其ノ玖








褥の中で繰り返し繰り返し、吐き気と快感に溺れる。
息苦しさから、束の間に意識を飛ばしては強引に現実へと連れ戻され、また強制される奉仕。




「ん、は……ふぁッ…はぁ……」




眼前の男根は既に十分勃起していたが、その持ち主は次へと移ろうとはしなかった。
自身の気が済むまで京一に奉仕を強制し、その後、下劣な言葉で京一を罵倒しながら犯す。
そうやって自尊心と支配欲を満足させたがるのが、今日の客だった。


陰茎を口に含んで舌を這わせながら、京一は時折、ちらりと男の顔を見遣る。
男はその視線に気付いてはおらず、片手で京一の頭部を固定しているだけで、天井を見上げて莫迦の様に荒い呼吸をしている。
大体、毎回がこんな調子なので、京一は本気で咥内の汚物を噛み千切ってやろうかと思う。
まぁ相手がこの男でなくとも、そんな物騒な考えはしょっちゅう過ぎっている事であるが。

男は京一がそんな思考を持っていると知っているのか、いないのか。
京一にしてみれば暢気な阿呆面で、中心部への愛撫に、それこそ女のような声を上げていた。




「ふ、ん、ふはぁ……はあ…んん…」




男根の根元から亀頭の太い所まで、舌先を尖らせて、ゆっくりと裏筋をなぞる。
おぉ、と興奮する声が頭上で響いた。



いつまでもこうして男の一物を舐めているのは、顎が辛い。
線香はまだ一本分残っていて、これが燃え尽きるまで延々働くのは面倒臭い。

一物を口に含んだまま、京一は自身の下肢へと、男の先走りの汁で汚れた手を伸ばした。




「ん、ッんぅ……!」
「ほぉうッ」




指を菊座に挿入すると同時に、異物感に僅かに息が詰まった。
喉が絞まって男の中心部を刺激する。

男が戦慄くように全身を震わせるのを無視して、京一は自分の下肢を解し始めた。




「んッ、…ん、んぅ…ッ…ふぅッ」
「うはッ、はぁッ!」
「ふはッ、はふぅ……んむ、ふぅん…!」




喉奥から漏れる声に艶が混じり始め、京一の躯が火照り出す。
奉仕している間一つも反応を示さずに萎えていた彼の中心部が、ゆっくりと頭を持ち上げようとしていた。



挿入した指先を、小さく円を描くように動かす。
皮肉が爪先に押し上げられて、元に戻ろうとして指を締め付け、それが快感になる。
悪戯に第一関節を曲げれば、一点を強く突かれて、京一の細い腰がふるりと震えた。

