其ノ鉢








つくづく、妙な奴にばかり気に入られている。
それは何を考えているのか判らない男であったり、根無し草で正体のはっきりとしない青年であったり。
お稚児趣味の楼主であったり、変態的趣向ばかりを好む腹の肥えた爺であったりする。



今日はお得意の来る日だから、機嫌を損ねぬようにと楼主から口酸っぱく言われた。
が、それを聞いていたのは、雪路とその隣で固くなっていた草汰だった。
最も忠告された筈の自分はと言えば、草の切れた煙管を指先で弄んでいただけだ。

相手の機嫌を伺うとか、楼主の逐一の忠告や口煩い言葉は、京一にはまるで関係のない事だ。
落とす金が幾らであるかもどうでも良い京一にとって、お得意も不得意も、どちらも大して変わりのない事である。
後で楼主に折檻されると言うなら、された分だけその背を蹴り飛ばしてやるだけだ。

そうした気の強さと生意気さが、京一が陰間として売られ始めた当初からの売りとも言えた。


……だから余計に、奇妙な輩にしか好かれないのだろう。


通常、陰間は女のようにたおやかな、雪路のような大人しい者が気に入られる。
まるで用心棒のように気性の荒い京一を気に入る要素は、本来ならばないと言って良い。

しかし、捨てる者あれば拾う者あるとでも言うのか。
たおやかで女のように傅き、倒錯的な色香を醸し出す美少年などでは物足りない、趣向の凝った人間は、こぞって京一を選んだ。
上に行くほどに被虐的な趣味が育まれるのか、そう言った輩の殆どはそれなりの地位と金を持っていた。
他はどうであるか知らないが、少なくとも、京一が知っている男とはそういうものであった。

あまりにも酷い扱いをすれば、陰間の方が壊れる。
そうなっては伎楼にとって損しかない、だから普通はそういった客は締め出しを食らう事が多い。
そんな彼らにとって、どれだけ乱暴に扱おうとも壊れることのない京一は、格好の相手だった。



お陰で京一は廓内では有名な陰間太夫となった。

客が京一の態度の悪さに辟易とするか、単純に飽きるかしなければ、客は早々簡単には離れない。
上等の客が多い事から、稼ぐ金額も他を悠に凌ぐ。


その中で最も高値を出すのが、この地を治める藩の老中であった。




客よりも先に座敷で待つと言うのは、どうにも好きではなかった。
三つ指揃えて頭を下げ、何をするでもなく、客が来るまで延々とその姿勢でいなければならないからだ。
誰も迎えたくもないのに。


そうした姿勢のままで動かない京一の隣には、同じように頭を下げている草汰がいる。
煌びやかに緋色と金糸であしらわれ、金色の簪を挿した京一とは正反対に、草汰は白無地の四身の小袖を着ていた。

微動だにしない京一の傍で、草汰は判り易く緊張していた。
誤魔化すように皸のある手を握り開きを繰り返している。
それについて京一が何某か言を取る事はなく、彼はただ沈黙し、前方の襖が開けられるまで待機する。



足音がして、草汰が判り易く息を呑んだ。
京一は眦一つとして動かさない。


襖を開ける音がして、京一が一度深く頭を下げた。
所作だけは洗練されている。
隣の草汰はガチガチに固い動きで、それでもなんとか京一に倣った。

ゆっくりと面を上げれば、皺の深い、皮膚の垂れた白髪老人が立っている。
身形羽振りは大したもので、上質の羽織と腰に据えた刀の金色の柄巻で、老人が大層な役職である事が感じ取れた。




「……ようこそお越し下さいました、老中様」




形式通りの挨拶をした京一の横から、え、と言う驚いた声が零れた。
草汰である。

老中と呼んだ白髪の老人は、手にしていた扇子を開いて仰ぎ、上機嫌に笑う。




「おお、おお。何時見ても美人よの」
「…ありがとうございます」




目を伏せて頭を垂れる京一に、草汰も真似て頭を下げる。


老中が座敷へと上がると、その後ろからもう一人の男が現れた。
此方は京一も見覚えのない男だ。

判り易く眉間に皺を寄せた京一を見て、老中はにやにやと笑みを浮かべ、




「お前もそろそろ飽いた頃ではないかと思うてな。ちぃとは趣向を変えた方が良かろうて」
「………あんたが飽きただけだろうが」
「─────貴様!」




侮蔑の眼差しで老中を見て言えば、その無礼振りに、連れられた男が腰の刀に手を伸ばす。
草汰がビクリと躯を固くした────が、男の直ぐ傍に控えている雪路は目を伏せたまま、戦く事もしない。
こんな事は京一の傍にいる者にとって日常茶飯事だ。

