其ノ漆








若い躯の欲望は、中々留まる所まで行き着くことがない。
散々組み敷かれて貫かれて、時間を告げる線香が終になった頃には、京一は無論の事、龍麻も同様に疲れ果てていた。

乱れた褥の中で肌を重ね合い、その身を絡ませ合ったまま、静かな室の中に二人分の呼気だけが嫌と言うほどに反響する。
熱に蕩けた京一の菊座からは、何度吐き出されたのか判らない程の大量の白濁液が溢れ出していた。


ゆっくりと龍麻が起き上がる。
その下で京一は茫洋とした眼で天井を仰ぎ、薄い胸板を上下に動かしてただ無心に呼吸を繰り返す。
艶の篭った呼気の零れる唇は赤く熟れ、龍麻は吸い込まれるように其処に己の唇を重ねた。




「んッ…ん、ぅ……」
「ん……きょーいち…」




……龍麻は、何かと名を呼んでくる。
行為の最中に何度も何度も呼んでいるのを、京一は辛うじて聞いていた。
だから龍麻との性行為に限っては、京一も時折、彼の名を呼んでやる。

呼ぶ事が好きらしい彼は、呼ばれる事も好きらしい。
京一がその名を紡ぐ度に、龍麻は興奮するように京一の内部に熱を穿ち、嬉しそうに口付けを降らせるのである。



名前がそんなに重要かね、と京一は接吻を感受しながらぼんやりと思う。
京一にとって名と言うものは単なる固体識別の為の記号であり、その上に更に被る役職等があれば、尚の事意味を成さないものだった。

龍麻がこんなにも何執着する理由が、京一にはまるで判らない。
それは────己を呼んで欲しいと思う人間がいないからだろうか。
固体識別で完全に他とは区別された、個の人格として認めて欲しいと思った事がないからか。


龍麻は、京一を個として認識しているのだろうか。
ならば龍麻は、京一にも己を個として認識して欲しいと思っているのだろうか。
だから繰り返し繰り返し、名を呼ぶのだろうか。


京一には判らない事ばかりだ、そして興味のない事ばかりだった。



徐々に深くなる口付けに、火照りを残した躯が疼き出す。
受け流すように身を捩れば、衣擦れの小さな音がして、龍麻の鼓膜を刺激した。




「京一……」
「……ッ……」




龍麻の唇が、京一の唇から下へ、喉へと降りていく。
そのまま鎖骨まで降りて行くと、ゆっくりと浮き上がった骨の形を舌でなぞった。
殺した吐息が隙間から漏れて、京一の肩が薄く震える。


行為そのものに及ぼうとする様子はないが、離れ難いとでも言うかのように、龍麻は京一の肌に手を滑らせる。
鎖骨を舐め、項に指を遊ばせ、背筋を指先でつぅとなぞり、それによって跳ねる躯の有様をその目で楽しんでいる。

欲望の蜜液で汚れた太腿に、少年の凹凸のある手が滑る。
京一の中心部の傍を右往左往とする様は、熱に浮かされた躯にとってみれば、還って拷問に近かった。
更なる快楽を求めるように京一の腰が揺れ、酷使されて萎えた筈の陰茎がまた頭を持ち上げようとする。



浅ましい躯だ。
汚らわしい躯。

こんな躯に溺れる男達の、なんと愚か。




「京一、綺麗」
「あッ……!」




つ、と龍麻の指先が京一の菊座を掠める。
ぞくりとしたものが背中を駆けて、京一の背が仰け反った。

が、それ以上の行為はなく、程なく龍麻の手は離れて行く。


覆いかぶさるものが消えて、京一は起き上がると、手早く乱れた着物を調えた。
緩んだ帯を一度完全に解き、袷を重ねて、雑多に帯を結び直す。



ごろりと龍麻が乱れた蒲団に転がる。
端に寄った転がり方を見れば、彼が何を促しているのか、言葉なくても予想がついた。
しかし京一がそれに応える事はなく、火鉢へと歩み寄ると、其処へ腰を落ち着ける。

