普段からそんなに機嫌の良い人物ではないが、今日の友人は格別に機嫌が悪かった。 無理やり掴んだ手を引っ張りながら教室を出ると、その手を振り払われる。 「自分で行くから引っ張るな」 引っ張られることだけでなく、ついてくるなという意味を込めた一睨みを受けたけれど、リオは構わず並んで歩き出した。 ジロリと不機嫌そうな目を向けられたが、にこりと笑って跳ね返す。 「見張ってないと、本当に医務室に行くか怪しいですから」 「自分のことは自分で分かる。必要が不必要か、決めるのは僕だ」 「あなたが医者嫌いでなければその通りですね」 ブルーは目を細め不愉快を顕わにすると、後は黙って足を動かすだけだった。本当に、見張っていなければ医務室へ行っていたかどうか。 ほんの数ヶ月だけ年下だという隣の家の少年は、生まれたときから身体があまり丈夫ではなかった。 原因不明の高熱をたびたび発し、そのために遠くの病院へあちこち転院しながら検査を繰り返したほどだ。結局息子のためにお隣は引っ越してしまい、その後首都に戻ってきたときも、以前とは違う家に入ったのでお隣ではなくなってしまった。 それでも歳を取るほどに少しずつ体力をつけて、今では人並みには丈夫といえる。 だがブルーの目指している道は、人並みではいけないのだ。 地球再生機構に所属するには、どうしてもクリアしなければならない様々なチェックがある。もちろん人より頑強な身体を持つことも、条件の一つだ。 ブルーが体力面でどうしても劣ることは否めない。 だがミュウは違う。 ミュウは体力的には虚弱な者が多いが、その意思伝達能力を見込まれて、多少身体が弱くとも優先的に機構に選抜される。 ブルーがミュウを嫌う理由の一つだ。それを八つ当たりだと、彼自身よく理解している。 理解していて、地球に近付くことのできる立場を羨む気持ちが消せない。そのために余計に苛立つ。 悪循環から抜け出せないのは気の毒だとは思うけれど、それはブルーが自分でどうにかするしかない。そしてやはりそのことも、ブルー自身が一番よく分かっているだろう。 そういえば、ここにもミュウなのかと疑われている人がいたんだった。 子供の原因不明の高熱は、しばしば目覚めたサイオンの暴走が原因となっていることがある。 幼い頃のブルーは病弱で、たびたび高熱に悩まされた。それは人間の子供でも珍しくはないことだが、その髪や瞳の色が人とは異なることもあって、散々ESPチェックを繰り返されたと聞いている。 結局度重なるチェックはブルーが人間だということを証明したにすぎないが、同時に幼い心にミュウへの嫌悪を植付けた。 ただでさえ病気の検査があるのに、そこにきてESPチェックまで。 そうして、ブルーはミュウも病院も大嫌いになった。 だが彼がミュウを嫌う最も大きな理由は。 段々と足が鈍るブルーを、結局引っ張る形で医務室の扉を開けたリオは、ぎょっと驚いて後ろに仰け反った。 「すみません!」 くるりと背を向けると、不可解そうな顔をしたブルーと正面から向き合うことになる。 「どうした?顔を赤くして」 「どうかしたんですか、リオ先輩?」 リオの脇からひょいと顔を出した少女に、ブルーも目を見開く。こんなところですぐに再会するなんて思ってもみなかったのだろう。リオだってそうだ。 だが更に驚くことに、彼女はリオを押しのけるように背中を強く押してきた。 「ブルー!医務室に来るなんてどうしたんですか!やっぱり怪我を!?」 「わっ、とと……」 リオを押しのけたジョミーは、ぺたぺたと音を立てる素足で廊下を進んでブルーに詰め寄った。 扉を開けたときの格好のままだ。 「別に。君には関係ない」 「関係ないなんて!さっきのことが原因ならぼくのせいだ!」 「ジョミー!ズボンを履いてください!」 短めの黒いスパッツ姿で白い足を晒していたジョミーに、堪らず肩を掴んで医務室に引っ張り戻す。その膝には赤い血が滲んでいる。ズボンの下で見えなかっただけで、やはりあのとき怪我をしていたのだろう。 「そんな慌てなくても、スパッツ履いてるよ?」 「そ、それはそうですが、そういうことではなく!」 「恥じらいを持ちなさいと言っているのです。手当ての途中ですよ!戻りなさい」 校医に連れ戻されるジョミーとは反対に、廊下に出て扉を閉めるつもりだったリオは、後ろから服を引っ張られて仰け反った。 「ジョ、ジョミー?」 「ぼくの手当てなんてすぐだよ。それよりブルーはどうしたの?どこか怪我してた?」 リオはジョミーに引かれ、ブルーはリオに引っ張られ、結局二人は当初の目的通りに医務室へと引きずり込まれることになった。 |