今にも切りかかろうとする男を制したのは、老中だ。




「よいよい。ふふ、相変わらずの気位よの。気持ちが良いわ」
「そうかい。じゃあとっととそいつ下がらせてくれるか。オレは今まで通りでいいんだぜ」




お前の変態趣味に付き合う気はない。
暗にそう告げているのだが、鈍いのか無視しているのか、老中は構わず座敷に腰を下ろした。
それに促されて、連れの男も老中の斜め後ろへと控えて座す。


廊下で控えていた雪路が、運ばれてきた膳を持って座敷へと上がる。
一人分の杯と銚子が数本、摘める程度の食べ物が揃えられていた。

老中の前にそれを静かに置くと、雪路は京一の傍らで固くなっている草汰の下へ行き、




「行くよ、草汰」
「え、あ……」




手首を捉えて、促されるままに草汰が立ち上がる。
そのまま廊下へと出て行こうとする二人を、老中が呼び止めた。




「これこれ、待たぬか。そう急くな」
「……ありがとう御座います。ですが、私共には言い付けられた仕事が御座いますので」
「忘八ならば儂から口添えしてやろう」




忘八、とは楼主の事だ。
名ではない、廓内で色事の店を経営する人間を総称して呼ぶ形である。


近う寄れ、と扇子で招く老中に、雪路はどうしたものかと当惑して立ち尽くした。
このまま此処に残っていても良い事があるとは思えない、客は確かに喜ぶかも知れないけれど。
老中の機嫌を損ねる訳にも行かず、かと言って言い付けられた仕事を放り出す訳にも行かず、雪路は愛想笑いを浮かべて佇む。

そんな雪路に手を引かれたまま、草汰は泣き出しそうな顔をして、雪路の陰に隠れるように身を寄せる。
招く老中の腫れぼったい瞼の奥で、黒々とした眼におぞましさがあった。



衣擦れの音がして老中が振り返れば、京一が四這いで己の眼前に迫っていた。




「随分と雪路に御執心のようだなァ、老中様?」
「んん? おほほッ」




帯を緩めて袷を開き、薄い胸元を覘かせる京一。
そうして眦を細めてうっそりと笑む、その色香は壮絶の一言に尽きる。




「あんたの気持ちは判らんでもないが、生憎、雪路はまだ客を取ってねェよ」
「だがそろそろであろ? 先立って儂が教えてやろうと思うてな」
「そんでオレはほったらかしかい? それとも、其処の仏頂面とまぐわえって? 勘弁しろよ、あんな真顔で春画見て鼻血拭きそうな堅物と好くなれる訳ねェだろ」




何より、あんな変態趣味に雪路を付き合わせる訳にはいかない。
直ぐに壊れてしまうのが目に見えている。
まだ幼い草汰に至っては、見ただけで生涯の傷になりそうだ。

─────それで壊れなかったから、この老中は京一を気に入っている。


老中の膝上に乗り上げて首を伸ばし、老中の顎鬚の付け根を舐める。
……臭い。




「なんじゃ、妬いておるのか。存外と可愛い奴よの」




どうしたらそんな結論に行き着くのか、京一には判らない。

顎を捉えて口付けられる。
老人独特の匂いが鼻を突いて、京一は顔を顰めた。


着物の袷から皺だらけの骨が浮いた手が滑り込み、胸の頂を摘む。
ぴくりと京一の肩が震えて、むふ、とくぐもった笑い声が眼前の老人から聞こえた。

くりくりと先端を刺激されて、京一の躯が小刻みに跳ねる。




「んッ、んッ…ふ……ふぅ、んッ…!」




ちゅく、ちゅる、と咥内で舌が交わり、吸われる音がする。
離れた時には銀糸が舌の上でぬらりと光った。
それでも、老人の手は指は、京一の胸部でいやらしく遊ぶ。




「あッ、ん…あッ、あ…!」
「安心せい、儂はお前だけじゃて。お前の躯が一番じゃ」
「うぅんッ……!」




きゅう、頂を強く摘み引っ張られて、京一の口が耐えるように真一文字に噤む。


ようやっと手が離れた時には、京一の躯は火照り、弄られた先端はじんじんとした痛みと快感を残す。
熱の篭った呼吸と眼差しで天井を仰ぐ姿に、老中の欲望が鎌首をもたげて行く。

老中が控えている男に一瞥をすると、男がすっくと立ち上がった。
主に凭れ掛かって呼吸する京一の背後に回り、両の腕を取って背中に持って行き押し付ける。
そうして懐から赤染めの縄を取り出すと、慣れた手付きで京一の腕を交差して縛る。




「たゆ、」
「おいで」




何をするのかと言おうとしたのだろう。
目を丸くして京一を呼ぼうとした草汰を、雪路が強引に手を引いて襖を開けて廊下へと出る。
律儀に一度頭を下げた後で、襖を閉じ、二つ分の足音が急くように座敷を離れて行った。


