其ノ陸








座敷の襖を開ければ、今日の客が膝を崩して座し、京一の来訪を待っていた。



若い青年だ。

八剣とはまた違う部位の優男と言った風で、まだ少年の域を抜け切らない面立ちをしている。
聞けば年齢は───京一自身が自分の年齢を正確に把握してはいないので、恐らくではあるけれども───京一と同じ頃であるらしい。
青年は常に柔和な笑みを目元に浮かべており、艶街と言う土地には中々不似合いだった。
底の深い瞳は、面立ちに見合った優しい光を湛え、ふぅわりとした笑顔は、田舎の物知らずな青年と言う印象を与える。

しかし体躯は思いの他確りとしており、武術の心得があると言う話だった。


青年は基本的に根無し草の生活をしており、ふらりふらりと都を出ては戻りを繰り返す。
一度都を出て行くと一月から二月は戻らず、戻って来ても都に滞在するのは一週間ほど。
ある程度の銭を稼ぐと、その土地を後にし、気侭に歩き回るのが常であった。



そんな青年が都にいる時、必ず連日連夜訪れるのが、京一の下である。
なんで選りによって此処なんだ、と京一が思ったのは言うまでもない。



素朴な雰囲気を持った青年は、廓にいる遊女達の中でも評判が良い。
垢抜けない風体の彼を可愛がってやりたい、と、女心を持って行かれるのだそうだ。

しかし彼が入れ込んでいるのは、雅に着飾り数多の男を誘う遊女ではなく、同性の陰間であった。




なんだって此処に来るんだかねェと思いつつ、京一はこの青年を気に入っていた。




「よう、龍麻」




他の客を相手にしている時と違い、京一の口元に笑みが宿る。
それは決して相手を挑発する事もなく、色事への侮蔑の篭った誘いでもない。

名を呼ばれた青年────緋勇龍麻は、ひらりと片手を上げて挨拶を返した。


座敷へと上がり、京一は膝を崩して龍麻と向かい合わせに腰を下ろす。




「二月振りだね」
「そんなだったか。よく覚えてんな」




京一には、日付感覚と言うものは殆どなかった。
毎日が同じ事の繰り返しだから、数える必要はないと、随分昔に日付を数えるのを忘れた。


用意されていた膳を少し引き寄せて、京一は其処にあった徳利から杯へと酒を注ぐ。
龍麻も同じく、同様の膳から杯を取って手酌で其処に酒を注いだ。

京一が龍麻に対して酌をしたのは、二度目の邂逅の時ぐらいのものだった。
それ以降は龍麻の方が手酌で良いと言い、以降、互いに手酌をしてまるで蕎麦屋で飲んでいるような風だ。




「今度は何処行ってたんだ?」
「東の方」
「ふぅん」




会話の切っ掛けにした問いには、京一自身、興味が無い。
だから答えに関しても深く気にする事はなく、其処で何を見たのか云々は聞かなかった。




「お土産持ってくれば良かったね」
「酒以外ならどうでもいいぜ」
「うん。だから、良い地酒もあったから、買っていこうかなァと思ったんだけど。ちょっと買えなかった」
「そうかい」




ごめんねと微笑んで呟く龍麻に、京一は何も言わず、杯の酒を胃に流し込んだ。

これもまた、特に気にした風ではない。
装いではなく、本心からだ。




「東の────なんだったっけ。名前は忘れたんだけど、凄い有名な酒造りの人がいたんだ」
「有名なのに忘れてんのか、お前」
「あはは」




京一の言葉に龍麻は愛想笑いを浮かべる。
眉尻の下がった笑顔に、京一も口角を上げた。


龍麻が物事の細部まで鮮明に記憶している事は少ない。
必要な事なら覚えているのだろうが、それ以外、是といった興味を惹かれない場合は、覚えた先から忘れていく。
少なくとも、京一の知っている龍麻はそう言った人間であった。

だから酒に関しても、飲めはすれども然程の興味を持たない龍麻が、有名所の名でも忘れてしまうのは自然な事だ。
そして、京一自身も興味のない事は聞いた先から頭から出て行くから、龍麻のこの性質を言及できる訳もなかった。




