鳥の囀りが知らせると共に、朝の光が窓から差し込んで来る。光を目に浴びた青年は、一度固く目を閉じた後に、うっすらと瞼を開き、数回瞬きをした。
「……ぅんっ…………!」
身体を起き上がらせながら両手を伸ばし、視線を横にやると少年はまだ寝息を立てている。その何処か安心したようなあどけない寝顔にクスクスッと笑いながら煙草を咥えて火を点け、再度寝顔を観察する。あぁ、やっぱガキやわ。何も考えんで寝たらガキっぽさバリバリやん。自然と笑みを零しながら燻らせる煙の匂いに少年の鼻がヒクッと小さく動く。煙草の匂いと流れ込む朝日の光に少年も眉を小さく顰め、そっと瞼を開いた。
「お?やっと起きたんかいな。ねぼすけ」
「…………………」
まだ寝惚けているのか、青年の台詞に返答もせずにむすっとした顔で赤い頭をポリポリと掻く。だが、その内心は表情とは正反対に落ち着いていた。煙草の匂いが妙に心地良い。元々、煙草の煙は苦手だったのに。今まで、自分を抱いて来た男が行為の後に吸う煙の匂いには嫌悪感を覚えていたのに。今、目の前で青年が吸っている煙草の煙はどの香よりも落ち着く香りだったのだ。
「ハハッ、低血圧かいな?んな怖い顔すんなや」
「……別に…」
妙に不可解な言葉を口の中でボソボソと吐きつつも、甘えるように青年の胸元に赤い頭を乗せる。目を閉じて胸の鼓動を聞く少年を青年の腕が抱き寄せる。2人とも、無言で互いの温もりを感じあう。
「…………なぁ、ハンニ」
己を落ち着かせるように煙草を咥え、煙混じりの吐息を漏らしながら少年を見ると幾度も瞬きをする瞳が返って来る。何だ?と視線でぶつけて来る疑問に青年は再度煙を大きく吐いた。
「お前、今の仕事辞めて帝国兵にならへんか?」
「………えっ……」
口を小さく開け、瞬きすらしなくなった少年に軽く微笑みかけながら青年は言葉を続けた。
「…実はお前ん名前聞いた時、ちょっと調べさせて貰うたんや。どっかで聞いた事あるような名前やったからな。……調べてみて驚いたで?お前、ハミルカル将軍の息子やったんやなぁ」
ハミルカル。その名前が少年の胸に不思議な刃となって突き刺さる。彼が尊敬した、帝国の為に命を散らした、自分を堕落させる要因となった武人の父の名前。心にギリギリと切り傷を付けてくるような刃の痛みに耐えながら、少年は反抗的な声色を作る。
「何で俺が息子だと断言出来るんだよ」
「珍しいやんか、ハンニバルって名前。将軍もお前ん話をよぉしとったしやな。…それに………」
言葉を切って、微かに揺れる少年の瞳を見つめる。瞳の色と顔を確認するかのように眺めた後、再度口を開いた。
「お前ん瞳の色も面影も将軍にそっくりやわ。髪の色はちゃうみたいやけどな…お前ん髪が黒やったらホンマ“若かりし日の将軍”って感じなんやろうなぁ」
「…………………………」
何も言えずに俯く少年の頭の中で蘇るのは厳格だった父親の姿。彼が自分の元に帰ってくる日は殆ど無かったけれども。そして数ヶ月前、完全に帰らぬ人となってしまったけれども。肩の上にそっと手が乗って来る。
「…確かに帝国はお前から父親を奪ってしもうたわ。ヤケ起こすんも無理ない。せやけど…今のお前ん姿見たら将軍も悲しむと思うで?…同じ道進んで乗り越えてみせる方が喜ぶんやないか?……尊敬しとるんやろ?父ちゃん事」
「……………………」
無言のまま小さく頷くが表情は暗く、眉は不安そうに顰められている。その表情に青年は御得意の明るい声と軽い口調で話し、肩をポンポンと叩いて来た。
「大丈夫やって!お前ん身体、戦闘向きに鍛えられとるみたいやし…最初は戸惑うかも知れへんけど将軍の息子のお前や、上手くやってけるって!」
「……だが、新兵は大した金貰えねぇだろ?…だから、兵にはならない。今のままでいる」
「…お前、何でそんなに金欲しがるんや?」
中々イエスと答えない少年に僅かな苛立ちを覚え、呆れ声で聞くと少年は一気に悲しげな表情を見せた。
「……俺の母親、病気がちで余り動けなくて働けねぇから……。18の俺が食い扶持稼ぐには身売りするしかねぇから…」
「…………………」
金への執着心の理由を知った青年は唇を噛み締めた。…お前、健気やけどアホやで。心の中で呟きながら、顔を上げない少年の身体を抱き締める。幼子をあやすかのように髪を撫でながら、心配すんなやと声をかける。
