気が付くと、僕は知らない男の人の足元に跪いてズボンの上からキスを繰り返し、僕が望んでいる物をより熱くしようとしていた。布越しの刺激でも感じてくれているのか、頭の上から微かに低い呻きが聞こえ、手が僕の後頭部を押して逃げられないようにする。
「うぅん………んっ…」
窮屈そうになったズボンを開き、下着の上から舌を這わせると自分の中心もギュッと熱くなって来るのを感じた。数時間前の親友によるレイプが僕の欲望を不完全燃焼に終わらせたのだから仕方が無い。
「……ねぇ…」
相手の手から逃れながらズボンから顔を離し、その手のホテルにありがちなボンヤリとした照明に照らされた巨大なベッドに腰掛けてシャツのボタンを外しながら僕は誘い込むような声をかけると唾を飲み込む音が聞こえた。
「…見て………僕のも…こんなに熱くなってるんだよ…?」
親友との性交(僕にとっては強姦だったが)では殆ど熱を帯びなかったそれは、知らない人相手に自己アピールを堂々としている。シャツの前を開いて胸部を露出し、左手で突き刺さるように見詰められている其処に軽く触れながら僕は淫らな本能を剥き出しにする。
「したい…でしょう?……したい…よね?貴方の―――はそう言ってるみたいだよ…?」
薬も使っていないのに僕の身体は交わる事を望み、普段は口に出来ない言葉も躊躇無く紡げる。駿君に満たして貰う筈だった淫欲が暴走している。そんな感じがした。
 そんな僕の心情などお構い無しと言わんばかりに相手の人は僕の身体を押さえ付け、慣れた手付きで下の衣服を膝下まで摺り下ろす。僕の熱い其処を温かい唇が覆い、既に湿っていた先端を濡れた舌が襲った。
「ぁあ……ぁんっ………はぁっ…」
彼を迎え入れるように開かれていた両足は呆気なくガクガクと震え、頭の横に置かれていた手がシーツを強く掴む。親友との行為の際に達するべきだった欲情の分まで溜まっているらしいそれは早くも爆発しそうになっていた。
「ふあ……ぁ…やっ……イッちゃうよぉ……」
「オイオイ、そんな早々とイクなよな?お前ばっか気持ち良くなってないで、さっきの続きをしてくれよ」
「………は……はい…」
行為を求める淫乱な欲は僕を従順な性の下僕に変え、相手の要求をあっさりと受け入れた僕はベッドに横になった彼の体を跨ぎ、身体の餓えを満たしてくれるのであろう相手の本体を引っ張り出すと同時に躊躇いなく口に含み、滲み出ている露ごと先端を吸った。
「ん…はむっ……は…ぁ………すご…いぃ…」
頭に濃い霧がかかって来ているのをボンヤリと感じ、思い付く限りの言葉を口にする僕の耳に、突如携帯電話の着信音が突き刺さった。

 刺激を求めるように腰を突き出す少年を見た男はニヤリと顔を歪めた。
 ―――ねぇ、僕を抱いてくれない?歓楽街を歩いていた自分の袖を引いて誘ってきたのは、街で密かに評判の“援交男子高生”。知的に整った顔の中では微妙に浮いて見える、熱く艶っぽい瞳が男の欲望を掻き立てて二つ返事をさせる。そして、近場にあったホテルに入って現在に至る。
「全く…今時のガキは分からないな。お前みたいな真面目そうな奴でも、こんな事するのか?」
顔に似合わぬ熟れた蕾の周りを軽く指で撫で、そのまま数本突き入れると、其処は思った以上に解れており呆気なく男の指を奥まで迎え入れた。
「ひぁっ…!そ……そこ…もっと…ぉ………」
声を裏返しながら懇願し、忙しくその口で奉仕行為を続ける。腰を震わせながらも感じているらしい少年の反応に男は再度満足げに笑ったが、その表情は次の瞬間に飛び込んできた甲高い着信音によって一気に不機嫌になった。

 これで何度目なのだろう。何と言われても良い、ただ謝罪の言葉を聞いて貰いたい。そう思ってかけ続けている電話なのだが、何度やっても通話が不可能であると言う反応しか返ってこなかった。その度に溜め息を吐いて机の上に電話を置くのだが、また暫くすると僅かな可能性を期待して同じ人物に電話をかける。
 良ちゃん、ゴメン。その一言だけでも伝えたかった。勿論、そんな言葉ひとつで許して貰えるとは思えなかったが、それでも謝罪の気持ちだけでも知って欲しかったのだ。
「良ちゃん………」
無意識の内に呟きながら、再度携帯電話に手を伸ばして彼との通話を試みる。………奇跡が起こった。奇跡と言うには余りにもチャチな事のような気がしたが、俺にとっては彼との電話が繋がるのは奇跡に近かったのだ。同時に胸の中で心臓が暴れだす。良ちゃんは何と言うのだろう。思い出して泣き出すのだろうか。俺を罵倒するのだろうか。何時も通りに接してくれるのだろうか(この反応をしてくれる可能性は余りにも低い。とんでもなく低い)それとも…俺の声を聞いた途端に切ってしまうのだろうか。余りの緊張に胸が苦しくなって来る。そして聞こえる、電話を取ったらしき音。その音に心臓が大きく胸の中で飛び跳ねた。

