「良ちゃん!」
誰かが自分を呼んでいるような気がしたが、声の主が親友であると判断する事は不可能だった。口の中に溜まる涎を何度も飲み込むが、口を開けば端の方から細い無色の糸が流れ落ちる。理性とプライドは失踪してしまい、殆ど壊れた思考回路が頭に浮かぶ言葉をそのまま声に出してしまう。
「おね……がいっ…誰か……誰か…僕を………犯してぇ…!」
その台詞を男達は半分位しか聞き取れなかったが、彼の望みは分かった。“僕を犯して”だけはハッキリと叫んでいたからだ。その言葉に望月は耳を疑った。
「………りょ…良…ちゃん…?」
信じられなかった。とても彼が口にする言葉とは思えなかった。確かに、あの薬は強力な物かも知れないが彼から求めるとは思ってもみなかった。だって良ちゃんは何時も冷静だし、理知的だし……何よりもプライドが高い(俺の知り合いの中では1、2を争うと思う。小林さんと良い勝負かも知れない)。そんな彼が男相手に“犯して”だって?嘘だろ?なぁ、良ちゃん。嘘って言っ………
「か、身体が……熱くて………痒く…て…死ん……じゃう…よ………だから……だからぁ……!」
凝視する親友の視線にも気付いていないかのように、うつ伏せになって獣の態勢を取り、縄で拘束された体の下半身を恥じらいも無く突き出すと背中に嘲笑めいた笑い声が降り掛かった。
「成る程、薬を使った後暫く放置すると良いみたいだね。注意書きを加えておこうかな」
ガラス越しで観察していた藤堂はその場にしゃがみ込み、焦点が定まらない早坂の瞳を覗き込んでクスッと笑った。
「完全に発情しちゃってる。何だかイメージ崩れちゃうな。僕は“真面目な秀才”と言う早坂君しか知らないからさ。それとも普段真面目な分、本性はいやらしいのかな?」
笑顔を崩さずに視線を男達に変え、発情している獣を指差しながら声をかける。
「このままだと本当に死にそうだからさ。誰か早坂君も相手にしてあげてよ。薬使っているから良い反応すると思うよ」
「ったく……仕方ねぇなぁ…」
ついさっきまで望月を玩弄していた男が顔をだらしなく歪めながら早坂に近付き、涙にまみれた頬に汚れた本体の先端を押し当てると早坂の濁った瞳がゆっくりと動いた。
「綺麗にしろよ。…欲しいんだろ?」
「……んっ………」
長い間お預けを食らっていた動物のようにゴクッ…と唾を飲み込み、そのまま口を開けて親友を虐げたそれを咥え込む。汚れを完全に舐め取るかのように丁寧に舌を這わせながら早坂は虚ろな声を出した。
「…早…く……これ…で……この……―――で…僕を………」
「!?」
良ちゃん!?望月は心の中で絶叫した。お前…今、何て言った?そんな……ヤバイ本とかに出て来そうな言葉……
「そう慌てるなって。言われなくてもヤッてやるさ」
「…あっ……!?」
動揺(と言う次元を既に超えている)する望月を尻目に男が身体を屈めて指を伸ばした先には何かが混ざって余計に水っぽくなったジャムがだらしなく流れ出ている箇所があり、指が入り込むとクチュッ…と濡れた音を立てた。
「スゲ……女みたいに濡らしてやがる」
指が中で暴れ、クチュクチュと淫靡な音を響かせる。早坂は思わず口を離し、息を激しく切らしながら叫んだ。
「はぁっ……そんっ…な………掻き…回したら……はぁっ……あっ、あぁっ…やっ……やああぁっ!!」
拘束された身体が数度小さく痙攣し、そのままガクッと首を落とした早坂は自分の太股や内股に生温かさを感じた。床にもその生温かさの原因が飛び散っている。
「お前ってホントやらしい奴だよなぁ…」
糸を引く指を抜き、そのまま荒い息をする早坂の口に捻じ込みながら男は猛ったままの一物を観賞した。
「指でイッたって言うのに、まだ足りないみたいだなぁ?」
「…うんっ……―――が…欲しい……僕の…だらしなくて………いやらしい…―――に……捻じ込んで………」
何処で覚えたのか、彼が口にするには余りにも下劣な単語を躊躇無く並べながら男の瞳を見つめると、相手の方は突如耐え切れなくなったかのように早坂の頭を引き寄せて唇を重ね始めた。重なると同時に吸い、舌を割り込ませると辺りに舌を絡ませあう水音が響き、その後を興奮した二人の息遣いが続いた。唇を奪いながら押し倒す。男を求めるかのように赤い媚薬混じりの涎を流して震えている蕾に“お望みの物”が押し当てられたかと思うと一気に捻じ込まれる。
