未練/

 永遠であると信じている母子の絆が、現実にはあまりに脆いものであると、美希子はよりにもよって躰の奥底で悟っていた。
 自分の肉の中心で僅かに脈打ちながら、おずおずと往復運動を始めた熱いモノ。停止しているわけではないのに、美希子の肉体はそれを先端から根元まで愛し尽くそうとしていた。
 それはもちろん、母が子の成長を確かめるための行為ではなく、ただただ男を求める女としての本能の動き。その証拠に、美希子の躰は1mmも動いてはいないのに、徹の、男のペニスを包む粘膜の全てがざわざわと未練がましくそれに纏わりついていく。
 本来ならば絶対に、熱く柔らかく優しく包み込んではいけないモノであるはずなのに。
 自宅のリビングで。ゆかりの目の前で。尻を剥き出させ。実息のペニスを挿れられ。そして動かされ……。
 どれ一つ取っても不道徳な行為。それが今、美希子の身の上に起こっている。母子の関係であるとか、社会的道徳であるとかを必死に思い起こそうとすればするほど、美希子の細胞は生々しい男と女の粘膜接触を惹き立ててしまう。
 母子の絆など、男女の性感に覆い尽くされてしまう。

「あ、あ……気持ちいい。母さんと、夢みたいだ」

 水流や、ゆかりの独白。どちらの音よりも恐ろしく微かな囁き声が、そのどちらよりも甘く激しく鼓膜を揺らす。


 気持ちいい。
 夢みたい。
 母さんと


 音感のみなら爽やか過ぎる単語たちが、嫌に淫らに心を貫く。
 ここ数日間の徹の行動。バスルームでの噴射。深夜の口淫。獰猛な追跡と負傷。乳房愛撫の射精。つい数10分前の、強姦紛いの求愛。
 当たり前だったはずの、ただ仲のよい実親子の営みが、ささやかなきっかけでこんなにも色に染められてしまった。下着を匂ったから?自慰を覗いてしまったから?近親相姦本を見つけてしまったから……?どれがきっかけであろうとも、徹は日常を踏み越え、実母 美希子に明らかな劣情をぶつけ始め、哀れにも美希子はそれを知り呑み込まれていった。

「あ、あ、んふ……っ」

 小さく揺れた、赤い唇。それはもちろん、悩みを吐露し続ける友人に向けられたものではない。気持ちいいと囁いてくれた者への、禁忌の行為を夢みたいと思ってくれた実子への、何かしらの返事。


「……ああ、ダメね。こんなバカバカしい事一人で話しちゃって。ごめんなさい、美希子さん」

 久々に、ゆかりの視線がキッチンの美希子に向く。犯してはならない禁断の行為に遂に足を踏み入れてから、初めて目が合う。
 不思議な事に、どうしようもない混乱など沸かなかった。露見を恐れ慌てる事も、この期に及んで救いを求める事も、美希子はしなかった。

「……いいえ、ゆかりさんには……いつもお世話になってますし。いつでも、どうぞ」

 むしろ、いつも以上に無垢な笑顔をソファのほうに向けた。よりにもよって息子と繋がっている状況で、悩みを吐露する美しき友人に曇りない表情を見せた。
 前半身は社会的に正しく、後半身は恐ろしいまでに淫ら。偽りの表面で他人に接しているからこそ、徹のペニスの往復運動がキツく感じられる。先端の抉じ開けられるような硬さも、幹の鋳ているような熱さも、それを突き押して来る腰つきの力強さも。

 それは、血を分けた息子の何の隔てる物のない、生の性器だった。
 だからウソの笑顔を、自然に浮かべられた。

「ありがとう、美希子さん。バカみたいな話題だったけど、話せてよかったわ」

 ゆかりは一毛の疑いさえ持たず、美希子の笑顔に合わせるように素敵な笑顔で応える。母と子の性的ではあるが些細な悩みは、僅かに晴れたようだ。まさか相談相手が、その悩みすら凌駕する近親禁忌を今まさに行っているとも知らずに。

