ベッドの中で事の終わりにキスをして、髪を撫でられ、甘い声で睦言を囁きながら腕の中に抱き寄せられる。
この一時が、ぼくは好きだ。確かに好きだ。
でも最近では、少し不満がある。
いや、少しじゃないかもしれない。
ブルーの腕の中で、髪を撫でられながらようやく息が整ってきたぼくは、いつものように解放感に浸りながら眠りにつくということができなかった。
最初はあれだけもめたのに、結局ぼくらが正式に付き合い出して既に二年になる。散々心配をさせた兄さんとフィシス義姉さんの手前、あの二人にはまだ付き合っているような、いないような態度をとってはいるのだけど。
……この二年、ぼくらはセックスレスだった。
いや、性的接触はある。
キスとか、手で触ったりとか、口でしたりとか、ぼくとブルーのアレとアレを擦り合わせたりとか、そういうことは一通りするのだけど……つまり……その……えー……挿入、がないのだ。細かく分ければ、指なら結構いろいろしてくるけど。肝心の、アレではない。
触りっこだけなら最低でも週に一回はあるのに、そこまで事が及ばない。ブルーがやめてしまうからだ。
だったらぼくが誘えばいいのかもしれないけど、こっちはそんな経験はないし……一回あったあれは記憶にないからノーカウントとして。
ともかく、一度お互いに解放し合った後に、どうやってその先を促せば良いのかわからない。
ブルーが触る以上のことをしない理由は、最初のことがあるからだった。
思い出すのも恥ずかしいが、ブルーがフィシス義姉さんに詰られた「ぼくの身体が未成熟」と「本当に大切ならそんなぼくを抱くはずがない」というあれ。
最初のチャンスは付き合いだして二週間目のことだった。
ぼくは部活帰りで、ブルーは仕事が終わったところで。
恥ずかしながら、一緒に食事をしようと合流したブルーの車の中で盛り上がってしまった。
あの時はブルーが手でぼくのだけをして、それで終わりだった。ぼくだけという不満はあったものの、場所が場所だし部活帰りで身体も汚れていたし空腹もあったしで、ぼくもそれ以上は求めなかった。
次はそんなに間をおかなかった。ブルーの部屋でぼくが軽くキスをしたら、その気になったブルーに押し倒された。
今度は部屋の中で、ぼくらはもう恋人同士で、ブルーと最後までしちゃうんだと思うと、期待と不安で一杯になったというのに、今度もブルーがぼくのを口でして終わりだった。
その気になったのがブルーで、なんでぼくだけなんだと抗議をしたら、先の理由を言われてしまって、それ以上の不満が言えなくなった。
大事にされて嬉しくないはずがない。
でもやっぱりぼくだけというのは嫌で、ぼくも口や手でするコツをブルーに教わりながら、お互いに触って二回目が終わった。
これがいけなかったのだ。
二年前のぼくは当然今より子供で、そのセックスで満足してしまった。結果、その後もこのスタイルで確立してしまい、それ以上をブルーに求めることもなく、ブルーもそれ以上はしてこなくなった。
……そうして今に至る。
とはいえ、ブルーだっていくらなんでも良い加減に解禁しようって気にならないのか。
三年前のぼくは確かにブルーよりも三十センチ近く背も低くて同級生の中でも小さかった方だったけど、今では身長も平均でほとんとブルーと変わらないし、そこまで痩せてもいない。
成長期だからまだ伸びしろがあるくらいで、もう小さな子供じゃない。
実はそこがネックで、ぼくから誘いにくいということもあったりする。