「あぁっ……!!」
早坂は顔を横に向けながら叫んだが、口元には微笑が浮かんでいた。男の律動に負けじと淫らに揺れる腰。荒い吐息と混じるのは艶めいた嬌声。
「あっ、はっ、あんっ……す、凄い……僕の………―――に…いっぱい―――が入ってる……!」
嬌声に混じるのは例の下品な単語。口にする事で特別な快楽を生み出すような不思議な興奮剤。興奮剤は相手の男の身体にも作用し、律動のリズムが速まって腰を幾度も打ち付ける。再度襲って来た快楽に早坂は絶叫した。
「あぁあっ!イ…イイ……もっと…もっと―――……―――ぉ………!」
その言葉を初めて覚えた幼子のようにひたすら連呼し、叫び続ける。
 望月は身体を震わせながら頭を抱えた。夢だ。これは夢だ!手を握り、抱えていた頭を打つとじんわりとした痛みが広がった。痛みを感じる…って事は夢じゃない?じゃあ、あいつは良ちゃんじゃないんだ。きっと、藤堂が用意した偽者って奴だ。だって、アイツがあんな言葉知ってるとは思えない。だから、偽物だ。そうだ。絶対そうだ。そうじゃないと………
「目を反らすな」
無意識の内に下を向いていたらしい。顎を掴まれ、そのまま視線を早坂に向けさせられる。目の前で乱れている少年は見れば見るほど親友に酷似していた。…酷似している、つまり別人。そう信じたかった。
「折角だから見ておけよ。お友達が男に組み敷かれて喜んでいる所を」
「アイツ……良ちゃんじゃない。違う人間だろう!?」
思わず出てしまった言葉にククッ……と言う藤堂の笑い声がガラスの外から聞こえて来た。
「酷いなぁ望月君。そんなややこしい事する訳無いじゃないか。彼は本物。君の親友の早坂君だよ」
「……………………」
藤堂の笑顔を一瞥した後、再度視線を早坂に戻す。どんなに疑っても、彼であると信じたくないと思っても無駄だった。目の前で淫らに男を飲み込んでいる少年は早坂だった。偽物だと信じたくても、それが出来ない。その顔は、声は、何となく感じる彼の空気みたいな物は、親友である早坂のそれだった。無理矢理偽物だと思い込もうとしても不可能。現実が望月の胸を貫く。嬌声と品の無い言葉を吐き続ける淫猥な少年は自分の親友。
「………良ちゃん……」
現実を漸く受け止めながら友の名を呼ぶ望月の声は小さく震えていた。

「はぁっ………もっと…奥まで……僕の―――を…楽しんで…下さい…」
性質の悪いポルノビデオに出て来る人間の台詞のような言葉が無意識に漏れ、男達の嘲りの声がぶつけられる。やらしいガキだ。淫乱め。良い姿だな。罵倒が心を傷付けるが、その痛みさえも快楽に変わっている事に気が付いた。心に刻まれた切り傷が胸に痛みを与えた後、傷口から血が滲むかのようにじんわりと熱くなり、その熱が快感に変わって早坂の身体を余計に刺激する。そして、刺激された身体は淫猥な台詞を口にさせ、腰を揺さぶらせる。“真面目な秀才”を“淫らな奴隷”に変えてしまう。
「ヘヘッ……そろそろ…出すぜ?……お望みなら抜いてやっても良いが……」
「駄目っ…中でイッて……僕の―――の中に…全部出してぇっ!」
わざとらしく与えられたチャンスをアッサリと拒絶して男の望み通りの言葉を口にしてしまう。答えると同時に男の腰が激しくぶつかってきた。相手の律動と息遣いが急激に速くなり、自分もそれに合わせる。肉体がぶつかり合う音が耳に飛び込み、体内に響く。性交の音に男の呻くような声が突如混ざる。そして、次の瞬間。
「やぁっ……中…に………僕の…中に………いっぱ…い…入って……はっ、ぁ………あああぁあーーっ!!」
自分が望んだ通りに注ぎ込まれた感覚に早坂も盛大に達してしまう。男が大きく溜め息を吐きながら腰を引くと、蹂躙された箇所からは白い体液が溢れ出始め、早坂の内股を濡らした。それでも媚薬による熱は引く気配が無いらしい。その証拠に未だに虚ろな瞳の早坂は口から唾液を流し、小さく泣きじゃくりながらブツブツと何かを言っていた。
「うぁ……ああぁっ………もっと……もっと………ファックして……」
「何?まだ足りない訳?仕方ないなぁ……じゃあ、彼が満足するまで皆でしてあげてよ」
早坂の言葉を聞き取った藤堂がクスッと笑いながら命令すると、命令された男達は例のニヤケ面のまま、ゆっくりと歩み寄る。その数に早坂が浮かべた表情は恐怖でも拒絶でも諦めでもなく…笑顔だった。

