誘引/

「ええ。家で、ちょっと……全部、私のせいなんです……っ」

 声のトーンが重くなる。ゆかりに説明を求められても、多分説明

できないであろう、息子の腕の怪我の理由。戒めを解かれた母親は、
自ら犯した罪のほうを重く考えるようになっていた。ほんの少し前まで、
その良心の対象に肉体を奪われかけていたというのに。
 だから、その母親の弱みは、陵辱者に悟られ利用される。

……っ!」

 徹の痛々しくも逞しい両腕が、再び美希子の躰を捕らえる。先程よりも

ずっと優しく、だが明らかな意図を持って。

『どうかしたの、美希子さん?』
「い、いえ……なんでも」

 受話器を耳に当てたまま、背後の息子を見る。真剣な眼差しと、
小さく動き始めた、寒さに青ざめた唇。

「母さんの、せいじゃないよ……

 動いた唇は、そう母親の耳元で囁く。受話器と逆の耳に響く、

息子の低く強い声。

『まあ、気をつけたほうがいいわよ。でも徹くんに聞いたら、大した事
ないって言ってたから大丈夫よね』
「僕が、母さんの事好きで好きでたまらないから……こんな怪我したんだ」

 両耳から聞こえるゆかりの声と徹の声。呪文のように、思考を
かき乱していく。


……っ」

 声が洩れそうになる。徹の腕は、ブラウスの上から美希子のバストを
掴んだ。両手でゆっくり、ゆっくり、下から上へと揉み込む。濡れた
薄いブラウスは、息子の熱い手のひらをしっかりと感じさせる。
ブラジャーも同様だ。
 激しく抵抗する代わりに、美希子は受話器を持つ手とは逆の左手を、
その手のひらにあてがう。しかしそれは、あまりに弱々しい意思表示。

『でも、徹くんってホント最近かっこよくなってきたわよね。

うちのひょろっ子とは違って、筋肉もついてきたし。学校の女の子にも
モテモテみたいよ?』

 まさしくその筋肉を纏った腕が、自分の胸をぐいぐいと揉んでいる。

怪我をしている事など信じられないほど、強く。

「母さん、ああ
……母さんのおっぱい……

 甘ったるい声が、美希子の心をざわめかす。濡れた衣服の感触は、

いつもよりずっと乳房を昂ぶらせていく。肉も、先端も。

『私がもう少し若かったら、ホントお願いしたいくらいよ。うふふっ』

 え
……そんな……
 ゆかりが図らずも放った、鋭い矢。美希子は、その姿をすぐに想像
してしまう。ゆかりと徹が、沿い合い、触り合い、悶え合う。そう、
今自分が置かれている姿のように。


 だめ……だめよ徹……ゆかりさんなんかと、しちゃだめ……。

 あらぬ妄想は、吐く息を熱くさせ、抵抗を弱めさせて。徹の手が
ブラウスの裾から侵入し生肌を弄り始めたのは、まさにそんな瞬間だった。


「あ、あぁ……っ」

 思わず受話器に向かって吐息を洩らす。

『……美希子、さん?』
「あ、あの……私、どうしたらいいと、思いますか……?」

 トーンが変わったゆかりの問いかけを遮るように、美紀子は脈絡の無い
質問で問い返す。相手に届くはずがない、答えの出ない疑問。濡れた肌を
這う両手が上半身よりも下半身を滑り始めたからこそ、沸いた疑問。


『それって……怪我の事かしら?本人が大丈夫って言ってたんだから、
あまり気にしないほうが……』


 へそを中指で小突く。肉の柔らかさを丸く辿る。足の付け根の線をなぞる。
そして、繊毛を絡め取る。徹の指は、美希子の手を沿わせたまま美希子を
蕩かせ、美希子の手は息子の手をはねのける仕草をやめた。まるで、
そうして欲しかったと無言で肯定するように。


『……それとも』

 ゆかりの声が途切れた刹那。母と子の手のひらは、母の女の場所に至った。
躰は冷えているはずなのにはっきりと感じる、指先と亀裂の熱さ。思わず、
明らかに色を帯びた声を上げそうになった。だが。


『他の、悩み……?もしかしたら、私があなたに言ってた、その……息子の
性の悩みとか』


 口内まで駆け上がっていた喘ぎを押しとどめた、ゆかりの言葉。悟られて、
いるのだ。自分の声が、明らかに女の声である事を。必死に堪えた吐息を
呑み込むように、美希子は躰に力をこめようとした。


「あ、その……あうっ!」

 その瞬間、指がくねる。曲げられた中指の先端が、雨粒以外の液体で濡れた
母親の内部に侵入して来た。あれほど押しとどめた淫らな喘ぎが、いとも
簡単に受話器に浴びせかけられてしまう。


「はあっ……濡れてるよ母さん、母さん……っ」

 母親の首筋に甘く口づけながら、徹は指先を曲げ伸ばす。同調していく、
声と唇と動き。


『……美希子さん、聞いてる?ねぇ、美希子さん』

 受話器から耳を離していないのに、遠くなるゆかりの声。もう、美希子は。

「あ、あのっ……ゆかり、さん。電話、切ります……もう、大丈夫です」
『美希子さん……?』

 ゆかりの明らかな疑念の声を、美希子は遮るしかなかった。通常の会話や
言い訳を考える余裕など、肉のわななきは与えてくれなかった。


「それじゃ……んんっ!」

 受話器を、放す。ゆかりの声が離れる。受話器を、置く。その手を、取られる。



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