その日、子供たちの遊技場の光景はいつもと少し違っていた。
いつもならそれぞれ思い思いに、同じ遊びをしたいもの同士で部屋のあちこちで駆け回っていたり、ままごとをしていたりと全員で固まっているということはあまりない。
全員で遊ぶとしたら、それは鬼ごっこやボール遊びなどで広間中を駆け回っているような遊びで、ヒルマン教授の講義でもないのに、一ヶ所に固まって輪になって座っているという光景は今まで見たことがなかった。
「なんだろう?」
時間に空きが出来たので、子供たちの様子でも見に行こうと広間にやってきたジョミーは、不思議そうに首を傾げて一緒に来ていたリオを返り見る。
もちろんジョミーと共に広間に入ってきたリオに事情がわかるはずもなく、同じく首を傾げるしかない。
部屋からは楽しげな思念しか感じないので、悪いことがあるわけではないのだろうと、そこは安心してジョミーはゆっくりと子供たちの輪に歩み寄る。
「あ、ジョミーだ!」
一人が広間に入ってきたジョミーに気づくと、みんな一斉に振り返って立ち上がり、傍に駆け寄ってくる。
「ジョミー、今日はもうお勉強はいいの?」
「一緒に遊ぼうよ」
「おままごとがいいな」
「またサッカーを教えてよ!」
「この間の鬼ごっこが面白かった!」
「ご本読んで!ジョミーが読んでくれたら面白いの」
「おいおい、そんなに全部できないよ。どれかひとつ、ひとつだけだよ」
両手にぶら下がるように一遍に子供たちに手を引かれて、ジョミーは困ったように眉を下げながら、それでも純粋に慕ってくれることが嬉しくて笑みが零れる。
「そういえば、さっきは何をしていたんだい?みんなで輪になって……」
「ジョミー!」
珍しい光景について訊ねようとすると、ジョミーにしがみ付いていた子供たちの外から大きく名前を呼ばれる。
そちらに目を向けると、にっこりと微笑むとニナと、ニナを中心に囲むようにしてにこにことこちらを見る女の子たち。
「えっと……」
いつもとは何かが違う、ような気がする。
少なくとも女の子たちの視線は誉めて誉めてと言っている……ような気がする。
でも一体何を?
言葉に詰っているジョミーを見て、ニナがむくれたように頬を膨らませた。
「もう!ジョミーってば鈍い!」
ニナを始め、一斉に女の子たちからの批難を浴びて、ジョミーは困ったように腕にぶら下がっていた男の子たちに目を向ける。
「ほうらね、やっぱりそんなに変わらないんだよ」
ジョミーに事情を説明するどころか、ショオンが勝ち誇ったように笑うと、当然と言うべきか思ったとおりと言うべきか、女の子たちはさらに憤慨した。
「そんなことないわ!ジョミーやあんたたちが鈍いだけよ!」
「ちょっと……ニナもショオンも落ち着いて……」
『ルージュです』
後ろから笑いを堪えた思念を掛けられて振り返ると、リオは軽く片目を閉じて合図をする。
『ニナたちはルージュをつけているようですよ』
こっそりとジョミーにだけ聞こえるように教えてくれたリオのおかげで、何かが違うと感じた理由と、ニナたちが何を期待していたのかと、ショオンのからかいの理由がわかった。
艶々と潤う、ピンク色の唇。まだ小さな女の子たちの精一杯のおしゃれ。
「ショオン、そんな言い方はよくないぞ。ニナも、カリナもルリもマヒルもごめん。ぼくは男だから、女の子のおしゃれには疎いんだ。それ、可愛いね」
唇に指先を当てて微笑むと、女の子たちはわっと一斉に歓声を上げた。
「ほら、ジョミーは可愛いって!」
「やっぱり子供にはこの魅力がわからないのよ。ちょっと時間はかかったけど、ジョミーはちゃーんと気づいてくれたわ」
リオに教えてもらうというズルをしたジョミーとしては、少し後ろめたくて笑って誤魔化すしかない。ひとりで広間に来ていたら、まず気づけなくて女の子たちのご機嫌を損ねていたことは間違いない。
「なにが魅力だよ。無理やり言わせたんじゃないか」
「こらショオン」
また喧嘩になりそうなことを言うショオンを引っ張って後ろから抱き込むと、途端に大声が上がった。
「ショオンばっかりずるい!」
「ジョミー、わたしも!」
「ぼくも!」
