?それなのに、アイツ怒っちゃって…」
「ちょっと聞いて良いか。お前、このバイト始めてから良麻と一緒に遊びにとか行ったか?」
「えっ……?いや、別に何処にも…」
やっぱりな。口の中で小さく呟いて密かに溜め息を吐いた後、小さく咳払いをして尋問を続ける。
「じゃあな、バイト始めてから、その、何だ。良麻と寝たか?」
「あ、うん。最近は毎日。だって良ちゃん、親にセミダブルのベッドなんか買って貰ったんだぜ?それに俺も良ちゃんと一緒に寝ると安心して気持ち良く寝れるから、良ちゃんの布団に潜り込んで爆睡……」
「馬鹿、違うって。だからぁ…あーもう、良麻とヤッたかって事!」
暫く焦げ茶の髪をガシガシと掻いて適切な言葉を捜したが、結局見付からなかったらしくストレートに問うと、望月は目を丸くすると同時に頬を赤くしてキョトキョトと落ち着きが無くなり始めた。
「えっ!?……あ、な、何だよ急に…人の夜の営みの事まで聞いてきやがって。んーと……そう言えば、最近ご無沙汰かなぁ。俺、疲れて帰ってすぐに寝ちまうから」
「…………。良麻も大変だな、こんな鈍感な奴に惚れちまって」
「!!?鈍感っ!?」
「鈍感だろうが。お前、良麻が寂しがってるとか考えた事無いのか?」
「…………ぁ………」
羽鳥の言葉に口を小さく開き、痛んだのだろう胸を無意識の内に押さえて下を向く。唇を軽く噛み締めて俯いてしまった望月を横目で見た羽鳥はカウンターに肘をついて言葉を続けた。
「朝は顔合わせると言っても互いに学校があるんだから一緒にいる時間は高が知れてるし、昼は別々の学校でお勉強。学校終わって家に帰ってもお前がすぐにバイトに行っちまうし、バイト終わっても疲れてるから良麻に構わずにサッサと寝てしまう。そして、やっと休日に一緒に過ごせるかと思えば、お前が勝手に別の約束取り付けてキャンセルの繰り返し。そりゃ、優しい良麻でも怒るって。……きっとアイツ、ずっと寂しがってたんだろ」
「で、でも…アイツ寂しかったら、ちゃんと言うと思うんだけど……」
「お前、アイツの性格分かってるんだろ?お前に迷惑かけたくないって我慢してるに決まってるじゃねぇか」
「…………………………」
羽鳥の言う通りだ。俺、ちっとも良ちゃんが寂しがってるとか考えてなかった。アイツ、普段は何時もニコニコしてるから幸せで寂しくなんかないって思ってた。いや、正直に言えば色々面倒だから“思い込んでいた”。
…もしも、俺がバイトとかで出て行った途端にアイツが寂しそうな顔していたら?初めての日みたいに寂しさの余りに泣いていたら?今、アイツどうしてるんだろう?……そう言えば、アイツの気に入りのマグカップ割って泣かしたんだった。……俺…良ちゃんを寂しがらせて、悲しませて………
「……俺…最低だ………」
ずっとずっとアイツの優しさに甘えてるのに、俺はその恩を無神経と言う仇で返して……。カウンターテーブルの上に祈るように手を組み、その上に頭を乗せて小さく呟いた望月に羽鳥は困ったように微笑んで鼻で溜め息を吐いた後、肩を軽く叩いた。
「ま、それだけ反省すりゃ充分だろ。帰ったら良麻に謝るんだぞ?絶対に意地とか張らない事。良いな?」
「………うん…。羽鳥って凄いよなぁ。人の気持ち分かってるって言うかさぁ」
「伊達にお前より1年長く生きてねぇよ。……なーんてな、お前が鈍感過ぎなんだよ!」
まだ何処か沈んでいる望月の頭をペシッと叩き、そのまま茶色がかった髪を両手で掻き回して笑うと、それにつられるように望月の顔からも久し振りの笑顔が漏れる。昨日の夜からずっと引っ掛かっていた胸のつかえがかなり軽くなった気がした。