─────つらつらと、特に中身の無い会話が続いた。

緋勇龍麻相手に限っては、こう言った事は毎度の事だ。
性急に褥に入るでもなく、ただ、だらりとした時間を過ごす事が多い。


京一がこう言った形で客を気に入ることは極珍しい事であり、客もこうやって京一との会話を楽しむ者は少ない。
他の陰間達とは明らかに違う京一を気に入る者達は、殆どが彼の気の強さを挫こうと躍起になる者ばかりだ。
京一もそれを自覚しており、そんな男達を「下らない事に時間を費やす暇な奴ら」として捉えていた。

だから八剣のような何を考えているのか判らない男や、龍麻のような客は京一の記憶に残り易い。
そして八剣の場合は苦手意識へ、龍麻の場合は気安さへと繋がる結果となった。




「飴細工って面白いね」
「ンだ、そりゃあ」
「飴を溶かしてね。色んな形を作るんだ」
「へェ」
「ちゃんと食べれるんだよ」
「ふぅん」




現物を見た事がない京一にとっては、そんな反応をするのが精々である。
見た事があっても、同じ反応しかしないだろうが。


龍麻はこういう形もあってね、と色々と説明をするが、京一は殆ど聞いていなかった。
調子を崩さず杯を空け、酒を注ぎ、また杯を開けての繰り返しで、時折曖昧な相槌を打つだけ。
そんな話し相手を気にした風もなく、龍麻は延々と飴細工について語った。

龍麻が一つのことをこうも長く話し続けるのも、考えれば珍しい事で、相当飴細工が気に入ったのだと判る。
そう言えば甘ったるいモンが好きだったな、と京一は以前聞いたような、気の所為のような会話をした事を思い出す。




「猫の飴細工とかね。兎とか。食べるのがちょっと勿体無いくらい」
「でも食いモンだろ」
「うん。あ、あと、水飴も美味しかった」
「飴ばっかじゃねェか」




呆れたように京一が言うと、龍麻はにこにこと笑ってうん、と頷いた。
どうやら、本人はそれで満足しているらしい。

京一は甘い物など特に好きではないから、この気持ちを共有する事は出来なかった。
どうせなら甘味よりも酒で楽しみたい質である。




「お前が飴で大層楽しんだのは判ったけどな。どうせなら、別の土産話持って来いよ」
「お酒とか?」
「そうだな。その辺が良い」




話の中身は、どうせ覚えていないけれど。
音にせずに胸中で呟けば、龍麻はそれに気付いているのかいないのか、うーん、と悩む仕草をして見せた。

どうやら、酒に興味のない龍麻にとっては、中々無理な注文だったようだ。

しかし京一が聞く気になる話───その後、覚えているか否かは別として───と言ったら、その程度のもの。
後は相手が喋っている先から頭から消えていくばかりで、まるでどうでも良い事だらけだ。
京一にとって“どうでも良くない話”があるのかすら、妖しい所ではあるけれど。




「まァ、そんな事ァどうでもいい」




杯へと注ぐつもりで傾けた徳利は、空になっていた。
つい口がへの字に曲がったが、直ぐに興味を失って、空の徳利と杯を膳に置いた。

衣擦れの音を立てて這って龍麻に近付くと、龍麻はぱちりと瞬き一つして此方をじっと見る。




「久々だ。溜まってんだろ?」




耳元に顔を近付けて囁く。
龍麻は何も応えなかった。

構わず、京一は龍麻の帯に手をかける。


龍麻の着物の帯を緩めて、自身の帯も緩める。
身動ぎすれば衿がずれ、袂が重みになって京一の肩が露出する。
白粉など必要が無いほどに日焼けとは縁遠いそれは、細く華奢で、強く掴めば折れてしまいそうだ。
そんな儚さを印象として与えながら、男を見る瞳は猛禽類のように尖っている。

