Seaside school \





頭上から落ちてきた、冷たい雫。
小蒔が引っくり返った声をあげる度、隣の葵も肩を跳ねさせていた。
その都度、前にいる醍醐が立ち止まって心配している。

最後尾を任された龍麻は、そんな様子を眺めて、のんびりと歩いていた。


小蒔の携帯電話で時間を確認した時、既に十時は過ぎていた。
けれども勿論、此処で戻るという選択肢が出て来る訳もなく。
横穴も随分と奥まで進んだし、此処まで来て子供を放置するなんて出来る訳がなかった。




「びっくりしたぁ〜。もう、さっきから何回目なんだか」
「海の下だものね。地下水になって染み出しているのかも」




首の後ろを摩りながら、小蒔は殆ど見えない頭上を見上げる。
其処へ狙ったように雫が落ちてきたものだから、また小蒔は拗ねたように唸った。




「でも、本当にこんな所に小さな子がいるのかしら。入り口の近くなら、まだ判るんだけど……」




葵のその疑問は、全員の胸の内にある。
あるが、此処以外に今の所当てがない。

明日になれば、他の地元の子供達と同じように見付かるのかも知れない。
しかし、葵はそれを待ってはいられなかった。
泣き出しそうな顔で娘を探していた母親に、早く安心して欲しい。
子供の方も、もし本当にこんな場所に迷い込んでしまったなら、きっと今頃は怖くて震えているだろう。
早く親元に帰してあげないと─────


そう考えていた葵の前で、醍醐が脚を止める。
小蒔と二人揃ってぶつかって、足元の不安定さから引っくり返りそうになるのを、龍麻に支えられた。




「どうしたのさ、醍醐君」
「いえ……何か、其処で動いたような……」
「本当?」




醍醐の言葉に、葵と小蒔の表情が僅かに明るくなる。

この洞窟は、青年団が調べた限りでは、生き物らしい存在が全くなかった。
ならば今此処にいる動くものといったら、探している子供以外に有り得ない。



醍醐が懐中電灯で奥を照らし出す。
突き当たりになっているのか、それ以上穴は奥へと延びておらず、光は壁に当たっていた。
周囲に光を巡らせると、ぽっかりとした広い空間が出来ている。

その奥に、浴衣姿の小さな子供が横になって丸まっていた。



直ぐに駆け寄って、小蒔が抱き起こす。
葵が口元に手を当てると、静かな呼吸が確認できた。
乱れてもいない所を見ると、どうやら眠っているだけのようだ。

一同がほっと安堵の息をついた──────その瞬間。




ざああああああ、と大きな波の音が、直ぐ傍で響いた。




「何──────」




反射で龍麻と醍醐が振り返る。
そうして見つけたのは、空間全体を覆い尽くすほどの高波だった。




「きゃ─────」
「葵ッ────!」




頭上高くから落ちてきた流水。
逃げる場所などなく、全員がそれに飲み込まれた。


突然の出来事にパニックを起こしかけながら、龍麻はどうにか踏みとどまる。
口にも鼻にも水が入り込んで、視界も滲んで歪み、眼球が傷む。
それらを堪えて、龍麻は拳に気を練った。

拳の周囲の流水が、渦を描くように動き出す。
圧力の加わった水が他と違う流れを生み出していた。


水を裂くように、拳を振るう。
放たれた氣の塊は、流水を横一線に裂いて飛んだ。

しかし、それ以上の効果はない。




「ッ……!!」




ごぼり、と喉の奥に押し留めていた酸素が押し出された。
直ぐに口を手で覆うが、失ったものは取り戻せず、息苦しさが募るだけ。


小蒔が縋るものを求めて腕を彷徨わせる。
腕の中の少女は目を覚ます様子はなく、酸素が失われる事にも抵抗しなかった。
醍醐がそれに手を伸ばしていたが、届かない。

葵の表情が苦悶に歪んで、最後の気泡が彼女の口から溢れ出す。
彼女の躯から力が抜けて、水の塊の中で逆らう術を失う。




この水は、恐らく鬼であると判断して良いだろう。
水は意思を持った生き物のように蠢いており、決して広くはない穴の全体を覆い尽くしている。
これだけの巨体をどうやって隠していたのか、地下水のように壁に滲み込んでいたのだろうか。

水の鬼はどんどん体積を膨張させて、水の量は天井まで達していた。
唯一逃げられる場所と言ったら、此処に来るまでに通った横穴のみだが、其処に行こうと泳げば水の流れで押し戻される。
酸素不足の上、浮力で体が浮いている所為で踏ん張る事も出来ない。


