潮騒の初め 出発前


「あけまして」
「おめでとー」


 玄関のチャイムの音を聞いて、ドアを開けてみれば、もこもこと着込んだ格好のクラスメイトと後輩────ヴァンとジタンであった。


「…おめでとう」
「おめでとっスー」
「おーす、おめっとー」
「おめでとー」


 新年の挨拶を返しながら、スコールが玄関扉を大きく開かせ、友人達を家屋内へと招き入れる。
一足先に隣家からやってきていたティーダが顔を出し、二人に挨拶すれば、二人も同じように挨拶を返す。

 南国のバラムとはいえ、冬はそれなりに冷える。
生まれ育ったスコールや、幼少期を北方の大陸トラビアにあるザナルカンドで過ごしたティーダは、特に気にする事はなかったが、砂漠生まれのヴァンにはバラムの冬もそこそこ応えるらしい。
兄から借りた厚めのロングコートに、マフラー、手袋、インナーも特殊加工した保温の良いものを着ており、いつも身軽な恰好を好む彼にしては非常に珍しいものだった。
ジタンはトラビア大陸の山間にある集落で生まれ、それなりに寒さには強い方ではあるのだが、それでも今日は寒いと思ったようで、コートとマフラー、手袋と完全防備になっている。

 空調の効いた快適な室内に入って、ヴァンとジタンは、ほっと安堵の息を吐いた。
マフラーを解き、手袋を外す二人に、スコールが玄関口横のコートハンガーを指差す。
お邪魔しまーす、とジタンが言って、二人は防寒用の諸々を其処に置かせてもらった。


「うあ〜、外寒かったー」
「マジっスか。俺ずっと家の中いたから知らなかった」
「家からこっち来る時、寒くなかったか?」
「俺、昨日の夜から此処にいるから。スコールの作った蕎麦美味かった〜」
「作ったって、まさか麺から作ったのか?」
「…麺を作ったのはレオンだった」


 寒い寒いと繰り返す二人の為に、温かいコーンスープを用意していたスコールが言った。
ジタンがコーンスープを受け取りながら「マジで?」と目を丸くする。


「あいつ何でも出来るな……相変わらずチートめ」
「チート…?」
「ズルいって事っスよ」


 聞き慣れないジタンの言葉に、首を傾げるスコールへ、ティーダがテレビのリモコンを弄りながら教える。

 レオンはズルい────と言うのは、スコールも納得する。
ガーデン生の頃から、レオンはなんでも一人で完璧にこなし、家族を支え守る為、アルバイトをしながら、当時の在籍生の中で成績最優秀者の称号を頂いていた。
本人はただがむしゃらに、家族を守る為、妹弟の手本となる為に励んできただけだと言うのだが、同じように努力をして、一体何人が実を結ばせる事が出来るだろうか。
スコールも現在、レオンに負けず劣らずの成績を刻んでいるが、スコールは判らない所があった時、レオンに聞く事が出来る。
しかし、レオンは専ら人に教えるばかりで、(ガーデンの担任教師などを除けば)自分に何かを教えてくれる相手と言う者は、存在しなかった筈。
…こうして枚挙するだけでも、レオンが如何に特殊であるかがよく判る。
無論、彼自身が、家族に見えない所で努力していたのは当然だが、“見えない所で気付かれる事なく”努力をしていたと言うのが、またズルいのだとスコールは思った。

 ────と、レオンが如何にズルいか(正しく言えば「凄い」か)についてガーデン生四人組が語っていると、二階から降りてくる足音が聞こえた。
リビングに顔を出したのは、珍しく年末年始の仕事がなかったレオンである。


「ヴァン、ジタン、もう来ていたのか。明けましておめでとう」
「おめでとーございまーす」
「おめでとーございまっす。でもって!」


 挨拶を交わした後、素早くジタンがレオンに駆け寄る。
ゆらゆらと金色の尻尾が楽しそうに揺れた。


「お兄様!恵まれない苦学生に愛の手を!」


 芝居をしているような口調で、ジタンはレオンの前に跪いて手を出す。
突然のジタンの行動に、レオンのみならず、スコールやティーダもぽかんとした表情をしていたが、


「そう来るだろうと思っていたんだ。ほら、これだ」
「うぉお!流石はお兄様!」
「誰が誰のお兄様なんだ。お前の兄はクジャだろう」


 渡された小さな袋を手に、喜びに飛び跳ねるジタンに、スコールが呆れた表情で言った。


「まあまあ、いいじゃん。レオンはバラムガーデンの卒業生だから、後輩の俺達からしたらお兄様で間違いないって」
「広げ過ぎだろ。と言うか、お前は意地汚い。そう言うのは自分から打診するものじゃない」
「ンな固い事言うなって。な、レオン!」


 袋をコートハンガーにかけた上着のポケットに入れ、ジタンは窓辺のテーブルに着く。
飲み残しのコーンスープを飲みながら、ほくほくと嬉し顔でレオンに同意を求めれば、


「そうだな。言ってくれると俺も渡し易い」
「…でも調子に乗るぞ」
「俺は構わないが。ああ、でもクジャが怒るか」
「あいつの事なんか気にしなくていいって」


 けらけらと笑うジタンに、スコールは顔を顰めたが、レオンは「じゃあ良いか」と笑う。

 レオンとクジャは、ティーダの父であるジェクト、ヴァンの兄であるレックスも含め、ガーデンで仲の良いスコール達の保護者として、父兄会なるものを作っている為、互いに知らぬ仲ではない。
だからレオンは、クジャと弟であるジタンが、憎まれ口を言い合いながらも、決して仲が悪くない事も判っている。
それはスコールも判っているので、ジタンの言はともかくとして、レオンが気にしないのならば何も言える事はない。

