困惑/
「あのなあ、徹」
「何?父さん」
「お前ももう中学生なんだから、母さんと風呂に入ってるのやめたらどうだ?」
久々の、親子3人揃った夕食。ビールの酔いが手伝い、軽い口調で旦那は
息子 徹に話している。その言葉を、妻がどういう気持ちで聞いてるのか
知らずに。
「うーん。僕もちょっとは考えてるんだけど……母さんは、どうなの?」
こちらを見た、息子の笑顔。瞳の奥に、冷たい光。
「わ、わたしは……」
息子の問いかけにどんな意味が込められているのだろう?少なくとも、
肌で直に息子の奔流を感じた母親には、それは判断できない。
「なんだ美希子。まさかお前のほうが子離れできてないのか?困った母親だな」
笑う、旦那。
「こりゃあ、お前を離してくれるのは当分先みたいだぞ!徹」
「そう、みたいだね」
二人そろって、美希子を見ながら笑っている。しかし、二人の笑顔はまるで
違う。屈託のない夫の笑いと、主導権を奪い取った男が浮かべる、これからを
期待する、笑い。
あんなこと、しちゃいけないの……分かって、徹……。
いたたまれなくなって目を逸らし、美希子は戸惑いを自分一人で抱え込む。
『母親』が揺らぎ始めた、夜。暗い何かが蠢き出す、夜。
ふと気づけば、リビングの時計が鳴らす秒針の音だけが響いていた。時刻は、
AM3:00。どうやら美希子は疲れ果て、食卓でうたたねしてしまったらしい。
旦那は寝室で寝息を立てていることだろう。そして、きっと息子 徹も。
「は、あ……」
熱い、溜め息。今日は、いろんな事があり過ぎた。息子との間に。
あの時、バスルームに残された美希子は、力ない仕草でシャワーを取り自分の
股間に付着した徹のスペルマを洗い流した。そして改めて、自分が小さな絶頂を
迎えていた事を知った。直接触れられたわけではないのに、それ以上に感じて
しまった、女の部分。
「許されないわ……やっぱり、こんなの変……」
その否定の言葉は、母と子の熱い接触に向けられたのか、それともその行為で
性の悦びを少しでも感じてしまった自分に向けられたのか、当の美希子にも
分からなかった。
エプロンを外しながら、ゆっくりと立ち上がる。外したエプロンは、そのまま
食卓の椅子に残された。
ちらりと、階段を見る。今朝、この階段から覗かせた疲れた顔と、あの
バスルームで見せた冷たい笑みが同一人物のものであるなど、まだ美希子には
整理できていなかった。
「このまま、ここで寝よう……」
夫婦の寝室に向かうのも億劫で、美希子は照明を落としたリビングのソファに
躰を横たわらせた。
「そんなこと、いけないのよ……」
誰に向けた呟きか。美希子は暗いリビングでそう言いながら瞳を閉じた。
何も起きないはずの、深夜。しかし、2階のベッドの上では、何かが急かしげに
動いていた。ゆかりが昨日囁いたような、荒い息づかいや家具の軋みと共に。
やがて、その動きは急に止まる。本が一冊、パサリと落ちる音がして、少年は
立ち上がった。ゆっくりと歩き出し、ドアを開ける。下着を着けていない、少年。
階下には、何も知らず無防備に眠る女。少年も、まだそれを知らなかった。
浅い眠りの中で美希子の心は、奇妙な光景を瞼の裏に映し出していた。
裸で横たわる、自分。周囲に漂う生々しい果実のような匂い。それはきっと、
男の体液の、におい。ゆかりが毎日楽しみに嗅ぎ、美希子が固められた
ティッシュやバスルームではっきりと感じたにおい。
うっとりとする美希子の背後に、誰かが添う。固い筋肉が美希子の柔らかい
肉を押す。心地よい。何より美希子を昂ぶらせたのは、もちろんふとももと
ふとももの間に当たる、熱い鼓動を感じる逞しい物。ここ最近、美希子の
躰を満たしてくれていない、物。
背後の男は、それをさらに押し付けてくる。鼻を鳴らして、甘く唸る美希子。
それは、ねだっている証。早く欲しいと願う、気持ち。しかし男は、それを
押し付けるだけで、熱く火照った内部に挿し込もうとはしない。
「ね、え……お願い」
『お願い……何を……?』
「ああっ、欲しいの……だから……」
『何が、欲しいの……?』
「いじ、わる……あなたのコレが、欲しいのっ」
背後に手を回し、白い指で固い物を掴む。
『これを、どうして欲しい……?』
「……挿れて、欲しい」
『挿れて、いいの……?』
「ええ……わたしの中に、これを……挿れてっ!」
『……僕の、でも?』
「……え?」
振り返る。そこにいたのは、息子 徹。
「ひっ……!」
ソファから飛び起きた。暗いリビング、全身に浮かぶ汗。荒い息。見てはいけない
夢を見た美希子に、また混乱が押し寄せる。
「母さん、そこにいるの……?」
すぐ後ろから、声がする。美希子を母さんと呼ぶのは、この家にただ一人。