粘着のある液体が指に纏わりついているお陰で、痛みはない。
潤滑油の代わりになったそれによって、京一の躯は順調に快楽へと堕ちていく。


くぐもった喘ぎ声を上げる京一の頭を、男が両手で掴んだ。
自ら腰を振る事はしない────いや、出来ないようだが、京一の奉仕はまだ続けさせたいらしい。

いい加減にしろよ、と京一は眉根を寄せて、咥内の肉棒に歯を立ててやった。




「おぉうッ!」




咥内で男根がビクンと跳ねたが、射精には至らなかった。
男はうーうーと唸って息を詰めて堪えている。

京一は甘噛みでもするように浅く歯を立てて、何度も男の中心部を遊んでやる。
達することのない男根は益々硬度を増し、凶暴に膨れ上がっていった。


次第に口に含んでいる事そのものが出来なくなり、京一は顎への疲労と息苦しさから、最後の駄目押しとばかりに男の一物を強く吸ってやった。




「んぉッんぉぉッ!」




発情期の獣が唸るような声を上げて、しかしまたしても男は射精しない。
代わりにこれ以上遊ばれては持たないと悟ったか、京一の頭部を押さえつけていた手を離した。

ようやく臭い男の下肢から解放された京一は、直ぐに其処から顔上げた。


下肢へと伸ばした手は、まだ自分自身を攻めている。
勃起した男根を晒す発情期の男へ、京一は自らの痴態を見せつける。




「あッ、あッ…! や、は…あぁんッ!」
「ふぉ、おぉッ…!」
「ん、く…ふぅあ……あッあッ…!」




男は鼻息を荒くして、自らを熱に浚おうとする太夫へと腕を伸ばす。

喘ぎ声を漏らす京一の顎を取り、男は自分へとその細い肢体を引き寄せると、強引に唇を重ね合わせた。




「ん……んッ、うぅん…ッ」




くちゅ、ちゅく、と。
上と下から聞こえる音に、京一は確かに興奮を覚えている。

散々に咥内を蹂躙されて、息が上がっているのは酸素不足か別のものの所為か、考える脳も蕩けていく。


両足の膝裏に男の腕が割り込み、脚を開かれ、秘部が露にされる。


艶やかな紋様に彩られた着物は、帯は解かれ袷は広がり、肌を隠す為の衣服としての役目を果たしていない。
それ所か褥に散らばった緋色の着物は、京一の熱で火照った肌を艶やかに魅せ、男の欲望を更に煽る。
更に曝した秘所が待ち侘びんとばかりに伸縮を繰り返している様を見れば、煽られない男はいるまい。

京一自らも膝裏に手を回して、開いた脚を固定するように抱える。
待ち侘びた熱を欲しているのは明らかであった。



男の怒張した凶器が、ヒクヒクと卑猥な動きを繰り返す穴へと宛がわれる。
男の手が京一の足首を掴み、躯を二つに折り畳むほどに床へと押し付けた状態で、挿入は行われた。




「あぁッ、あッあッぁあぁあ……!!」




──────悩ましい悲鳴の後、嬌声が聞こえるまでに時間はかからなかった。




























龍麻が京一の下へ訪れるのは、龍麻が都にいる間の数日間、ほぼ毎日の事だ。
行かない日があっても精々一日程度で、その翌日からはまた連日廓に足を運ぶ。

その際、龍麻が京一を指名しても逢えない事は珍しくはない。


これが他の陰間や遊女であれば違ったのかも知れないが、生憎ながら、京一は太夫と言う格にある。
一日にして他者の倍額以上を稼ぐ彼は、自身の客の数は勿論、所謂“上客”も多数いて当然だ。
その中で龍麻はどんな立場にいるかと言うと、常連は常連だが、単なる流れ者であるので、役職で振り分けられる立場としては断然の下位である。
例えば何処其処に顔が利く商売だとか、幕府お抱えの何某であるとかが先客であると、無論龍麻は彼の顔を見ることすら出来ない。



──────どうやら、今回は今日がその日であったようだ。




「太夫付きの禿、雪路と申します。宜しく申し上げます」




深々と頭を下げて龍麻を迎えたのは、龍麻の記憶にもある一人の少年。
黒い髪に気持ち下がった柔らかな眦、口元には笑みを湛えており、持つ空気からして京一とは正反対。

太夫である京一の身の回りの世話を仰せつかっている禿、雪路であった。


ゆっくりと頭を持ち上げて此方を見た雪路は、どうやら緊張などはしていないらしい。
既に何度かこうやって、京一の代理として客の相手をしているから、流石に慣れたのだろう。

いつものように緩やかな笑みを浮かべている雪路に、龍麻もへらりと笑ってみせた。




「お疲れ様、雪路君」
「滅相もありません。これも私のお勤めですから」




もう一度頭を下げる雪路から、少し距離を置いて、龍麻は腰を下ろした。




「京一、今日も忙しいんだね」
「はい」




龍麻の言葉に、雪路は少し眉尻を下げて頷く。

京一が忙しいのは仕方のない事で、いつもの事だ。
今日は龍麻が外れになったが、龍麻が京一と会っている時、外れになっている人間は必ずいるのである。
それの相手をするのは、殆どが太夫付きの禿である雪路であった。


雪路は直に客を取る事になるが、現在までは一度も客と寝ていない。
京一の代替として客と向き合うことは度々あったが、この時、客も雪路も褥に入る事は許されてはいなかった。
一度共にした者以外と寝る事は、例え仮初、一夜の夢であるとしても、不義理と見なされる。

……そうでなくとも、少なくとも龍麻は京一以外と寝ようとは思わない。
雪路と交わすのは酒と些細な会話で十分で、それも龍麻にとっては十分心の満たされる、悠々とした時間だった。



廊下へと続く障子戸が静かに開いて、そばかす顔の少年が其処に正座していた。
龍麻が其方を見ると、少年────草汰はぺこりと頭を下げ、傍らに置いていた膳を運び込んでくる。