口付けを強請るように舌を覗かせれば、その奥に犬歯が覗く。
これにいつ噛み付かれるだろうかと戦々恐々しながら貪る男の多いこと。
時に本当に噛み付いてやるから、相手は余計に怖いもの見たさ、味わいたさに京一を欲するのである。




「んッ……」




呼吸を塞ぐ青年の咥内へ、舌を滑り込ませれば、直ぐに応えてくる。

女を知らないような顔をしている癖に、龍麻の舌は荒々しく京一を揺さぶる。
息も命も全て喰らおうとしているように思える事もあった。




「ん、ふ……ぅん…ッ…」




首の後ろを龍麻の指がなぞって、京一の躯がピクリと一瞬強張った。
指はそのまま下へ下へと降りて行き、衣から解放された背中をゆっくりと撫でる。


静かな座敷の中、身動ぎする衣擦れの音と、舌を絡ませ合う卑猥な音だけが響く。
いや、後者の音が聞こえるのは、絡ませ合う当人達だけだ。

後は、その隙間に陰間の艶を含んだ呼吸が零れるだけ。




「うぅん……ッ」
「ん……ちゅ……」
「ふ、はッ……んぁ……」




薄らと瞳を開けて、間近にある龍麻の顔を見る。


龍麻は、数瞬前の穏やかな青年の顔をしていなかった。
虫も殺さぬような優しい顔立ちはそのままに、しかし明らかにその瞳の奥は違う色を宿す。

男の顔─────雄の顔だ。



唇が離れて、唾液に濡れた京一の唇がてらりと光る。
薄く差していた紅は、恐らく落ちてしまっただろうが、龍麻にはそれよりも、今の京一の方が淫靡に見える。


濡れた口元に指を滑らせ、京一はくつりと笑んで見せた。
長い前髪に遮光された瞳は、茫洋とした熱を含む。
指先をちょろりと覗かせた舌でなぞるは、男を侮蔑するかのようで、また誘うかのようで。

此処にいるのが堪え性のない男なら、唾を下して一も二もなく飛びつき、その躯を蹂躙せんとするだろう。
初心な男であるならば、これだけで射精するかも知れない────それ程に京一の躯は、瞳は、男を惑わすのだ。




「抜いてやるよ」




言うと、京一は龍麻の前に屈んだ。
着物を開かせて褌を緩めれば、男の象徴が顔を覗かせる。

躊躇わずに口に含めば、独特に匂いが鼻をつく─────吐き気のする匂いが。




「ふ…ぅん……」
「ん…きょーいち……」




咥えた陰茎を、口の中で舌で転がす。
鼻にかかった龍麻の声が頭上から聞こえた。


左手で玉袋をくにゅくにゅと刺激し、右手で竿を扱く。
咥内で質量を増していく陰茎に顎は限界まで開かれ、匂いを嗅ぐまいと無意識に息を止めていた所為で、喉が絞まる。

酸素を求めて口を離すと、数回呼吸を繰り返した後で、京一は今度は裏筋に舌を這わした。
根元から亀頭まで丹念に舐めてやる。
悪戯に先端に歯を立ててやれば、びくりと躯と一緒に陰茎が跳ねるのが面白い。




「ん、はッ…ふ、ちゅ……んん……」
「う…んッ」
「…は、んんッ…んく、……」




亀頭の先端を舌先で押すと、龍麻の喉奥から押えた息が漏れる。


京一は玉袋を遊んでいた手を離すと、自身の下肢へと伸ばす。
触れれば己の陰茎も勃起を始めており、数回扱けば支えなしでも頭を持ち上げた。




「ん、うッ! ん、ん、ふッ……ふぅッ…」
「んん…ッ」




龍麻の雄を咥えたままで自身を刺激すれば、篭った喘ぎ声が零れ、それが龍麻を興奮させる。
咥内の陰茎は大きく怒張しており、射精までは時間の問題だろう。


ちらり、雄を咥えたままで上目に龍麻を見遣る。
龍麻は眉根を寄せて耐えるように口を真一文字に噤んでいた。

駄目押しに男の欲望を根元まで咥え込み、喉奥を締め、強く吸い上げる。
畳に置かれた龍麻の手が拳を握り、息を呑んで天井を仰ぐ。
直後、京一の咥内にどろりとした苦い液体が吐き出された。