「……ん……ブルー……」
ソファーでテレビを見ていたら、横に座ったブルーが後ろから服の中に手を入れてきた。
ぼくは最初身体を捩って少し抵抗した。
テレビが見たかったからというのが半分で、少しだけ抵抗してみせた方がブルーの愛撫が強くなるというのが半分。あまり強く嫌がればブルーは大人しく手を引くので、加減が難しいところだ。
「ダメかい……?」
胸を弄られながら甘えるような声で囁かれ、ぼくはリモコンでテレビを消した。
いわばOKの合図のそれに、ブルーが喜んでぼくの顎に手を当て、振り返らせてキスをしようとする。
「待って……」
まだ始めて間もないのに声が少し上擦っていて恥ずかしかったが、ぼくは慌ててブルーの唇に人差し指をあてる。
OKなのに止めたぼくに目を丸めたブルーは、すぐに思いつくことがあったのか小さく笑みを零した。
「ベッドに移る?」
「ん……」
それもある。それもあるんだけどさ!
前回反省したぼくは、今更ながらあることに気がついた。
お互いに解放した後に、どう誘えばいいのか迷う。それはいつもあれよあれよという間にブルーに追い上げられていたせいもあるのだけど、だったら始める前に誘えばいいんじゃないか。
そのときなら、ぼくもブルーも多少興奮しているから案外誘いやすいかもしれない。
……そう、考えてのことだったけれど。
それも意外と難しいことが、今日判明した。
「えっと……あの、さ……」
ブルーを見ていられなくて、ぼくは自分の指同士を絡めながらそちらに視線を向ける。面と向かって言うのは恥ずかしい。
だって、なんて言えばいいんだ?
ぼくにブルーのアレを入れてって?
直接的すぎるだろ!
だからといって、目を逸らしたまま言うのも少し怖い。ブルーの反応がわからないからだ。
ぼくはもう小さな身体じゃない。体格はブルーとそう変わらない。もうすぐ身長は追い抜きそうだ。
……十四歳のぼくなら入れたいと思えたけど、こんなに成長したら入れる気にならない、とかだったらどうしよう。
だって成長しきっていない身体に無理はさせたくないと今まで我慢していたなら、もうとっくに解禁していたっておかしくない。なのにブルーが入れようとも、入れたいという気配すらさせないなんておかしいじゃないか。
ぐるぐると悩んでいたら、耳の傍で小さな笑い声が聞えた。
目を瞬いて肩越しに振り返ると、ブルーは口を押さえながらどうにか笑いを抑えようとしている。
「………ブルー?」
「いや……君は可愛いなあ」
そう言って、頬に軽いキスをひとつ。
笑っていた目が細められ、笑いの質が変わる。
ぼくが思わず唾を飲み込むと、ブルーはその笑みを更に艶めかせた。
「して欲しいことがあったら、ちゃんとおねだりしなさいっていつも言っているだろう?」
低めのテノールが耳の奥まで届いて、下腹部の締め付けるような切ない痛みが一気に押し寄せた。
それだけで切なくなって、ぼくはブルーの腕を外して正面から向き合う。
「ねだったら、してくれる?」
「僕が閨での君のお願いを聞かなかったことがあるかい?」
割りと何度も……特にもうダメとか、今すぐ出したいとか、そう言ったことは無視されたこともあった気もするが、今はぼくもそこを忘れることにした。
勇気が出なかった、後押しをされたのだ。今そんなツッコミをすればせっかくの雰囲気が台無しになる。
「ね……ブルー……」
緊張で掠れる声に、一度口を閉ざして唇を舐める。もう一度、今度はまだ服に収められているブルーのアレに手を伸ばしながら、その赤い瞳を見つめて口を開いた。
「これ……欲しい……ぼ、ぼくの中に……入れて……」
ブルーの赤い瞳に映るぼくは、震えながら怯えていて、なんだかすごくいやらしい顔をしている。
だけどそれ以上に、ブルーの赤い瞳がいやらしく微笑んで、ぼくは手を引かれるままにソファーから立ち上がった。


