臆病な幼獣
天に浮き、窓から部室を覗き込む細い三日月は、幼い自分があの男によって何もかも壊されたあの日と同じように知らぬふりを決め込んでいるらしい。だが、自分はあの日の自分とは違う。自分は大人になっている。そして、今度は自分があの男を、あの男に似ている目の前の彼を壊す番なのだ。
「うっ、あ、ぁぐッ……!」
下から聞こえる苦しげな声に風薙はフフッと笑う。そして、鷲掴みにしていた相手の金色の髪を思い切り引っ張り上げた。顎を仰け反らせた彼の低い呻きがたちまち高い悲鳴に変わり、風薙の笑声のトーンも高くなる。
「あっははは!! ねぇ、お兄ちゃん。痛い? お尻の穴からいーっぱい血が出ちゃってるよ?」
「か、風、なぎ……やめ、ろ……!」
うつ伏せになった相手の背中に自分の腹を重ねている体勢だったので相手の表情は分からなかったが、その声を聞けば、青褪めた顔を醜く歪め、歯を食い縛っている苦悶の表情が容易に頭に浮かぶ。ぽたっ。彼の顔の辺りから重たそうな赤い雫が一滴落ちた。そう言えば、彼は俺に殴られて鼻血出したんだっけ。風薙は頭の中の彼の顔に落書きでもするように鼻の下に赤い縦線を付け足した。
(それにしても)
思ったよりもアッサリ犯されてくれたなぁ。止まらぬ彼の耳障りな悶え声に眉根を寄せながら、風薙はこれまでの自分の行動を脳裏でなぞる。
俺に背を向けて呑気に携帯電話を弄っていた彼の肩を掴んで強制的に振り向かせたあの後。俺は彼の肩を強く突き飛ばし、彼を無様に転がしてやった。ロッカーに派手にぶつかって唸る彼に覆い被さって、シャツを引き裂いたら、彼は何か汚い罵声を吐いて嫌がったっけ。あんまりうるさくて何かイラッとしたから彼の顔のド真ん中をぶん殴ってやったらすぐに黙ったけど。あぁ、あの時の彼の恐怖で強張った顔の中心から血がツーッと垂れたのは本当におかしかったなぁ。今思い出してもマジでウケる。
そして、俺はみっともなく這いつくばって逃げようとする彼のズボンを掴んで引きずり寄せた。そしたら、彼はナニを出したまま「やめてくれ」って何度も繰り返した。「馬鹿じゃないの? あの時、俺もやめてって何度も言ったのにお兄ちゃんは止めなかったじゃない」そう言ってやると、彼は青い顔をきょとんとさせた。その間抜け面を見ている内に何とも腹立たしくなって、俺はもう濡らすのも慣らすのもなしでペニスを無理矢理突っ込んでやった。何か裂けるような音がしたけど、そんなの知らない。彼は殺されたような絶叫をあげた。耳が痛くなりそうなほどうるさかったけど、言い知れぬ達成感があった。同時に、ざまぁみろって普通に思った。
「い、痛ェ! 痛ェッて!! 頼むから、抜いてくれ!! し、死ンじまう……!」
やや鼻声の懇願が風薙の静思を中断させた。微かな光を取り戻した瞳が、わななく相手のうなじを捉える。考えるより先に、満足気に湿った唇が動いていた。
「だーめ」
小さな子供が友達の頼みを断るような口調で風薙は答え、笑みを湛える唇の端から赤い舌先をチロッと突き出した。
「俺がスッキリするまで絶っ対許さないんだから」
歪みきった復讐心は風薙を完全に乗っ取り、互いに動きがぎこちない腰を無理に前後させる。暮羽は顎を上へ弾かせ、そのまま忙しく額づいて床に爪を立てて喘いだ。暮羽はそれを望んでいないのだろうが、彼が息を吸い、吐き出すテンポに合わせて、柔らかな肉筒が風薙の愛息を甘噛みする。風薙は相手から与えられる快感を素直に受け止め、素直に雄の役目を果たしてやろうと思った。風薙の手が震えの止まらぬ暮羽の腰を両側から挟む。
「お兄ちゃん、そんなにお尻の穴をキュウキュウ締めてまで俺に中出しして欲しいの? 仕方ないなぁ……」
「えっ!? ……ば、馬鹿!! ンなワケねェだろ! 俺は、何も、してな……う、うあぁああ!! や、やめっ、やめろッ、出すなああああぁああ!!」
暮羽が相手の異変を感じ取った時には既に手遅れで、風薙は尻肉をピクピクッと小さく痙攣させて相手の中に熱い種を吐き出していた。血が噴き出るような甲高い叫び声が部屋に轟く中、風薙は種袋の中身の全てを注ぎ込むかのように腰を密着させ、何度も小刻みに揺さぶった。
「うぁ、あ、あああぁ……」
一転して弱々しい揺らぎ声を漏らす暮羽は緩く握った拳と汗ばんだ胸と涙に濡れた顎を地につけて泣きじゃくり、風薙の身体が離れるや、冷たい床に力なく横臥した。頭上から風薙の上機嫌な小笑が聞こえる。