ぎ、と背中で腕の骨が軋みを上げる。
京一の顔が痛みから苦悶に歪み、老中はそれを見下ろして薄い笑みを浮かべていた。

男は京一の表情や身動ぎなど気にもせず、淡々と仕事をこなす。




「うぁッ……!」
「動くな」
「…っざけ…んなッ……!」




縛り上げる男の力は容赦などなく、骨が筋肉が何度も悲鳴を上げる。
それだけの莫迦力で締め上げているにも関わらず、男はまるで表情を変えていなかった。




「道上(みちのうえ)は、元は緊縛師でなァ。実に上手い」
「んん…ッ」




耳元で囁き、耳朶を食んで老中は言う。




「しかし力加減が出来んとな。どうにも強く締める癖がある。だが、お主にはこの方が良かろうと思うてな。連れて参ってやった」
「…あッ! い…痛…ッ……!」
「おう、おう。実に良い反応をするわ。どれ、もっと近くで顔を見せい」




痛みを耐えるように俯けていた、頭。
それを顎を垂れて、上向かせられる。



締め付けの痛みと、身動き出来なくなる拘束感に、京一は眉根を寄せて息を詰めていた。

その背中では男が京一の方足を持ち上げ膝を折り背で縛った腕から縄を伸ばして、膝に結わえ付ける。
方膝を立てた格好に、着物が捲れ、守るもののない秘部が露にされる。
更には乱暴な手付きで後ろ襟を引っ張って下ろし、老中の前に晒された胸にも縄を回した。
腕を巻き込んで前で瘤を作ると、縄は首を巡ってもう一度前へ回り、下へ下へと降りて行く。
中心部に辿り着くと、縄は京一の陰茎の根を縛り、股間を通ってまた背中の腕へと括り付けられた。


縄が皮膚を擦れる度に、京一の躯は反応し、赤く熟れた唇から悩ましげな声が零れる。
こう言った趣向の為に処理を施されているのだろう縄は、決して京一の肌そのものを痛める事はなかった。

いっその事本当に荒縄だっただら、痛みしかないのに。
こんな趣向に悦ぶ躯が恨めしい、それでも壊れない自分の脳が憎い。
その様を見て充足に嗤う男達が、おぞましくて仕方がない。




「ああッ、あッ、あ……!」




拘束された痛みに逃れようと腕を捻ろうと試みれば、股間を通る縄があらぬ場所に食い込む。
躯はそれを明らかに悦んでいて、吐き気を催す喉に反して、ゆらゆらと腰が揺れる。




「やはりお主には赤が似合う、儂の見立ては正解だの」
「んぁッ…! あ、ふ……ぅん…ッ」




唇を皺枯れた指がなぞり、薄らと開いた其処から内側へと潜り込む。
京一は促されるまま、皺だらけの据えた匂いのする指を舐めしゃぶった。

が、それは五分と続かず、老人の指は一方的に咥内から出て行った。





「あッ、…あ……」





追い縋るように舌を伸ばし、朦朧とした眼で見上げる京一。
誘い強請っているような様は、老中の欲望を更に煽る。

京一の後ろで沈黙する男に老中が目を向けると、数瞬の間の後、京一の菊座にぬるりとしたものが滑った。




「んぁッ…何…─────ひぃううんッ!!」




肩越しに正体を見る暇も与えられず、その滑ったものは京一の菊門を押し潜った。
構えていなかった事もあり、京一は目を見開いて悲鳴を上げた。

痛みがあったのは一瞬だけ。
ぬるぬるとしたそれが軟膏の類だと判った時には、喉からは既に甘い音が漏れていた。




「あッ、んんッ…う、ふぅッ……!」




冷たかった軟膏が、京一の内部の熱とて温まり、溶けていく。
融解しつつあるそれを、男の指が肉壁に擦り込ませる様に塗り付けて行く。

ぐりゅ、指先が何度も何度も角度を変えて、京一の肉壁を刺激する。
指先で突き上げるように壁を広げられ、敏感な箇所は特に念入りに擦り付けられた。
ぞくぞくとした感覚が京一の躯を駆け上っていく。