一瞬、それを喉から吐き出したくなったが、堪えて飲み下す。




「だろうとは思ってたが、それより濃いな」
「……きょーいち……」
「二月振りだっけか? 相当溜めてたんだな、お前」




血気盛んな年頃だろうと思うのだが、それにしては龍麻は淡白な方だろう。
都にいる間は毎晩のように京一の下を訪れるが、それでも毎回褥でまぐわう訳ではない。
顔出しこそ毎日であるものの、京一に琴や三味線を強請ったりで一晩を明かすことも少なくはなかった。

そんな龍麻が此処まで濃い蜜を吐き出すのだから、京一が思っていた以上に、龍麻は色のない生活をしているらしい。




「京一だけだよ、僕は」
「そうかい」




艶街で一度決めた女以外を指名する行為は、浮気と見なされる。
だから男は一人の女に貢ぎ、女は多くの男に見初められる事を己の価値とする。

陰間もそう言った風習がない訳ではないが、京一はその点に置いて気に留めたことがない。
寧ろ自分から離れていってしまえば、面倒な客が一人減るから、自分への心労が軽くなると思っている。
去る者など行く末など知った事ではないのだ。


龍麻は浮気などしないと言ったが、それも京一にとっては真偽もどうでも良い事だ。
都を離れてしまえば────艶街を出てしまえば、京一にはもうその相手の動向など知る由もないから。




「本当だよ」




京一の頬に龍麻の掌が添えられる。
顔を上向けられて、口の中にはまだ不味いものが残っていたが、気にせず舌を覗かせる。

唾液と白濁液とが混ざり合う。




「ん、ぁ……あ…ッ」




龍麻の手が京一の下肢へと下りる。
脚を割り開かせれば、衣の隙間からすらりとした太腿が覗く。
龍麻の掌は数回其処を撫でた後で、秘部へと伸びて行った。




「ッ……!」




龍麻の手が京一の陰茎を包み込み、上下に扱く。
自身で行うよりも強い刺激を感じて、京一は息を呑んで背を仰け反らせた。

迫る快感に京一の躯は抵抗する術を持たず。
良い仲の男女がするように、龍麻の首に腕を回し、縋り付いて甘い声を上げる。




「ん、ぁ…あッ、あ……っは……!」
「僕も京一にしたい。いい?」
「…うあ……ッ!」




背と膝裏に龍麻の腕が差し込まれ、京一の躯は軽々と抱え上げられる。


目隠しの役目として置かれていた、立て板の向こう。
用意されていた敷布に京一を下ろし、着物の衿を開かせると、龍麻は露になった肌に吸い付いた。

小さな痛みに京一の手が逃げを打つように敷布の上で彷徨うと、龍麻の腕がその手首を掴む。
それでも京一は抗うように手首を捻るが、やがて諦めるように敷布に爪を立てた。




「あッ…あ、う…ん…」




甘い吐息を漏らして喘ぐ京一の肌へ、龍麻は幾つも口付けを落として行く。
肩、首、鎖骨、胸────少しずつ少しずつ、下へ下へと。


京一の足首を掴んで、龍麻はその脚を左右へと開かせた。

露になった秘所の陰茎は勃起して膨らんでおり、その下では菊座が刺激を待ち侘びて収縮を繰り返している。
龍麻は誘われるように菊座の形を指でなぞり、京一の雄を口に含んだ。