 レオンは、ジタンと向かい合って座り、黙々とコーンスープを飲んでいるヴァンにも、ジタンに渡したものと同じ袋を差し出した。


「ほら、ヴァンの分だ」
「んぐ、ありがと」
「で、こっちはティーダ」
「待ってたっス!」


 やっほー!と喜んで飛び付くティーダに、レオンがくつくつと笑う。
それから、キッチンで昼食の片付けをしていたスコールが戻って来たのを見ると、


「スコール。これはお前の分だ」
「え……あ、ありがとう、」


 差し出された袋を、スコールが反射的に受け取る。
戸惑ったような、赤らんだ顔で兄と袋を交互に見るスコールに、レオンは満足そうに笑みを浮かべた。

 レオンはくしゃりとスコールの頭を撫でた後、踵を返して玄関に向かう。
コートハンガーにかけていたジャケットを手に取ると、袖を通した。


「あれ、レオン、何処か行くんスか?」
「仕事はないんじゃ……」
「ああ。でも、色々顔を出さなきゃいけない所はあるからな。漁業組合とか」


 幼少の頃からスコール、ティーダと共に過ごしたレオンを知る街人は多い。
クレイマー夫妻に面倒を看て貰っていた頃から、色々と世話を焼いてくれた人もいるし、今でもそうした人々は兄弟の事を気にかけてくれる。

 そしてレオンは、仕事柄、色々な所に足を運ぶ。
依頼主の要望に応えて、特殊な所へ行く事になった時、急な話の都合をつけて貰う為に知り合いの伝手を頼る事もあった。
昨年、様々な面で世話になった人への感謝と、今年一年もまた世話になる事があるだろうと、挨拶周りは必要不可欠なのだ。


「忙しいのな、大人って」
「まぁな。お前達も、後で水神様にお参りに行くんだろう?皆行ってるだろうし、多分、誰かに逢うだろうから、ちゃんと挨拶するんだぞ」


 漁業が盛んなバラムでは、海を司る水神が祀られている。
漁師や船乗りの無事を祈る人々は勿論、海の恩恵を強く受けるバラムの島民は、年の初めに一年の海の平穏を願って、水神の下へ参拝に行くのが習慣になっていた。
スコールとティーダも、レオンやエルオーネと共に毎年参拝に連れて行って貰っていた。
ジタンと、イヴァリースの生まれであるヴァンも、郷に入り手は郷に従えと、毎年スコール達と共に参拝に行く事にしていた。
それがあって、ガーデン寮生であるヴァンとジタンは、バラムの街に住むスコール達の家に訪れたのである。

 ヴァンとジタンは、当初、一緒に参拝を済ませた後、改めて兄弟の家でのんびり過ごそうと思っていた。
寒空の下を二度も歩くのは面倒なので、やる事は早く済ませてしまおうと二人で言っていたのだが、バラムガーデンを出る旨をティーダにメールした時、「スコールがコーンスープ作ってる」と言う返信を見て、ちょっと寄ってから行こうかと切り替えたのだ。
そして、思ったよりも冷えていた外気から、屋内の温かな空気に安堵した二人は、すっかり腰を落ち着けてしまった。
此処まで落ち着いたら、どうせだからコーンスープを飲み切ってからにしよう、とヴァンもジタンも思っている。

 のんびりと過ごしている弟達を眺めながら、レオンはジャケットのジッパーを締める。


「じゃあ俺は行って来る。挨拶回りが終わったら、会社の方に顔を出すから、帰るのは夕方頃だな」
「判った。夕飯、お節で良いよな」
「ああ」
「俺は肉が食いたいっス……冷蔵庫にいいのあったの見たぞ」
「あれは明日。ジェクトも帰ってくるし」
「げ」


 明日の夕飯が肉である事は嬉しいが、父が帰って来るのは嫌だと、判り易い反応をするティーダに、レオンとスコールは顔を見合わせて肩を竦める。


「それじゃあ、俺は行って来る」
「ん。…行ってらっしゃい」
「人通りも車も多いだろうから、参拝に行く時は気を付けてな」
「ん。レオンも」
「ああ」


 ひらひらと手を振って、レオンが家を出て行く。
それを見送ったスコールだったが、ふと、ある事を思い出すと、慌ててキッチンに入り、キッチン台に置いていたものを掴んでレオンの後を追った。

 スコールが玄関を開けた時、レオンはまだ数メートル先にいた。
追い駆ける気配と足音を聞いて、レオンが振り返る。


「スコール?」
「レオン、これ。挨拶用の差し入れ、」
「────ああ。すまん、ありがとう」


 スコールがレオンに手渡したのものは、縁起を担いだ菓子類だ。
近所や漁業組合の人には、スコールも幼い頃から世話になっているし、ミッドガル社には兄が勤めており、Sランクを取得しているレオンは、SEED部門を取り仕切る上司とも直接会話をする事が多いので、やはり家族として礼儀を欠かしてはいけない。

 小分けにしたものを、それぞれ挨拶回りと会社用とに分けた袋を受け取って、レオンは改めて街へ向かう。
スコールもまた、レオンを改めて見送ると、幼馴染と級友達のいる屋内へと戻ったのだった。





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新年小説です。兄弟どちらからでも読めます。