──────このままだと、遅かれ早かれ、全員が死ぬ。




ぞくり、と全員の背に冷たい死神が迫るのを感じた、直後。






「旋風ッッ!!!」






空気を切り裂く見えない刃が、横穴から水の塊へと放たれた。
風は嵐となって、水の中で渦を作り、水の塊を掻き集めて凝縮させて行く。

水から解放されて、浮力を失った四人は、地面へと投げ出された。


横穴から影が飛び出して、渦を縦一線に切り裂く。
風が弱まって行くと、渦の塊は圧縮する力を失い、飛沫になって地面に飛び散り、見えなくなった。




「おい! 無事か!?」




振り返り叫んだのは、京子だった。
浴衣ではなく、就寝時のシャツと短パン姿になっている。




「げほッ、ごほッ……京、」
「全員生きてるな。ガキは?」
「……なんとか、無事」




子供の呼吸を確認して、小蒔が京子に答える。
京子は安堵の息を一つ吐いて、気を失っている葵の下へ駆け寄る。

抱え起こして頬を何度か叩くと、意識を失ったままで葵が眉根を寄せた。
力を加減して胸部を強く打てば、ごほッ、と咳き込んで水が吐き出される。




「こほッ、ごほッ……京子ちゃん…、ありがとう」
「構やしねェ。それよか、さっさと此処を出るぞ。薄気味悪ィったらねェ」
「ああ、そうだな」




よろめく葵に肩を貸して支えながら、京子は立ち上がる。
龍麻と醍醐、小蒔も子供を抱えて立ち上がった。

その行く手を遮り、水の塊が再び壁になる。




「ダメージゼロかよ……」
「本当に水そのものなんだと思うよ」
「だったら相手するだけ無駄だな」




葵を龍麻に任せて、京子は木刀を構える。
上段の構えから、地面に叩きつけるように一気に打ち落とす。

びしり、と地面に亀裂が走り、一直線に水の塊へ向かって拡がっていく。
水の塊の中心が裂け、左右に分かれて飛び散る。
しかし水滴すらも意志を持っているかのように、単細胞生物がもう一度集合するかのように食指を伸ばし、結合して行く。


水が再び集合体となる前に、五人は横穴へと走る。
だが、其処にも新たに染み出た水が塊となって、壁を作った。




「何度も何度も、鬱陶しいッ」




京子が脚を止めずに木刀を握りなおす。
振り上げようとした直前、醍醐の尖った声が飛んだ。




「蓬莱寺、後ろだ!」
「うぉッ!?」




声に反応するよりも先に、京子の腕が水の触手に巻き取られた。
溜めていた氣が霧散して、己の不注意に舌打ちする。

巻き付いたのは腕の一本だけではなく、肩、腰、脚にも絡まってくる。




「京、」

「きゃあああッ!」
「うわぁッ!」




龍麻が京子の下へ駆け寄ろうとした時、葵と小蒔の悲鳴が響く。
見れば彼女達も京子と同様に、水の触手に捕われていた。

小蒔が抱えていた少女が落ちて来る。
咄嗟に醍醐が受け止めたが、小蒔の方は上空へと持ち上げられていく。


三人の体はそのまま引き上げられて、天井近い場所まで浮かされる。
京子は自由な左腕で、腰に巻きついた流水を殴りつけるが、水飛沫が跳ねるばかりで効果がない。
まるでホースか何かを通して、それに水が纏わりついているかのような弾力があった。




「なんだよ、これッ! くッ…!」




小蒔も逃れようと身を捩る。
しかし、やはり触手はしっかりとした力で彼女を捕らえて離そうとしない。




「きゃあッ!」




葵が悲鳴を上げた。
彼女の浴衣の袷から、触手が中へと入り込んでいる。




「葵…あッ、やッ!」
「ンだ、この水ッ! 気色悪ィッ!」




触手は小蒔と京子にも同様の狼藉を働こうとしていた。


小蒔の浴衣の裾に触手が潜り込む。
冷たい水の塊が脇を掠めて、小蒔の肩が小さく震えた。

京子は就寝時の、薄い布地しか身につけていないのが災いした。
水の触手に巻き付かれて、シャツは水を含んで透けてしまい、彼女の色の良い胸の頂が顔を出している。
それだけではなく、シャツの裾を捲り上げて、直接大きな乳房に巻きつかれた。




