声が消える先
スコールがKHの世界にいます。特に詳細な理由はありません。


 目が覚めた時、其処は見知らぬ場所だった。

 遠く続く寂しげな色の空の向こうに、ぽつぽつとクレーンのような大きな機械が置いてある。
その周囲を囲んでいるのは、これもまた心寂しさを滲ませる街だった。
街は錆びれているとも、活気があるとも言い難い。
屋根の間に見える煙突から煙が出ているのが見えたので、どうやら人の気配はあるらしい。
だが、街の規模や建物の数に反して、それ程人口はなさそうだった。
街の端々に痛んだ外壁や、修繕途中の屋根、更に言えば奇妙な影がうろうろと歩き回っているのが見えて、安全が約束された場所でもないようだ、と思った。

 ぼんやりと見つめる景色の遠くに、大きな城がある。
物理法則や、建築の理屈を無視したような形の城で、少なくとも、自分の中に根付いていた常識の範疇にはない形状をしている。
そう思った後で、常識から外れた城は前にも見たな、と思った。
思っただけで、それがいつの事なのか、どんな形の城だったのかは、全く判らない。
其処で初めて、自分が自分自身について、何も思い出す事が出来ない事に気付いた。

 己が記憶喪失になっていると知っても、不思議と驚きはなかった。
戸惑いはしたが、何故、とは考えない。
其処まで考えられない程に、狼狽していたのかも知れない。

 しばらくの間、目覚めたその場所で、じっと街の景色を見詰めていた。
どうして良いのか判らず、得体の知れない場所で迂闊に歩き回る気にもならず、外からアクションが来ないかと待っていたのかも知れない。
願わくば、それが魔物や危険の類ではなく、話の通じる人間であれば良い───と、思っていたら、


「────スコー、ル?」


 聞こえた音に、己が“呼ばれた”と思って、振り返った。
そうして、自分を呼んだのであろう金髪の男が、まるで幽霊にでも出逢ったように目を丸くしているのを見返しながら、自分の名前が“スコール”で正しかった事だけを思い出した。

 スコールを見付けたのは、クラウドと言う名の男だった。
クラウドはスコールを見付け、硬直から解放されると、「お前、どうしてそんな格好してるんだ?」「髪を切ったのか?」「縮んでないか?」「と言うか、若い……?」と捲し立てるように問い詰めて来たが、スコールは何も言い返せない。
自分の関する記憶が殆ど見付からない為だ。
だからスコールは、目の前の男が自分と知り合いなのか否かも判らず、ただただ沈黙しているしかなかった。

 混乱極まったクラウドを救ったのは、彼の後に現れた人物だ。
レオンと言う名のその男は、スコールに詰め寄るクラウドを見付けると、まあまあ強引な方法で彼を黙らせた。
どうやら、スコールがクラウドに迷惑な絡まれ方をされていると思ったらしい。
それからレオンは、スコールの顔を見て、クラウド以上に驚いていた。
何か苦い物を見たような貌をされた気がするが、その間に復帰したクラウドが「スコールが二人いる!?」と叫び、レオンがクラウドを睨んだので、レオンの瞬間的な苦い表情について、スコールが何かを訊ねる事はなかった。

 レオンが言うには、スコールが立っていた場所は、少々物騒な所だったらしく、先ずは安全な場所にと案内された。
道すがらにスコールは色々と聞かれたが、どれも上手く答えられず、「家は」「家族は」と言うレオンの問いにも、判らないとしか言えなかった。
唯一、スコール・レオンハートと言う姓名はなんとか絞り出せた───その時、レオンとクラウドがまた驚いた顔をしていたような気がする───ものの、それ以外の事はからきしだ。
この街が、遠くに聳える奇妙な形の城を含め、ホロウバスティオンと言う名で呼ばれている事も聞かされたが、スコールの記憶の枝葉は全く震えなかった。
知らない街だ、とスコールが正直に言うと、レオンとクラウドが首を傾げる。
その辺りの事は、記憶喪失だから仕方ない、と言う事で片付けられる事となった。

