バスタオルで髪を拭きながらシャワールームの扉を開いた藤堂は、部屋の中心に位置するベッドの上で蠢くそれにクスッと小さく笑って近付いた。
「全く…ものの10分も大人しく出来ないんだね、君は」
背中から聞こえた声にハッと気付いた時には黒髪を掴んで引っ張り上げられる。思わぬ苦痛に早坂の顔が一気に歪んだ。
「大人しく待ってろって言ったのに、しっかりと一人で始めちゃって……」
「やっ……痛いっ…止めて…よ……」
「君が言う事を聞かないからだよ。…普段は常識人なのにベッドの上では非常識なんだね。他人の家のベッドの上で堂々とオナニーなんてしないよ、普通」
まぁ、良いか。髪から手を離し、軽く肩をすくめて言う。
「とりあえずシャワーでも浴びて来たら?…余りダラダラと入らないようにね。別の事をしたりして」
今度は“別の事”を強めながらベッドに腰掛けて早坂の背中を押す。藤堂がやや強めて言った言葉の意味を理解した早坂は微かに頬を赤くしたが、小さく頷いてシャワールームへと消えた。
藤堂と同じ位の時間を使ってシャワーを済ませ、身体からまだ微かに湯気を立たせながら寝室に戻ると、ベッドに座って例のジャムの瓶を弄っていた藤堂の顔が上がり、思ったより早かったね、と微笑んだ。
「シャワーの間にはしなかったんだね。偉い偉い」
隣に座った早坂のまだ濡れている髪を幼子を誉めるように撫でる事で相手の頬が少し膨れたが、藤堂は構わずに口を開いた。
「……で。結局、君はこれをどうしたい訳?欲しいのかな?」
むくれる早坂の前に突き出されたのは赤い薬が入った瓶。それを目にするだけで心臓が高鳴って来るのを感じた早坂は、赤く染まってきた頬をバスタオルで隠しながら小さく何度も頷いた。
「…成る程ね」
顔の右半分を器用に吊り上げながら、相手の顔と手の中にある瓶の間で視線を行き来させた後、蓋を開けて指でジャムを掬う。ごくんっ。横で唾を飲み込むような音が聞こえた。
「何を期待しているのかな?…ちょっと腰を浮かせてくれる?」
「う、うん……。ひ…ひぁっ………!」
言われるがままに腰を浮かせた早坂の開かれた両足の間に藤堂の手が滑り込む。バスタオルの下でその手がもぞもぞと動き、早坂の口から短い悲鳴が漏れた。
「…っく…………はぁっ……」
漸く落ち着き始めていた箇所が再度爆発したかのように熱くなり、腹の奥までジンジンと響いて来る。熱を少しでも抑えようと指が自然とバスタオルの下に行こうとするが、其処に到達する前に両手首を藤堂に掴まれ、そのままベッドに押さえ付けられてしまった。
「な…何……?藤堂君………また…してくれるの…?」
目を潤ませ、声を震わせながらも期待している表情を浮かべる早坂に藤堂は笑い、静かに口を開いた。
「……君って、本当に好きなんだね。君みたいなのを淫乱って言うんだよ」
「そ、そんなっ………んぅっ!」
男を求めていた箇所を襲う衝撃に早坂の瞳が一瞬見開かれ、そのまま滲んでいた涙がポロポロと零れ落ちた。藤堂から解放された手が向かった先は後ろではなくベッドシーツ。泣きじゃくりながらシーツを引っ掻く早坂の赤く濡れた其処には、さっきまで彼が冷たいと嫌がっていた玩具が突き刺さって鈍い振動音を鳴らしていた。
「や…あ……藤堂…君………どう…してぇ……」
「君をもう一度抱くのも魅力的だと思ったんだけどね。生憎、疲れちゃったんだ。もう日も暮れるし」
ベッドを離れ、背後で悶える早坂の喘ぎ声を心地良く聞きながら床に散らばる赤い制服を拾い上げて、ベッドの上に放り投げると早坂の涙目が丸くなった。
「服を着て、早坂君。それ入れたまま」
「えっ…………」
「この薬を君に譲る為の条件だよ。明日のこの時間まで、それを入れたまま生活する事。…まぁ、お風呂とトイレの時は抜いても良いかな。家族に知られたら君も困るだろ?」
ニコニコと満面の笑みを浮かべたまま淡々と言う藤堂に対し、早坂の涙まみれの顔は見る見る内に赤から青へと忙しく変化していった。
「…勿論、学校を休んだりしたら駄目だよ。明日チェックするからね。ちゃんと出来たら、薬を譲ってあげる。どう?この条件を飲む…?」
