熱望/

「じゃあ……話してあげるよ。母さんがこんなに、してくれてるんだからね」

 話してくれる、らしい。甘くねだるように阿った結果なのか、純粋に唇や口内の気持ち良さに緩んだのか、それとも母親の心情を理解して、その哀れな女の更なる堕落を求めての事なのか。しかしどんな理由であろうとも、徹は実の母親に口内奉仕をさせながらその母親が求めている『ゆかりとの話』を語ろうと、している。

「最初から、話したほうがいいよね。僕が母さんと……キッチンでした、あとから」

 また躰の中心がぞくり、と蠢く。血を分けた母と息子が、あの時間あの空間で遂に禁忌の繋がりを果たしてしまったという事実。徹のペニスが自分のヴァギナに埋没していたという事実。あらぬ結末を思い浮かべ望んでしまったという、現実。常識を逸脱してしまったという心情と、最終的に牡の迸りを求めたという本能が、母であり女であった美希子の心と躰を今もじりじりと痺れさせ、蠢かせている。

「着替えるのに10分ぐらいかかったし、雨も降ってたからゆかりさんに追いつくことは出来なかった。でも、ちゃんと家には行ったよ……ああ、いいよ。そこ」

 口で愛す事に熱中すれば、まだ進んで話してくれるのか?それとも、くるくると悪夢のように変わる表情を窺いながら強弱をつけて舐めしゃぶればよいのか。「いい」と言われても、「そこ」と言われても、ゆかりに対するあらぬ惑いに支配されている美希子には、自分の成すべき流れなど定められぬまま、息子 徹の股間に唇を寄り添わせていた。

「でも、呼び鈴を押して出て来たのは……幸樹だったんだよね。変な話だけど、混乱しちゃって。咄嗟に『とりあえず大事な話があるから、家に入れてくれ』って……やっぱり続き、知りたい?」

 不意の問いかけに、美希子は眼差しを緩く上げる。ああ、また、笑っている。
 答えなど、決まっているのだ。ゆかりを追いかけた徹の話を知りたいがために、美希子はその徹を風呂に誘い、あまつさえ対価としてのフェラチオに耽っているのだ。

「……どうする?」
「ん、あ、あっ……聞きたいわ、聞きたいの……ねぇ、徹っ」

 久々に唇から発せられた、妙に上ずった声がバスルームに響く。支配者に傅くかのような体勢の哀れな母親は、もし夫に見られてしまえば全てが終わる光景の中でも、息子の勃起をゆるゆると白い指先でしごきながら請う。どう愛せば秘密を語ってくれるのか、請う。

「でも……僕にとってすごく恥ずかしい事かもしれないし。そんなの、嫌だよ」

 嫌だと語る表情に、浮かび続ける微笑。バスタブの縁でペニスを誇らしげに翳す男と、たった今までそのペニスを咥え今はただバスタブの中で裸体を震わせる女。あれほど得たかった主導権は、もう美希子には寸分も残っていない。徹がやがて静かに下す命令を、ただひたすら待つしかない。
 きっと、フェラチオ以上の事を、命じるのだ。

「お願い……母さんどうしたら、いいの……?」
「どうしても、聞きたいんだ」
「そうっ、そうなの……徹、話してっ。母さん、もっと舐めてあげる、からっ!」
「……そう。大好きな母さんの頼みだもんね。じゃあ、話すよ」
「ああ、徹……っ!」

 待て、を長い時間された犬のように。美希子は目の前のモノに再び対価の口唇愛撫を加えようとした。だが、勢い良くペニスに近づいた美希子の美貌は、嘶く先端の手前で息子の手のひらに制された。

「あ、あっ、どうして……っ!?」

 自分の唾液に濡れ光る先端は、舌を出せば届く距離にある。なのに舐めろと最初に命じた本人がそれを遮った。

「……ここじゃ、話せないよ。母さん」
「ど、どうして……お願い、出して、飲んであげるわ……だから、とお、るっ」
「嫌だなぁ。ここだと、もしかしたら父さんが来ちゃうかも知れないじゃないか」

 数日前。父親の足音が聞こえる中で、気にもせずに母の尻に精液を迸らせた同じ人物が、今更のように父への露見の恐怖を口にする。しかしもはや美希子には、息子のあからさまな企みを否定する手段などなかった。「じゃあ、話さない」と一言言われれば、美希子が恥を忍んでまでこの選択肢を選んだ意味が霧散してしまう。
 どちらにせよ、深みに嵌ってしまった。

「だから……一旦はここで出すよ。ちゃんとした話は、僕のベッドでしようよ……ね?」
「そん、な……っ」
「お願いだよ、母さん。大丈夫、今ここで出しても、後にたっぷりとっといてあげるから」

 無邪気な微笑みが、その裏の猥褻さを際立たせる。徹は、今ここで一度放出して、またあとでベッドでも、出すのだ。誰に向けてか、どこに向けてか。

「そんなこと、じゃなくて……ああ、母さんどうしたらっ」
「……舐めてよ。今はほら、僕のをちゃんと愛して……激しくしゃぶってよ」

 息子の手のひらは、ゆっくりと抜かれた。ペニスの先端、女の唇。遮る物が消えた母と子の間隔は、数センチ。
 風呂では終わらない。徹の部屋に行かなければならない。舐めてしまえば、それに従った事になる。なのに、美希子は、それをやはり選んだ。

