侵入/

 網膜に捉えられている物は、決して普段の光景ではなかった。あの溌剌として進歩的なゆかりが、誰かに聞かせたくてどうしようもないといった風情で自らの真情をただただ吐露し続けている。普段なら、そんなゆかりの様子を心配し、たしなめ、悩みを聞いてあげただろう。
 ただ。
 普段の光景とは違う、現実感の伴わぬ有り得ない物というのなら、今美希子の下半身に感じられる全てがまさしくそれであった。
 間違いなく男のペニスが侵入し、それが数ミリずつ自分の内部を進んでいる。ひどく潤んでそのままになっていたあの場所を、熱く固く逞しいペニスがゆっくりゆっくり進んでいる。その感覚は極めて忌むべき事であるはずなのに、ここ数日ひたすら避けて来た最後の障壁であったはずなのに、嫌にスムーズに奥へ奥へと侵入して来る。
 現実感など持てようはずがなかった。後ろを振り返られない状況で確かめていないが、その熱いモノをゆっくりゆっくりと女の胎内に埋もれさせている男は、1人しかいないはずなのだ。

「……っ」

 だから、リビングのゆかりの姿が霞む。近しい友人が深い悩みを打ち明けている姿を目の前で見ていながら、心は全て粘膜の感触に囚われてしまっている。受け入れてはいけないはずの生々しい肉柱の存在感に、全ての現実は幻と化していく。
 恐ろしい実感が美希子の肉体を改めて襲う。


 息子と、自分が交わっている。セックス、している。

「……っ!」

 ゆかりの静かな声のみが響くリビングで、美希子は自分の呼吸さえも耳障りに聞こえる。この不道徳な行為の露見が怖いのももちろんだが、血を分けた肉が押し入って来るせいで漏れるその僅かな吐息が、単なる吐き吸い以上に熱く艶めいているように思える。
 だから、遂に徹を埋没させている自らの淫らさを、高らかに叫び喘いでいるのだと錯覚してしまう。

「無防備すぎる、気がして……部活帰りとかで服を脱いで裸になったり、汗の匂い気にしなかったり」
「子供っぽさから来るっていうのは分かってるの……意識してる自分がおかしいって事も」
「でも、夫や昔の彼とかはともかく、兄弟とか近しい距離にあの世代の異性っていなかったから、何て言うか……生々しいでしょ?あの頃の男の子って」

 禁忌をこれ以上犯さないようにと誰かが抑えているかのように、幻に霞みそうなゆかりの言葉が切れ切れ響く。しかし今の美希子にとっては、それさえも置かれている境遇を更に乱れさせるまじないのよう届く。

「……ねえ、美希子さんも少しは分かってくれるわよね?」

 その瞬間、ゆかりの声や姿に急激に現実感が戻って来た。同意を求めるため、キッチンにいる美希子を振り返ったのだ。

「……っ!」

 それはまさに突然で、何かを取り繕う余裕など微塵もなかった。身長が頭一つ母親より高い徹が自分の背後で、ゆかりの視界にどう捉えられているのか想像すらつかなかった。侵入の動き自体は止まったが、挿入感だけは間違いなく残っていたからだ。

「ねえ……美希子さん?」

 しかしゆかりの態度は最悪の方向には変わらず、ひたすら同意のみを求める、雰囲気に似合わぬ表情を浮かべて美希子を見つめている。

「え、ええ……少しは、分かります」

 久々に唇を出でた自分の言葉は、やはり少し震えていた。しかし、実子と繋がっているという異常極まりない状況下の割には、思ったほど上ずってもいなかった。
 だからますます美希子は、自分がその異常な行為を進んで受け入れている心情に陥ってしまう。

「そう、よかった……間近で見る時もそうだけど、全く違う事をしてる時にあの子達の姿が浮かんだりして。ダメよね、私達って」
「え、ええ……ええ」

 当たり前のように返事する思考に、美希子本人も戸惑っていた。嘘をついているわけではないが、落ち着いて返答する状況でもない。
 そして。

「……かあ、さん」

 背中の後方の少し下で、それは小さく小さく聞こえた。それに続いて、キッチンの床がコト、コトと連続して僅かに鳴る。多分母さん、と囁いた人物が床に両膝をついた音。

「……っ」

 少しだけ角度が変わり、やがて再び内部の熱いモノが進み始める。速度は同じだが、下からじんわりと伸し上げられていく感触。
 ゆかりの迷走する言葉よりも、目前の落ち続ける水流よりも、美希子はステンレスシンクを掴む指先に力を込める事を優先した。
 また、進んで禁忌を許容した。

「夢だとか、そういうので……幸樹の姿が浮かんだり。目が覚めた時はすごく自己嫌悪で」
「こんな事今までなかったから、自分をほら、おかしい……っていうか、淫乱?みたいに錯覚しちゃったり」
「……ああ、でも誤解しないで。あなたと徹くんをそうだとか思ってはいないわ。あなた達はきっと、ただ仲がいい母子ってだけで」

 戸惑いの中でゆかりもまた、必死に言葉を選んで美希子と苦悩を少しでも共有したいのだろう。映っていないTVを眺めたり、紅茶に口をつけたり、雨曇る窓の外を見たり、そしてたまにキッチンの美希子を見つめたりする。

「……ええ、ええ」

 だが美希子にとって、そんなゆかりの姿は問題ではなく、鼓膜を緩く突き刺す言葉のほうで心を震わせる。

 ゆかりの妄想よりずっと急激に高まった妄想は。
 自慰発覚やバスルームでの擬似性交、深夜の口淫や歪な乳房愛撫を経て。
 恐ろしくも今日、拒否しながらも雨粒と汗まみれの裸の息子と肉体を相対させてしまった。
 そして。 そして。

「きっとあの子達もこっちの悩みなんか何も気づかずに育って、いつか私達の前から離れていく……それまでの我慢って分かってるの。そうよね、美希子さん?」

 いつか、離れる。
 嫌に耳に残った響きが、美希子の心臓を貫いた。
 愛する息子 徹のペニスが最奥の場所に遂に届き、どうしようもなくはっきりとした存在感で美希子の女肉を灼き始めた瞬間だったからだ。

「……かあ、さんっ」
 美希子がゆかりに返事する前に、徹の小さな囁きがまた背中から響く。もちろんその声は、流れる水の音にかき消されるほどささやかで、美希子以外の誰にも届かない。

 あなたも、いつか、母さんから、離れていくの……?

 躰の熱さと、心の寒さ。
 声も出さず、笑顔でゆかりに無言の会釈をした瞬間。
 深い場所にいる実の息子の怒張は、まるでそれを合図にするかのように逆進を始め、そしてまた、進んだ。



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