部屋に隣接しているバスルームで身体の汚れを落とした事でほんの僅かながらスッキリしていた気持ちも、部屋に戻った途端に一気に元の重さに戻った。シーツが真新しくなったベッドの周りには“飼育係”の男達がニヤケ面で自分を見詰めている。その視線が余りにも痛くて俯く早坂の横顔を藤堂は面白そうに眺めつつ、まだ湯気が微かに上っている背中を軽く押した。
「どうしたのかな?良麻。早くベッドに戻ったら?折角シーツも変えてあげたんだから…」
「………ぅ……」
瞳を潤ませ、唇を小さく噛み締めても許して貰える訳が無く、結局力無くベッドに横になる。男の一人が手首を掴み、手錠を掛けようとした瞬間、藤堂の制止の声が飛び込んだ。
「あぁ、手錠はしなくて良いよ」
手を突き出しながらベッドに歩み寄り、本当の猫のように早坂の顎の下を擽るように撫でると首輪の鈴が小さく鳴った。
「ねぇ、良麻。さっきの約束覚えてるよね?ちゃんと僕の言う事を聞くって」
「………ぅ…ん…」
上目使いで見上げながら小さく頷く猫に藤堂はニッコリと微笑みながら手を上げ、背後に立っている男に合図を送るとカチャカチャ…と言う音が聞こえて来る。その音に妙な不安を覚えて視線を音の方にやると注射針が光に反射するのが見えた。
「実はね。良麻に手伝って欲しいんだ。………新しく開発した薬の実験台としてね」
「……っ!!!」
目を見開いて息を飲み、反射的に飛び上がって抵抗しようとするが、瞬く間に周りにいる男達に両手両足を押さえ付けられる。その光景に藤堂は、それぐらい元気な方が良いよと笑った。
「やっぱり、この手の薬は動物実験が一番だからね。……約束したんだから、僕の言う事は聞かないといけないんだよ?」
「…ゃ………だ……やぁ…だぁ………」
「嫌じゃない」
台詞に威圧感を含ませながら注射器を手に取って指で軽く弾いた後に細い針を肘の裏側に突き刺すと、その鋭い痛みに早坂は顔を顰めたが、それは一瞬にして戸惑いと焦りの表情に豹変した。
「…ぁ……あ…?」
「身体が動かないだろう?これは神経を麻痺させる薬なんだよ。麻痺させてしまえば余計な拘束具は要らなくなるからね。…で、今日の実験で知りたいのは…」
言葉を一旦切って早坂のピクリとも動かぬ両足を掴んで大きく広げ、周りの男達の眼前に全てを晒す。所々から聞こえる生唾を飲み込む音に藤堂はククッと笑い、中断していた言葉の続きを口にした。
「麻痺してるのは両手両足のみ…つまり、性交の際に大事な所は麻痺していないかって事」
「ひっ……ぃあっ……あああぁぁーーっ!!」
藤堂の台詞の終わりを合図にしたかのように感覚の無い両足を掴まれ、実験の対象である“大事な所”に捻じ込まれて行く。半ば爪を立てているような状態で掴まれている両足は痛みを感じず、普段ならシーツを掴む両手は開いた状態を維持したまま爪の先すら動こうとせず、感覚が働く所と言えば激しく蹂躙されている箇所。普段以上に鋭敏に感じる其処の過剰反応による苦痛と恐怖心に早坂は気が狂いそうだった。
「どう?両手両足が麻痺してる分、―――の方に神経が集中しているみたいで気持ち良いだろう?」
「うぁ…あぁっ………やああぁぁ……!!」
「何だ?お前、こんな状態で感じてんのか?何時も以上にギュウギュウ締め付けやがって。アハハハハッ!」
「フフッ…余計に感じてるんだね。流石は被虐嗜好の子猫だ」
泣き叫ぶ“猫”の様子、思わず口から出る“飼育係”の感想等の実験記録ををサラサラと記す男を横目で見ながら藤堂はニッコリと笑い、焦点が定まらぬ目で虚空を見詰め始めた猫の長い黒髪を軽く梳いた。
――どうして。どうして僕がこんな目に会わないといけないの?嫌だ。身体が動かないよ。僕はどうなっちゃうの?怖い、怖いよ。助けて、誰か、タスケテ………
天井から注ぎ込まれる眩しすぎる光が、その光を遮るように自分に覆い被さる男の身体が、その男が動く度に過剰に反応する下半身が、その下半身から発せられる淫靡な水音が、その水音に自分を淫乱だと嘲り笑う声が。自分の周りの全てが早坂を圧迫し、その圧迫感は恐怖心となって身体に嫌な震えを走らせる。
「あぁっ、あっ、あんっ…だ、だめッ………ちゃ…ぅ……れ…ちゃう…」
震えは瞬く間に下腹の方で渦巻き、絶頂とは違う感触となって早坂を襲う。粗相はいけない事なんだよ。ついさっき聞いたばかりの言葉が幾度も頭の中で反復される。…もし、また同じ事を繰り返せばどうなるのか?そんな事、知性を殆ど奪われた今でも分かる。だから、固く眼を閉じて唇をキュッと強く結ぶ事でそれに耐え続けていたが、相手の男がその表情すら楽しんでいる様子で面白半分に突き上げた瞬間、全てが爆発してしまった。
「ひあっ……!!」
結ばれていた唇は開いて高い悲鳴を短く吐き出し、周りの注目を浴びている爆発地点からは精とは違う温かいそれが本人の意思とは関係無く溢れ続けて、変えたばかりの純白のシーツに広い地図を描いていく。その様子を周りの男達は最初は呆気に取られた様子で見詰めていたが、1人がクスクスと笑い出すと瞬く間にその笑いは辺りに伝染し、幾重にも重なった嘲笑となって部屋中に響いた。
