机の上に広げた参考書の文章が頭に入らない。身体に渦巻く熱を少しでも忘れようと机に着いても全く集中出来ず、本の上に突っ伏して横を向きボンヤリと時計の針が動く音を聞いていた。
 眼を閉じれば思い出すのは、1時間ほど前の食事の時間。自慰行為で熱を抑えたとは言え、それはほんの僅かな事。震えそうな左手で箸を持ち、揺れそうな右手で茶碗を持ち、何とか笑顔を維持する顔は少しでも気を緩めれば泣き顔に変貌しそうで。
 正直、食欲など微塵も無かったが、家族に心配をかけたくない(“バレると困る”が本音なのだが)一心で無理矢理口に運び、後ろからの圧迫感の所為か吐き戻しそうになる所を必死に堪えて胃に押し込んだ。今も、その吐き出しそうな感覚は微妙に残っており、口の中に妙な粘つきを覚えている。
「……………はぁっ……」
さっきも心配したけど…本当にこんな状態で1日過ごせるのかな…。まだ、数時間しか経っていないのに身体の方は限界に近い気がする。下手したら余りの苦しみに発狂して、とんでもない事になるんじゃないか。襲い来る不安に深い溜め息を吐いたその時。
「っ!!」
半分閉じられていた瞳が大きく開き、同時に開いた口から息を飲み込む。早坂の後ろを貫いている玩具が派手に暴れ始めたのだ。それに合わせるかのように身体も震え、机や椅子がガタガタと音を立て始めた。
「あっ………あ、ぁぁっ……」
口から嬌声に似た声を漏らしながら、椅子に座ると言う行為にも耐え切れなくなって立ち上がり、ベッドに倒れこんで仰向けになる。無意識の内に男を迎えるように両足を開きながらも、泣きじゃくりながら頭の上の柵に左手を伸ばし、耐えるように強く握る。
「た、助け……助けてっ………」
孤独な戦いに涙し、余った右手で顔の横のシーツを掴んで引き寄せながら、苦痛からの解放を望むが誰も救いの手を差し伸べはしない。早坂は泣きじゃくる。硬く瞑った目から涙の粒を幾つも散らしながら嗚咽する。
「助……けて…駿君……駿っ…く…ん……」
しゃくりあげる口を開け、無意識に紡いだ物は友の名前。だが、その声は誰にも聞かれる事無く、閉ざされた自室の中で空しく消えた。

 それは何時、何処から始まったのかは覚えていない。気が付けば、僕は大勢の人に取り囲まれていた。知っている人(と言っても“特に仲が良い訳でもない、同じ学校の人”位のレベルなんだけど)もいれば知らない人もいる。でも、その人達が言う言葉は共通していた。
「知らなかったな。ウチの学校始まって以来の天才がこんな淫乱だったなんて」
「……やだ…最低…」
一人の言葉に女の子の言葉が続く。口火を切った人の呆れが混じった笑顔。それに続いた女の子の軽蔑の眼。
「…ち……ち、違うよ!僕は……そんな…」
「何が違うんだよ」
思わず否定しようとする僕の言葉を掻き消したのは背後にいた別の人。僕の肩を掴んで無理矢理振り向かせ、唇の端を吊り上げて言葉を続ける。
「知らない男相手に犯されて喜んでたらしいじゃないか」
「違うってば!ほ、ホントに…僕……喜んでなんか……んっ!!」
声を裏返しながらの訴えは口付けによって封じられてしまう。その人は一頻り僕の唇を味わった後、笑みを強めて言った。
「俺達にもヤらせろよ」
その言葉を合図に獣のように襲い掛かる人達。餓えた獣の群れの中心に肉を投げ込むと、こう言う風になるのだろうか?
