■□ tactics □■ ロクス、パートナー妖精:シータス 「毒蛇2」前


「賭事なんていい加減やめてくださいロクス!!」
「うるさいな君が知ったことじゃないだろ一度でも君に迷惑かけたか!!」
「気になってしょうがないんですあなた弱いくせに賭事大好きで!!」
「弱いだとぉ!?カードもできないガキのくせに小生意気な!!」
「私は賭事に興味ないから知らなくてもできなくても生きてけますよーだ!!」
「なにをぉ!今度寝込み襲うぞバカ女!
 腰抜かす勢いでひーひー言わしてやろうか!!」
「なにおー!!今ここでキャンと言わせるっ!!」
 …毎度のことながら、このふたりの口論は次元が低い。
片方は破戒僧、片方は幼い天使――――女たらしの遊び人と中身が子どもの女の全面戦争に、天使の補佐を務めるシータスは腕を組みながらため息をついた。
だが逆上した天使シルマリルの言葉にため息ついているどころではないととっさに判断し、シータスはその足代わりでもある魔法の絨毯を翻しシルマリルの前に躍り出腕を広げて彼女を止めた。
「天使様、落ち着いてください。ロクス様は何者にも代え難い勇者様です。
 多少の無礼はいつもの天使様なら聞かなかったことにできるのではありませんか」
「だってー!寝込み襲うとか腰抜かさせてやるとか言われたんですよ!!
 自衛のために先にキャンと言わせてミョーな気起こすのは損だって思わせないと!!」
「私にいい考えがあります、どうかここは落ち着いてください。」
「言ってやってもいいぞ、キャンって?
 バカはそれで納得するんだからお手軽でうらやましい。」
「ロクス様もおよしください。
 常日頃から天使様を幼いというあなたが子どもを本気で相手になさるなど、あなたも同じに幼いのですか?」
「ぐ………! 痛いとこ突きやがって…。」
 ふたりともまさか小さな存在・妖精にここまで冷静にたしなめられるとは思ってもみなくて、シータスの落ち着いた言葉に反論できずようやく静かになった。
「僭越ながら、私もロクス様の放蕩、中でも金銭で他者へ悪影響を与えている借金とそれをさらに膨れ上がらせているギャンブル好きについては思うところがあります。
 しかし周囲がやめさせようと躍起になればなるほどやめづらくなる、という話もあるようですし」
「…どっちが天使なんだかわからんな。ったく冷静に人のこと観察しやがって……。」
「申し訳ありません、ロクス様。天使様の思い及ばぬことを補佐するのが私の役目ですので。」
「いいよ、それがお前の仕事だってのは僕もわかってる。
 でもな、このカード遊びもできない小娘に弱いだのなんだのって言われちゃ僕だって」
「…ロクス様。」
「わかったよ。黙ってます。」
 一度口をつぐんでおきながらまた仕切り直そうとしたロクスの言葉を、シータスは彼の性格を巧い具合に利用してまた黙らせた。シルマリルの小さくても有能な相棒はロクスをうまく操れるらしい、その少々傾いた出で立ちや強面の顔からは想像つかないのだけれど、仕事もかなりできてシルマリルは頼りにしている。
「この場をおさめる方便ではなく、考えがある、シータスはそう言っているのですか?」
「はい。…ただラファエル様の許可を取りつける必要がありますが……。」
「大がかりだな。でもやれるもんならやってみろよ。
 僕だってな、これでもやめようとしたことぐらいある…。」
「シータス、心配しないでください。ラファエル様には私が」
「天使様は何もご存じないままでいただきたいのです。
 協力はティタニア様にお願いすれば、おそらくなんとかなると。」
「ハン! 君は頼りなくて使えないんだとさ。」
「…ロクス様、半日程度外しますので、その間どうか天使様と諍いを起こされないようお願いします。」
「……嫌な言い方するな。
 わかった、しょうがない。半日お前の代わりにこいつのお守りを引き受けてやるよ。」
「よろしくお願いします。」
 『その場しのぎの口から出任せではない』
有能なシータスらしい物言いに、ロクスは納得したらしく彼の頼み事を引き受けた。
今回子ども扱いされたり蚊帳の外にやられたりと散々なシルマリルは少しふくれているんだけれど、それ以上にロクスの放蕩は頭が痛い問題でもある。
それに関してシータスに謀りごとありならば、乗ってみない手はない。



