切迫/
夢の中と全く同じ声で、呼びかけられた。真っ暗なリビング、目は慣れないが
少し向こうに、息子 徹が立っているようだ。
「どう、したの?」
「な、なんでもないわ……徹こそ、こんな夜中に……」
まだ妄想に折り合いをつけられていない美希子は、現実の息子に応える声さえ
細かく震える。
「僕は、なんとなくトイレに……あ、そうだ……」
息子が、何歩か近づくのを感じる。言葉の続きが悟れない母親は、身構える。
「母さんに、聞きたいことがあったんだ……答えて、くれる?」
美希子が予想するより、徹の接近は早かった。その言葉が終わるより前に、
息子の顔がはっきりと分かるまで近づいていたのだから。
「聞きたいことって……何?」
答えてしまったのは、間違いだったのかも知れない。
「……たった今まで、母さんが覗き見たあのマンガを読んでたんだ。そしたら、
気になる事があって」
マンガとは、もちろんあの母と子の近親相姦を扱ったマンガの事だ。それから
湧いた疑問は、当然性的な物であるはずだ。美希子は、その時初めて後悔した。
「母さんってさあ……父さんのを『フェラチオ』したこと、ある……?」
そしてそれは、美希子の予想を遥かに越えた、淫猥な質問だった。
「とお、る……!」
「ねぇ答えてよ……パパにしてあげた事があるの?『フェラチオ』を」
闇から伸びて来た両手に、がっしりと肩を掴まれた。動揺が、高まる。
「変なこと、訊かないで……っ」
顔を逸らすが、息子は肩を揺さぶりながらさらに強く尋ねて来る。
「したこと、あるんだよね?父さんと母さん、恋人同士だったんだから」
「恋人同士でも、そんなこと、しない……から」
「そう、なの……?じゃあ母さんは、生まれて一度も『フェラチオ』、
した事、ないんだ……」
実は、した事がある。旦那とではなく、前の彼と。何度も。それがベッドの
中の、恋人同士の愛情表現だと思っていた時期も、確かにあった。遠ざかっては
いるが、男の物に舌を這わせ口全体を使って愛する悦びも、心のどこかで
覚えている。
「……マンガ読んでて、これが母さんだったらな、って思った」
「……え?」
また、不用意に言葉に乗ってしまった。いつも母親として真剣に子供の話を
聞いてあげるという姿勢が、全て裏目に出る。
「僕のを……母さんがこんな風にしゃぶってくれたらな、って」
「そんな……おかしいわ!母さんで、そんなこと考えちゃダ……」
駄目。そう言おうとした美希子の目の前に差し出された物。それは、まさに。
「ほら、今だって。母さんにしゃぶられる事をちょっと考えただけで……」
続く言葉は必要無かった。暗い室内、しかしその物は照明など必要なく
しっかりと、美希子の前で勃立していく。
「ああ……っ、こんな……」
「ね……?マンガ見てて、僕思ったんだ。『セックス』は無理でも『フェラチオ』
なら、母さんに教えてもらえるんじゃないかって……」
駄目……そんな事いけないわ……母子で、なんて……。
声を出せなくなった事に、美希子は気づかない。妄想と常識が激しく葛藤を
始め、そしてどちらかといえば、妄想のほうが勝りつつあった。
その物は、美希子がほんの少し顔を近づければ触れられるほど近い。
指ではなく、唇で。
「やっぱり、駄目なの……?口で我慢しちゃ、駄目、なの……?」
「が、我慢……って?」
「僕、このままじゃ、おかしくなっちゃいそうなんだ……母さんの事考えてると」
「そんな事……言っちゃ、駄目なの……」
「頭の中で、女の人の裸がぐるぐる回って……それが、いつの間にか母さんに
なっちゃって」
美希子の肩に置かれた両手が、震えている。息子が抱いてはいけない母親に
対する感情を、対象である母親自身が知り、感じている禁忌、直前。
「この間も、幸樹の家に遊びに行ってたら……あいつのお母さんが、下着姿で」
「ゆかりさんが……!?」
幸樹というのは、徹の同級生。その母親は、あのゆかり。
「たまたま覗いちゃって……それが、母さんに見えて来て……後ろから、
襲いそうになって……」
「そんな……っ」
また美希子は想像してしまう。徹が、下着姿のゆかりに襲い掛かり、
剥き、抱き、挿れ、突き、狂う光景を。相手がゆかりだと思うと、その妄想は
限りなく生々しい。
「本当に、おかしくなっちゃいそうなんだ……だから、母さん……っ」
息子の体が、ぐいっと迫る。顔を近づける必要さえない、距離。それはもう、
舌を伸ばせば、届く。