「っ!!や、やだっ…嫌だっ………やああぁぁあっ!!!」
必死に抵抗しようとしても相手は多人数。多勢に無勢。しかも何故か力が出ない。呆気なく組み敷かれる身体。乱暴に引き千切られるシャツ。引き摺り下ろされるズボン。準備も整っていないのに貫かれる後ろ。
「はっ……あぁっ…いっ……痛いっ………抜いて………」
「痛いのが良いんだろう?お前、被虐嗜好なんだから」
「………!!」
一番最初に僕の身体にありつけた人の一言に周りは笑い、僕の瞳が大きく開く。どうして……どうして…其処まで…。疑問は浮かぶが口に出来ず、乱暴に犯される痛みに拒絶の叫びを繰り返すだけ。泣き叫ぶ僕に他の人が待ち切れないと言わんばかりに群がって、開いたままの口の中に捻じ込み、両手に無理矢理掴まされる。
「……んぅ……うっ………」
「後がつかえてるんだ。さっさとイカせろよ」
口を犯して来た人の声が何処となく遠く感じる。視界がぼやけて来るのも涙の所為だけではない。何よりも、ついさっきまで苦痛としか思わなかった粗暴な陵辱が今では妙な快感となってお腹の中まで響いて来る。それは、僕が、淫行に、完全に、身を、委ねた、証。
「…んく…………はっ………ぅん……」
もう、僕の頭には“抵抗”の二文字は残されていなかった。捕まって玩具にされていたあの頃のように、媚薬によって淫らな僕を引き出されたあの頃のように、僕は躊躇い無く4人の相手を一手に引き受けた。接合部を揺らす。舌を絡める。右と左、平等に動かして快楽を提供する。
「ほら…見ろよっ……この顔…やっぱり…淫乱じゃねぇか……」
僕の上で腰を忙しく動かし、息を弾ませていた相手が僕の顔を舐めるように見た後、ポツリと言った。
「……発情した犬め…」
「……………………」
僕は肯定はしなかったが否定もせず、聞こえない振りをして奉仕行為を続けた。そんな僕に降りかかるのは“犬”の一言に反応したかのような周りの嘲りの言葉。そうだ。コイツは犬だ。ケダモノだ。言葉が重なり、大音響となって僕の耳にも飛び込んで来たが、特に何とも思わなかった。犬呼ばわりなんて今に始まった事じゃない。あの地下室でも僕を犬だと罵る人がいたのだから。そして、僕はその言葉にさえも快感を覚えていたのだから。
「おい、犬」
上にいる人が声をかける。犬って……僕の事?突然の事に心の何処かが戸惑って、恐る恐る相手の方を見ると、その人は笑顔を貼り付けたまま頷いた。
「そう、お前の事だよ」
言うと同時に相手の腰が離れ、僕は思わず首を激しく振って子供のように駄々をこねてしまう。
「や……やだっ………抜いちゃ…やぁ………!!」
「ハハハッ……すっかり出来上がってやがる。続きがして欲しかったら、犬らしくしな」
犬…らしく…。口の中で小さく反復し、頭の中に浮かべるのは犬の姿。犬……主人に従順………そして……。
「…分かってるじゃねぇか。流石だな」
相手の満足げな声が背中から聞こえた。仰向けだった身を起こして地面に四肢をつき、貫かれる事を望んでいるかのように腰を突き出す僕の姿にある場所からは嘲りの笑い、ある場所からは軽蔑の視線が浴びせられたが、僕は“続き”の事しか考えていなかったので何も感じなかった。
「早…く……早く…続きっ……入れて………」
「よしよし、ちゃんと俺の思った通りの事をしてくれた褒美をやらねぇとな。……にしても、その格好…お似合いだぜ」
相手の前に突き出した柔らかい丘を軽く叩いた後に、そのまま両手で掴んで交わる箇所を大きく広げる。先端が入り込む独特の感触が僕をゾクゾクさせた。
「あっ…ぅんっ!……あぁぁっ…………」
