■□ Malchut □■
ロクス 「聖都侵攻」中
     

 聖都が燃えている。
教国の象徴に火の手をかけられた。不信心者たちの怒号が飛び交う中で、俺はただ身を隠しながら逃げるより他はなかった。
戦えないわけでもないし気力は折れちゃいないが、多勢に無勢…いや人海戦術とはこのことなのだろう。とにかく黒衣の騎士たちと鈍い剣が炎をはじく不気味な光が、聖都アララスのそこかしこに満たされていた。
「ロクス、まだ走れますか?」
 穏やかな声が俺の名を呼ぶ。そしてまだ走れるかと問う。
声の主は美しい少女の御姿を持つ天使様、あどけなくも罪作りに美しい神の御使いが、神の下僕の俺に力を与えている。…俺の足は、まだ走れる。
「ああ、まだいける。こんなところで死ぬわけには行かないからな。」
 金の髪の美しいご婦人に問われたから虚勢を張っているわけではなくて、俺は彼女を相手に女には見せていない影の部分を見せて久しい。
だって取り繕ってもカッコつけても仕方がない、相手はまだ幼かろうと神の御使い、天使様なのだから隠したり装ったりしたところで見透かされるのが落ちだろう。その挙句に知らないふりなんてされる方がよっぽど許せない。
「そんなに気を張らないでください。必要な時に気持ちの糸が切れてしまいます。
 あなたの姿は誰にも見えていないはずです。」
「…だと思った。
 さっきから騎士どもが僕を素通りしてるからな、君ががんばってるんだろうとは思ったけど…君こそ大丈夫なのか? 日が落ちる前に街に入ってからずいぶん経つが、その間僕の手をつかんだままと言うことは…ずっと守ってくれているのだろう?」
 俺はずっと、逃げるしかないと気づいた時からずっと彼女に手をとられ引かれながら聖都の中を逃げてばかりいる。天使様はその目に痛いほどに純白の翼を神々しく広げて俺を導いている、なかなか聖都から抜けられないのは彼女の方向感覚のせいではなくて、そう、文字通り「逃げ道が見つからない」。
主だった門は侵略者どもに閉じられてしまい、抜け道には人ではならぬものが跋扈する。…門は俺が通れなくて、抜け道は彼女が通れない。
「どこか身を隠せる所を探さないと。僕はなんとかなるが、君がもたない。」
「私は大丈夫です。私は…まだ。」
「大丈夫な顔色かそれが。
 クソッ…うじゃうじゃとわいて出やがって、何が騎士だ、その剣と立場が泣くぞ。」
 黒い姿はまるで汚物に群がるハエのようで、騎士と言う名がどれほどに空々しいものなのだろう。
そいつらの負の感情の中で宙を舞う天使に、人の欲望ほど堪えきれぬものなどそうないだろう。事実立場は聖職者だけど汚れた生活を送っていた俺だって、この空気は息苦しくて呼吸することそのものが苦しい。
人間の俺でさえこんな様子だから、シルマリルの顔色は青ざめて、今にも地に堕ち倒れてしまいそうなほどだった。
 幼い天使シルマリル。俺が知る天使の中で最も美しい存在。
かつて聖都の書庫や聖堂の壁画などで高名な画家の掲げた天使の御姿を、すべて思い出せないほどに見た俺だけど、その中のどの天使よりも彼女は美しい。幼い天使だというのは俺が名を知らぬことからも確かなんだと思うけれど、あと何年人が無駄に時を重ねれば彼女の名が聖典に刻まれるのだろう?
俺が名を知るすべての天使の中で、天使シルマリルは誰よりも確かな存在だった。
「こいつら坊主狩りやってやがる…騎士の国じゃなく罪人の国とでも改めたらどうなんだか。」
「…ごめんなさい、あなたを早く安全な場に導きたいのですが……」
「気にするな。…君の力が弱いせいじゃない、こいつらの数が多すぎるせいだ。
 僕だって旅の道行きで出会う怪物には負けないくらいの腕はあるが、こいつらの数の前ではそんなもの役にも立ってないんだから。」
 そう。教国に攻め込んできたということは、目的のひとつは僧侶狩り。