「ええ、私も……また、お話しましょう」
「ああ、イイよ……母、さんっ」

 建前を吐く母親の言葉に合わせて、背後から微かに囁く息子。大きくはないささやかな前後運動が、流水音と共にキッチンの裏で繰り広げられている。

 もはや美希子の脳裏には、恐れは僅かにしか浮かんでいない。誤魔化し。やり過ごし。そんな単語が浮かんでは掠れ、代わりに膣内の愛息の怒張を妄想しては感じ入る。

「ゆかりさんと、話してると……んっ、私も気が楽になりますし」
「そう、ありがとう」
「母さん、かあ、さんっ……すごいよ、母さん」

 繋がっているようで、何も紡げていない会話。最終的にどこに行き着くのか、ゆかりはもちろん、美希子でさえ掴めていない。
 ただ一人、母の尻に自らの猛りを埋め、それを赴くままに抜き挿ししている徹だけが、一つの目的に向かって進んでいた。

 まだ、徹は、母を許してはいなかった。奪い尽くしてもいなかった。
 だから、それは、突然だった。

「……うっ」
「……っ!?」


 よりにもよって、それは抜かれた。小さな小さな呻きと共に。
 中に出される事など想像していなかった。しかし不思議なほど、外に出される事も考えてはいなかった。

「あ、あ、あ……っ」

 バスルームでの行為と同じように、その迸りは美希子の白い肌や柔らかい肉や深い谷や艶やかな草叢に降り、そして汚す。火傷してしまうそうなほど、熱く白い液体。
 なのに今、美希子はバスルームよりずっとずっと落胆していた。あの時ほど激しい接触もなく、高まった恥辱もなかった。


 ウソ。まさか。そんな、私……っ。


「……どうしたの?美希子さん」

 ゆかりに訝しげな視線を向けられても、美希子は自分の不可思議な心情を消化できていない。
 社会的には、最も重い咎を避けられたはずなのだ。実の母と子の間で、精液を噴出させそれを受け入れるという、咎を。
 なのに美希子は、心に空虚を感じているのだ。その熱い精液が少し冷め、それが肌を未練げに垂れるのと同時に。
 それはもしかしたら、自分の肉の最奥に注がれていたかもしれない、精液。

「美希子、さん……?」
「あ、あっ……ゆかり、さん」


 何でもないんです。先程まで偽りの言葉を次々発してきた唇なのに、その一言が言えずにぱくぱくと動く。
 ゆかりが心配げにソファから立ち上がるのと、背後の気配が自分の躰から離れたのは、ほぼ同時だった。


「あ……っ!」

 ゆかりが上げた小さな声で、何かが見えた事を美希子は悟る。そして見えたものは、間違いなく息子 徹の姿のはずだ。
 そして、少し危機感に歪む親しい友人の美しい表情。
 ゆかりは、見たのだ。美希子のすぐ背後に立つ徹を。多分、乱れた姿の、徹を。

「……ごめんなさい、美希子さんっ」
 表情の読めぬまま、ゆかりは突然駆け出した。まだ剥かれた尻を露わにしたままの美希子は、そしてその尻全体を息子のスペルマで汚したままの美希子は、それを追いかける事が出来なかった。
 急かしげな足音が廊下に響いた後しばらくして、玄関ドアが閉まる。もしかしたら、何か恐ろしい事が起こってしまったかもしれないという、予感。

「……あ、あっ」

 禁忌の行為中は浮かばなかった様々な恐れが、美希子を急激に襲う。体中の力が一気に抜け、溶岩に汚れたままのヒップからキッチンの床へ、ぺたんと崩れ落ちた。

「……っ」

 そんな母親を徹は無言で見下ろし、しばらくしてゆかりと同じように駆け出す。僅かに見上げた視線の先には、濡れたアンダーシャツと下半身裸の息子 徹が見えた。そして、すぐに見えなくなった。


 Tシャツとジーンズに着替えた徹が、一瞬だけキッチンを覗いたのは、それから10分ほど後だった。

「……ゆかりさんに話してくるから」

 そう一言だけ告げて、徹はどこかへと急いで出かけて行った。
 美希子はまだ、キッチンの床に座り込んだまま。
 息子の言葉が、ますます心を乱していた。

 どうやら、まだ雨は強く降っているようだった。



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