「んッ……このッ…!」




京子の喉から、鼻がかった吐息が漏れる。




「やッ…いやぁ……!」
「うあッ…! や…!」




冷たい水の触手に体を弄られて、葵と小蒔が身を捩る。

浴衣が濡れて重みを増し、少女達の体に張り付き、扇情的なラインが浮き上がっていた。
捲り上げていた裾の中、葵の白い脚と、小蒔の日焼けした脚が際どい所を見え隠れさせている。


更には、あらぬ場所に触手が伸びて来て、




「きゃッ!」
「や、何ッ!?」




葵が身を竦め、小蒔が瞠目する。

同じように京子にも、




「あッ、く……この…ふッ!」




脚の間に入り込んだ触手が、彼女の秘部を擦るように滑る。
ぞくぞくとした感覚が背中を駆け上って、京子は零れそうになる声を噛み殺す。


いつの間にか、京子は両腕を巻き取られてしまっていた。
頭上に持ち上げられて纏められると、抵抗を奪われた格好となり、無防備を晒す他ない。
動かせるのは精々手首だけで、それで木刀を満足に振るえる訳もなく。

悔しさを滲ませながら、京子は眼下にいる男二人を睨み付けた。




「おめーら、見てねェでどうにかしろッ!!」
「どうにかって……」




京子の怒号に、龍麻と醍醐は顔を見合わせる。


水に打撃は聞かない、それは氣を溜めても同じ事だった。
大きな攻撃で霧散させても、水滴が僅かでも残っている限り、再び集合するだろう。

こういう類は、大抵中心部か、別の場所に心臓部となる核が存在する。
しかし、先程津波に取り込まれた時も、それらしいものは確認出来なかった。
あの状況では碌にそんな確認など出来なかったので、無理もない。


とにかく彼女達を助けなければと、それぞれ思案する。
それを打ち切るように、小蒔の悲鳴が上がった。




「きゃあああッ! 何、やだ、いやあッ!」
「桜井さ────」
「わーッ! 醍醐君、こっち見ちゃダメー!!」




反射的に顔を上げた醍醐の目に飛び込んできたのは、浴衣を乱し、半裸の状態になった小蒔。
浴衣の下に薄い当て布を着させてもらっていたが、濡れてしまえば、これもやはり透けてしまっていた。




「くぉら醍醐!! 鼻血吹いてねーで、さっさとどうにかしろ、このタコ!!」




そのまま引っ繰り返りそうな醍醐に、京子が怒鳴る。

そんな彼女にも、水の魔の手が伸びていた。




「ひぅッ!」




ビクッ、と京子の背が仰け反る。
短パンの裾の隙間から触手が滑り込み、彼女の秘部を弄っていた。





「ん、ぅ…ッやッ…! くッ…!! こンのッ…!」




背中を昇ってくる感覚に逆らうように、京子は絡みつく触手を睨む。
それを揶揄うように、下肢に潜り込んだ触手は一層激しく暴れ始めた。
釣られるように、葵と小蒔に絡みついた水も動き始める。




「やッああッ!」
「ひッ、んんッ、ひぅッ! あ、ふぁ、」
「いや、やだッ! ふぁ、助けてッ…!」
「くぁ、あ、あ、くぅうう……ッ!」




葵と小蒔の声にも艶がこもり始めて、京子は完全に官能を感じている。



──────龍麻が意を決したように、地面を蹴った。
高く飛んで、京子達のいる場所まで到達する。




「ごめん、京」
「ふぁッ……」




短い謝罪の言葉は、京子の理解には至らない。
何れにしろ、龍麻にそれ以上の反応を待つ時間はなかった。


ごう、と龍麻の拳に炎が宿る。
龍麻は、その拳を京子の腹に巻きついた触手へと撃ち放った。

業火を受けた水は、一気に沸点を越え、蒸発した。



衝撃は京子の腹、内臓まで到達し、京子は一瞬えぐい味が喉から競り上がるのを自覚する。
辛うじて吐き出すまでにはならなかったが、いっそその方が気持ちは楽だったかも知れない。