 互いの身体へ向けられていた視線は一瞬にして、棚の上で光る青を基調とした携帯電話に突き刺さった。
「何だよ、こう言う事する時は電源切っとけよな?冷めちまうじゃねぇか」
「ご…ごめんなさい………」
謝りながら携帯電話を手に取って、空気を冷ました原因の一つである電話の相手を調べると、それは親友である事がわかった。そうだと思ったよ。心の中で呟き、ゆっくりと電話を耳に当てると親友の声が聞こえて来た。
「あ、良ちゃん?俺。望月。…あ、あの………俺…」
「…………………」
望月の声を聞きながら、ゆっくりと男の方に向き直りニコッと小さく笑いかける。怪訝そうな表情を浮かべる男の前で、電話を持っていない右手が動いた。
「……良ちゃん…俺、どうしても…良ちゃんに謝りた………っ!!」
言葉を息と同時に飲み込んでしまう。声が出ない望月の耳には突如聞こえて来たのは親友の喘ぎ声。
「あぁっ……ふぁ………ぁ…」
電話をしながら、片方の手で自慰行為に耽り始めた少年の姿は男から見れば異常な光景だった。唖然とする相手の表情に気付いた早坂は電話を離さずに男に近付き、放置していた其処を口で咥え込む。望月の耳に奉仕行為特有の篭った声が入って来た。
「ん、ぅん、んん………」
「…………え…?…お、おい、良ちゃん!!何してんだよ!!」
電話から聞こえる裏返った声も無視し、未だ呆然としている男に絡むように抱きついて耳元で囁く。
「…お願い……挿入れて…………」
「え?…だ、だが……お前、電話…」
「…良いから……」
電話を切る様子も無い自分に戸惑いの表情を浮かべる相手に少し苛立ちを覚えた早坂は、熱く濡れたそれを己の蕾にあてがう。指以上に歓迎しているらしい其処はヒクヒクと震え、さっきからだらしなく露を垂らしている先端に吸い付いてくるような感触に男は唾を飲み込み、そのまま勢い良く早坂の身体を押し倒して欲望のままに貫いた。
「あぁっ!!あ…あぁんっ!ぃ…い………イイ…よぉ……っ!」
両足を相手の激しく上下する腰に絡めながらシーツを掴み、顔から離そうとしない携帯電話を思わず強く握り閉めると、左の耳元で軋むような音が聞こえた気がした。
「もしもしっ!?良ちゃん!?ちょっ……お前、誰かに犯られてんのか!?今、何処にいるんだ!助けに行くから!!」
軋む音を掻き消すのは親友の必死な叫び声。どうやら彼は自分が何者かに陵辱されていると思っていて助けに行こうとしているらしい。……笑わせないでよね。ついさっきまで君が嫌がる僕を犯していたくせに。唇を涎混じりの舌で艶かしく撫でて小さく深呼吸をした後、早坂は改めて派手な嬌声をあげ、相手の動きに合わせるように腰を揺さぶった。
「はぁっ……はぁっ…おね、がいっ…もっと……もっと奥まで……いっぱい…してぇ……!!」
とても陵辱されているとは思えぬ淫らな懇願に、電話の向こうから何度目かの息を飲む音が聞こえた。駿君、どう思っているんだろう。そう考えると、少し…本当にほんの少しだけ胸がチクリと痛むのを感じたが、ふと瞼の裏に数時間前に自分を痛め付けた親友のギラギラした瞳が浮かんだ瞬間、その痛みは胸から消えた。
「あっ、あぁっ、やっ、あんっ…ぁ…だ…駄目ぇ……もう…もう駄目…イッちゃうぅぅっ!!」
絶頂を迎えそうになっても決して電話は離そうとしない下の少年に男は成る程…と呟きながら笑った。
「淫乱なだけじゃなくて、そう言うプレイが好きなんだな?全く……中々の変態だ……くぅ…っ!!」
「…やぁっ……そ、そんなに一杯…中に出されたらっ……僕も…出………あああぁぁぁああーーっ!!!」
奥に大量に叩き付けられた衝撃に絶叫しながら、同じ物を辺りに撒き散らした早坂はハァハァと全身を上下させながら、結局最後まで手離さかった電話に耳を傾けると其処からは既に親友の声は聞こえず、プープープーッ……と言う相手が電話を切った事を証明する音しか聞こえなかった。
「…で?お前のやらしい声を聞けたラッキーな奴は誰なんだ?」
馴れ馴れしく肩を抱いて、額に汗を滲ませた笑顔を見せてきた男に早坂は手の中の電話を畳んで棚の上に置きながら小さく微笑んだ。
「…僕の好きな……とても大切な人……」
「良いのか?そんな相手にあんな声聞かせて…」
予想だにしなかった答えに思わず目を丸くした男に対し、早坂は小さな微笑を維持したまま棚の上の携帯電話に視線を向けた。
「…………。良いんだ…彼にとって僕は大切な人じゃないから……もし、大切な人だとしても……僕は大切“だった”人に過ぎないから」