 あれから何時間経ったのだろう。男達は部屋から去り、後には自分と早坂が残った。窓が無いので外の様子を見る事は出来ないが、体内時計が微妙に眠気を感じる辺り夜になったらしい。
 男が去る前に与えられたのはパンとミルクと言う質素な食事とシャワールームの情報。男が指差す先には確かに小さな扉があり、狭いシャワールームがあった。熱いシャワーで汗と精に濡れた身体を洗い流し、バスケットの中に入っていたシャツに腕を通す。微かに身体から湯気を出しながら薄暗い部屋に戻ると、先にシャワーを済ませた早坂が自分に背中を向けた状態で横になっていた。
「……………」
自分に用意された古毛布を引っ張りながら、早坂の背中を見つめる。ほんの少し前まで男の下で乱れていた背中。乱れながら吐き続けた下劣な言葉。
 結局、あの後。媚薬に踊らされていた早坂は目の前で何人もの男を相手にした。自分はそれを止める事も出来ず、ただ唖然としていた。助けようと言う意思が働き始めた時には自分も別の男に押し倒されていた。自分は幼馴染みを救う事が出来なかったのである。
「…………っ……」
早坂に悟られぬよう毛布に包まり、声を殺して涙を流す。全ての諸悪の根源は俺だ。俺がアイツを巻き込んだ。援交している事を口止めさせ、アイツの話を何も聞かずに誤解して犯した。それだけでも罪悪感で潰れそうなのに、俺はまた罪を重ねた。アイツを……変な薬で“操られている”アイツを偽物だと疑った。そして、奴等に回されている所を助ける事が出来なかった。全て俺の所為だ。俺の所為で…良ちゃんまで………
「…駿君……?」
背中から聞こえて来た声に思わず振り向くと、微かな泣き声を聞き取ったのだろうか起き上がった早坂が心配そうな表情で自分を見つめていた。彼のシャツの隙間から見えるのは身体に刻まれた痛々しい縄傷。その模様に望月は泣き声を殺す事が不可能になった。
「……うっ………ううっ……!」
堅く閉じた瞳から大粒の涙をボタボタと零し、歯を食い縛った口からしゃくりあげる声を漏らす。古毛布を投げ捨てて両手を伸ばし、友を抱き締めて嗚咽する。
「良…ちゃんっ………ゴメン……ゴメンな…っ……」
「………………………」
自分の肩に顔を埋めて謝罪して来る望月に戸惑いの表情を浮かべながら、泣き付く背中にそっと腕を回す。そして静かに言った。
「……何の事?何で君が謝る訳?」
「俺……お前を巻き込んじまった………お前の事…滅茶苦茶にしちまった…俺の所為で……お前まで…こんな目に…」
涙に濡れた赤い顔を上げ、途切れ途切れに説明すると早坂は目を丸くし、次の瞬きをすると同時にそれを細めた。相手の背中に回していた腕の内の片方を泣き顔の前に移し、頬を濡らしている涙を拭い取る。
「…謝りたいのは僕の方だよ。僕はいじけて君や他の人を戸惑わせてしまったし……僕を探した為に君まで此処に連れ込まれて酷い目にあったんだから」
言葉を一旦切り、頬を撫でていた手が今度は茶色がかった髪を撫でる。まだ濡れているその前髪をゆっくりと梳きながら中断させていた言葉を続けた。
「ゴメン……でも、探してくれた事は本当に嬉しいよ。…有難う」
「……………………」
涙を無制御に流す瞳が見開かれ、瞼を、唇を小さく震わせる。微かに開いた口から涙声が漏れた。
「お前……優し過ぎるんだよ………」
それ以上の言葉は続かなかった。本当は言いたい事がごまんとあったのだが、涙が全てを封じてしまった。ただ、親友に身を預けて泣く事しか出来なかった。謝りたいのも、感謝したいのも俺の方だ。ゴメンな。有難う。俺、お前と親友になれて良かった。せめてそれだけでも言葉に託したかったが、涙は無情に流れ続け、口を開けば泣き声かしゃくりあげる声しか出て来ない。
「………うん」
早坂が何かに小さく返事を返し、望月の身体を抱き締め直す。“何か”は涙に掻き消された伝えたい言葉。言葉に出せなくても、望月の伝えたい事は痛いほど分かった。彼は、子供の頃からずっと共に過ごした親友であったから。
「…っぐ………ひっく……良っ……ちゃん…」
早坂の返事を聞き取った望月は何とか友の名を呼び、鼓動が聞こえて来そうな胸に頬を当てて泣き続けると、顔の下の白いシャツに薄い灰色の水玉模様がポツポツと現れた。
 望月の涙の洪水が落ち着きを見せるまで、もう暫く時間がかかりそうだった。