「あ、ひッ……!」




ぬろりとした生温い感触に、京一の躯が震える。

自分が男へと奉仕した事は何度もあるが、自分がされる事はあまりない。
京一に赦しの言葉を懇願させる為に戒められる事はあったけれど。


龍麻は含んだ京一の雄を、口全体を使って奉仕する。
頭を前後に動かして京一の雄を扱きながら、舌を纏わりつかせて全体を舐め溶かす。

京一の立てた膝がガクガクと震え、爪先を丸めて脚の筋肉が硬直した。




「や、あッ、あッ! ん、はぁあッ…! 龍、麻ァ…ッ」
「ん、ん……ちゅ…んッ…」
「ひんッ、いあッあッ、あッ…!」




強い快感に悶えて頭を左右に振る京一。
龍麻はそれも見ずに、一心不乱に京一への奉仕を続けた。




「…ひッ、んッ! う、んぁ…! あはッ…あッぁん…!」




尖らせた舌先が亀頭の先端を刺激する。
ビクン、ビクン、と京一の躯が跳ね、褥の上で妖しく踊る。


奉仕をそのままに、龍麻の手が京一の臀部を撫で、秘部へと辿り着く。
収縮する穴へと指が侵入すれば、受け入れることに慣らされた躯は抵抗なく異物を飲み込んだ。

肉壁が龍麻の指を締め付け、京一を更なる快楽で苛む。
埋め込んだ指を動かして、絡み突く壁を擦れば、悲鳴にも似た嬌声が京一の喉奥から響いた。




「ひッあッあぁ! んぁ、ひぃん…! や、ふ、ぁあッ!」
「京一……もっと……」
「や、喋……あ、あッあ…!」




もっと────其処から先、龍麻が何を言おうとしたのか、京一には判らない。
他の客ならもっと乱れろとか、声を上げろとか、そんな俗な欲の台詞が出て来るのだろうと思うのだが、この青年には当て嵌まりそうに無い。
そもそもこんな事を突然し始めた理由も、京一には理解できなかった。

奉仕される筈の客が、陰間に奉仕するってのはどうなんだ。
遊女でも影までも、それなりに良い相手が見付かれば、在り得る事なのだろうか。
京一にとっては客は単なる客であり、楼主の言葉を借りれば金の涌く元であり、それ以上には成り得ない。
だから客にとっても自身は単なる陰間の太夫であり、これを抱けば男が上がる程度のものであると。


─────判らない。
この青年も、あの男も、どうしてこんな風に抱くのだろう。

……どうして、世俗の男女がするようなまぐわいをしたがるのだろう。




「っは…あッ、あ……もう…もうッ……出る……ッ」




湧き上がる強い熱が、脳の隋まで犯していくような気がして。
頭の一番深い所を鈍器で殴られているような、そんな痛みがするようで。

それでも躯は動物の本能に忠実で、龍麻の奉仕に合わせて、浮いた腰が意思に反して揺れる。




「あッ、ああッあぁああぁッッ……!!」




一際大きく痙攣を起こして、京一は果てた。

先刻の京一同様に、龍麻は吐き出された白濁液を飲み下す。
京一はその様を見る事もなく、目元を腕で隠し、荒い呼吸をしていた。




躯が熱い。
吐き出したはずなのに、熱い。

何故か。
判っている。
まだ与えられていないからだ─────男根を。


吐き気がする程におぞましい行為でも、繰り返し行われていれば、嫌悪感も麻痺してくる。
だから摩羅を口に含む奉仕も躊躇う事を忘れたし、嘔吐を覚えながらも飲み下す。

そして菊座へと与えられ続けた熱は、京一の躯を芯まで侵し尽くしていた。




龍麻は常の静かな瞳で、褥の上で乱れる太夫を見下ろしていた。


汗の滲んだ肌は熱を持って火照り紅くなり、弛緩した躯は今ならば容易く力に支配されるだろう。
目元から腕が離れれば、茫洋とした瞳が宙を彷徨い、開かれた唇はふるふると戦慄いている。
脚の間からは吐き出された白濁の残りが纏わりつき、股間と敷かれた布を汚している。

吐き出したばかりの京一の陰茎は萎えていたが、その下で菊座は龍麻の指を咥え込んだまま、物欲しげに伸縮する。
目を細めて指を動かせば、ヒクン、と京一の躯が跳ねて甘い声が漏れた。