龍麻が寝返りを打って、その頭が京一へと向けられた。
不満そうな色はない、いつもの女受けするだろう幼さを残す双眸は、何を思うでもなくじっと京一を捉えている。


静かな蒼い瞳を放置して、京一は火鉢に乗せていた煙管に火種を落とした。




「京一って、煙管が似合うね」
「そうかい」




そりゃあどうも。
おざなりな感謝の言葉に、龍麻はいいなぁ、と呟いた。




「僕は似合わないんだって」
「ああ、似合わねェだろうな」
「僕も吸ってみたいのに」
「二十年早ェ」
「せめて十年にしてよ」




酷いな、と龍麻は呟いたが、その表情は笑みに象られている。


煙管の似合う似合わないに資格がある訳ではないが、京一にはどうも、この温和な顔立ちの少年が煙管を吸う映像が頭に浮かばない。
鼈甲飴でも舐めている方が性に合っているだろうと、此方は簡単に想像がついたのだが。

嗜みだの粋だのと言う言葉は、どうにも龍麻と結び付かない。
小洒落た柄の着物を纏い、ひょいひょいと軽い足取りで煙管片手に廓に通い詰めでもするのだろうか。
それはこの少年ではなく、何を考えているのか判らないあの男のする事だ、と京一は煙を吐き出して思う。



煙管に溜まった灰を火鉢に打ち付けて落とす。
カン、と固く高い音が響いた。




「明日も来る気か」
「うん」




根無し草の龍麻は、この町に来ると決まって毎晩のように廓に足を運ぶ。
指名するのは決まって京一のみ、他には見向きもしなかった。


金払いも良いし、この少年が来ている間、この伎楼────否、京一は稼ぎ時であると言って良いだろう。
楼主もよくよく考えれば、正体の明るくは無い少年の来訪を、去った先から待ち詫びている事がある。
下手に金払いを渋る幕僚と比べずとも、龍麻は上客の部類に入る。

太夫である京一の一晩の金額は、到底、一般人には手の届かない額になる。
京一とて明確に理解している訳ではないが、自分についた客の顔と役職を思えば、そういうものなのだろうと把握出来た。

そんな中に数ヶ月に一度、長くて一週間は留まる少年の懐は、一体どうして貯めて来られるのだか。
見た限りでは散財する趣味はなさそうだが、ならばこの一週間の為だけに方々に散って金を稼いでいるのかと思うと、なんと言う物好きだろうと京一は思わずにはいられない。



龍麻は、虫も殺さないような顔をしている。
これで案外図太い神経しているのかもな、と京一はくゆる紫煙を見送って胸中で呟いた。




(ま、どうでもいいこった)




此処に落ちてくる金の出所など、京一にはどうでも良い。

汚い金だろうが綺麗な金だろうが、金は金だ。
そして自分は金で買われて躯を差し出す陰間。
それらが明白であれば、後はどう変わろうと意味はない。


……先程から、“どうでも良い事”を延々と考える事を繰り返しているような気がする。
暇を持て余しているのだろう、と自分自身を分析してみた。
これも暇な時に繰り返している事だ。



冷えた足先を空いている手で摩り、何度目か知れず、煙を吐き出す。
煙は高い天井へと届くこともなく、中ほどに到達する前に空気に滲んで見えなくなった。

特に意味もなくその様子を眺めていると、ねぇ、と龍麻が声をかけて来た。
頭を上へと向けたまま、視線だけを向けてみる。




「明日は三味線、聞かせてよ」




座敷の隅に立て掛けられている、一本の三味線。
使い古されたと判るそれを前回鳴らしたのがいつであったのか、京一にはもう思い出せない。
興味が無いからだ。




「お前、別に唄なんぞ興味ねェんだろ」
「うん。でも京一のなら聞きたい」




真っ直ぐに此方を見詰めて、龍麻は言った。



禿として教育されている間に、三味線の鳴らし方は覚えたし、唄も覚えさせられた。
面倒臭くて嫌いな教養事ではあるが、何十回何百回と繰り返されれば、嫌でも刻み付けられる。
その教養の最中、偉そうに師事する何某とか言う唄師を殴り飛ばしたのは、今では良い思い出だ。

そうして覚えた三味線や琴の音は、京一にはどうだか判らないが、客を喜ばせる道具には確かに十分だった。
師事した唄師は、京一としてはいけ好かない人間であったが、腕は確かなものだったらしい。