「草汰君、だよね」
「あ……は、はい」




呼ばれた草汰が目を丸くして返事をする。
同時にかちゃりと膳の上の徳利や杯が音を立てて、一瞬表情が慌てるのが伺えた。


恐る恐ると言った風で、草汰の手によって運ばれた膳が、龍麻の前へと置かれる。




「草汰君、こっちの生活は慣れた?」
「は、い……その、なんとか」




問い掛ける龍麻に対し、草汰はしどろもどろになりながら頷いた。
それを見た雪路が小さく苦笑を浮かべている。



慣れたか慣れないか。
恐らく本音を言えば、慣れていないのだろう。

龍麻が草汰と会ったのは一週間程前の話で、その時京一はついたばかりだと言っていたから、まだ都に来て一月も経っていないのではないだろうか。
指先に薬を塗った皸が見えるので、農村か過疎地の出である事は龍麻にも伺えた。
それでも出来るだけ郷に入りては郷に従おうとしているのだろう、自分自身に言い聞かせて、生活に馴染もうとしている努力が伺える。


草汰は返事がこれで良かったのか、と不安になったのだろう。
視線がしばし彷徨って、結局、これ以上の追求から逃れてか、そそくさと座敷を後にしてしまう。

此方を振り返らずに座敷を出て行った草汰に、龍麻はひらひらと手を振った。




「すみません、緋勇さん。草汰には後で言って聞かせて置きます」




後輩の無礼を詫びて謝る雪路に、龍麻は気にしていないと微笑む。



失礼します、と雪路が龍麻の傍へと近付く。
膳から徳利が彼の手に渡ると同時に、龍麻も杯を手にする。

そっと徳利の口から、とくとくと酒が注がれていく。


なんだか不思議な気分だな、と龍麻は注がれていく酒を見詰めて思う。
誰かにこうやって酒を注いで貰ったのは、随分と久しぶりの話だったから。


もともと酒好きと言う訳でもないし、偶に飲む時は決まって手酌酒だ。
宿に泊まった時なども一人で杯を傾けるのが常で、傍らに女がいる事もなければ、御付の者がいるような身分でもない。
そしてこの廓で京一と酒を飲む時は、お互いに手酌酒をするのが通例となっていた。

本来ならば京一が、雪路のように龍麻の杯に酒を注がなければならないのだが、彼はそれをしない。
まだ龍麻が馴染み客であったばかりの頃、形式としてなぞっていたのが精々で────それも彼は判り易く仏頂面だった。
それから幾度と無く通う内に、京一は形式の形も無視し、まるで古い友人と会話をしているような気安さを見せるようになった。
……無論、そんな錯覚を抱いているのは龍麻だけで、彼の眼は常に龍麻を素通りしているのだけれど。



なみなみと注がれた杯に口をつけて、傾ける。
喉を通った酒は甘く、龍麻の好みに合わせられていた。




「美味しいね、このお酒」




言うと、雪路は嬉しそうにはにかんで見せる。


また杯へと酒が注がれた。
口をつけて飲み干す。

いばし、沈黙のままそれが繰り返された。




























繋がった箇所から伝達される感覚の中に、痛みと言うものはなかった。
あれば理性が少しは戻って来たのかも知れないが、それは結局、自分の首を絞める結果にしかならない。

快感を、快楽だけを追うのが、この行為の中では正解だった。


男の一物を受け容れて、京一は自ら脚を広げた格好で、僅かに尻を浮かせて腰を揺らす。
ぐちゅ、ずちゅ、と耳障りな陰湿な音が下肢から聞こえて、反り返った自身の先端からは堪え切れなかった蜜が零れている。




「ん、あッ、あッ、はぁッ…!」
「ぬ、ふん、ぬぅッ」
「うあッんん! くぁ…はあん……ッ」




男も夢中で腰を振り、肉棒を京一の体内の最奥へと何度も突く。

腹の中で内臓がぎゅうぎゅうと悲鳴を上げている。
咥え込んだ男根を締め付け、それを振り解かれて皮肉を擦られる快感に、京一の表情は蕩けていく。




「くッ……ふんッ!」
「ふぁッあ!」




男がより一層深く腰を打ち付けると、京一は身を弓形に反らして喘ぐ。




「んあッあッ、あッ、そこォ……ひぃうッ!」
「この、好き物めがッ!」
「あひッい…!」





角度を変えて、男根がねじ込まれる。
最奥の僅か手前を雄の先端が強引に押し上げ、そのまま戻らず、男はぐいぐいと腰を回すように動かす。
肉棒は京一の奥の部分で円を描くように暴れ、秘孔内を歪にさせて行く。