一人だけ抱き寄せるのはずるいと一斉に子供たちから飛び掛られては、少々の体格差ではさすがに耐え切れない。
「うわっ」
『ジョミー!』
リオが助ける間もなく、ジョミーは子供たちに押し倒されて床に転がるはめになった。
「こら、お前たち……」
強かに腰を打って顔をしかめながら、自分の上に乗る子供たちをそれでも軽く叱ろうとしたジョミーに、子供たちは口々にごめんなさいと謝ってくる。
叱る前に素直に謝られてしまうと、それ以上叱る気にもなれなくて、ジョミーは諦めたように軽く息を吐いた。
「怪我をしたら危ないから、気をつけるんだぞ」
ジョミーが怒っていないとわかって一様にほっとした様子だった子供たちに苦笑を漏らしていると、とんでもない提案が耳に飛び込んできた。
「そうだ!ねえ、ジョミーもルージュをつけてみる?」


「……え?」
いつもは大人しい様子のルリが手を叩くと、思ってもみない人物からの提案に目を瞬いたニナは、すぐに同調して企むように笑った。
「いいかも。ジョミーは可愛いって言ってくれたものね」
「ま……待って!それは君たちが可愛いのであって、ぼくは男だから!」
「でも、ソルジャーがジョミーのこと可愛いって。ときどき思念が聞こえてくるよ」
ブルー!あなたのせいでっ!
二人きりの会話の内容が漏れるのは、主に照れることを言われたジョミーのせいなのだけど、元を質せば男に向かって可愛い、可愛いと連呼するあの人のせいだ。
「そ……それは……ソルジャーだから!ソルジャーから見れば、ぼくはまだまだ未熟だからついそんなことを……」
逃げ出したくても、腹の上にも胸の上にも子供が乗っていて、しかもルリの言葉に同調したのか両手もそれぞれ一人ずつに押さえられてしまう。
無理をすれば全員を跳ね除けることも可能だが、それでは子供たちに怪我をさせてしまうかもしれない。
ジョミーに乗り上げていたニナがポケットから細い筒を取り出して蓋を取る。
「リオ!助けて!」
『ええっと……お助けしたのは山々ですが……』
強引にならジョミーを連れ出せないこともないのだけれど、リオもジョミーと同様に子供たちに怪我はさせたくない。子供たちを叱ってどかせるという方法もあるにはあるが、可愛い悪戯程度であまりきつく怒るのは可哀想だ。
「ぼくは可哀想じゃないのか!?」
リオの困惑した思念を読み取ってジョミーが悲鳴を上げるけれど、リオは困ったように微笑むしかない。
『えー……きっとお似合いだと思いますよ』
「似合うわけないだろ!」
「ジョミー!あんまり動いたらルージュがはみ出ちゃう!」
「だから塗らなくていいんだってば!」
「妙に騒がしいと思ったら、あんたたち何やってるんだい。廊下にまで思念が漏れてるよ」
聞こえてきた声に、ジョミーは天の助けとばかりに首だけをどうにか反らして逆さまに映った航海長に助けを求める。
「助けてブラウ航海長!子供たちを止めてくれ!」
「止めてくれって言われてもねえ……大人気じゃないか」
ジョミーに乗り上げる子供たちに、微笑ましい光景じゃないかとリオに笑いかけるだけで、助けてくれそうな気配は無い。
「違う!じゃれてるだけならぼくだって逃げないよ!ぼくに口紅を塗るっていうんだよ!?航海長はそんなの見たいのか!?」
意外な子供たちの悪戯に目を丸めたブラウは、ニナの手にあるルージュに目を向けて、にやりと笑う。
「へえ、そいつは見物だね。きっと似合うよ」
「あなたまでそんなこと言うのか!?」
「でしょう?ブラウ航海長もそう思うよね」
長老のひとりから許可が出たと子供たちはますますはしゃいでしまう。天の助けどころか、そのまったく逆だ。
これがゼル機関長だったら……と考えて、ジョミーはぐったりとしてしまった。
ゼル機関長なら、この状況からは救ってくれるかもしれないけれど、子供たちに簡単に倒されるとは何事だとか、ソルジャーとしての威厳が足りないから子供たちに遊ばれるのだとか、説教の時間になるのが目に見えている。
「リオ!ハーレイかヒルマン教授を呼んで!エラ女史でもいい!」
他に助けてくれそうな人はいないだろうと指名した後で、自分で助けを求めればいいのだと気がついた。こういうとき、思念で会話できるというのは便利だ。