 彼等曰く、ホロウバスティオンの城と街は、現在、復興作業の真っ最中なのだと言う。
彼等は一度この故郷を失い、十年近い年月の後、つい最近、ようやく戻って来れたそうだ。
だから街の大きさに反して、人の気配が少なかったのか、とスコールも理解した。
復興の為に結成された『再建委員会』の面々に引きあわされると、そのメンバーもまた、スコールを見てレオン達と同じように驚いた。
レオンがシドと言う年輩の男と話をしている間、スコールはユフィとエアリスと言う少女から色々と質問攻めにされていたが、無論これも、記憶喪失により、幾らも応えられていない。

 レオンとシド、途中から話し合いに参加したクラウドは、別の世界がどうの、闇の力の影響がどうのと言っていたが、スコールには全く判らない。
出来るだけ自分の状況を把握する為、情報には耳を欹てていたのだが、それを統合して整理するだけの情報を、スコールは持っていなかった。
結局、三人の話し合いが終わるまで、スコールは女子二名にしげしげと観察されていた。

 レオンとシドの相談により、スコールは当分の間、レオンの下で暮らす事になった。
身寄りもない上、記憶喪失の状態で、見知らぬ街に一人で放り出すのは心許ないだろうと言う、シドの配慮だ。
レオンは専ら忙しくしているそうだが、寧ろ一人で家にいた方が今はゆっくり休めるだろう、と言われ、スコールもそれに頷いた。

 それからスコールは、レオンの家で暮らしている。
同居が始まって二日はレオンがつきっきりで世話をし、街の案内や、気を付けるべき事を説明してくれた。
その後はレオンがぽつぽつと家を空けるようになり、スコールが留守を預かり、日常の雑事を引き受けるようになった。
いきなりクラウドが窓から入って来たのには驚いたが、生活を続けている内にそれも慣れてしまった。
それから、レオンとクラウドが特訓と言って剣を交えている所を見て、何かが疼き出すような感覚に捕まって、二人の特訓に加わらせて貰った。
この時の成果で、スコールには十分に戦闘に関する素養がある事が判明し、一時的に『再建委員会』の一員として、ホロウバスティオンに蔓延る魔物───ハートレスと彼等は呼んでいるが、スコールから見れば“魔物”と言う呼び方が一番馴染みがある気がした───の退治を任される事になった。
武器は、レオンが昔使っていたと言う、ガンブレードと言う剣を借りた。
リボルバー銃の回転式弾倉を備え、銃砲ではなく、剣を携えた風変りな武器───なのだが、スコールには不思議と、「見慣れた」感覚があった。
今のレオンが持っているものに比べると、やや小振りでシンプルな形のものだったが、彼ほど上背のないスコールには丁度良いサイズ。
グリップを握った時、些か違和感のようなものはあったが、使用に問題のない程度だし、使っている内に気にならなくなった。
以来、それはスコールの愛用の武器となる。

 再建委員会の活動の詳しい事は、スコールにはよく判らないので、難しい事を聞かされる事は少ない。
だが、魔物退治を任せられる人員が増えた事は歓迎されているらしい。
広い街をパトロールし、魔物を見付けては狩る生活は、家事雑事で怠けつつあった体を運動させるには丁度良いと、スコールが魔物退治を引き受ける事に否やは唱えなかった。

 そんな日々を過ごす内に、スコールはすっかり今の生活に慣れて来た。
記憶の回復は未だ兆しも見られず、このまま此処にいてもいいんじゃない、レオンの弟って事にしてさ、とユフィが冗談交じりに言った事もある。
記憶がないだけに、故郷への感傷も沸かない所為か、それも悪くはないかも知れない───とスコールは思った。




 レオンの家で、昼食を彼と揃って食べ終え、その片付けをしていた時だった。
皿についた洗剤泡を水で流していると、


「スコール。少し頼まれてくれるか」
「…?」


 食後、新聞を読むように、厚みのある紙束を呼んでいたレオンの声に、スコールは首だけで振り返った。
レオンは書類を見ていた視線を、キッチンに立つスコールへ向けて、


「調べものをするのに、資料になりそうな本が城の図書館にあるんだ。俺はちょっと手が離せない案件があるから、代わりに取りに行って欲しい」
「急ぎの物か?」
「其処までじゃないが、出来れば早い方が有難い」
「判った。後で行って来る。タイトルリストだけ頼む」