「金の件なら、俺がお前買った金があるやろ?アレで暫くはイケる筈や。新兵言うてもタダ働きちゃうし…。お前が思うとる程の安給料ちゃうで?せやから…もうこの腐れきった場所とは縁切るんや」
「………………」
頭をそっと上げると、青年が元気付けるように笑い掛けて来た。自然と笑みが零れ、自分も笑顔を返してしまう。笑顔のまま、頭を大きく頷かせ、同意の意思を見せる。金の問題云々より帝国兵になれば、青年と一緒にいられる…と言う不純な動機の方が強かったのだが。
「良し、決まりやな。ほな俺と一緒に宮殿まで行こか」
ニカッと歯を見せて笑い、少年の赤毛をクシャクシャと掻き回す。その手を振り払おうとはせず、されるがままの少年だったが心の隅に奇妙な黒い塊が蟠っているのを感じていた。
(…きっと、気の所為だ)
自分に言い聞かせて無理矢理不安を封印し、青年に向かってあどけない笑顔を作り続ける。そうするしかなかった。
 そして数刻後、アバロンの裏市街から悪徳の赤毛の少年“カキア”の存在が消えた。

 裏市街に住み慣れた少年からは天国のようなアバロンの街を歩き、威圧するように聳え立つ宮殿の前で足を止める。その顔色は決して良いとは言えなかった。小さく溜め息をつく少年の先を進んでいた青年が振り向く。
「うん?どないしたんや?」
「……俺、此処では滅茶苦茶したんだぜ?………罰せられるんじゃねぇか?」
「その件やけどな。陛下がお前に会いたい言うとるんや。ハミルカル将軍の忘れ形見のお前にな。こんなん言うたら…やらしい思われるかも知れへんけど……上手く行けば、お前ん罪は軽くなるかも知れへん。とにかく、会って見たらどや?」
少年が返事をする前に駆け寄り、背中を押して宮殿の門を開ける。2人が門を越えると同時に重い音を立ててそれは閉じられる。まるで、少年を脱出不可能にするように。だが、半ば強引に宮殿に連れて行かれる少年はその事に気付く余裕は無かった。
 宮殿内の各所を守る兵士達は、新兵の青年が連れて来た赤毛の少年に怪訝そうな視線を向けたが誰も口を開こうとはしなかった。また裏市街の不良が連れて来られたんだな、と各自で判断して目配せをしあう兵達を睨み付けてしまう少年の後頭部がパシッと軽く叩かれる。
「よそ見すんなや。こけるで?」
「…………………」
不平そうに青年に視線をやるが、少年は何も言わずに真正面を向く。その視線の先にはヤケに高く悪趣味に見えてしまうまでに豪奢な階段が待ち構えていた。
 階段と同じく無意味に豪奢な扉を青年がノックすると中から男の声が聞こえて来る。皇帝の声だろうかと無意識に身体が強張る少年の頭を軽く手櫛で整えながら青年は軽く微笑みかけた。
「大丈夫やって。取って食う訳やないし。そら怒られるか知らんけど…そんなんが怖い年ちゃうやろ?…ほら、サッサと行かんと。陛下がお待ちかねやで?」
「…………あぁ……」
切れの悪い返事をしながら一瞬青年の顔を見つめ、何かに吹っ切れたかのように視線を逸らす。重たい扉を開き、吸い込まれるように部屋の中に入って行く。パタン…と扉が閉まる音を聞いた瞬間、青年は下唇を噛み、小さく俯いたが勿論、その姿を誰かに見られる事は無かった。

 入った部屋の中心には巨大な玉座があり、自分とそれほど年が変わらない若い男が座っていた。その年相応とは思えぬ程の落ち着いた様子から見て彼がバレンヌの皇帝らしい。
「お前がハミルカルの忘れ形見のハンニバルか。…成る程、御父上に良く似ているな…」
ゆっくりと立ち上がった皇帝は足音を高く立てながら近付き、少年の顎を掴んで引き上げると同時に舐めるように顔を観察する。その行動に思わず小さく呻く少年にフッ…と小さな微笑が零れる。
「怖いか?…そんなに恐れる事は無い」
「…………………」
異様に優しい声を掛け、早くも潤み始めた少年の瞳を面白そうに観察しながらも顎を掴んだ手を頬に移動させ、いとおしむように撫でる。
「…だがな。お前が裏市街で様々な事をしたと言うのは事実だ。犯罪を重ねたお前をアッサリと許す訳には行かないのだ」
「………………………」