龍麻はそんな京一の三味線を気に入っている客の一人だ。

しかし龍麻個人は特別京一の三味線を上手いと思って聴いている訳ではないらしい。
なんでも、京一が鳴らす三味線だから、京一が詠う唄だから聴きたいのだと言う。

……全く意味が判らない。


だが、三味線を弾く事は面倒でも、まぐわい合うよりはずっと疲れなくて楽なのは確かだ。




「明日、ねェ。何刻だ」
「京一の時間が空いてる時がいい」




龍麻のその言葉は、明日が三味線のみを聞いて帰るつもりではない事を言外に告げている。
ゆっくりと弦の音色と唄を聞いた後で、明日もまた褥に入りたいと。

京一は煙管の煙を吐き出して、言った。




「だったらジジィに聞いて行け。オレの知った事じゃねェ」




毎回決まった刻限に来る客は覚えているが、それも毎日ではない。
その決まった客が月に何度来て、何日に来るかなど、日付感覚も曖昧な京一には覚えようのない事だった。



そろそろ煙のなくなってきた煙管をひっくり返した状態で火鉢に置く。
立ち上がって裾を引きずって蒲団へと近付けば、龍麻がその身を蒲団の端へと持って行く。
空いた隙間に横になると、直ぐに男の腕が伸びて来て、京一の躯を抱き寄せた。

ぐ、と中心部を腿に押し付けられれば、其処が固くなっている事が嫌でも感じられる。
発情期の猫か犬のようだと、京一は醒めた眼で擦り寄る少年を見下ろして思った。


平らな胸に寄せられた頭を抱き込むように腕を回せば、満足そうに頬を寄せられたのが判る。




「……ッ…」




前髪が肌の上をくすぐって、それだけで京一の躯は反応を示してしまう。
それを見越してか気付いたか、龍麻は直ぐ目の前にある京一の胸に舌を這わせた。




「……っは…!」
「……きょーいち」




舌足らずな呼び方で名を呼ばれる。




「んッ…龍、麻……ッ」




呼び返してやれば、喜ぶようにまた舌が這う。
丹念に丹念に舐められて、京一の瞳にはまた熱が篭り始めていた。
京一の胸に顔を埋める龍麻に、そんな様は判らない筈なのだけれど、龍麻は更に熱を煽るように京一の胸の頂に歯を立てた。





「あッ…!」
「ん……はむ…」
「ふぁッ…あッ、あ…!」




龍麻の頭を抱く京一の腕に力が篭る。
窒息させようとしているようにも見えて、同時に更なる刺激を求めているようにも見えた。

龍麻は後者と捉えて、背に回していた手を二人の体の間に割り込ませると、反対の果実も指で摘んで捏ね回す。




「あッ、あッ、ふぁッ…! んん…!」
「あのね、京一」
「ふぅんッ…!」




喋ると吐息が熱に篭り、不規則に歯の先端が掠めて、悪戯に躯に緊張が走る。
そうして固くなった乳首を更に指先で捏ねながら、龍麻は続けた。




「線香、あと一本分残ってるんだ」
「んッ、あッあッ…! ふ、うぅん……」
「さっき火をつけたから」




龍麻の言葉に閉じていた片目を持ち上げて、枕元にある線香立てを見遣る。
燃え尽きて後一寸と言う程度もない線香の横に、真新しい長い線香が立てられ、ゆっくりと煙を揺らせていた。


襦袢の裾を捲り上げて、龍麻の手が京一の中心部へと伸びる。
胸部への刺激から勃ち上がりつつあった其処を手の平全体で包むと、性急に扱き上げる。
びくびくと京一の躯が跳ね、甘い声が上がった。

完全に勃起した京一の陰茎に、龍麻は自身も裾を捲り上げて、己の陰茎を擦り合わせる。
脈打つ二つの男の象徴を手の中に包み込むと、龍麻は二本同時に上下に扱き始めた。




「あッあッ、うあッ…んんんッ!」
「は……京一ッ……」




身悶えて躯を捩らせる京一。
その肩を押して褥に縫い付けると、龍麻は京一の上へと再び覆い被さった。

乱雑に結び直した帯がまた緩んで撓み、裾が広がり、京一の白い脚が外気に晒される。




「だから京一、もう一回しよう」




もう一回、なんて嘘だ。
でも判り易い誘い文句。
そして、京一に選択肢がある訳がなく。

京一は薄い笑みを梳いて、男の望むまま、脚を開いてその欲望を招き入れた。




















意識を飛ばしたのが何度目の事であったのか、判然とはしなかった。
しかし思いの他回数は重ねていなかったようで、目覚めた折に、丁度線香の火が潰えた所だった。



起き上がって辺りを見回せば、直ぐ傍ら────己が身を預けていた直ぐ横に男の姿があった。
いつも眠そうな印象のある双眸を閉じて、穏やかな寝息を立てている。

細めた眦で眠る龍麻を見下ろしていると、その容貌に違わず、彼の頬が案外と丸い事に初めて気付く。
何故だか妙な悪戯心が沸いて出て、京一は眠る龍麻の頬を抓ってやった。
うー、と意味のない声が漏れたが、龍麻は目覚める様子もなければ、抓る京一の手を振り払おうともしない。