「ふぁッ、あッあッあッ…あぁ……ッ」




京一の肉棒が硬質化して行き、頭を上へと持ち上げようとする。
同時に膨張しつつあるそれを、巡らされた縄が締め付け、痛みと快感とが交互に京一の脳髄を犯す。



丹念に丹念に、余す所なく、男の指に犯された。
しかし決定的な熱になるようなものはない。

刺激に酔い、物足りなさに飢えた京一の躯がヒクヒクと痙攣を起こす。
同様に菊座は更なる熱を欲し、軟膏とは違うものがトロリと蜜を零している。


ふるふると身を震わせ、縄で自身を慰めるように身を捩る京一を見下ろして、老中は卑猥な笑みを浮かべた。




「今宵は存分に楽しもうぞ」




お前だけで楽しめ。
胸中で呟いた言葉を、唾と一緒に吐き捨ててやりたくて堪らなかった。





























熱くて、熱くて。
頭が可笑しくなりそうだった。

そうなってから、あれが媚薬だかなんだかの薬効であったのだと知った。


この老中は呪いの類など信用していない。
家内が呼んだ陰陽師だかを、胡散臭いいんちき稼業だと言って追い返した事もあると言う。
そんな人間が真贋のはっきりしない媚薬なんてものに手を出すなどとは、京一も思っていなかった。

となると、老中が連れてきた男の差し金だろう。
元々が緊縛師だと言うし、見てくれは整っているがその目の奥は昏い愉悦があり、凡そまともな思考の人間とは思えない。
いつだったか相手をした気の触れた客と同じ目をしていると、京一は気付いていた。




座敷に敷かれた蒲団の上で、京一は転がされていた。
腕を後ろ手に拘束され、膝を結われて縄に持ち上げられて、秘部を露にする格好だ。

じゅくじゅくとした熱が燻る菊座には、張り型が埋められている。
陰茎の形をしたそれは鼈甲で作られており、挿入された当初は冷たくなっていたが、今はそれも判らない程に熱い。
体内の熱が伝染したか、飴細工ではないので溶ける事はないが、そうなっても可笑しくないのではないかと思う程だ。


埋められた張り型はただ其処にあるだけだが、それでも京一にとっては拷問具だ。
媚薬によって高められた躯には、あるだけで攻め苦になる。




「ん、ふ…ふぐ…うぅん……」





褥の上で悩ましげな吐息を漏らす京一だが、声らしい声は出ない。
自分の着物帯を猿轡のように噛まされている所為だ。

身動き出来ない上に、呼吸も不十分。
それでも尚、京一の躯を暴れる熱は静まる事なく、より一層高ぶっていく。
五体を動かせない拘束感さえも、その材料となって行くのが判ってしまった。




「ふッ、ん、ふぅッ…ん、ん、……くぅ…ッ」
「ふふ。良い眺めじゃわい」




悶えるように身を捩る京一を見詰め、老中が呟いた。


一人褥の中で腰を揺らし、悩ましげな声を漏らす京一。
それを肴にして、老中は酒を傾けていた。

酒精に酔った赤い顔に、腫れぼったい瞼の奥の眼は情欲を隠そうともしていない。
傍らに控える男は相変わらず表情筋の一つも動かさず、堅物な顔で背筋を伸ばして正座している。
だが眦には剣呑な色が滲み、堅物の蓑に隠した本性が見え隠れしていた。



唯一自由な片足を動かしても、それでどうなる訳もない。
ただ白い布地の上を滑り皺を作るだけで、躯の疼きは高まって行くばかりだ。

そうして無為に快楽をやり過ごそうとして、けれど堪え切れない喘ぎ声は布の隙間から零れて行く。
飲み込みきれない唾液を含んだ帯は、ぐっしょりと濡れて重くなり、湿って口の中に張り付いた。


腕が自由ならば張り型を動かして慰める事が出来るのに。
言葉が自由ならば覚えた限りの誘い文句で男達を煽るのに。

どちらも出来なければ、京一は鮪のように身を震わせて断罪の時を待つしかない。




「んッ、ん…ふ、ふぅ、ん……!」




背中の腕を動かせば、股下を通る縄が食い込んで来る。
ゆらゆらと腰を揺らめかせて縄の当たる場所を探り、張り型がそれに掠って僅かに動いた。
それだけで京一の躯は悦びに踊る。




「ふぅんッ…! ん、ん、ふ、んん…!」
「ひひ、ドロドロじゃ。はしたない雌猫よのう」
「ふッ、ふぅッ……!」




目尻に涙を滲ませて、京一は老中へと下肢を向け、自由な脚も外へと開いた。
張り型を咥え込み、熱の疼きに伸縮する菊座を曝け出して、誘うように京一は腰を揺らした。

媚薬の所為もあってか、常以上に京一は正気を失っていた。
早くこの熱を沈下させたい、その為には五体の動かない自分ではどうにもならない。
悠々として此方を眺める下賤な男達に縋る以外、選択肢はない。


