日が沈み、派手なネオンが目立ち始めた街の中、男二人が一瞬驚いたように目を見張り、そのままそれを細めて笑った。その視線の先にいるのは、数日前に突然やって来て、自分達によって陵辱された少年。あの時に完全に傷付いた様子で泣きじゃくっていたにも関わらず、今日も彼は何食わぬ顔で街灯の下に立っている。男達は顔を見合わせて小さく頷くと、少年に近付いた。
「…よぉ。また会ったな」
「其処に立ってるって事は、またヤッても良いって事だよな?」
ニヤニヤ笑う男達の頭の中で、恐怖に歪み、目に涙を溜める少年の顔が映し出される。だが、目の前の少年の反応は、その予想を完全に覆す物だった。
「うん。どうぞ、御自由に」
「えっ…………」
「好きなだけして良いよ。…僕を満足させてくれる?」
気取った顔に笑みを湛え、何処か妖艶な仕草で誘い込む姿は別人を思わせて男達を迷わせたが、結局二人は欲望に任せて少年の肩に手を伸ばした。
「其処まで言うなら、付き合ってやろうじゃねぇか。この前と同じ場所で良いか?」
「うん。抱いてくれるなら何処でも良いよ」
「…………………」
前回とは打って変わった積極的な態度に男達は改めて驚き、密かに目を丸くしたが、結局何も言わずに少年の手を引いてその場を離れた。
閉鎖されたのだろうか、不気味に暗い店の横に位置する細路地の突き当たりに背中を預けて腕を組み、微笑を絶やさない少年――早坂に不満そうな疑問がぶつけられる。
「……お前、前の時はビクビクして半泣きだったくせによ。一体、どうしたんだ?」
「何?怖がって震えた方が燃えるのなら、そうするけど?」
「!?」
思わぬ答えに瞠目する相手にニッコリとあどけない笑顔を見せる早坂を相手の片割れが、呆れと驚きが交錯したらしき裏返りかかった声をあげた。
「って事は…前のアレはわざとだったのか!?」
「…うん、アレは芝居だったんだよ。あぁやって泣く方が貴方達も興奮すると思って。勝手に決め付けるのは申し訳無いけど、泣いたら余計に僕の事を犯したくなるんじゃないかなって」
「………参ったな。俺達ゃお前にまんまと騙された訳か」
でも、お前も良かったんだろ?言いながら、ゆっくりと早坂のシャツのボタンに手をかけて外していくと、小さく頷くのが窺えた。
「あ、そうだ。この前言っていた薬、持って来たんだけど……試してみる?」
相手の返事を聞く前に近くの鞄をゴソゴソと掻き回し、中から赤いジャムが詰まった瓶を取り出すと男の口笛が聞こえた。
「ヤケに張り切ってるなぁ、お前。本当に持って来たのかよ。………じゃ、折角だから見せて貰おうかな。それを使って、より淫乱に乱れる所をよ」
「フフッ……良いよ。その為に持って来たんだから」
とても性交をする前とは思えぬリラックスした態度で笑い、瓶の中に指を突っ込んで赤い薬をたっぷりと掬い上げた後、口にゆっくりと含むと見る見るうちに早坂の頬は上気し、瞳に奇妙な炎を宿し始めた。口をキュッと結び、何かを我慢する子供のように落ち着き無く身体を揺らし始めた早坂の異変に男は満面の笑みを浮かべたが、敢えて手は出さずに目の前で揺れる身体を観察した。
「……ぁ…や…やだっ………そんな…余り見ないで……」
余りに強い視線に恥ずかしげに身を縮め、拒むような声をあげるが、もじもじと身体は相変わらず落ち着き無く動き、小刻みに揺れる指が再度瓶の中に入り込んで、ジャムを掻き回した。指にたっぷりと付いたそれが次に近付いたのは、男を求めつつある蕾。微かに滑り気を帯びていた其処に赤い薬が塗り込まれた瞬間、早坂の揺れていた身体が大きく跳ね、辺りに荒い息遣いの声を轟かせ始めた。