「あ、う、んっ……んんふっ、んっ、ん、うっ……」

 焦らされて、貶められて。なのに数分の空虚ののち再び口にした息子の怒張は、先程よりもずっと熱く麗しく感じられる。舐めて、放出させて終わりではないのにも関わらず、母である美希子は息子のその怒張を激しく舐め、丹念に咥え、愛おしくしゃぶった。バスルームで当初目論んだ美希子の願望は、全く叶えられる事はなかった。がしかし、逞しいモノへのフェラチオを再開した美希子は、そのモノの先から迸る若い奔流が自分の喉を叩く本能を、優先してしまう。

 勢いは、口で受けようが他の場所で受けようが、一緒なのだ。女の本能は昼間のキッチンで得られなかった体験を、喉に受ける疑似体験として優先して選んだ。

「ああっ!イイよ母さん……すごく激しい、くうっ!いつもよりずっと、口の中がキツイよ……!」

 久々に聞いた、子供の響きが残る喜びの声。遠慮なく上げられ始めたその声が、もしリビングの夫に届いたなら。
 不思議な事に、その妄想はすぐに消えた。息子との入浴も、その他の過度なスキンシップも、夫は許容と言う名の無関心で包み込んでいる。「仲のよい家族」そのものを、夫は愛しているのだ。
 現実はずっとずっと、深く暗い。しかしだからこそ美希子は、舌の角度によって震える先端や、唇と常にひどく圧迫するシャフトや、牡臭を鼻に直接嗅がせて来る陰毛や、激しく振舞えば振舞うほど顎を叩く精巣袋の感触を進んで悦として受け入れているのだ。

 あ、あ……っ、登って、来てるわ。私の口の中に出すのね……徹の、熱い、熱い……!

 たった数回の口淫なのに、美希子は息子の放出の予感を口内粘膜だけで悟れるようになっていた。来る。出る。バスタブの中の湯がちゃぷちゃぷと波立つほど激しく頭を動かしながら、美希子は息子の精液を受けようと、待望した。
 なのに。

「母さん……っ、汚す、よっ!」

 乱暴に額を押された刹那。一滴も残さず我が物にしようとした息子の精液は、一滴も喉を叩いてはくれなかった。ただどんな瞬間よりも強く、その火傷しそうなくらい熱い精液は、美希子の美貌を遠慮なく叩きながら汚していく。
 深夜のキッチンでの初めての口淫では飲んでくれぬ事を残念がった息子が、今は母に飲ませない事に愉悦を感じている。欲求をあっさりとはぐらかされた女としては、たまらない。

「い、やっ……あ、あ、あっ」

 せめて、少しでも。顔面じゅうに粘つき這う息子のエキスを味わおうと、美希子の細い指はその粘液を拭って吸おうとした。だが浅ましいその小さな動きさえも、小悪魔な男に制止される。

「……ダメだよ。汚れてる母さんも、キレイなんだから。ほら、こんなに僕ので汚れてるのに、すごくいやらしくって、素敵だよ」

 少し体勢を動かせば、バスルームの鏡に女の顔が映る。男の手のひらが更にそれを鏡に向ける。

「あ、嫌ぁ……っ」

 飲みたかった息子の熱い精液が、少しずつ顔を上から下に流れていく。果たされなかった放出と裏腹に、確かに「汚れた」自らの貌が、息子の言う通り淫靡でたまらなく美しい。ゾクゾクと、ゾワゾワと。バスタブに沈む女の中心部がいやらしく蠢く。

「飲んじゃ、ダメだよ。僕がお風呂を出るまで、このままで、ね……母さん」

 黒く灼けた指先が、少しだけ母の白い顔を撫でる。僅かな精液が、唇にその息子の指によって塗りつけられた。他は、垂れるに任せて。
 
なのに美希子は、痺れてしまった。息子の言う通り頑なに唇を閉じて。鼻に匂う牡の匂いにのみ感激して。微笑みながら急かしげにシャワーを浴びて行った息子を、ずっとずっと汚れた貌で見つめながら。


 深夜130分。
 僅かな足音さえ響かない階段を、美希子はゆっくりと登っていた。


「父さんがぐっすり寝たら、でいいから……待ってるよ、母さん」……。


 バスルームの扉が閉まる瞬間。徹は小さくそう言った。主語はなかったが、あくまで「話を聞く」ために美希子は2階の徹の部屋へ向かっている、はずだ。
 だが。
 美希子は自分の感情さえ分からなくなっていた。夫が熟睡の証しであるいびきをかき始め、ゆっくりと抜け出した夫婦のベッド。ほんの一瞬だけ黒く渦巻く、奇妙な心。
 小さな動作を残して、美希子はそれをベッドサイドの引き出しから取り出し、薄いパジャマの胸ポケットへ入れた。
 話を聞くためだけなら、まるで必要のない小さな、もの。



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