快感に陥落したように男を誘う太夫の色香に、ほほう、と老中が鼻の下を伸ばす。




「然様に物欲しげにするとはな」
「んん……ッ」
「良いわ、良いわ。のう道上、太夫の機嫌を見て差し上げろ」




杯を傾けて酒を流し込みながら、据わった眼で老中は言った。
男がゆっくりと立ち上がり、京一の横たわる褥へと近付いて来る。

京一の前に膝を着くと、男は無言のまま、京一の菊座を占拠する張り型に手を伸ばし、




「んぁッ…・んんぅッ! ふ、ふぅッうぅうんッ!!」




表情を変えぬまま、男は張り型の抜き差しをする。
ぐちゅ、じゅぷ、ぐぷッと卑猥な音を立てて、張り型は京一の内壁を擦り、攻め立てる。

待ち侘びた快楽の波は、焦らされた分だけ激しく感じられ、京一は身を弓なりに仰け反らせて喘ぐ。




「ふぅッ、ん、んんふッ! ふぐッ、うぁん…!」




張り型の動きに合わせて、京一は腰を振った。
入り口近くまで引き抜かれた張り型が落ちて来ると同時に腰を後ろへと進めれば、更に深くまで犯される。




「んッ、んあ、うふッ…ふ、む、んんぁ…!」
「ふむ、実に良い景観じゃ。のう、道上」
「……は」
「むぁんんぅッ!!」




老中の言葉に短い返答を述べて、男は張り型を挿入する角度を変えた。
抉るように鋭角で挿入された張り型は、締め付ける肉壁を強引に押し上げる。
ビクン、と京一の躯が跳ねて、悲鳴のような喘ぎのような、篭った声が響く。

一際良い反応をした其処を、男は集中して突き始める。
突き上げられる度に京一の躯は魚のように跳ね、男達の目を実に楽しませた。




「あッんッんッ、ふッ、うぅッ、んくぅッ!」
「…………」
「んぅぅッ! いぅッ…ふぅッ…!」




腹の上を通る縄を強く引き上げられる。
赤縄が股間に食い込み、縛る陰茎の根元を更に強く締め、京一は痛みと快感の苦痛に表情を歪ませた。


張り型で内部の敏感な箇所を攻め立てながら、男は縄を更に食い込ませていく。
跡になる────京一のそんな考えなど、男にはまるでどうでも良い事であった。
更に京一の躯を痛みと快楽で苛んでやろうと、引き上げた縄で京一の躯を持ち上げる。
自らの体重に従って落ちる体躯を支える縄は、強く京一の皮膚に食い込み、京一の全身を締め付けていた。

そうしている間、やはり相も変わらず、男は無表情のまま。
その後ろで老中が鼻の下を伸ばし、京一の苦痛と痴態をヤニの下がった目で見ていた。


浮遊感からの落下を本能的に恐れるように、京一の自由な足が軸になるように床から離れまいとする。
しかしほぼ足指だけが床についている状態で、後は全て縄によって男に吊り上げられていた。
仰け反る頭が重みになって、軸の足に更に負担がかかり、今にも落ちんばかりに足首が震える。

不自然な姿勢である事に変わりはなく、浮遊感と緊張から全身に力が入る。
挿入される張り型を強く締め付けてしまい、京一の瞳が愉悦に染まる。




「んんッ…ん、ふ、ふぅッ……!」
「悦い声が聞こえるのう。お気に召したようじゃな」
「…くぅ、ん…ッんッん、はふッ…ふぅぅん…!」




いつの間にか蒲団の傍に立っていた老中に見下ろされる。
灯りの逆光で表情はよくよく伺えないが、それでも笑っている事は感じ取れた。




「退けい、道上」
「んふぅッ……!」




命じられた男は無言のまま、張り型を引き抜いて京一の下肢から離れた。
吊り上げていた縄からも手を離し、縄が撓んで京一は褥の上へと落ちる。
背に縛られた腕が下敷きになって痛みを訴えた。



長時間によって張り型を納められ、男の手管によって攻められた菊座の入り口は、咥えるものを失って尚物欲しげに疼く。
攻め立てていた代物からようやく開放されたと言うのに、躯の熱は未だ消えない。

これが塗り込められた媚薬の効果であるか否かは、京一には判然としない。
男が悦ぶように作り変えられた躯は、やはり男が悦ぶように反応するように出来ている。
媚薬などと言う、真贋怪しい代物がなくとも、やはり同様にして男を誘っただろう。