「んぁっ……はぁっ……あぁ…ん………」
早くも理性を飲み込まれ、視線を感じているにも関わらずに赤く濡れた後ろに指を躊躇無く捻り入れ始めた早坂の動きに男達は唾を飲み込み、一人が眼前まで近付いた。
「それって…そんなに早く効くのか?」
「…………………」
口を小さく開けて、ひたすら自分を弄っていた早坂が相手の声を聞いて、存在を思い出したかのように顔を上げる。とろんとした虚ろな瞳とギラギラと欲望が滲み出ている瞳があった瞬間、虚ろな瞳の少年はニコッと微笑んだ。
「うん……早く効くし………何よりも…凄く気持ち良いんだよ…ほら、試してみて?」
塗ってあげるから、―――貸して。口から卑猥な言葉を紡ぎながら眼前の男の前を開き、既に陵辱の準備を整えている状態のそれを引っ張り出して咥え込み、舌の上に残っていた媚薬を側面に、先端に塗っていく。
「……くっ………」
男が呻く。媚薬を塗られた箇所が急激に熱くなり、先端を細かく何度も舐める少年の舌先がその熱を全身に回らせる。熱は瞬く間に脳内まで到達し、目の前で跪いて奉仕している少年を犯せと命令する。徹底的に。本能のままに。獣のように。
男の腕が伸び、早坂の頭を掴んで突き飛ばす。突然の事に小さな悲鳴を上げ、夢中で貪っていた物が口から離れた事による喪失感に眉を切なげに顰めようとした時には、早坂の身体は男に組み敷かれ、無理矢理広げられた両足の間に相手の腰が入って来ようとしていた。
「ふぁっ……あ………あぁぁ……!!」
相手の腰が進む度に口から漏れる声のトーンが上がり、瞳の濁りが強くなる。媚薬と唾液にまみれた一物が、同じ媚薬に濡れた早坂の中に完全に入った時、快楽に酔う獣の雄叫びが響き、そのまま腕を伸ばして相手の男にしがみ付いた。
「はぁ……あんっ……す…凄いぃ……」
瞳と同じく虚ろな声をあげながら肩に顔を埋め、一定のリズムで腰を揺さぶる少年を相手の男は呆気に取られたように見詰めていたが、ハッと我に帰ったように眼を見開き、仲間の男に笑顔を向けた。
「おい、他の奴らも呼んで来いよ。淫乱なポルノ俳優様のお出ましだってな」
「あぁ、分かった。呼べるだけ呼んでやるか。……あのビデオのように輪姦される方が好きそうだしな」
「…おねっ…がい………もっと…もっと奥まで…ぇ………」
性交に夢中で男達の会話など全く聞いていない様子の早坂の淫猥な言葉が男達の笑みを深くさせたが、早坂は気付いた様子も無く、男に激しい口付けを求めていた。
地面を濡らす精の量を見て無意識の内に考えてしまう。結局、僕は何人相手にしたのだろう。何回イカせたのだろう。何本咥えたのだろう。薬の効果が切れると共に襲う脱力感と注がれ続けた腹部や蹂躙されていた箇所の鈍い痛みに耐えながら立ち上がり、辺りに散らばっている服を拾おうとする。足の裏がまだ生温かい粘液を捉えた。
楽しかったぜ。ついさっきまで自分を犯していた男達の台詞。いや、同意の上でしたのだから強姦ではない。それに自分も薬が手伝っていたとは言え、かなり楽しんでいた。相手が達した事によって解放されるかと思ったら別の男に貫かれると言う状況を繰り返す“贅沢な”セックス。それは、あの地下室から解放されて以来、密かに望んでいた物だった。
絶え間なく抱かれている間は幸せ。気持ち良いから。何も考えないで良いから。そう、駿君の事さえも一時的に忘れられるから。眼を瞑って仕舞えば相手が誰であろうと駿君とダブらせる事が出来るから。