神に仕える非力な連中までも、神に守られている連中だろうと逆らえば容赦しないとの意思表示をするため。全能なる神に守られているはずの俺たちでさえ帝国の前では無力、などと、力なき民衆の眼窩に焼きつけるための見せしめとして、聖職者である俺たちほどうってつけの生贄はいないだろう。
生贄にされるのは神に仕えるものか、そうでなければ女。特に女は少々幼かろうと歳を食ってようと構いはしない、狂気に呑まれ犯され踏みにじられて、彼女たちには地獄しか残されない。一思いに縊られた方がよほどましだろうと、男の俺でさえ思ってしまう。
…殺されるだけですむ聖職者の方が、幾分ましかもしれない。
「ロクス、落ち着いてください。あなたは…人を身分や階級で判断するのはおろかなことですが、あなたが教国の象徴なのです。
 あなたが残れば、教国の人々の望みも絶たれず残されます。」
「放蕩の限りを繰り返して愛想もくそも尽かされた教皇、か?…今はその話をしないでくれ。
 情けないが自分のことを背負うのすらできてない僕が、この国や他人の期待なんて背負えるはずもない。」
「………ごめんなさい、あなたの気持ちを考えずに…」
「謝らなくていい。…何度も副教皇に聞かされたお小言よりはずっと優しいから気にしてない。」
 汚れた部分を嫌でも知ってしまっているせいで、俺の言葉の調子がシルマリルに不安を与えてしまっていたらしい。むしろ彼女がいたから俺はまだ逃げ延びる気力を失っていなくて、自分から自分の命を投げ出さずに踏ん張れているというのに、俺は自分のことで手いっぱいなんて情けないったらありゃしない。
 やつらの目的のひとつの中に、おそらく俺もいる。教国の象徴、次の教皇…そんなものを背負わされた俺だけど、確かにシルマリルの言うとおり、俺が無事なら帝国の侵攻の目的は半分程度しか遂げられていないことになる。
俺が残ることで、教国が再び蜂起するだけの禍根を残してしまうことになる。
血筋も何もないんだけれど、出そのものは市民の俺だけど、神様とやらの気まぐれで与えられた手に宿る力、人を癒せる特殊な力――――神の癒し手、それが代々教皇に求められる唯一の資格。
俺はそれを持って生まれたから、次の教皇に立てられるために親元を幼くして引き離されて聖都の奥の院、教皇庁の中で養育された。その結果ここまで歪んでしまったのだけれど、神様はこんな俺でも手先として使い道ある人間だからなのか手放したくないらしい。俺好みの女を遣わせてまで矯正しようとしてやがる。
…もっとも、俺の好みまでは把握してなかった様子だけど。
シルマリルは確かに美しいが、俺は少女に興味はない。シルマリルと言う個には興味はあるが、自分の歳を考えるとやっぱり醒めてしまうというか萎えるというか、彼女の見かけがあと5歳、いや3歳ばかり上だったなら、俺は喜んで神様に尻尾振ってただろうな。
そのせいか、俺は神様に感謝はしてないけど、シルマリルに対しての忠誠心めいたものならそれなりにあるような気がする。彼女は見かけのあどけなさやどこか幼さ残す言動の割に賢いから、いちいち逆らうことも疲れてしまう。
「ロクス」
「あぁ?」
「少しの間手を離しますから、どこでも構いません、私の体に触れていてくれませんか?」
 俺は彼女に手を引かれたまま、彼女の導く方向に行くしかできない。しかし彼女も俺をどこから聖都の外へ逃がそうかと考えあぐねているだろう、向こうに聞こえた軍靴の音に俺は思わず天使の導きに逆らう形で燃え残る民家の影に身を隠した。
彼女が身を隠す必要はないけれどつい俺につきあったのだろう、シルマリルはそう言いながら俺の背中まで下がった。彼女の力で奴らから逃れている俺としては逆らえるはずもなくて、どこに触れようかと振り返ったら
「きゃ!?」
「な、なにやってるんだこんな時に!!」