寂しさを紛らわせる為に付けているテレビの音も殆ど耳に入っていない様子で床に散らばった食器や料理をせっせと片付けている早坂の視線の先に例の水色の破片が目に入り、脳が指令を出す前にそっと手を伸ばす。まだ茶の中で溺れているそれを拾おうとした瞬間、鋭い痛みが指先を襲った。
「…………痛っ!!」
痛みに思わぬ大声を出しながら反射的に引っ込めた人差し指の先にジワリと嫌な感触を覚え、視線をやると真っ赤な血が大きな水玉を作った後に指の線に沿って流れ落ちていく。ポタリ。赤い水玉が斑点となって床に散った。
「…………………」
鉄の味がする指を咥えながらボンヤリと考えてしまうのは“もしも、駿君が側にいたら”。彼が側にいてくれたら……痛いと叫んだだけでも何処からとも無く(例え入浴中であっても腰にタオルを巻き付けて)現れて指先の血を見て大騒ぎし、どんなに自分が大丈夫と言っても救急箱を求めて家の中を駆け回るに違いない。そして、漸く見つけた救急箱でも中から出して来るのは絆創膏1枚。それでも彼は立派な仕事をしています、と言わんばかりに指先にそれを貼って何故か胸を張るのだ。そして、その後に続くのが彼のおまじない。怪我をした指先の上で自分の指をクルクルッと回した後に天井を指差して魔法の呪文。痛いの痛いの飛んでいけ――――
「………………」
其処まで考えて首を横に振り、改めて床の上の砕けた食器達に手を伸ばす。駄目だ。頭の中ででも駿君に甘えたらいけない。彼は今、一生懸命働いているんだから。家でぬくぬくとしている僕に比べて駿君はずっと大変………
「っ!!」
考え事をしながら作業をしていたのがいけなかったのか、今度は別の指に激痛が走り、視線をやるとさっきと同じように赤い血の玉が滲み出て来る。皮肉なまでに赤い小さな玉が急にボンヤリと滲んだ。
「………っく……」
痛みよりも耐え続けている寂しさによる涙が溢れて頬を伝う。分かってる。駿君、忙しくて僕に構ってる暇なんて無いって。でも、ほんの少しだけで良いから僕の方を振り向いて欲しいんだ。寂しがってる僕の気持ちに気付いて抱き締めて欲しいんだ。…勿論、それは我が侭だって、甘えてるって事は分かってる。……でも…
「……やっぱり…僕……駿君いないと駄目だよぉ…っ!!」
ずっと胸に溜めていた言葉を口にする事で涙がどっと溢れ、同時に自分が彼に言った最後の言葉を思い出す。2度と帰って来るな。感情の余りに吐き出してしまった己の言葉に後悔し、その言葉にどんなに望月が傷付いたかを想像をした早坂はひたすらに自分を責めながら床で自分の膝を抱えて泣きじゃくった。
夜も更けた中で其処だけ煌々と明るいコンビニエンスストアの前で何かの袋を提げた望月がバイクにまたがった羽鳥を不安げに見ていた。
「い、一応、ケーキ買ったんだけどさ。許してくれるかな、良ちゃん……」
「その辺はモノよりもお前の謝り方だろうなぁ。まぁ許して貰えなくて追い出されたら電話しろよ。一晩くらいなら俺の家で面倒みてやるって」
「………悪ぃ。マジでそうなったら頼む」
「大丈夫とは思うけどな。お前のその気合いだったら」
「………え?何か言ったか?」
「何でもねぇ、こっちの事だ。じゃなっ!」
自分の呟きを聞き取れずにきょとんとする望月に笑顔を見せた羽鳥は、そのままエンジン音を響かせながら夜の通りの中へと消えて行った。
羽鳥と別れて一人になった途端に舞い戻った胸のつかえは足取りの重さに変わり、アパートに戻るまでの10分近くの間ずっと頭の中で早坂が今どうしているのかを考えて不安を覚える。家に入った瞬間、玄関とかで“帰って来るなって言ったのに。出て行ってよ”とか言って箒か何かを片手に持って(正直、武器を持った彼が相手になると無傷で済む可能性はとんでもなく低い)構えていたら?逆に早坂の方が置き手紙を残して出て行っていたら?