頭上を仰ぎ、舌を伸ばして喘ぐ京一。
好き放題に暴れる男を制す事もなく、ただされるがままに、陵辱を享受する。

男の腰の動きに合わせて、京一も腰を捻る。
腰から下は最早自分自身の意思とは関係なく、ただ本能に促されるまま、男が悦ぶようにあさましく快感を得ようとする。
勃起し切った京一自身の中心部は、既に限界を迎えつつあった。




「あひッ、ひぎッ! い、あ、出るッ出るぅうう……!」
「ふん、尻穴で果てるか。この雌畜生!」
「やぁあッあッあッあッあッ!」




男の罵倒の台詞に数は少ない。
抱かれる度に同じ言葉ばかりが振ってくるので、正直、飽きた。

それでもわざとらしく、少し大袈裟に喘いで見せるだけで、相手は容易く勘違いをしてくれる。




「お前のような雌に、こんなものは要らぬな」
「ひッい…や、あ、あッ! 触るな、あ……ッ!」
「一丁前に勃たせた所で、使い道などないだろう。お前の性器は、この穴だけで十分だ!」
「あうッ、あんッ! ひうッ! ん、んあ、あ、あ、あ!」




ああもう、煩い。
さっさと出せよ、終わらせろよ。
挿れてなきゃそんな台詞も吐けない腑抜けの癖に。

喉まで出掛かる言葉を、情けない喘ぎ声で塗り潰す。




「ああッ、あッうぅん…! ふ、そこ、そこいぃッ…いいよぉ…!」




どうせ家に帰ったら嫁さんに頭上がらねェんだろ。
役所に行ったらお上にどやされて頭上がらねェんだろ。

だからこの男は、京一を支配して鬱憤を晴らすのだ。
他の誰にも向けられない苛立ちの捌け口を、此処だと決めて。
此処ならば全ては金が解決する、幸いにも乱暴にしても京一は壊れない、逆らう事もない。
反抗した所で高が知れているし、挿入してしまえば後は自分の主導権になる。




「も、出る、出ちまうぅ…! あふッお願、もうッ…! んあ、あッ、はぁあん!」




……そんな事でぐだ巻いてるのはお前だけで、こっちはンな事はどうでも良いんだよ。
唾吐き散らすなよ、汚ェな、気持ち悪ィ。
大体お前まともに体洗ってねェだろう、毎回臭いんだよ、吐き気がする。


この男は地位も名誉も金もあるが、結局の所、何一つ自由にする事が出来ていない。
此処で京一を支配したような気になっているが、それは京一の方が男に始終合わせてやっているに過ぎない。
それに気付いていないのなら、この男はある意味、幸福なのかも知れないが。

オレだったら舌噛んで死ぬね─────そう思いながら、今自分はそれ以下である事を自覚している。
自覚しているのに、何故死ぬ気にならないのかは、判らない。



ドクン、と体内で男根が強く脈打った。
一度退いたそれが最奥を貫く。

京一の頭の中が真っ白に弾けた。




「はひッひぃッ、いぁぁあああッッ!!」




絶頂を迎えて吐き出された蜜液は、受け皿などなく、京一の腹部を汚す。
同時に秘孔内は強く締まり、咥え込んだ異物を締め上げて、これにより男も限界となった。




「んぉッ、ふぅおおうんッ!」
「熱、あ、やぁああッ! あッあッ、あぁん…!」
「んむ、ぬ、ふぉう! おぉお……!」




発情期の猫の唸り声の方が耳障りにはならない。
京一の体内へと欲望を吐き出しながら野太い声で喘ぐ男に、京一はそんな感想を抱いた。


ドロドロとしたものが直腸内を流れていく。
大量に流し込まれたそれの後の処理を考えると、憂鬱になった。




「あッ……あ、……あうぅ……」




漏れる悩ましげな声に、男の鼻息がまた荒くなる。

体内に収まったままの男根は萎えているが、出て行こうとはしていなかった。
男がまだ性交を続ける気である事は明らかだ。




(………寝てェ)