心に負った様々な傷を、何時しか歪んだ形でないと癒せない状態にまで陥っていた早坂は地面を見詰めながら、何故か優しく微笑んだがその瞳からは涙がポツポツッと絶え間なく零れ落ちていた。
「…顔色良くないな」
「…………え?」
1週間近く経ったある日の事。掃除を適当にサボってロッカーに腰掛けていた望月がせっせと廊下を掃いていた早坂を心配そうに見詰めていた。
「何か、この前も熱あるとか言ってたし……。その…アレから調子良くないみたいだな」
「アレって?」
「……分かってるくせに。だから………デカイ声じゃ言えねぇけど……藤堂に…」
「あぁ、それの事か」
苦笑を浮かべ、頭を掻きながら説明する望月に笑顔を見せると苦笑が微かにはにかみ笑いに変わった。
「大丈夫だよ。今、ちょっと疲れみたいな物が出てるけど……父さんが診てくれてるし」
「そっか。…まぁ、お前の父ちゃんは医者だし。早く元の調子に戻ると良いな」
自分は何時から、こんなに嘘吐きになったのだろう。本当の原因は、最近毎日のようにあの街で“狩り”をして、名前も何も知らない男の人達と交わってる事なのに。
そして、彼はどうしてそんな自分の嘘を真に受けてくれる上に優しい言葉までもかけてくれるのだろう。今の自分には、その優しさが嬉しいと同時に心の痛みを強めると言うのに。
「…うん、だから余り心配しないで良いよ。じゃあ、僕ゴミ捨てて来るから」
此処から逃げようと言わんばかりに満杯になったゴミ箱を抱えて去ろうとすると、ロッカーに座っていた身体が軽やかに跳ねて着地した。
「俺も行くよ。こんな所で掃除時間終わるまで座ってるのもつまんねぇし」
「……。そう。じゃあ、行こうか」
彼と一緒にいるのが辛い筈なのに、こうして彼と一緒に行動する選択肢を選んでしまうのは……やっぱり、彼の事が好きだからだろうな。未練がましい自分に小さく苦笑しながら、早坂は改めてゴミ箱を抱え直して廊下を歩き始めた。
廊下を歩いている間に聞こえて来る他の生徒の会話が自分に対する軽蔑の言葉や噂に聞こえてしまう。
――知ってる?あの人、繁華街で知らない人とHな事してたんだって。
――アイツ、かなりの淫乱らしいぜ。何時もヤッてくれる奴を求めてるんだってさ。
勿論、それらは全て早坂の思い込みによる幻聴だったが、やましい事をしていると言う気持ちは強くなる一方で、それも早坂の顔色を悪くする原因の一つだった。クスクス笑いが聞こえる。誰かが指を指しているような気がする。軽蔑の視線を感じる。思い込みが被害妄想に似た形で自分を追いやっている。あぁ…僕は……僕は…
「なぁ、聞いてんのか?」
「…え?あ……な、何が?」
「何がって…聞いてなかったのかよ」
「………ゴメン…」
「…いや、謝る事はねぇけどさ」
視線を落として小さく謝罪する親友を見ながら望月は、おかしいと思った。早坂は子供の頃から聞き上手で、他人の話を聞き落とす…と言う事はまず無かった。そんな彼が自分の話を全く聞いていなかったのだ。流石の望月も不審な気持ちを抱き始めようとしたその時。
「望月さん!早坂さん!」
廊下の端にある資料室から駆け寄って来たのは其処の掃除当番だったのであろう音無京助だった。彼にとっては飾り物に過ぎない箒を片手に持ちながら、笑みを堪えているような顔を浮かべている。
「よぉ、音無。その顔から見て何か面白い事あったんだろ」
「あ、分かります?」
「あぁ。お前、普段は愛想の無ぇ顔してるくせに何か良い事があると、すぐにニコニコするからな」
極端なんだよ、と笑う望月と吹き出す音無を見ながら早坂もクスクスと笑ったが、それは二人に合わせる為の作り笑いだった。