 スコールの言葉に、レオンは助かると言って、シェルフに置いてあったメモ用紙とペンを取った。

 ホロウバスティオンの城の中には、大きな図書館が備えられている。
嘗て、この街で賢者と呼ばれていた人物が集めた物、またはその人が書いた物が全て収められているらしい。
レオン達は、街の復興の傍ら、賢者が研究していた事について調査していると言っていた。
スコールに詳しい事は判らないが、何やら、とても重要な事であるらしく、レオン曰く、ひょっとしたらスコールが故郷に帰る方法も、其処から見付かるかも知れない、との事。
それもあり、また単純に暇潰し目的もあり、スコールは頻繁に城の図書館に足を運んでいるので、一人で行くのも慣れている。

 レオンが必要だと言う本のタイトルリストを書き終えた所で、スコールの洗い物も終わった。
渡されたメモには、長ったらしい名前のタイトルが一つと、魔法の使い方に関するタイトルが一つ、もう一つはこの国の歴史伝記と思われた。


「この伝記の本は、奥の隠し棚にあると思う。本棚の動かし方は、覚えたな?」
「ああ。問題ない」


 城の図書館は、いつも綺麗に整えられているので、探し物をするのは、基本的には難しくない。
本もアルファベットの順番で色分けされ、置き場と棚が決まっている為、きちんと元あった所に戻されていれば、彷徨い歩く必要もない。
その代わり、部屋の其処此処、或いは本棚そのものに仕掛けが施されており、文字通り本棚に囲まれて調べられない本棚、と言うものがあった。
図書館はそれなりに広いのだが、それでも足りない程の蔵書となった末、本棚そのものを収納したり、仕掛けを動かして動線と書棚の位置を入れ替える事で棚の置場を確保すると言う方法が取られていた。
このギミックを利用し、重要な本や、機密的な物が記されたものは、隠し棚へと納められるようになっている。

 初めの頃は、迷路のように連ねられた本棚や、仕込まれたギミックのお陰で、目当ての本棚を探すだけでも苦労していたスコールだったが、レオンが根気よく教えてくれたので、もう慣れた。


「じゃあ、行って来る」
「ああ───そうだ、夕飯は俺が作るから、少し図書館でのんびりしていても良いぞ。今日はハートレスの被害も聞かないし、セキュリティ装置が順調に稼働しているようだから、街の見回りも休んで良いとシドから連絡が来たからな」
「…判った」
「でも谷の近くを通る時は気を付けるんだぞ。あの辺りは大きなハートレスもいるから」
「ん」


 玄関へと向かうスコールに、レオンがあれこれと注意を促すのは、いつもの事だった。
スコールはそれらに短い返事だけを返して、ガンブレードを手に、玄関扉を潜る。

 重ねるように、気を付けろよ、と言う声が聞こえて、過保護だなと思いながら、彼がそうやって自分を大事にしようとしてくれるのが、無性にこそばゆいとも思った。



 街から城までの道は、少し物騒だ。
ハートレスと呼ばれる魔物があちらこちらで歩き回っており、スコールを認めるや否や、獲物と見て襲い掛かってくる。
しかし、シドが設置稼働させる事に成功したセキュリティシステムのお陰で、かなり楽な道程になった。
シドはこのセキュリティシステムを、街全体に設置する事で、ハートレスによる住人への被害を失くそうと考えている。
一昨日もまた一つ、新しい装置を設置した所で、街の中心部はほぼ安全が確立されたと言う。
セキュリティの設置にはスコールも少し携わったので、上手く機能していると言う話には、少し安堵を覚えたものだ。