最近、睡眠時間が少なくなったような気がする。

もとより眠る時間は然程長くは無く、短い方だったと思うが、それにしても足りない気がする。
ほぼ連日連夜をこうして過ごしているのだから、普通に眠った所で足りないのは当然かも知れない。


今日の仕事が終わったら、床に就く前に楼主を蹴飛ばしてやる事に決めた。
それで明日の昼には何処ぞの蕎麦茶屋にでも行ってみようか。
─────いや、どうせ寝て終わるのが精々か。



ずるり、と男根が体内から出て行こうとする。
が、それは案の定、寸前の所で止まった。

亀頭の太い部分が穴を押し広げている所で、男は腰を揺らす。
萎えているとは言っても亀頭部分まで縮んだ訳ではないし、男が動けば其処も多少なり揺れる訳で、拡げられた菊座の口は元の形に戻ろうとして伸縮しようとする。
結果は亀頭を締める形で己を苛むものになり、京一の喉からはまた喘ぎ声が漏れ始める。




「あッ…あッ…ん、うぅん……」
「物欲しそうにヒクついてるな。もう一発欲しいか」
「あッ、ふあッ…!」




オレが欲しいんじゃなくて、お前がしたいだけだろう。
男の顔は鼻の下を伸ばしきっただらしのないもので、此処にいるのが京一でなくとも、恐らくそんな感想を抱いた事だろう。


京一としては何度も何度も疲れるような事はしたくないし、さっさと眠ってしまいたい。
一度出すものは出したのだから十分だろう、と言いたい。

だが無視して意識を飛ばした所で、無理やり起こされるのは判っているし、結局疲れるだけなのは変わらない。


それならお望み通りにしてやるとしよう。



下肢へと手を伸ばし、先端のみを埋めたままの男の一物に手を這わす。
ほぉう、と情けない男の喘ぎ声が聞こえた。
無視して萎えた男根を支えるように持って、少しずつ、腰の位置をずらして行く。




「…ん、うぅん……!」




硬さのない男根を奥まで挿入するのは、少々骨が折れる。
面倒になって、中ほどまでで挿入を止めた。

一度呼吸を詰めて、ぐるりと体制を変える。
締め付けと擦られる感覚に喘ぎ声を上げたのは、男の方だった。
四つ這いになって腰を揺らめかせれば、男の耳障りな声が延々と続く。




「うぉッ、ふぉッ、おッ」
「う、ん…ッは、あッ、あッ……!」




体内の男根が硬質化して行くまで、時間はかからなかった。

次第に挿入と抽出が楽になり、京一は頭を蒲団に押し付けて、腰だけを高く掲げた格好で、獣のように快楽を貪る。
絶頂直後と言う事も相俟って、意識が官能の海に再度浚われるのは早かった。




「あッ、あッ、あ…ッ! ん、ふぅん……!」
「く、ぬッ……むぅんッ!」
「─────ひ、あうッ!」




男が徐に京一の腰を掴み、腰を推し進める。
中途半端に留まっていた男根の挿入が、一気に最奥まで届いた。




「は、ひぃッぁあんッ! んく、ふ、そこッ…もっと……!」
「ふッ、ふんッ、ぬッ、うぬッ!」




京一に促されるまま、男は律動し、京一の秘孔を抉る。



高く甘い声で喘ぐ京一に、男の口元に笑みが浮かぶ。
主導権を奪ってやったという優越感で。

それも全て京一にしてみれば、下らない事でしかなく。




必死で腰を振る男の様程、滑稽でしかなかった。





























二本目の徳利が空になった所で、龍麻はふと、雪路の表情が浮かない事に気付いた。




「何かあったの?」




龍麻が問い掛けると、顔を上げた雪路はぱちりと瞬き一つ。
それをしばし見詰めた後で、自分の台詞に主語が抜け落ちている事に気付く。




「ちょっと浮かない顔してるみたいに見えたから」
「……すみません」




謝罪する雪路に、龍麻は小さく首を横に振った。




「心配事とか?」
「そう、ですね。太夫が最近、お疲れのようでしたので……」




それは、龍麻にとっては少々耳の痛い話であった。


京一はこの陰間茶屋では勿論の事、廓内でも名が通る程によく知られている。
噂が一人歩きしている所はあるが、それを差し引いても、京一の人気は周知の事実であった。
それに興味を惹かれて、京一を買おうとする人間は少なくない。