待ち望んでいた“続き”に震えた溜め息を吐き、周りの視線も構わずに身体を揺さぶり出す。発情した犬。その通りかも。ボンヤリと考える僕の目の前に別の人達が立った。さっきまで僕が口に含んでいた、手に取っていた人。
「こっちもまだ終わってないだろ?…続きしろよ」
「………は…はい……」
素直に返事をしてしまいながら、地面に両肘を付いて左右の手で包み、眼前に突き出された方には先端に詫びるようなキスを数回した後に、ゆっくりと口に含んでいく。ずっと我慢していたのだろうか、口の中に入った途端に苦い蜜が広がっていった。
「…はぁっ………ぁむっ………ぅう…」
体を前後に動かす事で肘が擦れて血が滲み、瞬く間に地面に赤い線が引かれたが、痛みを覚えなかったのは快楽が全てに勝っているからか。皮が剥けて血を流す両肘の上で動く手がヌルヌルした蜜で濡れて行く。口の中で暴れているそれが喉の奥まで押し入れられる。相手を自然と締め付けてしまう其処が壊さんばかりに突き上げられる。耳に聞こえるのは嘲りの笑い。身体が感じるのは軽蔑の視線。しかも、それらは犯している人に対してではなく、全て僕だけに注がれている。
 最悪だな。誰かが笑い、大袈裟に肩をすくめる。やだ、何アレ。女の子が眉を顰めて嫌悪感を示し、近くにいる人とヒソヒソ話を始めながら僕を見る。人間ではない、ゴキブリか何かを見るみたいな瞳。でも、それさえも今の僕にとっては…………
「んぁ……あっ………ん……もっ…とぉ………」
もう止まらない、止められない。僕は完全に壊れている。貪欲に快楽を求めて動く僕に相手の人達も小さく呻き始めた。
「…クッ……マジかよ…コイツ……また締め付けて来やがった……」
「……く…くそっ………!」
後ろの人は苦しげに呻き、前の人は絶頂が近いのか僕の髪を掴んで逃げられないように固定し、左右の人達も一歩近付いて僕の横顔に蜜を垂らし続ける先端を押し当てる。全てが弾けたのは、それから少しした後だった。
「んぐっ!…ぅん………んんんーーっ!!!」
僕の後ろが、口の中が、左右の横顔が白い欲情に濡れると同時に、僕も地面に同じ物を吐き出してしまった。口内の大量のそれを涙ぐみながら何とか飲み込み、軽く咳き込んでいると相手だった人達が薄く笑いながら僕から離れた。…解放してくれるのだろうか?視線をそっと上に向けると同時に僕は息を呑んだ。
「…そ、そんな…………」
僕を取り囲んでいたのは“順番待ち”をしていた人達。目の前で行われていた性行為に我慢が出来なくなったのか、誰かが僕を突き飛ばして仰向けに倒したかと思うと至る所から白が飛び掛ってきて、僕の身体を濡らして行った。
「……あ…あんっ………」
全身を欲望まみれにされ、眼を虚ろにさせる僕の両足を誰かが抱え上げるが、僕はもう何も言わず、ただ貫かれる瞬間に嬌声を漏らしただけだった。そして、再度始まる輪姦。再度ぶつけられる嘲笑と冷たい視線。
 …ゴメンなさい………。僕は犯されながら心の中で家族に謝り、涙を流した。…僕……僕は…もう…………
「!!」
突如、嘲りとも軽蔑とも違う視線が僕に突き刺さり、ボンヤリした視界を一気にハッキリさせる。奇妙な視線は家族や親友や仲間達の物だった。一気に戻って来る理性と羞恥心に僕は慌てて身を起こして叫んだ。
「…ま、待って……違うんだ!!」
何がどう違うのかは自分でも混乱している所為か分からなかったが、とにかく弁明しようとする僕に声をかける人はいなかった。家族が悲しげな顔を浮かべて背中を向けた。仲間が呆れ顔を見せた後、露骨に舌打ちをした。親友が家族と僕の間で視線を行き来した後、ポツリと言った。