……それしか自分に使い道はないのだから。



老中が目の痛い──京一にしてみれば趣味の悪い──羽織を脱ぎ捨てる。
帯を捨て、袴を脱ぎ、襦袢も捨ててしまえば、老中の肥えた腹の下に怒張した欲望が突き出される。

待ちくたびれたとばかりに老中は京一の脚を押し広げ、伸縮を繰り返す菊座に肉棒を宛がった。




「んぅ…うぅぁあんッッ…!!」




最初はゆっくりと、亀頭の最も太い部分が潜り込んだ後は一気に。
体内へと侵入した卑猥な生き物に、京一は髪を振り乱してくぐもった喘ぎ声を上げる。

直ぐに律動が始まった。




「うッ、んッ、ふぅッ! ふ、ふぅんッ…!」
「道上、轡を外せ」
「ふはッ……あぁあッ!」




老中の命じられたまま、涎で湿った轡が外される。
ようやっと自由になった呼吸を改める暇もなく、突き上げる衝撃に甘い声が漏れた。




「あッ、あッ! あふッ、ひぃッ…! や、んぁあッ!」
「ひひ、実に良い。ほれ、お主も良かろうて」
「…ッあぁ! ん、あふぅ…あんッ!」




皺枯れた手が細い腰を掴み、律動に合わせて無遠慮に揺さぶられる。
ぐちゅぐちゅと粘ついた卑猥な水音と、皮膚がぶつかる音が聞こえる程、激しい攻め。
拘束されて閉じられる事すら叶わない脚が、ビクビクと痙攣し、爪先がぎゅうと丸められる。


濡れそぼった張り型が京一の口元に突き出された。
それを持つのは、男の手だ。

京一が口を開けて舌を伸ばすと、張り型に届いた。
奉仕するように張り型の頂点を舌先で突き、形をなぞる様に舌で撫でる。




「ふぅッ、あッ、んはッ…は、えうッ…ふぁうッ…!」
「なんじゃ、欲しいのか。舐めたいか。しゃぶりたいか。んん?」
「あッあッ、あはッ、はぁんッ…! ひ、ふぁッ…はひッ…!」
「ほれ、しゃぶりたいのじゃろ。ならば言うてみい、どうしたい? ほれ、ほれ」
「んあッあッあッあッ! あひッ、ひぃんッ!」




問いの答えを急かすように、老中は京一の菊座の中を己の肉棒でぐちゃぐちゃに掻き回す。
張り型への奉仕に夢中になっていた京一だったが、我が物顔で暴れる陰茎に全身を戦慄かせて喘いだ。


このまま応えなければ、老中は延々とこの陰惨な攻めを続けるに違いない。

それは疲れる。
早く終わらせてしまいたいのに。
早く終わらせて、さっさと寝たいのに。



京一は無表情で張り型を構えている男を見上げた。
男は何にも関心がないかのように、まるで人形のように表情を変えずにいるが、目を見れば京一には判る。
自分の縛によって身動きの取れない京一が、主である老人に菊座を犯され、張り型に奉仕する様を見て興奮しているのが。

京一の張り型を舐めしゃぶる姿を、脳内で己と置き換えているのだろうと言う事は、想像に難くない。
だから男は判り易くて莫迦なんだよな、と京一は現状とはまるで隔離された醒めた思考で思う。


ぴちゃり、と音を立てて張り型を舐め、見下ろす男を上目遣いに見る。
熱に火照った顔に、潜められた眉、唾液に濡れた唇─────男の股間が袴の奥で持ち上がりつつあった。




「な、あッ…は…くれよ、…あんたの、早く……あッ、んんッ!」
「俺は要らぬ」
「あぅんッ! っは、んッ! そ、言うなってぇ…ひぃん!」
「なんじゃ、太夫。儂一人では満足せんとな? なんと厭らしい雌猫か!」
「あひぃッ…! あッ、んあッ、はふッ!」




お前が言わせたんだろうが。
ああ、やっぱぶん殴って殺したい。

下肢を思う様に蹂躙し、愉悦に染まった老人の顔を見て思う。


そんな冷えた思考回路とはまるで別物のように、躯は更に快楽を貪ろうとする。




「早く…あぁッ! あんたの、頂戴…ひぃうッ! あッ、あッ、足りな…いぃッ…!」




媚薬の所為か、身動きできないと言う縄の所為か。
無様に他人に縋らなければ、己の中に巣食う熱すら殺す事が出来ない、それが興奮を呼ぶのだろうか。



止めたい。
止めたくない。

終わりたい。
終わらせたくない。

眠りたい。
もっと激しいのが欲しい。


……もう頭の中は支離滅裂だ。
………今更だけれど。




「構わん、道上。太夫を満足して差し上げろ」
「あッ、あッ…早く、早くぅ……んんッ! もっと…ひぃんッ!」




老中の許可に、男の行動は早かった。
やはり最初から待ち侘びていたのだ、この男も。



着物を全て手早く脱ぎ捨てると、男は京一の眼前に勃起した一物を突き出した。


黒光りする気持ちの悪い一物だが、そんなものは別段、珍しくもなんともない。
臭い匂いも、吐き気のする色も形も、今更見てどうこう思う訳もない。

──────筈なのだけど。
先程の己の言葉を自ら体現するかのように、新たな熱が生まれるような気がするのは何故だろう。
湧き上がる熱の理由を詮索しようとして、止めた。
どうせ碌な頭と躯ではないのだから、碌な答えが出て来る訳もない。


