上気/
「……」
声はかけなかった。いつもはどうしてたかなどまるで思い出せずに、微かに震えてしまう躰の向きを少し変え、その男の姿から目を逸らした。
「……」
「……っ」
無音が、続く。おそらく息子は、こちらをじっと見ている。肉体にシャワーさえ浴びせぬまま。浴槽で身を縮こまらせている母の姿を観察しているのだ。たった一つだけ響く、自分が揺らぐたびに僅かにさざめく湯面の音が、自分の動揺を表しているような気がして美希子は恐れる。
「……ふう」
短い息遣いを合図に、コックが開きシャワーの音が聞こえ始めた。不穏な沈黙は、とりあえず飛沫が床を叩く音で掻き消える。
このままでは、いけない。さまざまな危険を孕んでいると理解している上で、美希子は徹をバスルームに誘った。嵐が去るのをじっと待っているという選択肢は、今の美希子にはないはずなのだ。
「あ……あの、徹」
意を決して、美希子は息子のほうを向き声をかける。語尾が震えていたように感じられたが、もはやそれは風呂の反響と思い込むより仕方がない。
「……ん?」
対する息子 徹は、浴槽から見上げる場所にその表情を漂わせている。激しいシャワーの流れの中に、母親を見つめる瞳を持ちながら。
「ゆかりさんの家に……行ったの?」
吐いた途端に、喉が渇いてしまうような言葉。息子の返事がどうされても、その渇きは癒されないだろう、言葉。
「……うん、行ったよ。ゆかりさんっていうか、幸樹の家に、ね」
わざわざ言い換えた事に意図があるのか。自身の不安を煽るような息子に言葉に、美希子はそれを探ろうとするが、流水の向こうの息子の顔は笑んでも憤ってもいない。ただ静かに、母親を見下ろしている。
「そ、そう」
「……それ、が?」
「……」
やはりこうなってしまった。自分自身が何を尋ねたいのか分からぬまま、奇妙な感情に押し流されて、今は徹の意味ありげな振る舞いに惑ってしまう。
母の威厳などすぐに消え去り、広く余裕のあるバスタブの中から哀れに褐色の男を見上げる、女々しい感情を発露した女 美希子がいるだけだった。
「あ……そうか」
ひどく子供じみた響きの言葉を合図に、水流がゆっくりと止まっていく。その言葉を発した者と同一だとは思えないほど、冷たく感じられる笑みが、その中から現れていく。
「心配してくれてるんだよね。僕が幸樹……ゆかりさんの家に行って、何をしたのか……母さん、だもんね」
今度はあからさまに、言葉を言い換えたと感じられた。だからと言って美希子には、もうどうする事もできはしない。
シャワーが停止したが、無音にはならなかった。ひたひたと、徹の足音がバスタブへと迫って来る。ほんの数秒であるはずなのに、まるでゾクゾクと躰が圧せられる。
「……ねぇ、母さん」
「……な、に」
「聞きたい、よね?」
健康的に肉付いた若い男の両脚が、あまり水音を立てずにするりと母の浸かるバスタブへ侵入する。接近を警戒する熟れた女のすぐそばに、生々しい肌が無遠慮に、近づく。
「いいよ、話しても……でも」
縁に余裕ありげに腰かけ、やはり今までのように身を縮こまらせた母親を微笑みで見下ろす息子 徹。
「母さんがこれを、気持ちよくしてくれたら……ね」
ザブンッ、と音が立つほど脚を無邪気に開けば、そこにあの心掻き乱されるモノが現れる。美希子の顔の前、数10センチ。
見てはいけない物なのに、熱い瞳でまじまじと見つめ。
触れてはいけない物なのに、震える指先で優しく触ってしまい。
咥えてはいけない物なのに、渇くのどに向かい深く呑み込み。
愛してはいけない物なのに、柔らかい双つの肉で優しく愛しみ。
そして。
挿れてはいけない物なのに、あっさりと肉奥に挿れてしまった、物。
「あ、あ……っ」