「…………………」
どっちにしても謝ろう。色々と早坂の行動を予想した後に、結局辿り着く結果がこの一言。家に帰って彼の顔を見たら即謝ろう。彼がそれでも許さないと言うのなら、許してもらう為に何でも言う事を聞こう。土下座しろと言えば土下座するし、何か買ってと言えば買い与えるし、三回回ってワンも言うし、靴を舐めろと言われても……ま、まぁ彼がそれで許してくれるのなら舐め……
「あっ」
ボンヤリと考え事をしている内に自室のドアの前に到着し、思わず小さく唾を飲み込む。あぁ神様……良ちゃんが許してくれますように!硬く目を閉じ、こう言う時だけ信じる神に祈りを捧げた後、大きく深呼吸をしてポケットから鍵を取り出す。緊張の為か普段よりも少し時間をかけて鍵を開けた望月は、そっと扉を開けて中を覗き込んだ。そんな彼を出迎えたのは静寂と暗闇。…まさか、良ちゃん本当に出て行ったんじゃ………。不安の余りにバクバク鳴り始めた心臓を押さえ、暗い家の中に明かりを灯しながら早坂の部屋に向かって、ゆっくりと扉を開けると既に眠っているらしい早坂の後ろ頭が薄暗い豆球の下で見えた。
「………良かった…」
とりあえず、最悪な結末を回避出来た事に安堵の笑みを浮かべてドアを閉めた望月だったが、謝るタイミングを逃した事に気が付いた瞬間に大きな溜め息を吐いた。
(………あーあ…どうせなら、今謝ってスッキリしたかったんだけどなぁ……。でも、起こしてまで謝るのも何かカッコ悪ぃし…)
ぐうぅ。仕事中も何度も鳴いて自分に恥をかかせてくれた腹の虫が大声で鳴き、望月の思考を中断させる。そう言えば、今日は夕飯も食べずに家を出たから余計に腹減ってるんだよなぁ…。何時もだったら、台所のテーブルの上に良ちゃんが夜食作って置いててくれてるけど…流石に今日は無しかな。まぁ、今日は戸棚の中にある筈の菓子でも食ってそれで飢えをしのいで…………。落ち着き無く鳴き続ける虫の住処を擦りながら、食物を求めて台所の電気を点けると何時もの習慣でテーブルの上を見てしまう。
「!」
何も無いと予想していたテーブルの上に置かれている何かに気が付いた望月は小走りでテーブルに近付いて目を見開いた。テーブルの上に並べられているのは、伏せられた茶碗にお椀。それに自分が家を出た後にわざわざ作ってくれたのか自分の好物であるハンバーグが2つに手作りらしいソース。確か、俺がこの手作りソース美味しくて好きって言ったけど、良ちゃんは結構手間がかかるからって余り作ってくれなかった。まさか、俺がバイト行ってる間に作ってくれたのかな………
「あ……」
その手作りソースの入った容器の横に置かれているメモ紙を手にとると、早坂の達筆が目に入る。
――駿君へ ゴメンなさい。僕の我が侭で嫌な気分にさせてしまいました。どうか僕を嫌いにならないで下さい。頑張っている駿君の為に夜食を作りました。もしも迷惑じゃなかったら食べて下さい。……迷惑でも、どうか床に叩き落したりしないで下さい。お願いします。――
「………………」
メモ紙を持つ手が震え、零れた雫が文字を滲ませる。望月は手の甲でザッと雑に目元の雫を拭った後、居ても立っても居られない様子で早坂の部屋へ向かい、扉を開けた。
「………良ちゃん……」
眠る早坂の背中にフラフラと近付き、ベッドの近くで膝を突いて小さくその名を呼んだ瞬間、何かが胸の中で爆発するのを感じた望月は浮かぶままの言葉を吐き出し始めた。
「…ゴメン、良ちゃん。……俺、馬鹿で鈍感だから気が付かなかった。良ちゃんが凄く寂しがってたって。それなのに、俺……あんな酷い事言ったりしたりして…お前の大切な物壊しちまって……。謝るのは俺の方だよ。……良ちゃん……ホントにゴメンな。…お願いだから…俺の事…嫌いにならないで……」
「……………嫌いになってないよ」
「っ!!!」
突然聞こえて来た声に瞠目しつつ顔を上げると視線の先にいる身体がもぞもぞと動き、コロンと転がって自分と向かい合ってくる。薄暗い部屋の中で久し振りに見る早坂の優しい笑顔があった。
「りょ、良ちゃん……起きてたのか?あ、まさか起こした?」
「起きてた。…駿君、今日は僕の顔見たくないだろうから帰って来る前に寝ようかと思ってたんだけど…何か目が冴えて眠れなかったんだ。…君の事が気になってたみたい…」
起き上がり、布団の上にちょこんと座って笑いかけて来る早坂だったが、急に真剣な顔になって下を向いた。
「……でも…帰って来てくれて良かった…。実は僕、心配だったんだ。……本当に帰って来なかったらどうしようって。…あんな酷い事言ってゴメンなさい。2度と帰って来るな、なんて言って。……それに…僕、君に色々嫌な事言ったり、嫌がらせしたりして……」
ゴメンなさい。再度謝る声が微かに震え、小さく鼻を啜る音を聞いた望月は何度も首を横に振り、太ももの上で強く握っている早坂の手をとった。