「………自業自得だ…」
「…駿く……」
親友の名を呼ぼうとすると、彼は逃げるように駆け去って行った。家族が、仲間が、親友が、大切な人が離れて行く。
「嫌だっ!!お願い……置いて行かないでよぉっ!!!」
小さな子供のように泣き叫び、後を追おうとするが周りが僕の身体を押さえ付けて行かせようとしない。僕は必死でもがき、手を伸ばしながら叫んだ。
「やだあああぁぁああああーーーっ!!!」

「っ!!!」
気が付くと、天井と弱々しい豆球の光が視界に飛び込んで来た。自分を陵辱していた人間も、嘲笑っていた人間もいない。聞こえて来るのはコチコチと言う時計の針の音のみ。状況が分からずに身を起こすと布団の上で寝ていたらしいペットの猫がきょとんとした顔で自分を見つめていた。
「………えっ……」
辺りを見回す事で視界に入るのは自分の机。自分の本棚。壁に掛けられた制服。どうやら此処は薄暗い自室らしい。
「……夢…?」
魘されながら泣いていたのだろうか、漏れた独り言は少し鼻声に聞こえた。そうか…夢だったのか。深い安堵の溜め息を吐く。まぁ…あんな夢見るのも無理は無いよ。だって…その、まだアレ入れてるんだし…。だから、あんな…夢……皆が…僕から離れて行く………
「……うっ……ひっく……」
夢の中で小さくなって行った大切な人達の背中を思い出してしまった早坂の瞳から涙が零れ出し、そのまま泣きじゃくりに繋がる。悪夢を見た事で泣くなんて正直、情けないとは思ったが泣かずにはいられなかった。ふと横に置いてある目覚し時計を見ると、針は普段起きる時間の3時間前を指している。まだ寝直せる時間帯ではあるが、早坂は首を激しく振った。
「…嫌だ……怖い…寝たくない…」
頭を抱えて眼を硬く瞑る早坂の鼻先に柔らかい毛が触れる。その感触に眼を開けると、普段は素っ気無い態度をとる猫が主人の異常な様子を感じ取ったのか、ピンと立てた尻尾の先で主人の鼻を撫でながら目の前をウロウロし、にゃあと声をかけて来た。
「…………僕の事、心配してくれてるの?」
思わず泣き笑いの表情を浮かべると、猫はそうだと言わんばかりに再度鳴いた。
「…有難う……おいで、チロル」
クスクス笑いながら両手を伸ばすとチロルと呼ばれた猫は素直に両腕の中に潜り込み、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
「珍しいね、何時もだったら抱っこしようとしても無視して何処かに行くくせに。……フフッ…でも…温かいや」
腕の中の温もりに思わずギュッと抱き締めてしまうが、猫は大人しくされるがままになっていた。何時もだったら抱っこされても短時間でもがいて拒絶反応を見せるのだが、今回は何故か主人に従順だったのは矢張り、主人の異常に気付いているからか。
「……ねぇ、チロル」
暗い部屋で微動だにせずに猫を抱き締めていた早坂の口が小さく開き、腕の中の猫に語りかけた。
「…僕ね、犬なんだよ」
微かに震えた声で言いながら猫を片手に抱き、余った右手で布団を捲るとじっとりと濡れたシーツと突き当たりから膝辺りまで染みが広がり、寝間着が貼り付いている両足が現れた。
「気持ち良くなる為なら何でも言う事を聞く、発情した犬。……ずっと発情してるから、夢の中でも犯されて…寝ながらイッちゃうやらしい犬なんだ」
主人の突然の告白だったが、人の言葉など理解出来ない猫の事。驚いた様子など見せる訳が無く、ただきょとんとした表情でガラス玉のような瞳を輝かせ、主人の濡れた瞳を見つめるだけだった。