発露/
躰を屈して覗いたベッドの下。今まで見たことがなかった場所。お目当ての
4巻はすぐそこに見つかったが、美希子の視線はその奥に辿り着く。
「……?」
近所の本屋の、濃いブルーの包装袋。それが二つ。一つは明らかに本が何冊か
入っている。もう一つは丸く、何かが詰め込まれている。美希子は4巻と共に、
その本が入っているであろうほうをベッドの下から引き出した。
「……なんだろう」
またあの感覚が甦る。本棚に整理されているわけでも、部屋に散らかっている
わけでもない、何冊かの本。息子の秘密を垣間見る、緊張。
「……っ!」
それはマンガの単行本のようだった。厚みのある単行本が三冊、そのビニール袋
から出て来た。裸の男女が載っているくらいだったら、そんなに驚きはしなかった
かも知れない。だが。
「そ、そんな……」
背表紙には小さな文字で「近親相姦アンソロジーVol,2」と書かれてあった。
美希子にはそれが第何巻だろうとどうでもいい。慌てて裏返して表紙を見る。
問題なのは、問題なのは。
「嘘……!」
豊満な肉体をした女性が大きく描かれ、明らかに年齢の若い男と口づけをして
いる。胸を晒し、下の下着はまるでその男を誘うようにずらされている、そして
濡れている。
いや、濡れているだけではなかった。それは、否応無くずれて、濡れている
のだ。その中心を穿つ物によって。
躰をつなげてくねり合う淫らな男女。そのすぐ上にこう書かれていた。
「実母相姦」と。
本を持つ手が小刻みに震える。その手は、その本をパラパラとめくり始めた。
「こんな……う、そ……」
どのページも、母と息子の淫猥な交わりが繰り広げられている。激しい。激し
すぎる描写。息子がこんなマンガを読んでいる事に激しいショックを受ける。
それも、こんな、母と子の……。
同じ包みに入っていた残りの二冊。近親相姦アンソロジーVol,5、Vol,7。
そのどちらも、母と息子のセックスを生々しく描いた内容だった。
「徹が……そんな」
昨日から何度も感じた自分の高鳴る鼓動。しかし今は、耳のすぐそばに心臓がある
かのように大きく聞こえる。
「は、あっ」
それは吐息。息子 徹の秘密を覗き見た以上の、奥から湧き上がった奇妙な吐息。
いまだ震える指先で、美希子は3冊のマンガを丁寧に袋に直した。
「……っ」
ベッドの下にそれを戻した時、美希子は一度息子の顔を見た。まだ、先程と同じ
ように大口で寝息を立てている。
再び、ベッドの下を覗き込む。同じ青いビニール袋。丸いほうに、手を伸ばす。
同じ袋なのに、まるで違う。そして美希子は、その中の物の正体にすぐ気づく。
白く、丸められた物。大量の、ティッシュ。
「ああ……」
ここに至って、美希子は悟る。徹は、あのマンガ本で、オナニーしていると。
さすがに、これは開けるのをためらってしまう。ゴミ箱に捨てるのが恥ずかしい
のか、とにかく無理矢理にこのビニール袋につめ込んでいるような量だ。
これを開ければ、そのティッシュが吸い込んでいるであろう液体のにおいを、
直に嗅いでしまうことになる。これを、開ければ。
『なんだかこうするのが、習慣になっちゃってるの』
そんなの、おかしいわ……。
『変な気、起こしちゃダメよ……』
そんな事、しない……そんな、事……。
美希子の理性は、自分の行動を制御できなくなっていた。母親としては
忌むべき息子のほとばしりのにおいも、女の奥底に息づく本能は、それを
確かに欲している。
「そんな、こ、と……」
心で抗う小さな囁きを発したあと、袋は震える白い指先によって開かれた。
放たれた、強烈な牡のにおい。
「く、う……っ!」
常識ではとてもいい匂いとは言えない、乾いた精液臭。しかし美希子の嗅覚は、
それを思い切り感じた。脳から全身の神経に突き抜ける、快感。
「はあ、あっ」
それはあまりに鮮烈だった。美希子の口からは喘ぎにも似た吐息。息子が眠る
ベッドのそばで上げた、吐息。
徹の、におい。ティッシュに染み込んだ、徹の。
あれほど心掻き乱されていた「息子のブリーフを嗅ぐゆかり」の姿は、美希子の
脳裏から消え去った。きっとそれよりも衝撃的で、甘美で、背徳的な。
「何、してるの」
恍惚に浸る美希子の顔のすぐそばで、その言葉は発せられた。息子 徹の声が。
それはとても今まで寝ていたとは思えない、静かだが強い口調だった。
「ひ……っ」
美希子の肉体を駆け巡った禁忌的な悦びは瞬時に消え失せ、ただ息子を
恐怖の表情で見つめる事しかできなくなっていた。