いつもはその長いスカートの中に隠れている白い脚がいきなり見えて俺も面食らっちまった。見慣れてないわけでもないんだけど、普段隠している女が見せていると驚くのは誰だってそうだと思う、思わず目をそらしたが聞こえる衣擦れの音がよけいな想像力をかきたてるから…天使ってヤツは意外と厄介で、彼女の外見が少女でよかったって思うことも山ほどあった。
これで俺の好みの見かけだったら、俺は狂っちまうかじゃなきゃ襲って返り討たれるか。
どっちにしても、無事ではすまない。
「裾がどうしても邪魔で…他の天使は短い服でも平気みたいなのですが、私は裾が短いとどうしても落ち着かなくて。
 でもこういう時には長いと動きづらいからまとめてしまおうかと…」
「…暢気だな、君は。」
「私はこれでも感情の起伏は激しいって言われてます。」
「天使としては、だろ? 僕から見ればイライラするほどおっとりしてるよ。」
 つまらない雑談なんてしながら、俺は彼女の髪の毛の先をつまんで背中を向けている。腕をつかんでは邪魔になるし、他に露出している場所といったら首よりも上か、白く滑らかな胸元か。
そんな場所、さすがの俺でも触れることなどできるわけない。
「――――行きましょうか、ロクス。」
 その声にようやく振り返ると、長いスカートをひざのあたりで大きく結んでいる小さな天使の姿が見えた。いつもは見ることのない白い脚は細いばかりじゃなくて肉づきがよくて、現実離れしてないあたりが生唾モノで…
「ロクス?」
「…隠してて欲しかったな。」
「え?」
「こんな局面でそんな脚ちらつかせて飛んでる姿を見せられる僕はたまったもんじゃないよ。」
 こんな局面で言うようなことじゃないとは思うけど、実際に目のやり場に困る。だってむっちりした白い脚が、いつもはそんなもの拝ませない女が状況に迫られてとは言え露出している誘惑、男なら誰でも俺と同じことを考えるに違いない。それに脚を露出したところで駆けるはずもない彼女だし、長いスカートが邪魔だというのはわからないでもないが…事実俺も長い法衣は邪魔だし…。
「こんな局面でそんなこと考えているあなたが信じられません。」
「男の性にケチつけないでくれ。しょうがないんだって。」
「どんな脚だったらよかったんですか。」
「普段見られない脚がちらついていることが問題なんだ。…君は幼いが脚は白くて美しいじゃないか。」
「もう!」
「怒るなよ。こんな局面でも男の目を惹くってことで自分への戒めとしといてくれ。」
 そう。心配なのはそれ。戦場では婦女を陵辱するなど当たり前に行われる。
このあどけない天使様はそんなこと思いつきもしないだろうけれど、それだけに、この美貌だけに万が一捕まった時のことを思ったら、俺が倒れた後だったらと思うと…そんなこと、想像もしたくない。
天使がそんなに弱いはずはないと思いたいが、彼女は戦う力も持ち合わせていない天使。
人に慈愛を注ぐタイプの聖女だから、俺が守るより他はない。
「…そう、ですね。あなただから笑い話にしてくれているんですよね……。」
「そういうことだ。この中で君が実体なんて持ったら、僕ひとりでは守りきれないからな。
 …人間の女性がこんな場に残されていたら……」
「ロクス……。」
「人間の男は野獣にもなれるってことだ、僕も経験がないだけで例外じゃない。
 自分の美しさってヤツを自覚してろよ、シルマリル。」
「………はい。」
 無茶をしてもらっては困る。たとえ俺がここで死んでしまおうと彼女は高い空へと逃げて欲しい。
その翼はそのためにある。
…なんてことを言ったらきっと泣かせてしまうから言えないが、釘は刺せるうちが花だし彼女も馬鹿じゃない。
俺はこれでもこの危なっかしい天使様を嫌いじゃない。女として評価できなくても、天使としては経典で読んだどの天使より彼女の存在を一番信じている。