ところが天の助けの逆を行く航海長は、さらに追い討ちを掛けるような提案をする。
「おやおや、つまらないことをお言いでないよ。あんたたち、ついでにソルジャーの服を剥いでおやり。せっかくなら徹底的にやろうじゃないか」
「どういうこと!?」
傍観者の体勢だったブラウは隣のリオに何事か囁いて、困惑する様子の若者に「長老命令だよ」などと職権乱用な言葉を投げかけると、ジョミーのすぐ傍にしゃがみこんだ。
「ほら、私が押さえててやるから、ルージュを塗ってあげな」
両手で頭をがっちりと押さえつけられて、ジョミーは近づいてくるルージュに目を剥く。
「リオー!リオ、助けてってばっ!」
ところがどれだけ呼んでも返事が無い。そうこうするうちに、両手で頭を押さえていたブラウがジョミーを覗き込んだ。
「いい加減に観念しなよ。そんなに叫んでいたらニナがルージュを塗れないじゃないか」
「塗らなくていいんだよ!」
「往生際が悪いねえ……そんなにやかましい口は、私が塞いでやろうか?」
人の悪い笑みでゆっくりと近づいてくるブラウに、ジョミーは固まってしまう。
「ちょっと……待っ……」
「そら、今のうちだ」
楽しげなブラウの合図に従って、素早く唇にルージュを塗りつけられた。
「航海長!ニナ!」
すぐに拭いたくても手も押さえられている。ブラウが指を使って僅かにはみ出た部分を拭い取ると、ジョミーの髪に手を入れた。
「じゃあ次はソルジャー・シンの髪を結って差し上げようじゃないか。できればもっときちんと化粧してやりたいところなんだけどねえ」
「勘弁してくれ!もうこれで十分だろうっ」
どうにかして逃げなくては。リオ、リオ、協力してくれ!
どれほど呼んでもリオは返事を返さない。それどころかまだ個人を特定して思念波を送ることに長けていないジョミーが激しく動揺しながらする呼びかけなんて、ブラウにも子供たちにも伝わってしまっている。
「そう嫌がることはないじゃないか。あの子にはちょっと用事をお願いしたから、今はここにはいないよ」
「なんだって!?」
どうにか首を上げて先ほどまでリオが立っていたところに目を向けるが、確かにそこには誰もいない。
「リオー!」
「長老命令だったからね」
「だったらぼくはソルジャーの権限で命令するぞ!」
「そう言うと思ったから行ってもらったんだよ。さ、そろそろ脱いで」
「脱ぐ……!?」
肌が空気に触れる感覚にぎょっとする。
ブラウに抗議することに夢中になっている間に、これまた「長老命令」に従った子供たちがジョミーの服の前合わせを開いていたらしい。
あちこちに子供たちに取り付かれたまま、ブラウに引き上げるように起こされたジョミーは、マヒルが提供した蝶の形をした髪留めで右のサイドの髪を留められる。その間にも、上着も剥ぎ取られそうになっていた。
「本当に、いい加減にしてくれ!」
癇癪を起こしそうになったジョミーの目に、広間に戻ってきたリオの姿が映った。
「リオ!助け……」
その手に、女性クルーの制服を持っている姿が。
「ああ、来た来た。じゃあ着替えようじゃないかソルジャー・シン」
にやりと笑ったブラウと、キラキラと輝く目で悪戯の決行を喜ぶ子供たちに囲まれて。
「可愛い格好をしてソルジャー・ブルーに会いに行ったら、きっと喜んでくれるよ」
「ソルジャーはいつもジョミーのこと、可愛いって言うものね」
「ねー?」
ニナとカリナが顔を見合わせて、同時に頷く。それがどんなに愛らしい姿でも、今は悪魔の所業にしか見えない。
「……絶対に……」
真っ青になったジョミーは、半分脱がされて掛けていたことを逆用して、上着を脱ぎ捨てると、ブラウの一瞬の隙を突いて子供たちの手から逃れた。
アンダーシャツだけの姿で、もう一度掴まる前にと必死になって床を蹴る。
「絶対に、それだけは嫌だーっ!」
ブラウの手を間一髪で逃れて宙に飛んだ瞬間に、テレポートで広間から逃げ出した。






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前半にブルーが出せませんでした。