「それで……」
ジョミーは紅い椅子の傍らに立つ青年を、呆然と見上げる。
「それで、ブルーは?」
戦慄く唇を一度噛み締め、震えを止めてシンを睨みつける。
「ブルーを見捨てたのか!?」
「ブルーは生きてる!」
ジョミーの叫びをかき消すほどのシンの怒号は、まるで悲鳴のようだった。


「放して……放してくれ、ハーレイさん!ブルーを助けに戻るっ」
「行かせません」
「ブルーを置いて行く気なのか!?」
盾になると言って付いて来た。盾になりに来たのだ。
斬られたといっても、相手はシンをブルーだと思いそれ以上はブルーに手を出さなかった。今戻って手当てをすれば、大事には至らないかもしれない。
「あれはアニアン家の刺客です。あの男ひとりとは限らない」
「だからなんだ!?それよりも早く……っ」
強く腕を掴む手。指が食い込み、シンは痛みに一瞬だけ息を詰める。
「あの傷では、恐らく彼は……もう」
「な……っ」
「ブルー様!」
腕が千切れても構わない。そう思い今度こそ大きな手を振り払ったシンに、ハーレイはそう叫んだ。
「ブルー様!早くこのまま私と城へ登るのです!」
大きく目を見開いたシンの目に映ったハーレイは、激しい瞳でシンを見据える。
「……僕に、ブルーの身代わりに、なれ、と……?」
答えはない。だがそれは肯定する沈黙。
「馬鹿なっ!そんなことできるはずがない!それにブルーは生きてる!絶対に生きて……っ」
「だからこそ!」
大きな両手で激しく顔を掴まれる。睨み据えるハーレイの目は、狂気でも逃避でもない、強い光が彼が正気であることをシンに激しく訴えかけた。
「だからこそ、私はあの方が座る椅子を守るのです。いつか我々の元へ帰って来られる時のために、あの椅子をアニアン家の好きにさせるわけには行かない。あの方もそう望まれたから、あのようなことを……」
―――行ってください、ブルー様!
最初にそう叫んだのは、ブルーだった。
「どうか私と一緒に城へ。そしてあの椅子を……」
頬を掴む手に力が篭る。ハーレイの手は震えている。
「ブルー様、ご決断を!」


紅い椅子の肘掛けに触れる手は、村を出て行ったときのブルーよりほんの少しだけ大きく見えた。
ぼんやりと見つめるジョミーの目に、その指が肘掛けを握り締める様子が映る。
「その後は無我夢中だ。ブルーが帰ってきたときのために、王座を誰にも渡すわけにはいかなかった。僕とハーレイは、ブルーが帰ってくる日だけを考えて、ずっと……」
溜息が聞えた。
言葉に詰ったわけではない様子のそれに、のろのろと顔を上げると、シンの横顔は紙のように白い。
「……本当は、ブルーは村に戻ったのかもしれないと思っていた。家も家族も友達も、ブルー以外には何もない僕に、城と王座をあてがって、ブルーはジョミーの傍に戻ったのではないかと……」
ジョミーと同じ翠色の瞳が伏せられる。小さな溜息。
「だが違ったんだな……」
椅子から手を離し、振り返ったシンの瞳は閃光のように鋭くジョミーを見据える。
「ならばブルーはどこかでここへ戻る機会を見定めている。傷を癒しながら、この椅子へ座るための道を」
それは自分を騙し、信じようとしている目ではない。
語ったままを、信じている目。
「僕はそれまで、この椅子を守る。ブルーが帰ってくる、その日まで」


強い瞳。
そっと手を伸ばす。
ゆっくりと伸ばされたジョミーの手に、同じように伸ばされたシンの指先が触れた。
互いに強く握り合い、身を寄せる。
どちらともなく背中に手を回し、手を握り合ったまま、抱き締め合った。
シンの手は、剣を握り慣れた固い掌をしていた。
「………ぼくはブルーを探す」
「うん……」
短く交わされた言葉。それで十分だ。
ジョミーはブルーを探す。
シンは玉座を守る。
ただ、ブルーの願いを叶えるために。
その帰還を想って。


「くれぐれも気をつけて、ジョミー。ブルーを探すということは、秘密に近付くということだ。皆は僕をブルーだと信じてるはずだが、アニアン家の当主キースだけは油断ならない」
「ぼくより危ないのはシンの方だろ?ブルーが帰ってくるまで、君には無事でいてもらわなくちゃいけないんだ。気をつけて」
「言われるまでもない」
王座から離れて階段を下り、広い広間を歩きながらシンは自信の笑みを見せる。
ジョミーはそれに微笑み返し、シンの腕を軽く叩いた。
「ブルーが帰ってきて役目が終わったら、君は村に帰ってくるといい。待ってる」
君に帰る場所がないのなら、ぼくが帰る場所になろう。
シンは驚いたように目を瞬き、ジョミーは悪戯が成功したように笑う。
「何を驚いているんだ。ぼくは君で、君はぼく。ブルーのことを想っている」
あの人の無事と幸せだけを、想っている。
ジョミーの言葉に、シンも眉を下げて、そっと頷いた。


広間から出ると、扉の前でハーレイが待っていた。
何も言わずに頭を垂れる。
ジョミーは眉を寄せて、困った男に苦笑を滲ませると、先に立って歩を進めた。
「時がくるまで、彼を頼みます」
ハーレイは無言で更に深く頭を下げた。


入ったときと同じように、通用門から王宮を出ると、既に日は傾き空は紅く染まっていた。
ジョミーはその光に目を庇うように手を翳しながら、それでも夕日を真っ直ぐに見上げる。
あの人の瞳のように紅い空が滲んだのは、強い光に目が眩んだからだ。
「どこから探そうかな」
そう呟いて、ジョミーは王都の道を走り出した。






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ブルーはもちろん生きてます。