口を開けて、精一杯首を伸ばす。
届いた欲望の塊に舌を這わせ、その先端を口に含んだ。




「んッ、うッ…ふぅッ! んちゅ、む、ふぁうッ…!」
「おお、よく締まるわい。そら、もっとじゃ」
「ひぃふッ…! んぐ、ん、ふ、うッうッ、あふッ、ひぐぅッ…!」




腰を引き寄せられて、最奥を穿たれる。
ビクン、と京一の全身が大きく跳ね、一瞬呼吸が止まった。

喉奥が窄まり、咥えた男根に思わず歯を立てる。
男の無表情が僅かに崩れ、それが不興とでも言うかのように、男の手が京一の頭を押さえつけた。
それまでの沈黙が嘘と思えるような律動が、咥内で始まる。




「うぶッ、んッ、ぐうッ! ふ、う、うぅッ、んくッんッんッ!」
「どうじゃ、太夫。太夫とて、二人同時はそうした事がなかろう」
「あふッ…! ん、う、うぅん…! くぅッ、ひぃん! あッあッ、やあぁッ…!」




返答をしない京一を責めるかのように、男の手が京一の胸を滑る。

振り払おうと身を捩っても大した抵抗にはならない。
咥内を犯す摩羅と菊座を陵辱する摩羅、拘束された腕と片足、男が悦ぶように作られた躯。
湧き上がる快感に流される熱を止める方法など、京一は知らない。


乳首を摘まれ転がされて、ぞくぞくとしたものが背筋を駆け上る。
その感覚に急かされるままに全身が強張り、菊座を犯す老中の肉棒を締め付ける。

若い男が相手ならば、これで果てたのではないだろうか。
だが老中の肉棒は萎えることもなく、吐き出すこともなく、ただ只管に京一を攻めて苛む。
これだからジジィの相手は嫌いなんだ、と胸中で呟いた。




「あッん、ふぐッ…! う、う、んんッ…!」
「ぬぅ……!」
「ほほッ、道上には少々厳しいか? 良い良い、出してしまえ。太夫もご所望じゃ」




何を勝手に決めてんだ、クソジジィ。
だったらお前が飲みやがれ。

喉奥につっかえる言葉は、恐らく、音となって吐き出されることはないだろう。
けれども思うだけならば自由だ。


どくり、濃い汚濁の液が京一の喉へと吐き出される。




「んんぁッあッふッ!」
「ぐぬ……ッ」
「ん、ぅ、ちゅ…ふぐ、う、うぅ……!」




咥内でびゅくッびくん、と痙攣する肉剣に吸い付いて、京一は搾り出そうと啜る。
男が不機嫌に顔を顰めて、京一の後頭部を押さえつけ、根元まで強引に咥えさせて熱を吐き出す。

湧き上がる吐き気と餌付きを堪えて、京一は薄汚い欲望を飲み下した。


ずるりとようやく口から出て行った男の陰茎は、男の汚濁か京一の唾液か判らない程に濡れて光っている。
それを咥内に含んでいたおぞましさに吐きたくなったが、叶う訳もない。
所か、喉奥の違和感に咳き込む暇も与えられず、下肢を貫く律動に浚われる。




「はひッあッ、んあッ! は、らめ、も…あッあッああ!」
「ほれ、ほれ。全く良い器じゃ。これを味わってしまえば、女では最早足らぬ。実に良い躯じゃて」
「あひぃッ…!」




しこりのある壁を擦られて、京一の躯が一際大きく跳ねる。




「ひッ、いッ…あ、やめ…其処は…あぁあッ!」
「そら、腰を振らんか。儂を楽しませてみせい」
「う、ん、ふぁッ…! あッ、くぅ…!」




言われるままに、老中の攻めに合わせて腰を揺らす。

それを見下ろす老中の顔は卑しいものに染まり、これが国を支えてるなんて世も末だ、と既に何度も思った事を改めて考える。
更には、従者がそれを止めるではなく助長させるように手を貸して、眺めているのだから尚の事。


ぐちゅぐちゅと卑猥な音を鳴らす菊座。
その上で、根を縛られた京一の中心部がヒクヒクと震えていた。




「も、らめ…はッ、ああッ! 解い、て…あぁんッ!」
「おお、果てるか? 良いぞ、このまま果てるが良い」
「ふざッけッ、ひぃんッ!」
「道上、太夫が果てるとな。手伝え」
「いッいらなッ…ああぁッ!」