 残されてみるとさっきまでの口論が尾を引いて、やっぱり友好的には話は進まない。
「さて…お守りとか言ってみたけどまさかおもちゃを与えるわけにもいかないしな。」
 ロクスが初手から挑戦的なことを口にし、またカチンと来たシルマリルが何か混ぜっ返そうとしたけれど
「黙ってついて来いよ。どうせ他の勇者とはやましい意味じゃなく遊んでるんだろ?
 僕だって年中やましい訳じゃない。」
 噛みつかれそうな至近距離でロクスにそう言われて、シルマリルが思わず鼻白む。
「…僕だってな、ただ遊ぶだけの場所ぐらい知っている。
 ああ、そのズルズルなんとかしろ。誰にも見えないってわかっててもそんな格好じゃ興ざめする。」
 年中やましい訳ではないと言いながら、俗っぽい男らしく少女の相手をしろと言われて思いついたのはいわゆるデートらしい。シルマリルのいかにも天使らしい出で立ちに文句を付けて背を向けて、ロクスは思わず空を仰いでため息をついた。
「もてなす側にだって気分が乗る乗らないってのはあるんだからな。
 僕の気分を乗せてくれれば、僕だって応えてやるよ。」
 天使相手に口さがないのは信頼の表れなんだけど、それにしてもロクスはシルマリル相手だといろいろと容赦がない。
美しい女性には違いないがロクスがご婦人と呼び相手をするにはまだまだ幼くて、
「まあ君が僕らと同じに歳を取るんだったら、あと5年してから出直すか、じゃなかったら四六時中僕から離れず歳を取れ。
 その間に好みの女性に仕立ててやるよ。」
「…ロクス。」
「無理だろ? こっちもそれを見越して言ってるんだ。」
「またからかう!」
「人聞き悪いこと言うんじゃない。どうせ他の男勇者は君のご希望に添うような奴ばかりなんだろ?
 そんな奴とばかりつきあってるから君はいつまでだってもあか抜けないんだ。
 …で? 着替えて僕と出かけるか、それともこのまま僕とさっきの続きをやるか。
 君が人間の衣装を着ることが出来るんだったら一着ぐらいプレゼントしてやるが。」
 ひねくれ者の誘い方はやっぱりひねくれていて、そしてシルマリルもひねくれ者の操縦にずいぶん慣れて彼の言葉を都合よく要約する。
『一緒に出かけるつもりがあるなら似合いそうな服をプレゼントしよう』
 つまりは、つきあう気がある女なら相応に優しくもするが、気のない女を相手にするつもりはない、そう言うことか。…まったく優しいのかそうじゃないのか、気のない女を意のままに操ろうと言う気がないあたりは一端の紳士らしくもある。
もっとも、聖職者としてそれでは失格だけど。
「断らないんだったら行くぞ?
 僕としては口論ばかり続けるのも疲れるから、同伴なら同伴の方がいいからな。
 君は幼いが極上の美人だってことは認めるよ。美人と歩くのは嫌いじゃない。」
「でも、私は一般の人には見えませんよ?
 あなただってひとりごと言ってるみたいで気を遣うって言ってたじゃありませんか。」
「じゃあ僕にどの服が気に入ったって耳打ちすればそれでいいじゃないか。
 細かいことを気にするな。」
 聖職者としては問題ありだろうと、これがロクス=ラス=フロレス。天使シルマリルは図らずも彼の裏の顔を知ってしまった。
態度も悪いが警戒されていないことを幼い彼女はまだ気づいていない。
まさか天使の自分が男に誘われてつきあうことになるなんて思ってもみなかったシルマリルだけど、彼女の相棒・シータスら妖精たちの女王であるティタニアが、幼い天使に語った言葉が忘れられない。
『ロクスの振る舞いすべてがあなたへの信号』
 誠実な彼女だから、そんなロクスの誘いを断ることなど出来ようはずもない。
彼が何か複雑な事情を抱えていること、その年齢の割にどこか危うげな何かを隠し切れていないのをシルマリルは感じていた。
 すでに背を向け返事を聞かずに歩き出した彼の背を追うか、見捨てるか。
事実選択肢がないこの状況に思うところはあるんだけど、選択肢がないことに対してぐずぐずすることも選べないシルマリルは重いつま先を踏み出して紫の法衣の背を追い歩き出した。


 その時すでにシータスの謀り事は実効を発揮していたことをふたりとも知る由もない。

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