 親友の甲高い嬌声が頭から離れず、無意識の内に耳を塞ぐ。彼の行動の意味が分からなかった。自分が彼を抱いた(“犯した”が正しいのであろうが)時は泣いてばかりで、嬌声ひとつ漏らさなかった彼が電話口で派手に喘いでいた事に正直怒りに似た感情を感じてしまい、彼が絶頂を迎えようとした時に電話を切ってしまった事を情けなく思ったりもした。とにかく、頭の中がグチャグチャで何が何だか分からない。ただ一つ言える事は、既に親友と自分の間で何かが激しく狂っているのは事実であると言う事。気持ちのすれ違い…と言う一言では片付けられない、複雑に壊れて狂ってしまった2人の間の歯車。
「一体……何がしたいんだ良ちゃん…。俺はお前に何をしてやれば良いんだよ!!」
歯車の修復方法も今の早坂の気持ちも掴めない苛立ちの余り、望月は机を力の限りに殴った。

 男から望まぬ金を握らされて、ホテルを後にした早坂は携帯電話の電源を切った事を改めて確認し、鞄にそれを仕舞った。電源を入れていたのはホテルの中にいた時だけ。望月から電話があった時に嬌声を聞かせるのが目的だった。それが自分を陵辱して傷付けた彼に対する罰であり、復讐。その効果があったかどうかはよく分からないが、少なくとも電話から聞こえて来た彼の反応から見て、ショックを受けていた事は明らかだったようだ。
 だが次の瞬間、早坂は頭が心臓の鼓動に合わせて鈍く痛み、何処か息苦しくなるのを感じた。僕、何してるんだろう。何で駿君にあんな声を聞かせたんだろう。一体、何が復讐なんだろう。何で、そんな事考えたんだろう。僕は何がしたいんだろう。頭が激しく混乱し、冷静に考えようとすると頭痛が酷くなってそれを妨害する。自分自身の気持ちさえも早坂には分からなくなって来ていた。
 助けに行くからっ!!電話から聞こえた彼の必死な叫びを思い出して胸に何かが突き刺さったような痛みを感じる。胸を幾度も強く抉って来る物は罪悪感。つい今まで、その相手は自分でもよく分からない“復讐”の対象だったのに。
「……分から……ないよぉ……っ!」
ドクドクと落ち着き無く跳ねる心臓の辺りをギュッと握り、息を荒くしながら今の気持ちを口にするが歓楽街の喧騒がその声を掻き消してしまう。全身がカッと熱くなり、瞳から熱が溢れ出そうな事に気が付いた早坂は袖で目元を乱暴に拭うと騒音から逃げるように駆け出した。

 辿り着いた所は歓楽街の中心から少し外れにある小さな公園だった。存在する場所柄、とても子供の遊戯や人々の散歩などに使われそうに無い静かな其処に早坂はフラフラとおぼつかない足取りで入り、無人の広場を横切って電灯が頼りなく点滅している公衆トイレに向かった。
 壁に知性の欠片も感じられない卑猥な落書きを多数書き殴られた個室の中で早坂は肩を震わせ、硬く瞑った目から大粒の涙をボロボロと零して泣きじゃくった。泣いても泣いても頭の混乱は治りそうも無く、逆に苦しさばかりが強くなる。
 ――僕って身体は知らない人相手でも簡単に裸になれるくせに、心は大切な人や自分自身が相手でも裸になれないんだね。そう思うと自分が世界中の誰よりも愚かに見え、同時にそれを誰にも分かってもらえない不幸者にも見えた。天を仰ぐとさっきからチカチカとうるさい蛍光灯が点滅して自分を照らし、その弱々しさは今の自分を思わせた。
「……はぁっ………はっ……はぁっ…………」
泣けば落ち着くと思って、わざわざ誰もいない所に来て泣いたのに自分を見つめ直すと言う逆効果に終わってしまい、頭痛も息苦しさも強くなるばかり。右手でさっきから熱が渦巻いている胸元を掴み、左手で口元を押さえて生唾を幾度も飲み込んで耐えていたそれも限界に達していた。ろくに掃除が行き届いているとは思えない床に構わず両手をつけ、床と同じ状態に近い便器の中に止め処なく嘔吐物を散らしていく。どうして…僕がこんなに苦しまないといけないんだろう?身体を激しく震わせて吐き続けながら、早坂は改めて涙を滲ませた。