地面に降りた京子は、そのまま立っていられずに、座り込んで餌付く。




「うげッ…げほッ、ごほッ…っぷ……」
「大丈夫?」
「……お陰さんでなッ」




厭味を込めて返した台詞だったが、龍麻から「そう」と短い返答があっただけ。
京子もそれ以上は構わず、木刀を握る手に力を込めた。




「旋風・三連ッ!!」




風が三つの道を作り、閉鎖空間に嵐が吹き荒れる。
葵と小蒔に巻き付いていた水が、強烈な風に引き寄せられ、風の渦へと集められて行く。

自由になった二人の脱力した体が落下していく。
葵を龍麻が、小蒔を醍醐が受け止め、大事には至らなかった。




「あ、ありがとう、緋勇君」
「醍醐君も、ありがとね」
「いえ…」




間近で見れた小蒔の笑みに、醍醐の頬に朱が昇る。




「おい醍醐、のんびり鼻の下伸ばしてる場合じゃねェぞ」
「誰がッ! ……いや、判ってる。だが、どうするつもりなんだ?」
「ま、なんとかならァ。─────なァ、龍麻」




いつものように木刀を肩に乗せて、京子が言った。
切れ長の目を向けられた龍麻は、小さく頷いて、拳を握る。



三つの竜巻の内、一本に水が集中し、渦が出来ている。
これを切り裂くのは京子にとっては簡単だったが、それでは先刻の二の舞になるだけだ。

京子はもう一度、三つの風を巻き起こした。
それから直ぐに地面を蹴って、渦を縦に切り裂く─────此処までは同じ。
違うのは、飛び散った飛沫を後追いの風が巻き上げて行くことだ。


分かれた二つの水の塊は、三つの風にそれぞれ散って回収された。
その中で一番容積の少ない塊を狙って、龍麻が地面を蹴る。




「巫炎ッッ!!!」




龍麻の拳に再び炎が灯る。
京子の腹を打った時よりも、炎は大きくなっていた。

塊を炎で殴りつければ、また一気に沸点を越え、蒸発していく。
その間に、京子は風を起こし、水を巻き上げ、切り裂いてを繰り返す。


狭い空間を縦横無尽に疾る嵐に、葵が結界を作り出して抵抗していた。
まともに力が入らないのだろう、倒れそうによろめくのを、小蒔と醍醐が支えている。



次第に風に集まる水の量は少なくなり、時折、蒼い鉱石が閃くのが暗闇の中に浮かんで見えた。



風に巻かれて身動きの出来なくなった鉱石へ、龍麻が走る。
拳程度の大きさのそれに、龍麻は練った氣をあらん限りの力でぶつけた。

ぴしり、と鉱石に罅が入り、其処から黒々とした煙のようなものが溢れ出す。




鉱石は、破裂した。
まるで風船が破裂するように。

その小さな石の中にどうやって押し込まれていたのか判らない、大量の海水を吐き出して。




「うわっぷ!」
「京……ッ!」




京子と龍麻が濁流に飲まれる。

葵の結界も、一気にかかった圧力に負けてしまった。
悲鳴を上げる暇もなく、葵、小蒔、醍醐、そして気を失ったままの子供も、水に飲み込まれてしまった。




狭い空間に、水の逃げ道はやはり一つしかない。
排水溝となった横穴から外へ、圧縮ポンプのように、水は急速な早さで解放口へと逃げていく。

飲み込んだままの人間を、もみくちゃにしながら。


























静かだった岩場に、ドドド、と不穏な音が鳴り始めていた。
しかし、それに気付く人間はいない。


海に向かって伸びていた横穴は、一本道になっていた。
洞窟は坂道になっており、入り口を上にして傾いている。
入り口のみが地上に顔を出し、以降はずっと海の底に沈んでいると言う事だ。

それを競り上がってくる大量の水。
他に逃げ道のない水は、マッチポンプのように逃げ口へ押し出されていた。




穴の口から、大量の水が吐き出される。
その勢いや、水道管が破裂したのではないかと思える程のものだった。

それと同じくして、海に投げ出された人影が複数。




「──────ぶはッ!!」




最初に海から顔を上げたのは、京子だ。
続いて龍麻が水面に上ってくる。




「はッ……はぁ……びっくりした」
「洗濯機の洗いモンの気分を味わったぜ……」




うんざりとした表情で溜息を吐く京子に、龍麻も頷く。


激流の中は、京子の言葉通り、まるで洗濯機のようだった。
外へ外へと逃げる力は、あの細い道の中で渦を巻き起こし、龍麻達を振り回した。
何度か何かにぶつかったような気がするが、それが仲間なのか、壁だったのかは判然としない。