少年は何も言わなかった。処罰されると言う恐怖感が強張る身体の緊張を強め、その姿を皇帝はニヤリと笑って見つめる。そして、皇帝直々の“処罰”が始まった。

「……ぅんっ………んうっ……はぁっ……」
肩を抱かれて連れ込まれた場所は玉座の間の奥に位置する階段を上った先の寝室。寝室の扉を閉じられた途端に跪かされ、頬に逸物の先端を擦り付けられていた。そして、少年は逆らう事が出来ず跪いたまま皇帝のそれを口に含んだのだった。
「フフッ……そうやって他の男のモノも咥えていたのか?…中々お似合いの姿ではあるな」
「…………そ、そんな…」
「口答えせずに集中しろ。ただでさえ、お前のやり方は拙いのだからな。…御粗末も良い所だ」
「んぐっ………!!」
思わず口を離して反論しようとする少年の赤い髪が掴まれ、再度奉仕を強要される。その勢いに喉の奥まで逸物が侵入し、咽返りそうになりながらも必死に耐えて舌を動かす。
「…お前の御父上はよく言っていたぞ。“息子は私と同じ黒髪と深夜蒼の瞳の持ち主だ”と。……その黒髪をこんなに赤く染めるとは親不孝も良い所だな、ハンニバル」
髪を掴んだ手を軽く上に上げると少年の顔が苦痛に歪み、深夜蒼の瞳からは涙が滲み出始める。その涙は苦痛からか、奉仕の苦しみからか、親不孝な自分への罪悪感か。小さく呻きながら目を瞑る少年の頬を一筋の涙が伝った。
 舌が痛みを覚えるまで舐め続けた努力が認められたのか、口の中に漸く苦味のある液体が広がり始める。それでも、口を離す事は許して貰えなくて。それどころか逃げられぬように頭を強く押さえられて…。
「ぐっ……ごほっ!!」
突如口の中に放たれた欲情の味と感触に反射的に口を離し、顔を横に向けると頬に生暖かい残りが襲って来る。生暖かい白は少年の頬を伝い、糸を引きながら滴り落ちた。
「…チッ……下手な上に飲む事も出来ないのか…想像以上だな」
口元に手を押さえて激しく咽返る少年を見下しながら舌打ちをしたが、次の瞬間には冷酷な笑顔を浮かべ、咽返る少年の肩を掴んで立ち上がらせる。口から唾液混じりの精を流しながら視線を合わせる少年に皇帝は唇の端を吊り上げた。
「まぁ…それでも客が多かったのだろう?…つまり、こっちの具合が良いと言う事なのだな……」
言いながら、近くの壁に少年を押し付け、薄汚れたズボンを下の布地ごと勢い良く引き下ろすと少年は小さく短い悲鳴を上げた。その悲鳴に優越感に似た心地良さを覚えながら御目当ての場所を指で軽く突付くと、それに呼ばれたかのように昨夜注ぎ込まれ続けた青年の欲情の残りがトロリと溢れ出し、太股に細い線を描いた。
「っく……ひくっ……ぃやぁ……っ……」
壁に額を擦りつけて啜り泣き始めた後ろ姿を笑顔で眺めながら、指で白く濡れた箇所を弄ぶと淫靡な水音を立て始める。予想通りの“具合”に皇帝はクスクスと背中に笑いを降り掛けた。
「成る程。奉仕が下手でも、この身体ならば客は自然と増えるわけだ」
一人で納得しながら少年の後ろを指で弄び、準備を整える。ひたすら壁に顔を向けて涙する少年がハッと目を見開いたのは、後ろに独特の圧迫感を感じた時だった。
「やだっ……や……やめてくだ……やめてぇっ!!」
空しく轟く悲鳴と結合音が重なる。衝撃の余り、舌を突き出す少年の口の端から唾液が流れ出し、糸を引きながら床に落ちる。少年の熱と締め付けに翻弄されそうになりながらも、腰を掴んで揺さぶると濡れた音が部屋に響き始めた。
「はぁっ……あっ…い、痛いから……ぬ、抜いてく……」
途切れ途切れに吐き出される懇願の声も容赦なく襲う快楽に途切れてしまう。何時の間にか壁に手を付けて腰を突き出し淫らに乱れる自分がいる。こんな姿を晒す事なんて望んでいないのに。
「ハハハハッ……本当に淫らなのだな、お前は。あの世で御父上が泣いておるぞ」
「………っく……」
小さくしゃくりあげながら、首を何度も振る。その行動が皇帝に伝える。“それだけは言わないで欲しい”と。意味を理解出来たであろう皇帝は、改めて口の端を吊り上げ、背中の上に広がる汗の斑点を舌で舐め取った。
「良いだろう…。少しの間、忘れさせてやる。この上ない快楽によってな」