「ふふっ、いっぱい種付けしちゃった。でも、お兄ちゃんだってあの時、小さな俺に無理矢理おちんちん捻じ込んでいっぱい中出ししたんだからおあいこだよね♪」
「…………」
返事は、ない。横倒れになった暮羽の後穴から血混じりの陵辱の種が漏れ、柔らかな曲線を沿って床に零れる。あの男(の代替)に一つ復讐を果たせた喜びに唇に人差し指を当ててクスクスと笑う風薙だったが、暫しのち「うん?」と口の中で呟いて小首を傾げた。彼の様子がおかしい。虚ろな黒目が微かに揺らぎ、微動だにしなかった身体が小さな振動を始める。ぴしょっ。そして続く不思議な水音。最初は小さく、短かったその音はやがて大きく長くなり、水流音となって風薙の耳を擽る。
「え、まさか……」
ウキウキと心の中に沸き立つ期待に目を輝かせながら音の発生源へと顔を向けた風薙は、望み通りの展開に笑顔を弾かせ、高らかな笑いを爆発させた。
「あはははは!! 漏らしてる!! お兄ちゃん、おもらししてる!! 最低!」
床を踏み鳴らし、天井を仰ぎ、腹を抱え、指を差して哄笑する風薙の人差し指の先にあるのは暮羽の局部。大切な場所を隠すように重なり合わせた太腿を伝って床に溜まりを作っていく小水こそが謎の水音の正体。暮羽の涙に揺れる弱声が重なった。
「み、見るな……見ないで、くれ……」
「……」
哀願に対する風薙の答えは言葉ではなく、行動だった。床を枕にしていた暮羽の金髪を乱暴に掴み、横投げでその身体を床に滑らせる。風薙の狙った通りに、暮羽の上半身が黄色い海に飛び込んだ。何度目かの悲鳴が鼓膜に突き刺さるのを感じながら、風薙は慌てて起き上がろうとした暮羽の顔を踏みつけた。己の出した温かく臭う汚水に頬を沈めて呻く暮羽の横顔を容赦なく踏みにじりながら風薙は呆れ声を吐いた。
「あーあ、計画が崩れちゃった。本当はお兄ちゃんに女の子座りさせてオシッコさせてやろうと思ったのに、先にお兄ちゃんが漏らしちゃうんだもん」
「か、風薙、もう……ぐッ!」
頬により強い重力をかけられて、暮羽の言葉が遮られる。鼻から流れる血が滲み始めた尿の沼と風薙の足の間で醜く顔を挟まれた暮羽の横面に風薙の明るい声が降り注いだ。
「計画変更! お兄ちゃん、そのままオシッコ舐めてよ。そうしたら許してあげる」
……かも。その語尾は敢えて飲み込んでニコニコ笑う風薙を暮羽は忌々しそうに横目で睨むが、視線が合った瞬間に風薙の瞳に鈍色の霧がたちこめ、全体重をかけて踏みにじってくる足に頬の骨が軋む。このままでは、顔を踏み潰されかねない。今のこいつなら、それぐらい何の躊躇もなくやりそうだ。
「クッソ……!」
暮羽は目を固く瞑り、鼻から流れ込んできた血に濡れた歯をギリギリと食い縛って唸っていたが、やがて小さく唇を開き、おずおずと舌(そこもまた歯と同じく鼻からの血によって赤いまだら模様になっていて、それを見た風薙は「汚い」と思った)が出てきた。震える舌先が湯気立つ水面で寸止めされ、二人の間に流れる時が凍り付く。……時間の無駄。風薙は心の中で呟き、鼻から微かに息を抜いた。同時に暮羽を踏みしだいていた足もゆるゆると上げて、停まっていた時を氷解させる。突然の解放に暮羽は目を微かに丸くし、直後、助かったと言わんばかりに顔を上げようとした刹那。
「ぐぁッ!!」
頬に新たな激痛が走った。踏むと言うよりも蹴られた顔は再度小水の溜まりに沈み、しまい忘れていた舌が血混じりの黄色い温水に触れる。暮羽の開きっ放しの瞳からみるみる涙が滲み出た。
「あっはははは!! 引っかかったー! お兄ちゃん、本当にオシッコ舐めちゃった! きったない!!」
「うぅ、うぐッ、ひッ、ううぅうう……!!」
いたずらが成功した幼子さながらにはしゃぐ風薙の足の下で、暮羽もまたいじめられた子供のように顔をクシャクシャにして泣きじゃくり始める。相手の男の嗚咽の声に耳朶を撫でられた風薙は、至上の爽快感に胸が空くのを感じると共に笑顔に陰を走らせた。
いい気味だ、ざまぁみろ。俺をあんな目に遭わせたから悪いんだ。俺は、ついにこの男に復讐できたんだ。これで、俺は、救われたんだ。今度は、お前が、俺の、何倍も苦しむんだ。今度は、お前が、俺の、何十倍も、泣くんだ。
――ざまぁみろ。ざまぁみろ! ざまぁみろ!!