「逃げた僧侶がいるらしいぞ。」
「紫の服を着ているそうだ、目立つ色着やがって、馬鹿なヤツだ。」
「逆らわずとも殺せとのセレニス様のお達しだ。なんでも教皇候補が紫の法衣を御召しになってるらしいからな。」

 その声に、俺は思わず身を潜める物陰の奥で身をこわばらせてしまった。
やはり俺を見つけ次第殺せとの命令が飛んでいるらしい、黒い軍服の連中の中に、見慣れない黒衣の連中も混じってる。
「…魔道士…フェインを襲った黒衣の魔道師と同じ…」
「フェイン? 誰だそれは?」
「あなたと同じく、私に協力してくれている魔道士ギルドのウォーロックです。彼に助力を願いに行った際に、フェインはあの黒衣の魔道士たちとよく似た者に襲われて息絶える寸前でした。
 それが縁でフェインは快く助力を申し出てくれたんですけれど」
「いきさつはわかったが、ヤツら…まともじゃないぞ。人間とは違うにおいがプンプンしてやがる。」
「ええ。私もその際はギルドの内紛かと思いましたが、そんな小さなことではなかったようですね。」
「―――――シッ!!」

「お主らが躍起になったところで見つからぬよ。
 教皇候補には天使がついているとのセレニス様のお見立てだ、我らの目がなければ見つかるはずなどなかろう。」
「何ィ!?」
「教皇候補は天使の助力で目に見えずとも、天使ほどの強い幽体ならば、我らの目にも光として見える。
 セレニス様のお見立てによると、教皇の天使は戦う力を持たぬ聖女だという話だ。翼さえ叩き折ってしまえばあとは美しいだけの女に過ぎぬらしい。」

 俺はそこまで聞くと、慌てて上着を脱ぎシルマリルにかぶせた。そして力ずくで引き寄せてその耳を手のひらと自分の胸でふさぐ。俺の上着はただのそれじゃなくて神の加護とやらを受けているから多少の奇跡は期待できる、災厄を遠ざけ身を守る力もあると聞いている。
今ヤツらに捕まって、どっちが悲惨な目に遭わされるかを思うと、これは俺が着ているよりも、今はシルマリルを包んでおいた方が役に立つ。
それに…こんなこと、聞かせられるか。こいつを見つけた後翼を叩き折ってしまえば犯すこともできるなんて、そんなことを……!!

「但し、殺すでないとのセレニス様のお達しだ。
 覚えておるか? 天使はどういう姿でも構わぬから生きてセレニス様の御前に引きずり出すことと、レイラ=ヴィグリードもアルベリック様の前に引き出すこと。特にレイラは邪な意味では指一本触れるなとのきついお達しが出ておる。」
「天使はそんなお達しは出ていないんだろう?」
「天使は生きてさえいれば後は翼がなかろうと四肢を切り落としていようと問わぬらしい。」
「じゃあ犯された挙句廃人になっちまおうといいってことだ!!」
「何人で壊れっちまうかなぁ、天使様は!」

 …殺してやりたい。あいつら残らず、俺のこの手で…!!

「…ロクス。大丈夫です…私は無茶はしませんから、どうか怒りを抑えてください。
 私も無力ではありません、確かに祈ることしかできませんけれど、彼らにはないものを持ち合わせています。いざとなれば、あなたの杖をお借りします。」
「シルマリル…君は、戦えるのか?」
「戦うことはできませんけれど、神罰を下すことならば…あなたの杖は父たる神が私の危機を察するのにいい目印になります。その時は伺い立てずに使うかもしれませんが、許してくださいね。」
「…どこの世界の父親も、娘の危機には駆けつけてでも助けたい、ってことか…君といると、遠い世界の話だった経典の記述がたちまち現実味を帯びてくるから不思議だよ。」
 一瞬でも頭に血が上りかけた俺を落ち着かせるべく、シルマリルは無理に笑って見せた。
こいつの気持ちの強さを見ていると、俺の今までがどれだけひねたものかって思い知らされる。今だってそうで、話が聞こえていただろうに、こいつは話の中身まではわかっていないのかわかってて黙殺したのか人間の戯言と一笑にふしただけなのか、自分ができることを冷静に口に出して確認しているみたいだ。
…多分、今の連中の会話は聞こえている…と思う。だって小さな手が、ずっと小刻みにふるえている。
笑ってはいるが、こいつも怖いんだ。怖くないはずがない。
俺がいなくなったら最後、こいつがどうなるか…俺が踏ん張るしかない。
俺は今教国の象徴で、天使シルマリルを守る最後の砦なんだから。

