■□ tactics □■
ロクス、??? パートナー妖精:シータス 「毒蛇2」前
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決戦の夜とはこう言った気分で迎えるのだろうか? シルマリルはシータスの導きを受けて、猥雑な夜の酒場の前で緊張しながらドアをにらみつけていた。
夜の街を歩く者たちがシルマリルを見て驚く様子を察するに、うまく姿を現せているらしい。昼間のあれもシータス曰くロクスを油断させるための布石だったらしく、その時居心地の悪い思いどころではなかったシルマリルもここまで来ては引き下がれない。
シルマリルはぎゃあぎゃあと騒ぐ声が漏れる薄暗い明かりを前にしてゴクリと生唾を飲み、きゅっと唇を噛みしめて小さな手で戦いの場へと通じる扉を開いた。
客がひとり来たからと振り向く者などいない。皆自分の享楽で精いっぱい。
しかし彼女をふと視界に入れた者がまず惚け、隣にいた者を肘でつついてその者も同じに彼女を見て魂を奪われて、彼女から視線を外せないままテーブルを挟んで向かいに座る者に卓を叩いて知らせて――――まるで波のようにざわめきが広がる。
「…何をしに来た。
性懲りもなくまた倒れたいのか? 今度僕のベッドで寝てたら遠慮なく襲うぞ。」
しかし、彼女の目的の人物は美しすぎるシルマリルが寄せた波に呑まれなかった。
波がロクスの元まで届くのに時間は必要なくて、きゅっと唇を結んだままのシルマリルの姿に呑まれることもなく彼はこの場にふさわしい戯れ言を吐き捨てた。
その両腕に、いや彼のまわりには酒場の女性が複数人いて、それぞれにこんな場など明らかに場違いな小娘の顔を怪訝そうに見ている。
「帰れ、どうせ僕の放蕩に水を差しに来たのだろうがそうはいかないぞ。
ただでさえ小娘の顔なんて酒の肴にもならないんだ、酒の相手をするつもりがないんならさっさと帰って妖精さんと一緒に寝てろ。」
「相手をするつもりがあると言ったらどうします?」
「………何?」
シルマリルの声は明らかにうわずっていた。しかしここで戻れるはずもなくて、ついに彼女は怒った顔でカウンターをその小さな手のひらで叩いて勝負を仕掛けた。
もう、お互いに吐いた台詞は戻せない。
「ロクス、私とカードで勝負してください。
あなたの放蕩を止めるにはこれしかないと考えてのことです、いくら膨大な借金を作る程度の腕のあなたでも、素人以下の私に負ければさすがに身の程というものを感じるでしょう。」
シルマリルが珍しく強気に出、そこかしこにプライドの高いロクスを挑発する語句をちりばめつつ突っかかる。しかし、シルマリルの挑戦への返答は――――
「断る。何思い詰めてこんなとこに来たかと思ったらそんなことか。
ずぶの素人を相手に勝ったところで自慢になるか、馬鹿馬鹿しい。」
にべもないとはこのことだろう。ロクスはあっさりと断った。
『プライドの高いロクス様のことです、断る可能性も高いでしょう。
しかしどうか食い下がってください。負けた際の交換条件として少々のご無理も必要かも知れません。
天使様はまず勝負するテーブルにあの方をつかせることをお考えください。』
だがその返答すらシータスは読んでいた。
どうやら任務をこなす相棒としてシータスとロクスは相性が良いらしくその説得力と来たらたいしたもので、己の部下に等しい妖精の助言なのに彼女は露ほども疑わない。
当然シルマリルは部下の言葉を信じ、その声を思い出しながらいつもの彼女からは想像つかないほど厳しい表情で食い下がった。
「勝つことが前提ですか? 膨大な借金を背負うあなたがそれを口にするなど」
「…いい加減にしろ、怒るぞ。」