男の手が京一の下肢へと伸び、膨張した中心部を扱く。

今の京一にとっては、其処に触れられるだけで拷問だ。
刺激を与えられればそれだけ反応し、高ぶるけれど、戒めの所為で吐き出されることはない。
ならばもう触らないで欲しかった。

老中はそれを判っていて、男に京一を攻めろと言う。
そうして前後不覚に乱れ、喘ぐ様を見たいが為に。




やっぱり雪路を此処にいさせなくて良かった。
草汰は尚更だ、あの子供は確実に泣くだろうから。

子供には見せるものじゃない。


……自分がこれを見た時、押し付けられた時。
己がまだ雪路と草汰の中間の頃であった事は、既に記憶にない。




菊座への激しい攻めと、張り詰めた陰茎への手淫で、京一の意識は混濁していた。


早く終われ。
もっと激しいのを寄越せ。

眠りたい。
まだ欲しい。


矛盾した思考が延々と繰り返される。




「あひッ、あ、やめ…も、もうッもう嫌だぁ…!」
「ほれッほれッ! 嫌と言いつつ、腰を振っておるではないか! この雌猫め!」
「ひぃあッ! な、やぁッ! ひゃめッ、出る、出るぅうう…!!」




湧き上がる衝動に逆らう術を知らない。
中心部に集まる熱を納めるには、それを吐き出すしかなかった。

だと言うのに、戒めは解かれない。


ビクッビクッと京一の全身が戦慄いて、甘い甘い悲鳴が上がる。




「ああッあッ、老中、さ…あぁああぁああッッ……!!」




噴出そうとした熱は、戒めに遮られて、一気に逆流して体内に戻る。

仰け反り、尖らせた舌を伸ばして浅ましく喘ぐ。
全身の緊張は内部も同様で、怒張する老中の欲望を強く強く締め付けた。
僅かに老中の表情に耐える色が浮かぶ──────が。




「あはッ、あひッ、ひぃん! んあ、や、もう…ぁあぁあ……!」
「おお、危ない危ない。儂ごと持って行かれる所であった」




一際の締め付けをやり過ごし、何度目か知らない律動の再開。

絶頂の直後、それも満足に昇華されなかった熱を留まらせた躯には、耐え難い激しい攻め。
菊座の穴口でぐりぐりと老中が腰を捻れば、体内で欲望が暴れ、亀頭の太い箇所が壁を押し広げて擦る。




「やめッ、あッんああぁ! いふッ、ひッあッあッあッ!」
「道上、呆とするでない」
「んんんッ! いや、止めろ…もう、や、ッあぁん…!」




また男の手が京一の陰茎を包み、上下に激しく扱く。
吐き出す事をさせないのに、其処への刺激は延々と続けられる。
もう嫌だ、と京一は頭を振ったが、聞き入れられる訳もない。

今この時に限らず、自分は男を悦ばせる為に存在しており、他に使い道はない。
自覚のあるこの躯の構造を、悦ばせられる男達がそれ以外に使う事はない。



こうして見ると─────あの二人は本当に、判らない輩だ。
気遣うように優しく触れる男と、恋仲のように名を呼び合い愛を囁く青年と。


昨日は青年が来て、一昨日も来た。
一昨日は三味線を弾いた後に躯を重ねたが、昨日は延々と雑談をしているだけだった。

昨日は男も来て、躯を重ねたものの、果てたのは京一の方だけだ。
奉仕してやると言ったらやんわりと断られて、疲れているようだから寝ろと言われた。
別に疲れてはいないつもりだったのだが、寝ていいのならば寝るとして、そのまま雪路が刻限を告げに来るまで寝倒していた。
その間、あの男は手酌酒をやっていただけだ。


……何がしたいのだか、本当に。

この躯以外に彼らが何を求めているのか、判らない。
何も求めていないのなら、何故あんな事をするのか。




「あッあッ…んん、や、ひぃッんん…!」




思考の海とは裏腹に、躯は男達に与えられる快楽に悦び、踊る。


奉仕するものが、手淫から口淫に変わった。
ぬるりとした生温い蛞蝓のようなものが中心部を這い、京一の脚がビクリと跳ねる。

ぬぼぉ、と菊座の口まで陰茎が退いて行った。
しかし出て行く事はなく、亀頭の太い箇所で菊座の穴を広げるようにゆらゆらと動かされる。
ヒク、ヒク、と京一の躯が小刻みに痙攣して、甘ったるい声が強請るように零れた。







………早く終わらねェかな。
請うように誘うように男達を見上げて、切り離されたように冷めた頭で思う。

それと同意に、判っていた。




今この淫夢が終わっても、この夢の世界そのものは終わらない。

永劫続いていくのだと。












終わらない極彩色の夢の世界。
醒めては見てを繰り返す、快感と吐き気だらけの一夜の夢。