「良麻」
「…………っ…!」
嘲笑の中から聞こえて来た主人の冷たい声が顔を赤く染めて泣きじゃくっていた早坂を凍り付かせる。ピクリとも動かなくなったその顔に腕が伸びたかと思うと顎が掴まれ、主人と視線を合わせる事を強制された。
「ちょっと前に言ったよね?粗相はいけないんだよって。それなのに、何でまたしちゃったの?もしかして…わざとしたのかな?お仕置きされたいが為に」
「ち、ちがっ………」
「良いんだよ、そんな嘘を言って無理しなくても。良麻は痛め付けられるのが大好きなんだものね。…ペットが喜ぶ事をさせるのが主人の役目………」
「やだっ!!」
言葉の上に拒絶の叫びが重なって藤堂の声を掻き消してしまう。思わぬ抵抗に面白そうに眉を上げた藤堂の顔を涙に濡れた瞳で必死に睨みながら早坂は改めて口を開き、何処か舌足らずな様子で訴えた。
「もうやだ!ボクかえる!かえらせて!!」
「帰る?ククッ…突然何を言い出すかと思えば…。君の家は此処じゃないか。何寝惚けてるんだい?」
「ちがう!父さんと母さんのとこにかえるんだ!」
「アハハハハハハッ!!!」
父さんと母さん。その単語を聞いた途端、藤堂は腹を抱えて笑ったかと思うと顎を掴んでいた手を離し、代わりに長く伸びた髪を掴んで早坂を眼前まで引き上げた。
「本当に良麻は馬鹿だなぁ。…もう、君の帰る場所は何処にも無いんだよ。君の御両親は何処かへ行っちゃったからね。君の所為で」
「…………えっ……」
「ま、御両親が今の町を捨てて逃げちゃうのも仕方が無いかな。だって、君が…」
一度言葉を切り、自分を睨む事も忘れてきょとんとした瞳で見詰めてくる早坂の顔をジックリと眺めた後、藤堂は改めて冷酷な笑みを浮かべて静かに言った。
「自分勝手な独占欲の為に望月君を刺しちゃったんだから」
「――――――!!!!………ぁ……あぁぁ…」
心の奥底に密かに仕舞っていた己の愚行を穿り返されると共に蘇ったのはあの日の光景。夕日に染まったクラブハウス。その裏の薄暗い影の中で触れ合った唇。人の身体を刺すと言う未知の行為の感触。刃と手を濡らし、地面の土に染み込んでいった真っ赤な血。青白く、苦しげな表情で自分を見詰め続けた後にゆっくりと倒れた大切な………
「あああぁあぁぁーーーっ!!!」
狂ったように叫び声を上げ、瞬きを忘れた瞳から大粒の涙が溢れてボタボタと零れ落ちて行く。もし、身体の自由が利いていたら頭を抱えて蹲っていたに違いない。
「どうしたのかな?急に吠えちゃって。もしかして、僕言っちゃいけない事を言っちゃった?だとしたら悪い事をしたね」
謝罪の言葉とは裏腹にニコニコと笑顔を絶やさずに自分の顔を眺める藤堂に対して、早坂は暫く唸り声に近い声を上げていたが、突然視線を落としてポツリと呟いた。
「………もう…かえれないなら………しにたい…。おねがい、ボクを…しなせて……ころしてよ…」
さっきまでの抵抗の叫びとは打って変わって、ボソボソと口の中で言葉を紡ぐ早坂の声を口元に耳を近付ける事で何とか聞き取った藤堂は特に驚いた様子も見せず、改めて早坂と向かい合う形を取ると同時に軽く鼻で笑った。
「それは出来ないよ。何処に可愛いペットを殺す馬鹿な主人がいるんだい?…大丈夫。これからも一杯可愛がってあげる。僕が君に飽きるまでたっぷりと………」
小さく開きっ放しの唇に藤堂の唇が触れて来る。その温度は彼の心その物のように冷たかった。


 直属の部下を連れて部屋を訪れた自分に深い礼をして来た男に軽く右手を上げながら、藤堂は唇の端を小さく吊り上げて聞いた。
「…良麻の様子はどう?」
「ハッ。此方を御覧下さいませ、護お坊ちゃま」
厚いカーテンを左右に開くと現れたのは巨大な寝台。その上に幾人もの男が乗り、何かを取り囲んでいるようだった。
「ふあっ……あ、はぁっ………いい……みんなの―――いいの………ね、もっとして?もっとかけて……」
寝台の中央から聞こえる声を出しているのは取り囲まれている“何か”。口に含み、両手で扱き、後ろで咥え込みながら、以前以上に舌足らずな様子で淫らな台詞を吐き、男の精を至る所から浴びていく。頭の天辺から足の指先まで精で白く汚し、貪欲な様子で手で扱いていた一物を啜り、貼り付いたような笑顔を見せつつ慣れた様子で腰を揺らす少年は、焦点の定まらぬ瞳が時折り男のモノを捉えると餓えた獣のようにそれを激しく求めた。
「あ…あぁ…ん………もっと…ちょうだい……―――…いっぱいちょうだい…―――ぉ…」
「少し時間がかかりましたが、お坊ちゃまの御要望通りに調教いたしました」
「うん、上出来だよ」
少し離れた所から様子を眺めていた藤堂は満足そうに頷き、背後に立っていた部下の方を振り向いた。
「例のアレの準備を始めたまえ。なるべく早くね」
「…かしこまりました」
恭しく礼をして部屋を後にした男の背中を見送った後、藤堂は再度寝台の方へと目をやった。
「さて、と。せめて今までの飼育費の元を取る位は稼ぐんだよ、良麻」