「挿入を果たすと君の負担が大きいからね、さすがに少し遠慮していたんだよ」
疲労と、腰と人に言えないところにある鈍痛とでうつ伏せにベッドに沈むぼくに、労わるように腰を撫でながら隣で寝転ぶブルーは実にスッキリした顔で言った。
ぼくがベッドから動けないことを思うと少しばかり理不尽さを感じないでもなかったけど、ぼくもここ最近の悩みが解消できた充足感は大きい。
なにより、ぼくの中にまだブルーがいる、ような……そんな違和感に幸せを感じちゃったりしているのだから、ぼくも大概だと思う。
「じゃあ、ぼくがお願いしなかったら、ずっとしないつもりだったの?」
「いや……さすがにそろそろ限界だった……実はもう少し早く、君から誘ってくれるかと期待していたのもあった……何しろ負担はほぼ君に掛かるし」
「うん……」
それは確かに。
ブルーの優しい手が腰を撫でてくれていると少し楽で、ぼくは目を閉じて顎の下の枕を抱き締めた。
「でも、もうちょっと大丈夫かなと思ってたんだけどなあ……初めてじゃ、ないし……」
十四歳のときはベッドから丸半日は動けなかったことを思えば、今は後少ししたらシャワーを浴びにいけるくらいなだけずっとマシにはなっているけど、想像していたよりきつかった。
「ああ……うん、だけど三年も間が空けば初めてと一緒だろう……というかね」
腰を撫でていたブルーの手が止まった。
なんだろうと目を開けて首を捻ると、悪戯が成功したときみたいな顔で笑っている。
「ブルー?」
「君、正真正銘初めてだよ。指ではなくて、こっちを入れるのは」
「はあ?」
何を言ってるんだ。初めての飲酒で酔っ払って前後不覚になっていたぼくをいいようにして、最後までしちゃった張本人のくせに。
「僕以外と経験があるというなら別だが……」
「殴るよ」
ブルー以外の男となんて、こんなことをすると想像するだけでも虫唾が走る。いや、想像の限界を超えていてモザイクの向こうの世界だ。こんなことをするなら、男より断然女の子がいい。ブルー以外なら、だけど。
ぼくが拳を見せると、ブルーは怖いなあなんて笑いながら、ちっとも怖そうじゃなくて、むしろなんだか嬉しそうだ。
「だったら、まさかもう耄碌して忘れたの?まだなーんにも知らなかったぼくの全部を奪った張本人の癖に」
今は大事だからと最後まではしなかったのに、出逢った直後にしていたといえば順番がおかしい気もするけど、ぼくらの始まりはそうだったんだからしょうがない。
だけどブルーは嫌味にもにこにこと笑顔を崩さない。
「あのときは、昨日までのと同じところまでしかしてないよ」
「………は?」
昨日までと同じというと、触って、舐めて、擦り合わせて……それだけ?
「嘘ばっかり!だってあのとき、朝起きたらぼくは全然動けなかったんだぞ!」
「そりゃあ、今みたいに長い期間を掛けて指やなにやらで少しずつ太くして慣れさせたりしてなかったんだ。何より、あの突発的な幸運に対してオイルやローションの備えがあったわけないだろう。まさかサラダ油で代用なんて発想は、あの当時は思いもしなかったし」
ブルーはやれやれと言いたげに溜息をつきながら首を振る。
待て。やれやれはぼくが言うほうじゃないか?
呆然とするぼくに、ブルーが舌を出してそれを指差す。
「あの日は僕が舐めるのと、君が出したものだけで馴らしたんだ。入れて指が精一杯だった。ちょっと無理をして……三本目に挑戦したら君が相当痛がったから、諦めたんだよ」
爽やかに、笑ってそんなことを言う男に、ぼくの目の前は真っ暗になった。
「言ったろう?あの時僕は君の泣き顔が見たくてたまらなくて、連れて帰ったんだ。君は僕に縋ってたくさん泣いてくれた。無理をして怪我までさせなくてもよかったんだよ」
「ちょ……と……待って……待って、嘘だ、それで満足できたわけ?」
ぼくはそれでよかったとしても、ブルーはどうなんだ。わざわざ拾って帰ってきた子供を気持ちよくさせただけで満足できたとでもいうつもりか!?
混乱するぼくの米神にキスをしながら、ブルーはくすくすと笑って楽しそうだった。
「だって君、舐めてと突きつけたら躊躇なく舐めてくれたし。欲求不満になるようなことは何一つ、なかった」
「舐め……っ!?」
そんなことまでしてたなら、ブルーが合意だと自信満々に言い切るはずだよ!
「な……なんで本当のことを言ってくれなかったのさ!ぼくがあのときどれだけショックだったか……っ」
「再現してみせようと言ったのに、君が断ったんじゃないか」
そんなこと言ってたっけ?
覚えていない、覚えていないけど、当時の心境を考えるとそれは断って当然だ。
今のブルーを好きになってるぼくだって、記憶にない夜の再現なんて言われたら断りそうだ。
「だ……騙し……」
「騙してない。ペッティングだけでもそれはセックスだし、僕は一度も挿入を伴ったとは言っていない。あのねジョミー。僕は酔いが覚めたあとの君を見て、君と会話を交わしてから、わざわざ補足はしなくていいと判断したんだよ」
「あれだけ怒ってたのに!」
「怒っていたねえ。だけど怒っているだけだった」
それ以上になにが必要だって言うんだ。
睨みつけるぼくをものともせずに、ブルーはぼくのうなじにキスを落とした。
「君に好かれる自信があったのさ」
「ん……自信過剰!」
見えないけど、確実にキスマークをつけられた。明日は体育があるのにどうしてくれるんだ!
体育があるのに誘ったぼくもぼくだけどさ。
どんなに怒っても、呆れても、ぼくの恋人はこのズル賢くて、自分勝手で……。
「もう寂しくないね?可愛いジョミー」
ぼくだけを愛してくれる、この人であることが幸せなのだ。
頬にキスをされて、寝返りを打って仰向けになったぼくは両手をブルーに向けてあげる。
「寂しいからぎゅっとして」
ブルーは極上の笑みをぼくに向けて、ぼくの身体を覆っていたブランケットを捲り上げた。
「気が済むまで抱き締めてあげるよ」



「ラビット・ホリック」
配布元:Seventh Heaven

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ブルーが黙っていたのは、ジョミーが怒ってはいても
傷ついてはなかったからですよ。

本当はこの最後の会話を二日目にしたかったのですが
フィシスに怒られて断念しておまけになったというオチ。