そのまま何度か引っ張っては放し、放しては抓りを繰り返していた時だ。
障子戸に移り込んだ小さな影を見付けて、京一は褥を立った。

緩んだ袷を再度重ねるのが面倒で、そのままの格好で障子戸を開ける。
自分の腰程のおおきさの少年が俯き加減で立ち尽くし、居心地が悪そうな表情を浮かべている。
草汰であった。




「刻限か」




端的に京一が問えば、草汰は視線を彷徨わせながら頷いた。
それから直ぐに視線を逸らして、京一は障子戸を開けたまま、男の眠る蒲団へと歩み寄る。




「起きろ、龍麻」
「ん……」




頭を蹴飛ばしてやると、わぁ、と言う声が背中に聞こえた。
あまりにぞんざいな扱いに驚いた草汰の声だったが、京一は気に留めない。

ぐりぐりと頭部を踏んで捏ねてやると、数分経ってようやく龍麻の瞼が持ち上がる。




「んー……」
「刻限だとよ」
「うん」




京一の言葉に素直に頷いて、龍麻は蒲団を這い出た。

京一よりかは撓んではいない、しかし同様に緩んでいる帯を解きながら、龍麻は立ち上がる。
夜に似た色をした髪と同様の、漆色を基調とした着物に袖を通して、手早く腰紐を締めた。



京一は火鉢の傍に腰を下ろし、煙管に新しい火種を落としていた。
客のする事に手を出そうと言う気はまるでなく、それよりも躯の重みが京一を苛む。

龍麻との行為は妙な趣向の類はないのだが、体力的に単純に疲れる。
他の町に行っても誰も抱かないと言う言葉が真実味を帯びるのが、一度の行為の中での濃厚さだった。
何度吐き出しても終わる事を知らないかのように、絶倫と呼んで良いだろう性欲で京一に覆い被さるのである。
これを一刻と相手をするだけで、京一の疲労はかなりのものになる。


まぁ、明日からはもう少し大人しくなるだろう。
散々まぐわいあった事を鑑みて、京一はそう予想した。



衣擦れの音が止んだ後に、京一は肩を引かれた。
逆らわずに後ろへと傾けば、見た目の優しさに反して逞しい胸に寄りかかる事になる。




「好きだよ、京一」




囁いた直後に、口付けが落ちて来る。
京一は細めた瞳で、間近にある少年の顔を眺めていた。

ちゅく、と咥内で龍麻の舌が踊り、京一のそれと絡まり合う。
されるがままに好きにさせた。




「ん…んッ…」
「ふ……」




煙を吐き出したばかりであった事を少し悔やんだ。
意味は無い、単に揶揄ってやりたくなっただけだ。

煙管を吸ってみたいと言いながら、龍麻はその煙だけで直ぐに咽る。
その様を笑ってやりたかっただけ。


下がっていった舌を追うように、今度は京一の方から龍麻へと舌を伸ばしてやる。
狭い咥内で追いかけっこをするように二つの舌が踊って、飲み込めなかった唾液が口端を伝って零れた。



遊びにしては濃厚な、本気を混じらせるには熱の足りない唇だけの情交。
いつまでも続きそうな過ぎた悪戯を終わらせたのは、空いた障子戸の隙間から聞こえた、床の鳴る音だった。




「あ」




唇を離して、其方を見た龍麻が漏らした一文字。
京一もああ忘れてた、と其処に立っていた存在を思い出した。

真っ赤になって立ち尽くす草汰の姿があった。




「初めて見るね」
「ああ」




立ち上がった龍麻に倣い、京一も煙管を火鉢に戻して腰を上げた。




「この間ついたばかりだからな。────おい、草汰」
「はッ、はいッ」




端的な説明をしてから子供の名を呼ぶ。
草汰は大袈裟に全身を緊張させて、ぴしりと背筋を伸ばして返事をした。




「ジジィに明日のオレの予定聞いて来い。こいつ────龍麻が明日も来るそうだ。適当に空いてる時間を見繕え」
「え、あ、……は、……」
「判らねェなら一度雪路に聞いて来い」
「は、はい」