「で?何があったんだよ。俺達にも聞かせろよ」
「えぇ、実はですね。…ちょっと前になるんですけど、体育館で誰かがヤッてたって噂があるんですよ」
「マジで!?ヤッてたって……勿論、アレだろ?」
ズキンッ。音無の口から出た思わぬ言葉に早坂の心臓が大きく跳ね、胸に激しい痛みを覚えたが、二人は会話に夢中で気付いた様子は無かった。
「俺も実際は見てないんですけど、ウチのクラスの奴が体育の時に何か壁に付いてるのを見付けたらしくて……で、それを良く見たら男のアレだったって…」
「うっわーっ!スゲェなぁ。学校の体育館でヤるなんて、かなり好きなんだろうなぁ。って言うか、壁に出す位ならゴム付けろっての。アハハハハハッ!!」
「ですよねぇ。…あ、もしかしたらヤられてる方も男だったりして」
「うわっ、キッツー!」
猥談に馬鹿笑いする二人の笑い声が頭に響き、眩暈を覚えたが、何とか足を踏ん張って笑顔を貼り付け、空笑いをする。本当の所はこの場から逃げたかったが、やましい気持ちが手伝ってそれを不可能にしていた。下手に席を外したら、自分が体育館でしていた人間だと疑われる。そう思い込んでしまっていた。
「さて、と。じゃあ、俺はそろそろ教室に戻りますから」
「本当かよ。その前に今の話を竜二さん辺りにも話すんじゃねぇの?」
「あ、本当にそうしようかな」
最後まで笑みを浮かべながら二人の前から姿を消した音無の背中を暫く笑いながら見詰めていた望月だったが、背後にいる早坂を振り返ると同時に何かに気付いたように眼を丸め、笑顔を消した。
「…っと。悪いな。お前、こう言う話好きじゃなかっただろ」
「………うぅん、大丈夫。気にしなくて良いよ。ほら、早くゴミ捨てに行かないと」
「あ、あぁ」
笑顔を見せるがサッサと階段に向かって歩き始めた早坂を見た望月は小走りで後を追いながらも、小さく溜め息を吐いた。やっぱり、余り聞きたくない話じゃなかったんだ…ちょっと怒ってるのかもな、と。
「……………………………」
背中から聞こえる望月の足音さえも脳内に響き、何時の間にか生じていた頭痛が酷くなって来て額に汗が滲み出て来る。…体育館でHな事をしたのを知ってる人がいるんだ。誰がしてたのか…と言う事までは分かっていないみたいだけど、知られるのは時間の問題かも知れない。だとすれば、僕はどうすれば………
「早坂っ!!」
肩を掴まれて力の限りに引っ張られる。景色が激しく揺れる中で望月の必死そうな顔が見えた。
「お前、顔真っ青だぞ!?足もふらついてるし……。そのまま歩いたら絶対階段から転げ落ちるぞ!!」
「……だ…大丈夫……ちょっと…気持ち…悪いだけ……頭…痛い…だけ…だから……後少し…すれば…学校…終わって…帰れ……
「!!!」
反射的に早坂を抱き寄せる望月の目の前でゴミ箱が階段に中身を撒きながら派手な音を立てて転がり落ち、踊り場の中心で漸く止まった。もし、今自分の腕の中に居る早坂を引き寄せるのが間に合わなかったら、彼もゴミ箱と同じ目にあっていたに違いない。
「お、おい!どうしたんだ!?」
階段からの派手な音と、それに続く悲鳴やざわめきを聞いて教室から飛び出して来た竜一が何時の間にか集まった生徒達を掻き分けて騒ぎの中心部に行くと、死人のような早坂を抱き寄せている望月が居た。
「……は…早坂が……倒れました…」
「………………………」
動揺の為か微かに声を震わせる望月と、その腕の中で気を失って細い息をしている早坂を竜一は呆気に取られた様子で見詰めていた。