言いながら幾度も突き上げ、その度に耳に飛び込む少年の悲鳴とも嬌声とも付かぬ叫びを何かの娯楽であるかのように楽しむ。嫌がるような素振りを時折見せるが、軽く突き上げたり胸に触れたりすればアッサリと元通りの淫靡な態度になる。ココまで扱い易い奴も中々いない。いや、扱い易いから客も多かったと言う事か。
「さぁ…このままお前の中で達してやろう。有り難く飲み込むのだ」
「やっ……中じゃなくて…外に………」
普段なら快感に理性も何もかも失って、されるがままになってしまう少年が思わず後ろを振り向いて涙目で訴える。もう、これ以上中まで汚されたくない。ワレンシュタインので最後にしたい。彼なりの切実な願いだった。しかし、瞳を覗き込む皇帝は“犯罪者への処罰”を甘くするほど寛大ではなかった。
「…お前に命令する権利等ない。自分の立場がまだ分かっていないようだな。物覚えの悪い子には、相応の罰を与えないとな」
「……いっ………嫌だっ!嫌あぁっ!!」
逃げられないように壁に押さえ付けられる身体。一気に流し込まれる熱い欲望。流し込まれた瞬間、溢れ出た涙。壁を激しく引っ掻き始めた指。壁に飛び散る己の精。そして、白くなっていく視界………。
 バシッと鋭い音がしたかと思うと、頬に熱と痛みが広がり、少年の意識が戻る。全てを忘れて眠りたかったのに。目覚めたら全て終わる事を期待していたのに。
「勝手に気を失おうとするとは悪い子だ…。まだ、御仕置きが必要なようだな」
少年の痩せた長身を軽々と抱き上げ、近くのベッドに乱暴に放り投げると同時に少年の上に覆い被さるように乗って来る。少年の両手首を片手で掴み、彼の頭の上に持って行きながら残りの手で少年の体液で湿った服を手際良く脱がせていく。
「……あっ………嫌だ…もうっ……」
さっき達したばかりであるのに早くも猛っている皇帝の逸物に気付いた時、少年は息を呑んだ。その額に唇を付けながら皇帝は微笑を浮かべ、さらりと言った。
「言っておくが…お前を罰する為にわざわざ薬を飲んだのだ。お前を思う存分罰する薬をな。……1回や2回で終わるとは考えない方が良いぞ?」
皇帝の言う“薬”の意味が理解出来た少年の顔が青褪める。今までにも、そのような薬を使って幾度も自分の中で果てた客がごまんと居た。わざわざ薬を飲んで来やがったのか…クソッ!ヤケに計画的じゃねぇか皇帝さんよぉ。
 青褪めながらも非難の目をぶつける少年に軽く舌打ちをしながら、視線を絡ませる。抵抗しても無駄だ、私からは逃げられないぞ、と口の中で呟きながら。そして、素早く少年に獣の体制を取らせたかと思うと、そのまま勢い良く後ろから貫いた。
「あっ………うああぁぁあっ!!!」
シーツを掴んで泣き叫びながら顔を上げ、出口への扉に視線を向ける。あの先に、誰かがいるかも知れない。助けてくれる人がいるかも知れない。それは、かなり微小な希望ではあったが、もしかしたら…………。
「誰か……助けてっ……誰かああぁぁっ!!」
気が付けば叫び、助けを求めていた。余りにも小さな希望に全てを託して。扉の向こうの誰かが聞き付けて飛び込んで来る事を信じて。その誰かがこの悪夢に終わりを告げてくれる事を信じて。
「愚かな…助けなど来るものか………」
呆れたような声を上げる皇帝の視線もふと扉の先に集中する。閉ざされていた筈の扉が開き、人影が見える。そして、逆光の所為でその人影の正体が誰であるか判断するのに僅かな時間がかかりそうだったが、少年は即座に理解した。
「ワレンシュタイン!!」
少年は涙を流しながらも、心の中が希望で満ちていくのを感じた。また、彼が助けてくれる。今までと同じように。自分を苦痛から解放してくれる…………。
「………ハンニ……」
青年は扉を閉めて、ゆっくりと近付く。ポケットに手を突っ込み、2人が絡み合うベッドまで歩みを進め、立ち止まる。この後、青年が取る行動はわかっている。きっと相手が皇帝である事も無視して食って掛かるだろう。そして、自分をこの場から解放してくれるだろう。この悪夢を終わらせてくれるだろう。
 だが、それは全て少年の思い込みだった。青年は笑う。今まで見せた事のない残虐な笑顔で。その反応に思わずえっ…と涙に濡れた瞳を丸くする少年に嘲りに似た視線をぶつけながら、彼の希望を打ち砕く台詞を吐いた。
「えぇ姿やな」