「私はずいぶん前から怒っています。」
「…やれやれ。君がしつこいのは性格か。
僕もずいぶんとなめられたものだ、後悔しても知らないぞ。」
彼もさすがに酔っているのか、シルマリルのらしくない挑発だらけの言葉尻に食いついてきた。
呆れた様子でそう言うと、ロクスは片手を挙げて自分にまとわりついていた女性を追い払い、カウンターに銀貨を数枚置いて
「カードとテーブルを空けてくれ。チップもこれを全部使ってふたり分用意して欲しい。
この身の程知らずの跳ねっ返りにお仕置きしないとな。」
…ようやく彼を勝負の席に着かせることが出来た。シルマリルが顔色に出さぬよう気を張りつつも安堵する。
あとは彼にばれても立証できないいかさまを駆使して赤恥をかかせれば彼女たちの目的は達成できる。
ここまで来ればもう彼の悪癖も今夜限り――――
――――のはず、だったのに。
「あれだけ啖呵を切っておきながらもう後がないぞ。」
シルマリルの手元にあるのは、5枚のカードとチップが5枚。危機的状況などとうの昔に迎えてしまっている。
ロクスはニヤニヤとカードを1枚だけテーブルに伏せ、そして彼女の分だったチップのほとんどを傍らに積んで
「…スタンド。」
また驚くほどの速さで勝負をかけてきた。
シルマリルの敗因は、彼の勝負の速さ。たとえカードが読めていようと考える余裕すら与えられないほどの展開の速さにあっぷあっぷしてばかり。
ロクスは何度も安い手であがり安い勝ちを重ねて彼女からチップを巻き上げた、ルールとしてはどちらに有利でも不利でもない。
『君は素人だからポーカーじゃなくブラックジャックで勝負しよう。カードの合計が21に近い方が勝ちだ。
絵札はすべて10で計算、エースは1でも11でも好きに解釈できる。
22を越えたらバースト、負けが確定。
初手の2枚でで21が出来たらブラックジャック、ただの21より強い。
ジョーカーは使わない、勝負に勝った側が次の勝負の親だ。』
細い指でカードを切りながらルールを教えてくれたあたりはフェアかも知れないけれど、数あわせとか数並べとかそのルールはすべてポーカーのもので、べらべらと早口でルールを述べられたところでシルマリルには理解できなかった。
そして迎えたこの状況、
「どれだけバーストすれば気が済むんだ、大きな役ばかり狙って。
忘れてないだろうな、そのチップがなくなったら遠慮なくこの場で唇をもらい受けるぞ。」
「早くカード配ってください!」
シルマリルの顔色は焦りのあまりに青ざめてすらいる。
この女たらしの破戒僧は勝利の代償に、あろう事か天使の汚れなき唇など要求してきた。勝つことがわかっているとたかをくくっていたシルマリルはあっさりとうなずいたんだけど、まさかもっと単純な、しかしルールをよく知らぬ勝負を挑まれるとは思ってもみなかった。
いくらカードを読んだ所で、彼の手よりも少しでも21に近づけようと焦った挙げ句彼の言葉の通りドボンばかりを繰り返して、チップがまた1枚減った。
「僕はそろそろラストにしたいが、まあ君はあきらめがつかないだろうし。
じたばたしてもあと4ゲームだ、そろそろ腹をくくれよ。」
悔しいけれどロクスの意地悪な台詞の通り、勝負を急いでミイラとりがミイラになってはどうしようもなくて、シルマリルはずいぶん前からチップ1枚賭というしみったれた勝負に徹して久しかった。
「じゃあ親の要望に応えてオーラスにしようじゃないか。」
青息吐息のシルマリルの背中から不敵な低い声が聞こえたかと思うと、ロクスよりも骨っぽい手がシルマリルの残りのチップ全部をテーブルの中央へと差し出した。
「弱いものいじめだなんて俺に吐いたくせ、なんだこの勝負は?
