新しい教室で振り分けられていた席は窓際だった。 新入生が多い階下からここまで来ると、注目する視線が少なくなってほっとする。 新学年、新しい教室、新しいクラスメイトの顔ぶれ、そういった適度に騒がしい教室で、ブルーはひとり窓辺から外を眺めていた。 大通りではいくつにも別れる人の波が、ここまでくると一方向に定まって、すべてが校門に吸い寄せられるように流れてくる。 頬杖をついて、目的もなく眺めているつもりだったブルーは、その目が金髪ばかりを追っていることに気づいていなかった。 そうして、わざわざ追って見分ける必要すら、なかったことを知る。 金なんてそんなに珍しい髪の色ではない。 それなのに、笑いながら校門を潜り抜けたその少年だけは、まるで太陽の光をひとり浴びているかのようにキラキラと輝き、振り返るその動きでその髪が舞うようになびく。 そこだけが切り取られた絵のように、人込みの中で一際目立つ存在。 振り返り、口元に手を当てて後ろに向かって何かを言っているその絵画の中に、無粋な手が割り込んだ。 ジョミーの首に巻きつくように伸びてきた腕。 連れがいたなんてまったく気づいてなかったブルーは、ジョミーの首に腕をかけて引き寄せ、耳元に何かを囁いた少年にむっと眉を寄せる。 友人らしき少年は片手で自転車のハンドルを押さえているところを見ると、どうやら先ほどの暴走の片割れらしい。 斜め後ろから引き寄せられたジョミーは、自身も少し後ろに身体を倒すようにして、少年の耳に口を寄せた。 二人で、何かを囁き合い、笑い合う。 何がそんなに面白くないのか……今朝は夢見が良くなくて寝不足なので、元から機嫌が悪かった。そこに人から体当たりをされて、胸は痛いし、今なら楽しそうな人物を見るだけで不愉快になるのも無理はない。しかも相手がその加害者ともなればなおさらだ。 不愉快なら目を逸らせばいいと思うのに、何か人目を引くのか友人と肩を組むのをやめて駆け出したジョミーを目で追ってしまう。 そこに校門に駆け込んできたのは、友人の弟の友人。キースだ。 「サム!ジョミー!」 窓越しに、その声が微かに聞えた。 途端にジョミーは肩を竦めて頭を抱えた。だがその表情は悪戯でもして叱られた子供のように、楽しそうだ。 ふと、その右手に白い布が巻かれていることに気づいた。 ジョミーが振り返って、キースに何かを言う。キースは額を押さえて溜息をつく。 その後ろから苦笑いしているリオとマツカがゆったりと歩いて校門を潜ってきた。それに何か気づいたのか、ジョミーは慌てたようにリオの前へと駆け戻る。 深く頭を下げるジョミーに、リオは微笑みながら手を振った。リオからジョミーへ、鞄が手渡される。 並んで校舎へ歩き出した一団から、ジョミーの友人らしい少年が駐輪場へ行くのか自転車を押して離れた。するとキースとマツカがその後を追う。 リオと二人並んで校舎へと歩いていたジョミーは、ふと何かに気づいたように顔を上げた。 ゆっくりと向けられる翡翠の色。 目が、合った。 心臓が跳ねる。 新しい命が芽吹く新緑のような瞳は、まだ15歳になってもいないはずの子供のものとは思えない深い色に見えた。 だがそれは瞬きをする一瞬の出来事で、ジョミーはすぐにくるりと大きな目を丸めた。 そして、両手を交差させながら大きく振る。 それが自分に向けられていると思うほど、ブルーは……。 「怪我、大丈夫ですかー!」 窓ガラス越しの声は不鮮明だったが、確かに聞えた。 自分に向けられているだなんて思いもしなかったのに、どうやらジョミーはブルーに向けて手を振っている。 それでリオも気づいたらしく、こちらに顔を向ける。 途端にブルーは手近にあったカーテンを一気に引いて、外の風景を遮断した。 「なんですか、あの態度は」 教室に上がってきた友人は眉を寄せて、最初から批難の体勢だった。 「……何が」 カーテンを引いて少し陰の差した机で頬杖をついたブルーは、気のない様子で備え付けの端末を弄る。 今年のカリキュラムを組まなくてはいけないので、これは特別おかしな行動でもない。 だというのに、溜息をついた友人は端末の蓋を無理やり閉じた。お陰で危うく手を挟むところだ。 「危ないな」 「せっかくジョミーがあなたに気づいて声をかけたのに、わざとカーテンを引いたでしょう!」 「別に。なんでもないのにいつまでも、面倒だからやっただけだ。あれでこっちの意図は伝わっただろう」 「それに、外でも無理やりジョミーを押しのけて壁にぶつけたりして!」 「わざとじゃない」 「当たり前です!痣にでもなったらどうするんですか。可哀想に!」 いつもはおっとりとしている友人が、珍しく怒りを顕わにしている。リオはブルーの性格も知っているし、そんなに目くじらを立てるほどの危険行為だったわけでもないというのに。 ジョミーがしたことに比べれば、壁にぶつけたくらいかわいいものだ。しかも不可抗力。 「痣くらいなんだ。それに可哀想なのはこっちだ。お陰で肋骨の辺りは痛むし……」 「肋骨?」 聞き返されて、しまったとばかりに頬杖を少しずらして掌に口元を押し付けるようにしながら、端末の蓋を上げる。 画面が点灯する前に、もう一度上から強制的に端末を閉じられた。 「肋骨を痛めたんですか?どうして医務室に行ってないんです!」 「大したことはない。放っておけば……」 「診て貰うだけでも診てもらっておきましょう」 腕を掴まれ、席から引きずり上げられたブルーは、口を滑らせた己を内心で罵らずにはいられなかった。 |