「サム!サム!大丈夫か!?」 切羽詰ったようなキースの声に、腕の中で身動きする少年から目を上げると、先にある街路樹の植え込みに自転車が引っ繰り返った状態で突っ込んでいた。その横には茂みから突き出た足が見える。 キースはその傍らに膝をついて足の持ち主の様子を伺っているようだった。 生徒の溢れ返る通学路に自転車で突っ込むとは、キースの友人にしては随分大胆なことだ。 「ブルー………?」 小さく掠れて、消え入りそうな震えた声が、ブルーの耳に僅かに届いた。 泡を食ったキースの珍しい叫び声につい気が逸れたけれど、そういえば自分も荷物を抱えていたのだった。 呼ばれて目を落とせば、翡翠色の瞳と視線がぶつかる。 こんな至近距離で人と目を合わせたことなどないブルーは驚いてつい仰け反ったが、すぐに背中がどこかの家の外壁に当たった。 それにしても、何をそんなに驚くことがあるのか、少年は大きな目を更に大きく開き、今にもその瞳が零れ落ちそうなほどだ。 その輝きは宝石だと言えばそれでも通じそうなだ、なんて。埒もないことが脳裡を過ぎったその頬に、白い手が伸びて触れた。 「本当に、あなたなの?」 戦慄く唇で小さく呟く少年に、けれどその言葉の内容よりも見ず知らずの者にいきなり顔を触れられた嫌悪感が先に立って、乱暴にその手を振り払った。 「なんなんだ、一体。訳の分からないことより、まず言うことがあるだろう」 喧騒に振り返ったときに上から降るように飛び込んできたので見ていたわけではないが、少年は恐らくあのキースの知り合いらしき相手の自転車の同乗者だ。 クッションになる気がブルーにサラサラなかったとしても、結果的にはそうなった。 振り落とされたのか、危険を考えて飛び降りたのかは知らないが、見ず知らずの人間にクッションになってもらったのなら、言うべきことがあるはずだ。 当然のことを言ったまでだというのに、なぜか少年の顔が今にも泣き出しそうにくしゃりと歪み、胸の底に不可解な感情が湧き上がって眉を潜めた。 少年が泣いてしまいそうな表情を隠すように俯いたのは、ほんの数秒のことだった。 すぐにもう一度上がった顔には、悪びれない苦笑が昇っている。 「ごめんなさい!受け止めてくれてありがとう、助かったよ。怪我はない?」 さっき見た表情は見間違いだったのだろうか。そう思うくらい、少年の様子には申し訳ないという意識は見えても、それ以外に屈託はない。 「君が上に乗っていては、怪我しているかどうかを確かめることもできやしないな」 言外にいつまで上に乗っているつもりだと膝の上で座り込む少年を睨み据えると、何を驚くことがあるのかパチパチと瞬きをする。 「おい……」 「あ、ごめんなさい」 更に要求すると、少年はようやく気が付いたように立ち上がって手を差し出してくる。 「ごめん。それで怪我はない?」 「………ああ」 ブルーは差し出された手を丸きり無視して自分で立ち上がると、服の埃を払って鞄を拾った。 ぶつけた背中と少年を受け止めた腕と胸が痛んだが、それ以外はどうということもなく怪我もしていないようだ。 無言で歩き出したブルーに、少年は金の髪を揺らしてブルーの行く手に回り込むと、両手を広げて前に立ち塞がる。 「あ、あの、怪我は」 「ないと言った」 「お礼を」 「もう聞いた」 「えっと……」 少年が何をしたいのか分からなくて苛立ったブルーは、無言でその肩を掴んで強引に横へ押しのけた。少し力が入りすぎてどこかの家の外壁に強かにぶつかったようだが見向きもしない。大した用事もないのに機嫌の悪いブルーを呼び止めた相手が悪い。 「ブルー!そんな乱暴なっ」 抗議の声を上げたのは幼馴染みだったが、軽く袖を後ろに引かれて振り返ると、少年は壁から身体を起こしてニッコリと微笑む。 「ぼくはジョミー。ジョミー・マーキス・シン」 「……そんなことは聞いてない」 壁に叩きつけられた自覚はあるのかと眉を寄せると、ジョミーと名乗った少年はうんと頷いた。 「聞かれてないけど、名乗っとく。もしも後で怪我とかしてたって分かったら教えて。ちゃんとお詫びするから。アルテメシアから引っ越してきたばっかりの一年生で探したら分かり易いかなって思う」 少年の笑顔に冷ややかな一瞥をくれると、ブルーは無言で袖を掴んだ手を振り払って歩き出した。 |