「いや、悪いのは俺なんだ。良ちゃんの優しさや気遣いに甘えてばっかりなのに俺は良ちゃんの事、気にかけてなくて。…俺の方こそゴメンな。お前の事、寂しがらせちまったし……それに、マグカップ壊しちまって…」
「………うぅん、良いんだ。元はと言えば、僕が我が侭言って困らせたのが原因なんだし…」
「またそうやって何もかも自分で背負おうとするもんなぁ良ちゃんは。俺が原因だよ。お前との約束キャンセルしちまったんだから。…………あれ?」
部屋の闇に慣れ、包み込んでいた早坂の指も鮮明に見えるようになって来た瞬間、望月は早坂の指先にある何かに気付き、そのまま目を見開いて立ち上がった。天井から下がった紐を数度引く事で一瞬、部屋が完全な闇になるが、次の瞬間には眩しい光が部屋を照らす。
「あ、やっぱりっ!お前、指怪我してるじゃねぇか!何?何してて怪我したんだ!?」
一応絆創膏は貼られているが、真ん中のガーゼ部分を真っ赤に染めている数本の指と自分の眼を交互に見る相手に少し気圧されながらも早坂は自嘲的な微笑を浮かべた。
「あ、あの……ちょっとボンヤリしながら割れた食器片付けてたら切っちゃったんだ。馬鹿だよね。注意して片付けないと怪我するって事は充分に分かってるのに…」
「……俺の所為でしたような怪我なんだな。………俺があんな事したから良ちゃん、食器片付ける羽目になってそれで怪我して…。……ゴメン…本当にゴメンな…謝ったって……良ちゃんの怪我がすぐに治る訳じゃないけど…」
「…そ、そんな……大丈夫だよ?大した怪我じゃないし………」
自嘲の笑顔が困惑のそれに変わる中、望月は絆創膏の貼られた指を何度もいとおしそうに擦りながら早坂と目を合わせて口を開いた。
「今度の休みの日は一緒に遊び行こう。そうだ、良ちゃんの新しいマグカップ買いに行こう!な!」
「え?でも、その日は駿君、別の用事が……」
「先輩とのヤツは断わるよ。……俺、高くくってた…良ちゃん何時もニコニコしてるから絶対俺から離れる事ないって。ちょっと位放っておいても平気だって。良ちゃんが寂しがりってのは誰よりも知ってるのにな?」
「で、でも…別に無理して断わらなくても良いんだよ?僕とはまた次の機会で良いし…」
「いや…良ちゃんを失いたくないんだ。…俺、馬鹿だから今になってやっと気付いたんだ。良ちゃんが離れてからじゃ遅いって。……良ちゃんが俺から離れるなんて…想像したくも無い…」
傷付いた指を擦っていた手がピタリと止まったかと思うと、急に身体を強く抱き締めて来る。望月の突然の行動と強い力に早坂は一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、それをすぐに柔和な笑顔に変えて相手の背中にゆっくりと両手を回した。
「………良ちゃん」
望月の静かな声が聞こえる。
「うん?何?」
自分も彼と同じように静かに答える。
「……好き」
少し照れが混じったような声が耳に入り、その感情が自分にも伝染って顔が少し熱くなる。
「うん………僕も好き…」
やや鼓動が速い胸を何とか落ち着かせながら、自分も1番伝えたい言葉を伝える。ヘヘッ。照れ臭そうな笑い声が聞こえた。
「良かった……」
様々な意味が含まれているであろう“良かった”を呟いた望月の手がゆっくりと離れ、自分の頬を撫でて来る。久し振りに見た気がする彼の幼い笑顔。
「あ、そうだ良ちゃん。夜食作ってくれて有難うな。……い、今から食うんだけどさ…その、俺ケーキ買って来たから…一緒に食わねぇ?一日ぶりに良ちゃんと一緒に食事したいなーなんて…」
「うん、良いよ。ケーキ買って来てくれたの?別に気を使わなくても良いのに……」
「いや、その、安っぽいけどお詫びの気持ちを伝えたくって………あ、良ちゃん。ちょっと…」
「何?」
手近にある上着を羽織りながらベッドから降りる早坂の手を自分の手の平に乗せた望月が歯を見せて笑いかけて来る。彼の行動の意図が掴めずに、とりあえず笑顔を返す早坂の絆創膏が貼られた指の上で望月の指がクルクルッと回った。
「痛いの痛いのとんでいけーっ!」
「!」
丸くなった早坂の目の前で望月は回した指を天に向けてお得意の魔法の呪文を唱え、少し頬を赤くしつつも改めて笑いかけると早坂も嬉しそうに顔を綻ばせた。
「…有難う、何だか本当に痛みが軽くなった気がする……」
「ヘヘッ、良ちゃんの怪我が良くなるようにお祈りしながらやったからな!」
「そうなんだ、嬉しいなぁ…」
何故か自信ありげな態度で肩に腕を回してじゃれ付いて来る望月の手に自分の手を重ねながら早坂は幸せそうに目を細めた。
それから暫く後、一日ぶりに幸せそうな二人の笑い声がアパートの台所から聞こえて来た。