「シルマリル」
「はい?」
「これ、預かっててくれ。
 僕が幼い頃から身につけてる大事なものだ、なくしたら恨むぞ。」

 そして俺は彼女に最後まで執着する理由を自分で用意する。片手で首から下げているクロスを外し彼女に押しつけて、
「僕は君からもらったクロスがある。長年慣れ親しんだそれよりも力があることはわかるが、それでも思い出の品でね。
 ふたつクロスを下げているのは不自然だがどちらも外す気になれないんだ。
 でも片方を君に預けておくんだったらまあクロスの身の振り方としては僕の中では妥協できそうだし。」
不自然な言い訳を口にしてると自分でも思う。実際中身を練って考える余裕がないからこんなことしか言えないんだろう。それでも馴染み深いクロスがあの汚らしい軍靴で踏みにじられることとシルマリルが汚されること、背負うものが増えたことで火事場の馬鹿力なんて不確かなものだろうと自分自身に期待できるようになる。
どうせここまで追い詰められてるんだ、犬死するよりは天使と己の教義を守って華々しく散った方が男としてはカッコいいじゃないか。死ぬつもりなど毛頭ないけど、もしも…もしも俺が倒れたなら、シルマリルなら…多分、俺のために身も世もなく泣いてくれる。
どうせなら、そんな女の盾になりたい。
「しっかり握ってろよ。それと、僕の法衣をかぶっていろ。
 敵には魔道士がいる以上、君から見つかる可能性の方が高い。」
「ロクス…私が足手まといになってしまったのですね……」
「どうせ僕ひとりでは逃げ切れずに今頃その辺で火葬されてるさ。
 君がいたから逃げられた、僕は貸しとくのは好きだが金以外を借りっぱなしってのは嫌なんでね。
 天使を守って戦火激しい聖都から逃げおおせたなんて箔がつくじゃないか。」
 これ以上不安がらせたくない。シルマリルはあどけなくてマイペースで神々しい天使様であって欲しい。

「ロクス、ごめんなさい。」

「え―――――ッ!?」
 その言葉は、いったい何を意味するんだろう?シルマリルが白い手を俺の眉間に伸ばして指先で触れたと思った次の瞬間――――――



「…………………。」
 どさりとロクスの長身の体が、突然シルマリルのひざの上に倒れ伏した。白い手を伸ばした天使様の指先はほのかに光を放っていて、彼女がロクスの意識を飛ばしたことは想像するに難くない。
『我が前方にラファエル』
 そして天使の花びらのような唇から、守護と祝福を願う聖句がほとばしる。
『我が後方にガブリエル』
 ふわりと紫の法衣が下からほとばしる光と風に舞い上がる。
『我が右手にミカエル』
 あどけなくか弱い天使の優しげな眉が、決意にきりりと釣りあがり
『我が左手にウリエル』
 半端者の呪術師が口にするそれとは明らかに異質な、文字通りの聖句が天使の声で紡がれて彼女を中心に据えた光の六芒星が燃え盛る聖都の闇に広がり、瞬間的に光柱が立ち上った。
『アテー マルクト ヴェ ゲブラー ヴェ デドゥラー ル オーラム エイメン』
 一瞬の光柱を見た者がいるのだろうか? 幼き天使の唱えた聖句に彼女の純白の羽根が舞い踊り、まるで星降る夜のよう。それははらはらと舞い降りると倒れ伏す彼女の勇者の体に降り積もり、ふたりの姿を跡形もなくかき消した。

「ロクス、たとえこの身が傷つき四散しようとも、あなたは私が守ります。
 それがあなたを私の事情に巻き込んだ私自身の義務なのですから…。」

 そしてさらに彼女の祝福が彼に降らせる星が舞い降りる。
命を賭しても天使を守ると身構えた勇者に対する彼女の誠意はこれで、シルマリルはすでに極限状態にまで追い込まれていた彼を守るために消耗した身も心も4大天使に捧げるかのごとき覚悟で夜を通す祈りに身を捧げる。
 長い長い夜は、まだ終わりなど見えない。

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2008/04/30

えーと。続きます。汗。
私としては非常に珍しいキャラクター視点による語りです。
最後にこういう構成で書いた話なんて思い出せないくらい書いてなかった手法ですが、あえて使ってみました。
ロクスの声で文章を読んでいただけたならもォ万々歳です。

ロクスのレベル3の必殺技「アイン・ソフ・オウル」がカバラが出典ということで、有名な聖句を引っ張ってみました。ベルセルクやサイレント・メビウスなどで出ているため知っている人も多いのではないでしょうか。
天使のシル子が唱えた『アテー マルクト ヴェ ゲブラー ヴェ デドゥラー ル オーラム エイメン』の部分は聖句というか呪術的な意味でも有名なフレーズのようです。
エヴァオタなのでカバラとかやたらめったら変なこと知ってるなぁ自分なんて冷や汗たらたらで。
タイトルの「Malchut」は「マルクト」、シル子がいそうなセフィラからいただきました。
上司がラファエルなら「Hod」なのでしょうが、イメージとしてはマルクトもしくはダアトです。

詳細が気になる方はこちらをどうぞ。
理解に至るまでが大変でしたが、なんとか把握できてみれば謎が一気に解けるような、そんな感じです。