「……………………………」
藤堂の手の上にある薬の瓶と小刻みに震える両足を交互に見ながら、早坂は小さく唸ったが、今の彼にとって藤堂の持っている薬は全てを投げ打ってでも欲しい物だった。
だから、シーツを掴む。だから、視線を落とす。だから、小さく頷く。だから、プライドを捨てる―――。
早坂の答えに藤堂はそう、と答え満足げに頷いた。
身体を小さく震わせ、息を荒くさせながら制服に腕を通す早坂は、急に後ろを襲っていた衝撃が弱まった事に気付き、幾度か細かい瞬きをして藤堂の方を振り向いた。
「あぁ、電源を切ったんだよ。何時も同じ動き…ってのは嫌いなんだろう?大丈夫、気が向いた時にまた電源入れて強弱付けてあげるから。何時、どんな時に動き出すのか分からない…って言うスリルがまた良いだろう?」
「…!!」
制服のボタンを止める格好のまま固まってしまった早坂を見ながら藤堂は手の中で玩具のコントローラーを軽く左右に振り、言葉を付け加えた。
「そうそう。ズルとかして途中で抜いちゃっても僕には分かるからね。このコントローラーがそういう情報をキャッチするんだから」
それは念押しの為の出任せであり、そのような機能など持ち合わせていなかったのだが、今の早坂は疑う能力すら奪われているらしく、えぇっ……と眉を顰めて息を飲んだ。その彼らしからぬ反応に藤堂は危うく腹を抱えて笑いそうになったが、どうにか持ち堪えて微笑に留めた。
「それじゃ、今日はもう帰りたまえ。…今夜は君好みの夢が見られると思うよ?それを入れたまま寝るんだから」
「………………………」
ソファーの上に置かれた自分の鞄を提げて出入り口の扉に手をかけ、チラリと藤堂の方を向く。そして、小さな掠れ声でじゃあ、と言い残して開かれた扉の中へと消えた赤い背中を見送った藤堂は扉が閉まる音を聞くと共に口を手で押さえ、今まで押さえていた笑いを少しずつ解放するかのように肩を震わせて笑い始めた。
鞄を胸に抱き、口の中でモゴモゴとお邪魔しました…と言いながら門から飛び出していった真っ赤な顔の少年を玄関前で立って見ていた若い男は、そのすれ違った少年の顔を思い出してニヤリと笑い、そのまま背中を向けて屋敷へと入って行った。彼が早足で向かった先は、ついさっきまで少年が藤堂と一緒に居た客人用の寝室。軽くノックすると、中から自分の主人の声が返って来る。男は失礼しますと、会釈をしながら扉を開けて部屋に入った。
「失礼致します、護お坊ちゃま。…あの少年は………」
「うん。君も知ってるだろう?ちょっと前まで僕が飼っていたペットだよ」
ベッドから下りて軽く伸びをしながら、藤堂は視線を例の薬の瓶に向けて笑った。
「彼、どうも中毒になっちゃったみたいなんだ。この薬を使った後のセックスによって得られる激しい快感のね。…これの為なら何でもするみたいだよ」
「だから、あの少年は、あんなに顔を赤くして…………」
言葉を最後まで言わずにクスッと笑う部下に藤堂もフフッと笑みを返した。
「そ。僕の命令に従って“玩具”を入れっ放しにしてるんだ。薬一つの為に、あんな恥ずかしい事もやってのけるなんて馬鹿だよね。周りからは秀才って言われてるクセして」
何にせよ。藤堂はポケットに手を突っ込み、視線を瓶から男へと戻しながら言う。
「今回は誰も…望月君も、小林君も僕を責められないよ。だって、互いに同意をしているんだから。…ま、彼の性格だから誰にも言えないんだろうけどね」
言葉に視線の先の男が再度笑い、その笑いが伝染ったかのように藤堂の顔も改めて緩み、そのまま高笑いに繋がった。
赤から紺に変わりつつあり、一番星が輝こうとしている空の下。早坂は玄関の扉の前で大きく深呼吸をした。落ち着け。落ち着くんだ。普通に。何時ものように。笑顔でただいまって言って………。赤い頬を擦り、再度大きく深呼吸をする。よしっ。自分に気合を入れて扉に手をかけ、勢い良く扉を開けて何時も家族に見せる笑顔を作った。
「ただいま」
あぁ、いけない。少し上ずったかな…。過剰に自分の声に反応しながら家の中に入ると台所から母親が顔を出し、何故か安堵の笑みを浮かべた。