お前こそ弱いものいじめじゃねえか。」
当然シルマリルは真っ青になって泡食っている、このチップが取られてしまえばこの場でロクスにキスされてしまうのだから乱入者のいたずらなんて勘弁して欲しいどころではないんだけど…
「おっと。顔は勝ってからのお楽しみだ、お嬢さん。
これでもそこの女たらしの弱いギャンブラーよりゃ強いつもりだ、素人さんの勝負に助っ人ぐらいいてもかまわないだろ、色男?」
唐突な闖入者、不適な台詞を吐く低い声は味方らしく、シルマリルが振り向こうとするなりに小さな頭を片手でぽんと撫で、振り向かせなかった。
「…お前……何しに来た。」
「なあに、美形の不良僧侶と絶世の美女がお互いにご大層なモン賭けて勝負してるって聞いたんだ。来てみりゃ俺好みの女がお前にいじめられて今にも泣きそうだし、勝ったらお前に唇奪われるって言うしな。
お前ともあろう者が唇で終わるはずないだろ、女たらしのロクス=ラス=フロレス?」
「生憎だが、彼女は守備範囲外でね。昼間にも2年後出直せって言ってやったばかりだ。」
「ほぉ…2年ねぇ。お前は色気のある女が好みじゃなかったのか?」
「色気はないが、お前の言うとおり小娘の今でも絶世の美女だ。女は2年もあれば変わる。」
どうやらシルマリルに助け船を出したのは、ロクスよりも腕の立つらしいギャンブラー。ここまで追いつめられたシルマリルの窮地をどうひっくり返すのだろうか?
助っ人はロクスのことを知っていて、ロクスも知っていた。勝ちで優越感にひたるロクス相手に、あの口が達者な男相手に、一歩も引いていない。
「…ま、いかな蛇君といえどこの状況をおいそれと引っくり返せやしないだろ。
勝負を縮めてくれてありがとうと言っておこうか。」
「それはお前がこのお嬢さんの唇をいただいてからゆっくり聞かせてもらうことにするよ。
もっとも言えれば、の話だが。」
シルマリルの助っ人は何を思いながらそうしているのか、彼女の頭を優しげに撫でてばかりいる。
「さ、前哨戦を始めようか。」
「お前が勝負に乗った訳じゃない、その辺はわきまえとけよ?」
「俺はカードには指一本触れねえよ。あくまでもこのお嬢さんにカードを切るかどうかを耳打ちするだけだ。」
「…気安く触るな。」
「お前の女じゃないんだろう?」
ロクスはにわかに表情を険しくしてカードを配る。
シルマリルは配られた2枚のカードをそっとめくる。
「…しかしお嬢さん、どういう縁か訊かないでおくが、この男とは早く縁を切った方がいいぜ。
こいつはこんな虫も殺さない顔してるが、アララスじゃ女たらしとしてたいした有名人だ。」
「そんなこと、その女は僕のもっとひどい話も承知の上での間柄だ。酒場にも連れて行った。」
「鬼だな、お前。傷ついたろう、お嬢さん?」
「僕など眼中にないよ、彼女は。今だって僕の悪癖を止めたい一心で勝ち目のない勝負を挑んできただけだ。」
「愛だねぇ。お前のもてっぷりがうらやましいよ。
有名な女たらしのお前をカードで負かせば女たちの態度も変わるかと思ったが、お前との勝負に勝った暁にはこのお嬢さんを」
「…無駄口を叩くぐらいなら次どうするのか決めろ。その女はお前を頼りきってるぞ。」
「おっと、俺としたことが。そうだな……」
シルマリルはすでに口を挟むことすら忘れるほどに真剣で、助っ人も彼女の後ろから小さな手が持っているカードを覗き込んでいる。その目がロクスを一瞬捉えたことをシルマリルは知らないが、ロクスは明らかに顔に出すほどにいらついている。
彼はわざとロクスに見えるようにそうしているのだろうか? シルマリルの細い肩にそっと手を置きわずかに抱き寄せた。
「スタンド。」
男の声に、場がざわついた。それもそのはずで、シルマリルの手にあるのは最初に配られた2枚だけ。それもなんと一ケタ台。
ロクスを揺さぶってのバースト狙いか、それともはったりか――――助っ人の男はシルマリルの細い金の髪を指先で弄んでいる。