龍麻と口付け遊んでいた時の色香は、既にない。
しかし幼く免疫のない草汰は、先刻までの濃厚な口付けの場面が頭から離れないのだろう。
赤い顔で視線を右往左往と彷徨わせながら、頭を下げて駆け足で座敷を離れて行った。


龍麻は財布諸々のみが入っているのだろう、小さな巾着を腰に結んで、これで店を出る準備は出来た。
京一も最低限、袷だけを整えて、廊下へと繋がる障子戸を開ける。

奥座敷になっている部屋を出て廊下を歩いていれば、他の座敷から笑い声やら喘ぎ声やらが聞こえてくる。
その中に幾つか、気の触れたような男の声と、泣き叫ぶ少年の高い声があった。
今日が始めての水揚げだったのだろうに、妙な奴に気に入られたな、と京一は耳障りの声の止まない座敷を通って思う。



此処には、まともな人間の方が少ない。
他者にとってはどうだか知らないが、京一にとってはそうだ。

そんな中で一層気の触れた者に好かれてしまったら、後は泥沼に落ちて、糸の切れた傀儡になる方が幸福だ。
…自分はそうして気が触れる事すらも、忘れてしまっている。
これも幸運と呼んで良いのかは、京一には判然としない。


あと四月もすれば、自分についている子供も一人、ああして泣き叫ぶようになるのだろうか。
いつだったか己も通り過ぎた痛みを不意に思い出して、薄い吐き気を覚えた。




「京一?」




立ち止まって俯いた京一に気付いて、龍麻が振り返る。
来た道を戻って、頭を垂れた京一の顔を覗き込もうとする。




「僕、無理させたかな」
「……いいや。愉しかったぜ?」





覗き込んできて眉尻を下げて問いかける龍麻に、京一は笑みを梳いた顔を上げて応えてやる。




「そう?」
「ああ」
「うん」




じゃあ、良かった。
薄らとした笑みを浮かべて、龍麻が言った。


また背中を向けて歩き出した龍麻を、京一はぼんやりと眺める。



……広い肩だ。

背丈は京一と然程変わらなかったと思うのだが、体躯は頑丈に鍛えられている。
何を食ったらこんな風になるのか、京一には判らない。


何気なく自分の右手を左肩へと回して乗せてみれば、自分でも思っている以上に薄い肩があった。
其処が病的な程、人形のように白い事を自覚している。

女のように丸みのある躯でもない、女のように傅くでもない、けれども女のような声は上がる。
この奇妙な倒錯感が、この陰間茶屋へと通う男達にとっては好ましいものらしい。
全く、物好きの多い世の中だと京一は思う。


目の前の広い肩を持つ少年も、その物好きの内の一人だ。
これで本当に他の誰も───女すらも抱いていないと言うのなら、物好き中の物好きではないだろうか。




自分につく客にまともな者はいない。
そう思ってから、ああオレが一番まともじゃなかった、と京一は胸中で嘯いた。




曲がり角でぱたぱたと足音がして、草汰に連れられて雪路が此方へと駆け寄って来た。




「楼主さんに伺って参りました。明日、亥の刻にお待ちしております」
「……だとよ」




深く頭を下げて述べた雪路と、倣って頭を下げる草汰。
それから隣へと視線を向けて、京一は龍麻に短く告げた。




「うん。じゃあ、明日」
「ああ」




名残を刻むように、龍麻の唇が頬に寄せられた。
それを甘んじて受けてやれば、満足そうに離れた龍麻の口元が笑みに象られる。








明日も、明後日も、その次も。
恐らくこの遣り取りは何度と無く繰り返されるだろう。

この温和な顔立ちの少年が、極彩色の甘美な夢を欲しがっている間は、永久に。



物好きだ、とまるで友人のように手を振って別れを告げる少年を見送って、思った。












懐いた振りもしない、毛並みだけが綺麗な猫。
もう何年も飼い殺されて、囁かれる言葉全てが塵同然。