「あ…っは…ひぃ、ん……んん…ッ」
「京一……」
「…ん……ぅん……」




落ちてきた口付けを、滑り込んできた下を京一は受け入れる。
だが苦い味には眉根が寄った。

京一の咥内を嬲りながら、龍麻の指は悪戯に京一の下肢を苛んだ。
くちゅ、くりゅ、と指を曲げたり掻き回したりと、気紛れに刺激を与える。
その都度、京一の躯は正直な反応を返す。




「んッ、ん、んッ…うぅん…ッ!」
「ん、ふ……」
「ふ、や…あんッ…! んぐ、ふぅ…あッ…!」




龍麻は京一の脚を抱え上げると、自分の肩へとかけさせる。
菊座から指を引き抜き、代わりに己の男根を穴口へと宛がう。

一度濃い蜜液を吐き出した龍麻の陰茎だが、既にその時と同じだけの質量に膨れ上がっている。
京一はそれを見る事はなかったが、先端が穴口を潜った時の圧迫感で判る。
どうやら他の女と寝ていないのは本当らしい、と熱に浮かされながらも、酷く冷めた一部分がぼんやりと考えた。


じゅぷ、ぬぷ、と音を立てて、龍麻の摩羅が京一の菊門の口を何度も出入りする。
浅い刺激と喪失感を繰り返す抽出に、京一はもどかしさを覚えて龍麻の首に縋り付く。




「あッあッ…あひッ…ひ、んん……あぁ、あんッ……あ!」




舌を突き出して喘ぐ様は、先ほど龍麻を絶頂へと追い上げた姿とは似ても似つかない。
この様が、支配欲に駆られる男達にとっては堪らなく悦ばしいのだ。




「も、っと…! もっと、奥、ぅ……! ひ、っあ…!」
「……う……京一…ッ」
「奥、まで……いれ…あぁ……ッ!!」




言葉を最後まで紡ぐ事は出来ず、全身を貫く快感に身を振るわせた。

京一の秘部を最奥まで貫いた龍麻は、京一の呼吸が整うのも待たずに律動を開始する。
激しく腰を打ち付けられ、京一の躯はされるがままに揺さぶられた。




「はッあひッ、あん、あんッ! らめッ、ひいんッ!」
「っは、うッ…、んッ…!」
「深ッ…あ、あう、はぁんッ…! ん、やあ…!」




いつもよりも激しいような気がするのは、京一の思い違いだろうか。
比べる対象が二ヶ月前の記憶では、自分でもろくろく不明瞭だ。

ただ、眉根を寄せて腰を振る龍麻が、随分と長く溜め込んでいたらしい事は知れる。




「んぁッ、あッ! ひゃめッ…激し、いぃッ! いあッ、あッあぁあッあッ!」




自身を収めたまま、龍麻は京一の躯をうつ伏せにさせる。
その刺激にさえ甘い声を上げた京一を、龍麻は上から覆い被さるように犯す。




「あふッあッあん! あう、んぅうッ!」
「京一…ッ、すご…締まってる……ッ」
「あッ、いいッ、そこォッ…! ん、あんッ、はぁんッ…!」




敷布を手繰り寄せて握り、京一は額を敷布に擦り付けて喘ぐ。
貫かれる度に意思とは関係なく腰が跳ね、更なる快感を求めてゆるゆると揺れる。


龍麻の眉根が苦しげに寄せられ、深い皺の谷を作る。
反対に京一の眉間から常の不機嫌の象徴は消え、今はただの快楽の傀儡と化した。

腰を引かれると同時に穿たれて、京一の喉からあられもない嬌声が上がる。




「んぁ、あッ、あひッ、はぅん…!」
「ん……ッく、……出る……ッ…!」




深くを突き上げれば、淫らな肉塊が龍麻の男を強く締め付ける。


龍麻の激しい攻めは、二ヶ月の空白を埋めようとしているかのようだ。
耐えに耐えた欲望の熱を、此処で全て吐き出さんとしているのが京一にも判る。

ならばそれと同じだけ、京一も龍麻を高みへ昇らせる為に、躯をくねらせて。




「あぁッ…! 奥…当たる…ッ! 当たっ、て…ェッ! ひ、んひッ、あひぃッ!」
「京一…きょーいち…ッ……!」




龍麻は京一の肩を掴み、引き起こすと、京一を背中から抱き締めた。
肌が密着した事により更に深く繋がり、京一は躯を震わせる。

龍麻の手が悪戯に京一の躯を滑り、胸の果実を摘む。
クリクリと捏ねて刺激を与えられれば、甘い声が零れ、京一の身が逃げを打つように捩られる。
しかしその身が支配者から逃れることはなく、与えられる快楽に従順に鳴くばかりで。