「それにしても、お嬢さん飛び切りの美人だな。黒いドレスが良く似合う。」
「僕の見立てもたいしたものだろう? …ヒット。」
「目だけはさすがに肥えてるな、ロクス。」
「まあな。…もう一枚だ。」
「いいのかお前、カードを見てないぞ?」
「…………くそっ!!」
助っ人が言うが早いかロクスがカードを叩きつけるのが早いか、ほぼ勝ちっぱなしだった彼の、初めてのバーストにシルマリルの表情がぱあっと明るくなった。
「おー、狙ってみた甲斐はあったな。」
男の言葉のとおり、シルマリルがそっと指先を乗せた二枚の札は足して10にも届かない。
…ロクスはまんまとはめられてしまったのだ。
「じゃ、お嬢さんが親だ。さあカード切りな。」
「…お前が切れ。シルマリルは下手くそでカード配ることすら満足に出来やしない。」
「いいのか? 俺は触れないつもりでいたが。」
「早く配れ。そいつがやるといらつくんだよ!」
「俺が触るといかさまだとか絡まれるのも面倒だ、お嬢さん、カードを取るんだ。
切り方は俺が教えてやるよ。」
「べたべた触るな!」
「お前の女じゃないんだろ?」
ロクスは一度の負けで揺らいだ訳ではなさそうで、熱中するシルマリルはまったく気がついていないけど、対するロクスはイライラが頂点に達しそうなほど彼女の助っ人はあつかましく触れている。
肩を抱き、髪に指を絡め、頬を寄せてささやいて――――
「お嬢さん、俺の腕を信じてもらえたんだったらここで提案だ。次をラストにしないか?
だらだらやったところで途中でツキが逃げるかもしれない、今ならお嬢さんに流れが向いてる。
…俺なら絶好のチャンスと踏んで勝負をかけるが、どうする?」
「たった一度勝ったぐらいで調子に乗るなよ、シルマリル。」
もはやこの勝負はロクスVSシルマリルではない。勝負しているのはいったい誰かと思わせるようなこの展開で、助っ人の彼は次で終わらせようと言い、ロクスは調子に乗るなと言い放つ。
さあどうする? シルマリルの花びらのような唇に、男たちの視線が容赦なく注がれる。
「わかりました、これで最後にしましょう。」
「…泣いてわめいて許してとか言っても僕は大目に見たりしないぞ。
これは君から持ちかけた勝負だ。」
「つべこべ言うなよ、男が廃るぜ?」
シルマリルは意を決してチップを全部差し出した。そして緊張した面持ちでカードを持つ。
そのいたいけなほどに小さな手に男の大きな手が重なり、ゆっくり、けどしっかりと確かな手さばきでカードをシャッフルする。鮮やかにテーブルの上にカードを並べ、指先の動きだけで逆に向けて、それを集め再び裏返して切って――――その間、ロクスは腕も脚も組み無言で待っている。
「…ヒット。」
「ヒットだ。」
「もう一枚。」
「…スタンド。」
シルマリルの手札は3枚で止まった。オープンカードはエース、それだけでもすべてを賭けた勝負ならばプレッシャーになる。かたやロクスは4枚ひいて15、判断に困る数字だろう。
シルマリルはすでに勝負をかけてきた。
「…ヒット、そしてスタンド。」
「バーカ、だからお前は弱いんだよ。」
ロクスの判断は「ヒット」、もう一枚。シルマリルの助っ人は彼の判断をカードが配られる前から笑った。
シルマリルの白い指先が差し出したカードが、ロクスの前で翻されて……
「……馬鹿な…!!」
無情にも、ハートの女王が同じ女性に味方した。
その瞬間シルマリルは思わず立ち上がり背中から助言をよこした声の主に満面の笑顔で抱きついた。
ロクスは怒りを通り越して呆然としていて、まだ裏を向いたままのシルマリルの手札を引っくり返す。
…絵札2枚とエース、21が完成していた。ちょっとやそっとじゃ勝ち目などない。
「約束ですよロクス、賭け事は今夜限りでやめてください。」
「…お前が来て僕のツキは逃げたんだ、ヴァイパー!