悲しいくらいあからさまに、美希子は吐息を洩らしてしまった。息子の下半身の中央で、少しだけ頭を擡げてこちらを反応を窺っている、息子のペニス。その具合が、暗い夫婦の寝室で微かに視界に入る、夫のそれと同じように思えた。
だからすぐに、その嫌な妄想を振り払う。そしてまた、それを見つめるしかなくなってしまう。
猛々しく女の肉を喰ってしまおうという怖ろしさは、今は無い。ほんの少しずつ、目の前で立ち上がっていく様子が見える。ここ数日、兇器のようなペニスばかり見せつけられていた美希子にとって、その半勃ち具合も奇妙に心揺さぶる。
「す、するわ……気持ちよく、してあげる。だから、話して……ああっ」
先程の夫の姿に続いて、今度はゆかりの姿が脳裏に淡く現れる。それがいやらしい像を結ぶ前に、美希子は徹のペニスに触れ、支え、握った。そして、意識せずに、擦った。
「どうすれば、いいの……?あっ、あ、教えて……」
「ふふっ……さあ、どうしようかな」
母 美希子の手の中で、ペニスは熱く、固く、逞しく変化していく。それに比べ頭上から聞こえる声は、少しも変わらずなんと落ち着いている事か。
「どうしたらいいのか、分からないわ……ねえ、とお、るっ……教えて」
誘った時点で守ろうと覚悟していた主導権を、多分美希子は自ら手放してしまった。今出来る事は、おそらく懇願するように潤んでいる瞳を息子に向けるのではなく、ペニスに向ける事、それだけ。
「でも……恥ずかしい話をしなきゃいけないかもしれないんだよ?だから今は母さんが、進んでしてよ……ね?」
指示を要求する事さえも、子供じみた響きの言葉でやんわりと拒否される。恥ずかしい話という単語のせいで、ペニスの向こうにゆかりの緩んだ貌が、今度は明らかに浮かんでしまった。
「あ、あ……舐める、わっ。徹のこれ、舐めてあげる……だから、あ、あっ。あ、むっ!」
淫らな振る舞いを、心の赴くままに、した。最大級に膨れ上がる寸前の先端を、美希子は慌てて咥え、そして舌を這わせた。ようやく、ゆかりの姿は、薄く消える。
「ああっ……舐めて、くれた。母さん、いい、よ……っ」
傍から見れば、主人の前に傅いてバスタブの中から奉仕する哀れな女にしか見えないであろう。しかし今の美希子は、みっともなく息子のペニスを咥えてながらも聞かなければならない話があった。
親しい友人の目前で母の肉を深く穿ち、そんな異常な空間で母親をただの女に変えておきながら、精を膣奥ではなく尻に撒き散らし、あまつさえ母を放置し親しい友人を追いかけていった、その後の話を。
一度女になってしまった母 美希子は、血の繋がった親子で感じてはいけないはずの嫉妬に、知らぬ間に囚われていた。
女になってしまった母だからこそ、今聞かねばならなかった。
「素敵……あ、んっ、んふっ、んっ。素敵よ、とお、る……っ、ん、ちゅ、ん、ふっ」
率先して気持ちよく愛撫すれば、徹は話してくれる。分かりやすくも儚い願望に沿って、美希子は息子のペニスに口唇奉仕を続ける。口を窄めて咥えては離し、また咥え、舌で舐めしゃぶり、強く弱く絡ませ、また離す。熱く見つめて、再び運動を繰り返す。目的はゆかりとの話を聞く事だが、乱れ始めた躰は、意識とは別にあらゆる柔い場所を熱く緩ませていく。首から上は忙しなく息子に縋り、上半身はゆらゆらと湯を乱し、下半身は切なげにささやかに揺らぐ。
「ねえ……んっ、話し、て……んちゅ、んふっ、んんんっ……徹、お願い。ちゅっ、んんっ!」
唇ではなく、のどに向かい。先端中心の愛撫がほんの少しだけ上下に激しくなり始めた時。言葉を無くした息子をちらと見上げた美希子は、結局1秒もせぬうちに視線を怒張に戻した。
じっと見て、笑っていた。母の献身的且つ淫らなフェラチオを、楽しそうに見下ろしていた。
なのに、美希子はその視線に、ぞくぞくしてしまった。全身の痺れが、湯の中で揺れるあの部分を、嫌に直線的に襲った。