ハーレイに連れられて、通用門から王宮へとすんなりと入ることができた。 誰もいない王宮の廊下を歩きながら、ジョミーは目を閉じる。 この先に何が待っているかなんて知らない。だがブルーの行方は聞き出さなくてはならない。本物のブルーは一体どこへいったのか。 ……無事で、いるのか。 大きな扉の前で、ハーレイは立ち止まった。広い背中しか見えないけれど、彼が大きく息をついたことがわかった。 扉がゆっくりと開かれる。 その先に立っていたのは、国王の服を来た、ジョミーと同じ金の髪と翠の瞳をした青年だった。 ジョミーと青年の視線が正面からぶつかる。 青年の背後には、紅い椅子が見えた。 緋色の椅子。王の椅子。 ジョミーが臆する事無く部屋へと踏み込むと、青年は小さく笑った。 「ハーレイは下がってくれ。彼と二人で話したい」 一礼をしてハーレイは踵を返す。すれ違うとき、彼はジョミーと目を合わせようとはしなかった。 「君がジョミーだね?」 「………あんた、何者?ブルーはどこ?」 「まっすぐだね」 青年は口の端を上げて笑みを浮かべる。かっと頭に血が昇ることを自覚した。自覚したからなんだ。 「ブルーはどこだっ!」 青年は、目を閉じて一度顔を伏せた。短い、だが息苦しい沈黙が部屋に降りる。 「私の……僕の名前は、シン」 ゆるゆると吐き出された小さな息に続いて消え入りそうな小さな声で呟くように囁くと、シンと名乗った青年は強い目で顔を上げた。 「君は知らないだろうけれど、僕はアタラクシアの外れの橋の下で暮らしていた」 「え……!?」 知らなかった。いや、もしかするとどこかで見た顔かもしれない。 ジョミーが記憶を探ろうとしていることに構わずに、シンは話を続ける。 「流れ着いて死にかけていた僕を見つけて助けてくれたのはブルーだ。あの村で、僕を知っていたのも、気に掛けてくれていたのも、ブルーひとりだろう。だから彼が旅の支度をして、見知らぬ男について橋を渡るところを見つけたとき声を掛けた」 「ブルー!どこかへ行くの!?」 剣を腰に、荷物を肩に掛けたブルーは橋からシンを見下ろして、ほんの少しだけ考えるように沈黙する。 「……敵の多い所へ」 「敵……?危ないところなの?もう帰ってこないの?」 「………一緒に来るかい?」 「ブルー様!」 男は批難するように声を荒げたが、ブルーは涼しい顔で気にも留めない。 「僕の味方になってくれるのなら、連れていってあげるよ」 そんなことを聞かれるまでもない。たとえ連れていってくれなくても、シンはブルーの味方だ。何か力になれるのなら、ブルーのためならなんでもする。 「盾くらいにはなれる」 迷いなく答えると、ブルーの手が差し伸べられた。 旅は村での暮らしよりずっと快適なほどだった。ハーレイは良い身なりの通り、路銀に困ることもない。 道すがら、ブルーは王になりに行くのだと聞いた。ブルーが「どこ」へ行くのかではなく、「どこか」へ行ってしまうことが重要だったシンにとって、行き先はどこでも構わなかった。 「君はジョミーと似ている」 「ジョミー?」 「僕の幼馴染み。君より小さいけれど、髪の色も瞳の色もそっくりだ。でも、きっと似ているのは見た目だけではないんだろう」 ジョミーの話をするブルーはいつも優しい目をしていた。 「城に着いて役目を終えたら、僕はいつか村に帰る……つもりだ。大切なものを置いてきた」 ハーレイが傍にいないとき、ブルーはそっとそう打ち明けた。 村のある方角を見て目を細めていたブルーの横顔は、愛しいものを見ているかのように温かい目をしていて。 ブルーは突然ぐっと息を飲むと、すぐに咳き込み始めた。それは旅の間、時折見かけたことで、シンはその背中を擦って下から覗き込む。 「大丈夫?」 「―――平気だ。口を漱いでくる」 ブルーは川へ向かい、着いて行こうとしたシンを後ろからハーレイが呼び止める。 「シン!少し来てくれ!」 道が悪くて今日はあまり進めず、野宿になってしまうかもしれないと言っていたから、寝床か食事でなにか支度がいるのだろう。ブルーから離れて、シンはハーレイの元へと近寄った。 「この先に小屋を見つけた。このところブルー様のお加減が少し良くない。旅の疲れが出ているのだろう。だから君は……」 「貴様がブルーだな!」 悪意に満ちた声に、シンとハーレイは同時に振り返る。 川べりのブルーに向けて、剣を振りかざす男の姿を捉えた。 咄嗟に走り出したシンの目に、剣で斬られたブルーの紅い血が散る。 「ブ……っ」 「行ってください!」 次の一撃を避けて地面に転がりながら、傷口を押さえたブルーは大声を張り上げる。 「行ってください、ハーレイさん!どうか早くブルー様を王都へお連れして……っ」 ブルーが何を言っているのか、分からなかった。 シンはブルーの盾になりに来た。ブルーを守るためにここにいる。なのに今、血を流して倒れているのはブルーだ。 一体、どういうことだ。 「ブルー様を、どうか国王にっ」 「な、にを……」 よろめきながらブルーへ駆け寄ろうとするシンの腕を、大きな手が掴んだ。 無言で強く引っ張られる。 「あっちが本物のブルーか!」 男の舌打ちが聞えた。掴まれた腕が痛い。振り払いたいたのに、強い力がそれを許さない。振り返ると男は血に濡れた剣を手にシンたちを追いかけてきている。 その後ろで、血を流しながら地面に倒れていたブルーは、痛みの中で笑みさえを見せて。 「行って」 声は聞こえなかった。だが確かに、ブルーはそう言った。 |