どうしてくれる!!」
「…………え??」
シルマリルの言葉など聞いていない、ロクスが椅子を引っくり返す勢いで立ち上がり指差したその先にいたのは…
「俺のせいにするなよ。お前が動揺したからツキが逃げたのさ。
もっともお嬢さんの言うとおり、お前は賭け事に向いてない。カードは嘘つかないしな、嘘つきのお前なんて多分嫌いなんだろうよ。」
いつぞやロクスに絡んできた、隻眼のギャンブラー・ヴァイパーだった。
「じゃあ百歩譲って負けの原因は僕の弱さだと認めてやろう、けれどどさくさにまぎれて彼女に触りたい放題だったことはきっちり謝ってもらおうか!」
「誰に?」
「僕に謝ってどうする、彼女に決まってるだろう。」
「だとさ。お嬢さん、どうする? あんたが謝れってんだったらそりゃ素直に頭下げるけど。」
「今日の目的はロクスの賭け事をやめさせることでした、どなたか存じませんがあなたがいたからロクスも悪癖のひとつから離れることが出来そうですv」
今度はロクスが苦し紛れにも似た言いがかりをぶつけるんだけれど、シルマリルの返答はある意味彼女らしいと言えば彼女らしかった。その上彼女はヴァイパーの顔を覚えていないらしく、寛容にも助平な無礼者をあっさりと許してしまった。
「どういたしまして。俺はそこの美形ほど女にもてないんでな、困ってる女がいたらとりあえず優しくするよう決めているんだ。」
「理由はどうであれ、それが見返りを求めない優しさならばいつかあなたにもふさわしい素敵な女性が現れることでしょう。」
「そうそう。見返りは求めない主義なんだ。お嬢さんともこの先縁があるかもしれないし。」
「ないよ。あるもんか。この僕が許さない。」
「お前の女だっけ?」
「うるさい! 帰るぞシルマリル!!」
「はーいv」
完敗とはこのことだろう、ロクスは素人以下の小娘にぼろっかすに負かされた。まわりの者はそうとしか見ない。
そこに凄腕のギャンブラーが一枚噛んでいても、確かにカードを手にし勝負したのはシルマリルだから…
「調子に乗るな。さっきまでもうちょっとで僕に負けそうでべそかいていたくせに生意気だぞ。」
「調子になんて乗ってません。あなたが賭け事をやめられるのが嬉しいだけです。」
「それを調子に乗ってるって言うんだよ。」
幼くも美しい金の髪の少女は酔っ払いの後をついて退場するらしい、ヴァイパーはさっきまで彼女が座っていた席に座り、まるで「いい人」のような笑顔で彼女に手を振った。当然憮然と酒場をあとにするロクスには見えるはずもないが、シルマリルはちょうど振り返ったそのタイミングで、にっこり笑うとヴァイパーに、そしてまだ夜を楽しむ酔っ払いたちに、
「お騒がせしました、おやすみなさい。」
深々と頭なんて下げて、育ちのいいあいさつをしてからまたロクスを追いかけた。
場がしらけたことは、語るまでもないだろう。
「…けれど、カードゲームとして遊ぶだけでしたら私がお相手しますよ、ロクス?」
「よしてくれ。君と対戦するたびに今夜のことを思い出しそうだ。
他の事にまで口出すなよ。」
「できればお酒だけにしていただきたいものです。」
少し冷える宿への道を並んで歩きながら、ロクスはじわじわと手綱を握られる不快感をぬぐいきれない。
シルマリルにはまだ野望があるらしく、それを聞かされるだけでロクスはうんざりするんだけど…
「…まあ、そのドレスは贈った価値はあったからよしとしておこう。
女遊びを控えさせるつもりならたまには相手してもらうぞ?」
わざと彼女が嫌がることを言って牽制するのもまた彼のやり口だった。
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