外への放流がもう少し遅かったら、壁の何処かが突起していたら、どうなっていたのか。
考えるだに恐ろしくて、京子は判り易く顔を顰めた。



京子の傍で、こぽり、と水面に気泡が浮かぶ。
其処から葵が顔を出した。




「ぷはッ…は、はぁ……」
「おう、無事みてェだな」
「な、なんとか……でも、浴衣が重くて」




立ち泳ぎをしているのも辛いのだろう、葵が眉尻を下げて言う。
だろうな、と京子も同調した。


少し離れた場所で、小蒔が浮かび上がった。




「ぷはぁッ!」
「小蒔!」
「あ、葵ー……良かった、無事だったんだ」




親友の姿を確認して、葵も小蒔も、ホッと安堵する。

しかし、まだ一人浮き上がってこない。
いや、彼だけではない、助けに行った筈の子供の姿も見えなかった。




「おい小蒔、醍醐は?」
「え…判んない……」
「女の子もいないわ」




全員で当たりを見回す。

龍麻は、岩場の傍に目を留めた。




「あそこ」
「─────醍醐!」




龍麻が指差した先に、全員が目を向ける。
其処には、子供を抱えて岩に登ろうとしている醍醐の姿があった。


泳いで彼の下まで急ぐ。

その間に醍醐は、子供を岩に乗せて、自分も岩の上へと登りきった。
近くに辿り着いた仲間を、順番に引き上げてやる。




「無事で良かった」
「お互いな。子供も無事だ、さっき水も吐かせた」
「良かったぁ……」
「ありがとう、醍醐君」




尚も意識を取り戻さない子供に、心配は尽きない。
けれども、生きている事だし、今までの失踪事件でも翌日には見付かったと言うし、恐らく大丈夫だろう。
念の為に葵が氣を送り、子供の回復力を促して置いた。


そうして一段落がついたとなると、一気に疲労感が襲ってくる。
早くホテルに戻った方が良いのだが、この風体で帰るのも気が引けた。
こんな夜中に服が乾くまでのんびり出来る訳がないので、戻るしかないのだけれど。

ふらふらとした足取りで、五人揃って浜辺を歩く。
葵と小蒔などは、濡れて重みの増した浴衣がまた、鬱陶しく思えてくる。




「借り物なのに、悪い事をしてしまったかも」
「そうだよねぇ。京子はいいな、着替えてて」
「良かねーよ。今日素っ裸で寝なきゃなんねェ」
「他の服着ればいいじゃん」
「これが一番楽だったんだよ」




水を含んで透けてしまっているシャツを摘みながら、京子は言う。




「まぁ、寝る時はもう好きにしたらいいけどさ。僕らもそうだけど、京子もその状態のままで戻らない方がいいよ」
「そうね。その……見えちゃってるから……」
「ん?」




何が、と聞こうとして、京子は自分の格好を見下ろして気付く。
シャツがぴったりと張り付いている所為で、胸の柔肉がすっかり形を出している。
おまけにブラジャーもしていないものだから、色付いた蕾が浮き上がったままだ。

龍麻と醍醐は前を歩いているのでこれを見ていないし、戦闘中は勿論、海に投げ出された時も気付いてはいないだろう。
それは緊急事態であったからであって、これから戻るホテルは、まさかそんな出来事があったとすら知るまい。


京子は別段、恥ずかしくもなんともないのだが、葵と小蒔の言う通り、このままにしておけないのは判った。
この状態でホテルに────いや、人目につけば、その時点で露出狂扱いだ。

乾けば少しはマシになるだろう。
そう思うと、京子はシャツを脱ぎ始めた。




「ちょッ、またあ! ダメだって!」
「ンだよ、絞るだけだから良いだろ」
「せめて言ってからにしなよ」




龍麻と醍醐は前を歩いている。
だが、いつ振り返らないとも限らないのだ。
会話は聞こえているだろうけれど。


京子が止めて聞く訳もなく、結局上半身裸になってしまう。
シャツを絞ればボタボタと大量の水気が絞られて、砂浜に滲み込んで行く。

もう一度袖を通せば、先刻よりはまともになった。
胸の形はやはり浮いてしまっているものの、蕾は隠れてくれた。



前を歩く龍麻がくしゃみをする。
釣られたように、醍醐も一つくしゃみ。

それを後ろで眺めながら、女子三名は顔を見合わせて苦笑した。




「帰ったらお風呂入んなきゃね」
「その前にマリアちゃんからお説教だろ」
「ふふ、そうね。でも、今日は仕方ないものね」









───────ホテルの明かりが近付いてくる。

その入り口で、仁王立ちしている担任教師の姿があった。












[ ]

少年漫画レベルのお色気シーンを書きたかったんです。
……京ちゃんがなんかそれ所じゃなくなってますが(爆)。

これにて、事件は一件落着。