「あッ、あうッ…! ん、や、乳首…ッ…あぁあ…!!」




悩ましげな声を上げて、京一は乳首を攻める龍麻の手を掴む。
その手にはろくな力など入っておらず、ただ添えられただけに過ぎなかった。

抱き寄せた京一の耳元に唇を寄せ、龍麻は耳朶に舌を這わせた。
ぬるりと生温い感触と、ぴちゃりと言う湿った音に鼓膜を犯され、京一は天を仰ぐ。
露になった喉を龍麻の指が遊ぶ。




「はぁッはッ、あッ、あッ! らめ、息がぁッ……あぁ!」
「きょーいち……」
「ら、め、ひぅうッ! あふッ、はん、ふぁあ…、あ、あ、あッ!」




鼓膜と喉を弄びながら、龍麻は律動を止めない。
喉を遊ぶ指はきまぐれに場所を変え、鎖骨や乳首も攻める。

あらゆる場所を犯されて、京一は全身が性器になったような気がして、思考は既に正常な機能を放棄した。
このまま激しい快楽に流されてしまえば、全てを忘れられるような気がしてならない。
─────終われば、直ぐにこの熱も引いてしまうのだと、判ってはいるけれど。




「きょーいち…もう……ッ」
「あッ、あひッ、ひぁああああッ……!!」




限界、と小さく呟く声が聞こえた直後に、京一の胎内に蜜液が注がれる。

溢れる程に流し込まれる熱。
内臓まで犯される感覚に、京一も我知らず吐精する。
受け皿のない白濁は敷布に濃い沁みを作った。




「あッ…あッ…、んぁ…はぁん……ッ…」




ドクリ、と全ての熱を出し切って、龍麻の雄がゆっくりと穴から抜ける。
物惜しげに陰茎に纏わりつく肉壁が擦れる快感に、京一は敷布に伏せ落ちて腰を振るわせた。


射精したばかりの龍麻の雄は、先端から名残のように白濁を漏らしている。
若い躯である上に、二ヶ月の我慢を強いられた龍麻の男の欲望は、一度や二度吐き出して収まるものではなかった。
数回扱けば直ぐに亀頭は三度持ち上がる。

その様を肩越しに視界の隅に捉えて、京一は薄く笑む。
どう見ても淡白そうな男が、同じ男にこんなにも欲情する様が、なんだか酷く滑稽だ。
そんな男に組み敷かれて貫かれ、果てて尚更なる熱を求める自分も、また。




「京一……」




伏した京一の耳元に顔を近付けて、吐息がかかる距離で名を呼ぶ龍麻。

先程同じようにして耳を犯されたばかりである。
一つ覚えのように再び湧き上がる熱衝動に、京一は逆らう術を持たない。



龍麻の腕の下から抜け出すと、京一は菊座に指を当てて穴を広げて見せた。





「ほら、…・・もっと…なァ……?」





艶を宿した瞳を細め、獣の衝動に駆り立てられる男を嘲笑う顔で。
自らを差し出し、喰らわせ、淫靡な情動を誘う雌に、群がる男達の行く末など、雌の知る事ではない。









今はただ、この何も生まない、意味のない行為を愉しめば良い。

所詮一夜の睦言遊びに過ぎないのだから。














比較的友好的な風ではあるけれど、何処かで冷めてる京一。
行為の最中も、頭の一部が凍りついたように客観視して、これが自分を苦しめる結果になっているけれど、自分自身では気付けない。そういう部分も含めて、麻痺している。