 だが、セキュリティは城そのものには届いていない。
レオン達が故郷を一度失った際、その原因は城の内部にあったらしい。
その頃の影響か、名残なのか、城の中に蔓延るハートレスは、外にいるものよりも格が上だった。
これらに対抗するには、セキュリティシステムを大幅に強化しなければならないらしく、現在、シドはそのプログラムの作成に追われている。
幸いなのは、城内でハートレスの姿が確認できる場所は、地下や其処へ繋がる階段付近に限られると言う事。
地上部分や上層部は、嘗ては此方にもいたものの、レオンやクラウドの奮闘で掃除する事が出来たそうだ。
お陰で地上一階のエントランスホールから繋がる図書館には、苦労もなく出入りする事が出来る。

 レオン達に保護されて間もなく、記憶の手掛かりがあるかも知れないからと、スコールは図書館へと連れて来られた。
結局、その提案は空振りに終わったのだが、色々な書物が詰められた図書館は、良い暇潰しになった。
この城に住んでいたと言う賢者の持ち物か、それとも誰かが持ち込んでいたのか、図書館には難しく分厚いものもあれば、子供向けの絵本も置いてある。
流石にスコールが絵本を手に取る事はなかったが、小説や動物、植物の図鑑も置かれていたので、読み物には困らなかった。
街から隔離された城の中、地下のハートレスを除けば殆ど来訪者がいない為、とても静かな環境が保たれている。
誰かが来ても、再建委員会のメンバー位のものだし、知らない人間と顔を合わせる事はないので、スコールは暇があると此処に来て、本を開いて過ごしていた。

 今日はレオンに探し物を頼まれたので、先ずはそれを済ませる事にした。
魔法に関する本は直ぐに見付かり、長いタイトルのものは少し探したが、それ程時間はかからなかった。
後は、レオンも言っていた、隠し棚にある歴史伝記だ。
隠し棚とレオンは一言で済ませてしまっていたが、この隠し棚も一つではないので、目星を付けて探さないと面倒になる。


(頭がL、その次がE……LEの隠し棚は……)


 探すべき本のタイトルを忘れないよう、頭の中で反復させながら、目当ての本棚を探す。
念の為、と先に表に出ているLの棚も探してみたが、件のものは見付からなかった。
やっぱり隠し棚か、とギミックを動かす事への面倒臭さを振り切って、スコールは図書館の奥の階段を使い、二階へ上がる。

 二階には、嘗てこの城の持主が使っていたのだろう、上質の木材で誂えられたデスクがあった。
長らく使われていない筈だが、デスクには埃一つ落ちていない。
エアリスやレオンが定期的に此処に来て、掃除をして行くからだろう。

 デスクの横を通り過ぎて、スコールは一本の壁柱に向かった。
其処には収納に使える窪みがあり、奥行きは扇状に象られている。
この小さな収納棚は回転させる事が出来、此処に図書館のギミックを動かす為の小さなボタンが隠されている。
同じような壁柱がこの図書館には複数備えられており、一つ一つが独立して動くように設計されていた。

 ボタンを押した後、ゴゴゴ、重い物が動く音が聞こえた。
多分これで良かった筈、とスコールはもう一度階段を降りる。

 先と比べ、幾つかの棚が配置を替えている。
これのお陰で、一階の出入り口には直接出られなくなってしまった。
図書館は二階にも出入口があるので、出入りに困る事はない───が、若しもこのままスイッチを戻さずに二階から帰ってしまうと、次に図書館に来た時、エントランスホールで二階に上らなければ、図書館に入る事が出来ない。
帰りに忘れないようにスイッチを押さないと、と思いながら、スコールは目宛ての本棚へ歩く。

 歴史伝記の本は、直ぐに見付かった。
先に回収していた本と、レオンが書いたタイトルリストを照らし合わせ、間違っていない事を確認する。


(これで良し。後は……)


 どうするかな、とスコールは窓の外を見る。
空は澄んだ青色をしており、スコールがレオンの家を出てから、それ程時間が経っていない事が判る。
今から家に帰っても、夕方にもなるまい。
夕飯はレオンが作ると言っていたので、スコールが買い物に行く必要もないだろう。

 となると────




帰る(レオ×スコ)

帰らない(モブ×スコ)