噂が噂を呼び、人が人を呼び、京一の地位は確固たるものとなった。
上客も多く取っており、それの殆どは龍麻同様に連日訪れる者も少なくは無く、彼はそれらを皆相手をしなければならない。
疲労が溜まるのも無理はない。

無論、その原因として龍麻が含まれるのも事実であった。


眉尻を下げて苦笑する龍麻に、雪路が詫びの意で小さく頭を下げる。




「すみません」
「いいよ。僕の方こそごめんね、京一に無理させて」
「いえ……」




雪路は、京一を尊敬している。
京一はまるでそう思っていないようだけれど、これは紛れもない事実だ。
そうでなければ、心配などする事はないだろう。




「此処暫くは、私に琴や三味線の芸事もつけてくれる事になりまして」
「京一が教えるの? 大丈夫?」
「はい。とても判り易く教えて下さいます」




それは────少々驚いた。


龍麻は京一が太夫になる以前からの噂を聞いている。
それが真実であるか否かは別としても、京一の生来の短気振りを知らしめるには十分であった。
更には本人を見れば見るほど、確かにやり兼ねないと納得させる気性の激しさ。
禿として教育を受けていた頃から、楼主には噛み付くし、折檻されればやり返すと言う、とんでもない所業の持ち主なのである。

そんな彼が人に物を教える事が出来るのかと言われると、龍麻としては首を捻るしかない。
短気で気性の荒い彼が、人にものを教えると言う、根気のいる作業に向いていないのは明らかだ。


だが、雪路はとても判り易いと言う。




「厳しいのだとは思います。ですが、楼主殿や先生に教わる時のように、折檻や怒鳴られる事はありません」
「そうなんだ」
「はい。それに、本当に判り易いんですよ。とても丁寧に教えて下さいます」




京一は、自分自身が教わる事に対して熱心ではないから、延々と長い講釈は聞く気にならない、と言う。
魂を込めれば上手くなるとか言うのは、最初からなんでもこなせる人間の精神論で、それは万人に当て嵌まるものではない。
由来だのなんだの知るのは興味が沸いてからでなければ覚えられないし、弾く時に其処まで考えてはいない、少なくとも自分の場合は。

理屈云々を頭で考える暇があるのなら、弾いている人間の手元を見て覚えた方が良い。
後はそれを真似できるまで延々と繰り返し、頭ではなく体に叩き込んだ方が早い。


乱暴ではあるが、京一は確かに、そうして芸事を覚えたのだろう。
折檻されるのも叱られるのも嫌いだから、誰にも文句を言わせまいと、言わば反抗心のみで芸を身につけた。



一を聞いて十を知る事が出来る人間は、一から十をの全てを人に伝える事を苦手とする。
自分が其処までしなくても理解出来てしまうから、段階を追う事が出来ないのだ。

そういう意味では、京一は人に教えるのが上手いのかも知れない。
決して自分が理解の早い人間ではないと知っているから、自分でも判るように説明する事を余儀なくされる。
それが結果、教わる人間にとっては判り易いものとなっているのだ。




「京一は多分、面倒臭いんだろうけどね」
「そうですね」




龍麻の言葉に笑う雪路は、眉尻を下げてはいるものの、傷付いた様子はない。

恐らく、雪路の練習に付き合う間、京一はその表情を隠しもしないのだろう。
それでも付き合う辺りが、遠巻きながら彼の優しさであると、雪路は理解している。


龍麻は膳の徳利を一つ手に取って、部屋の隅に立てられている三味線へと視線を移す。




「雪路君の三味線、聞かせて貰ってもいい?」




龍麻の言葉に、雪路は少しばかり目を瞠る。
が、直ぐにいつもの柔らかな表情を取り戻し、




「はい」




立ち上がり、三味線を取りに向かう、小さな背中。

三味線を抱いて、ゆったりとした足取りで龍麻の眼前へと戻る雪路は、心持ち緊張した表情を浮かべている。
客を前にして自らの芸を披露するのは、間違いなく、これが初めての事だった。



一つ深く深呼吸をして、雪路は鞭を構える。








夜は静かに更けていく。


穏やかな夢と、昏い夢は、決して交じることのないままに。













同じ世界にいる筈なのに、平行線。