「お帰りなさい。…遅かったわね。心配したのよ?………また、いなくなったんじゃないかって…」
「あ…ゴ、ゴメン……ちょっと図書館に行ってて……」
表情を曇らせた母親に慌てて謝罪をして笑顔を見せるが、その後ろは再度落ち着き無く暴れ始めており、その衝撃に足は震えそうになっていた。それを隠す為に笑顔を見せる行為の何と苦しい事か。苦痛に耐える為に鞄を胸に再度抱き締めて母親の前を通り、自室へ向かうべく階段を上ろうとする早坂の背後から自分を呼び止める声がした。
「ちょっと…顔赤いんじゃない?熱でもあるの?」
夕飯の準備をしていたのか、水で少し濡れた手が自分の額に触れて来る。その冷たささえも今の早坂には辛い刺激になってしまい、思わず顔を小さく顰めて下を向く。
「…う、うん……ちょっと…風邪引いたのかも。だ、大丈夫。まだ、引き始めだから風邪薬飲んで早く寝れば治るよ」
浅い顰め面を笑顔に戻して首を何度も振り、その場から逃げるように階段を駆け上がる。その背中を見た母親は心配そうに眉を顰めて首を傾げた。
バタン。閉められた自室の扉に背中を密着させた早坂は耐え続けていた荒い息を解放し、はぁはぁと喘ぎながらその場にズルズルと腰を落とした。へたり込む足が小刻みに震えだし、その震えは瞬く間に全身に移動する。
「…や……やぁっ…こ……こ、こんなの……」
常に一物が侵入しているような感覚に瞳を潤ませながら、何とか震えを抑えようと身体を抱き締めるが、無駄に熱くなっているそれは震えが止まるどころかガクガクと激しい揺れに変わってしまった。
「ぅあ………あぁっ……く、苦し……」
心臓が胸の中で跳ね続け、耳の奥にもドンドンと言う音が響いて来る。落ち着き無い胸を押さえながら何とか立ち上がった早坂はそのまま数歩進み、ベッドに転がり込んだ。横向きの身体を縮こませつつ、汗ばんだ手をスラックスのベルトに伸ばして派手に外し、さっきからずっと解放を求め続けているそれを引っ張り出す。ゆっくりと包み込む手の中で、それはドクドクと脈打っていた。
「はあっ…あ……ぁ…はっ…」
熱を抑える為に上下にゆっくりと擦ると、思った以上に呆気なく絶頂を迎える感触が全身を駆け巡り、先端から溢れた蜜がベッドシーツに水玉を描いていった。
「あふっ……ん、あ、くぅ……」
口から短い嬌声を漏らしながら、手の中で暴れるそれを時には優しく、時には痛い位に強く擦り続けていると、体内で暴れていた熱が一気に手の中に集まって来るのを感じた。胸や耳の奥で響く鼓動のリズムが速くなり、視界がぼやけ、頭の中が白くなって行く。その白が爆発して視界まで一瞬巻き込んだ瞬間、早坂は息を吸い込み、頭に浮かんだ言葉と一緒に吐き出した。
「はぁ…はぁっ……やっ、出るっ………ひゃうぅっ…!!」
身体がビクビクッと跳ね、熱が勢い良く射出されてシーツの上に散って行く。霞んだ視界の中でそれを見届けた早坂は呼吸で肩を上下させながら、蜜で濡れた手をパタリと落とした。吐き出した興奮と引き換えに襲って来る脱力感を味わいながら大きく息を吐き出す。ほんの僅かだが、後ろからの陵辱による熱や苦しみが治まったような気がした。だが、また暫く経てばそれは身体に舞い戻って来るであろう。その事は容易に想像出来る。…1日…誰にも知られずに過ごせるのだろうか?不安が胸の中に広がる。もし、バレたらどうする?父さんに、母さんに、駿君に…………
「良麻?」
閉ざされたドアの外から聞こえて来た母の声に早坂は瞠目し、慌てて身を起こして声の方に顔を向けた。
「な、何?」
「何って…さっきから、ご飯出来たって呼んでるのに返事が無いから………」
「あ………そ、その…ちょっと居眠りしてたから聞こえなくて…」
余りにも苦しい言い訳。だが、流石に自分を慰めていたとは言えなくて。
「ゴ…ゴメン。すぐ行くから、ご飯ついでて」
「そう…。早く来なさいよ?冷めちゃうから」
そして遠ざかる母の足音。何とか知られずに済んだらしい。ベッドの上で身を起こした体勢で固まっていた早坂は安堵の溜め息を大きく吐いた。