許容/

 ただ。どこを見たいのか改めて訊ねる事が最適なのかどうか。ある意味神聖化の作業を経たキスの代わりに、息子が求める見たい場所。これまで入浴さえ当たり前に行ってきた母と子の間で、ちゃんと見た事がないと求める、場所。

「……」
「見たい、よ。母さんの」
「……ッ」
「あそこ、を」

 ……あ、あッ。
 唇は固く動かなかったが、心の襞ははっきりと徹の言葉に反応している。
 意識して隠す事がなかった。息子が幼いと信じて無防備に曝け出して来た。息子はきっと、脚と脚の間の繊毛の翳りの奥に覗き見て密かに昂ぶっていたに違いない。
 本来なら、現在の美希子と徹の間では一番密かに隠さなければならない場所なのに、だ。

「昼間慌てて、その……ああしちゃったけど。やっぱり母さんの事だから、ちゃんと知りたいんだ」
「ああ、徹……」

 雨に濡れた体で絡み合い、まるで自然に男と女を交わす寸前だった、廊下。
 そしてあろう事か、親しい友人の目前で遂に禁忌を犯してしまった、キッチン。
 しちゃった、という軽めの言葉が美希子をざわめかせる。破滅と共にあるはずの母子の行為を、あの生々しく動物的な交わりを、軽々しく言い放つ。そして、その無垢な物言いのまま、息子 徹は実母のいやらしい秘裂を見たいと訴えているのだ。

「じっくり、ちゃんと……母さんのあそこを、見たい、よ」
「だ……」

 やるべき事や言うべき事は決まっている。何をバカな、とはっきり拒否すればいいのだ。母の性器を見たいなど畜生の戯言だ、と親として激怒すればいいのだ。
 美希子はただ。これまでの無遠慮な色気や、繋がりを許容してしまった本能や、胎内での放出にさえ疑問を抱けなかった現実や、まるで下僕のように秘密の暴露を求め傅き奉仕した痴態が脳裏を千々に乱し、単純な母としての言葉も紡げなかった。

「ダメ……そんな事言っては、ダメよ」

 息子の顔も見られずに、弱々しい少女のように呟く。

「どうして?」
「どうして、って……親子で、そんな事考えちゃいけないわ」
「……母さんに、知りたいから見せて、って頼むのはダメな事?」
「そう、よ……色々、おかしくなってるわ私たち。だから、ね……?」

 まだここ数日間の、自分と息子の鮮烈な淫景が頭を駆け巡っている.
 キスも性器の観察も、そしてもちろんセックスもいけないという当たり前の常識。なのに美希子の語威はますます弱く小さくなっていく。

「そうなんだ……」

 すぐ隣の息子が、小さく吐く息。小さな小さな空気の波が、母である女の弱い肌を揺らす。

「じゃあ、さ」
「……ッ?」
「じゃあ……ゆかりさんなら見せてくれる、かな?」
「ッ!」

 徹の容赦ない言葉が、ずかずかと美希子の心へと躙った。
 最も想像したくなかった光景が、自らと息子との記憶にあっさりと上書きされる。少年に懇願され、息子との距離に困惑し、そして寝具の上で恥じらいつつ昂りつつ脚を開いてゆく、美しく艶やかな友人……。
 ゆかりと、その前に立つ少年。少年はゆかりの秘所を見て興奮し、猛り、そして。

「ダ、メ……!それは、だって……ッ」

 ゆかりは部外者だから?奇妙な焦燥感が美希子の心情を荒波立たせる。ならば、その代わりに近しい者がそれを受け入れていいのか?それが何より忌んでいるからこそ、先程まで必死に拒否していたのだ。
 求められる前に口淫さえしてしまうほど乱れてしまっている自分には、その説得力が薄れているのも悟っている。自分は嫌で、ゆかりならばいい。ゆかりはダメで、自分ならいい。自分もゆかりも絶対に許されない。どの選択肢も、ここ数日の色に浸からされた美希子には選ぶ事が出来ないでいた。
 体が震える。きっと徹は、じっと母の姿を見つめている。ゆかりの名を含んだ言葉は、母の本能的嫉妬を煽るためか、どうしても女の芯を知りたいと欲求するためか。そんな息子の表情を少しも見る事が出来ないでいる母には、分からない。

「……でも」

 優しい声が聞こえる。

「やっぱり、母さんじゃないとダメなんだ」
「……ッ」
「母さんのを、見たい」

 近距離の囁き。肌を撫でる緩い圧。心障りな名前の代わりに再び繰り返される母さん、という言葉。
 自分が拒否した先にゆかりの裸体があるのなら。自分はこの場で永遠に悩み惑い続けなければならない。しかし今、息子 徹は告げた。ゆかりではなく母のそれを見たい、と。

「世界で一番キレイで、可愛くて、大好きな母さんの、あそこを……見たい、よ」

 あ、ア……ッ。
 猥褻な響きを含んでいるのに、美希子にはその子供じみた告白しか届かなかった。鼓膜を揺らしたあと、すぐに女の芯を震わせるような素直な言葉。母性と性感が比例する不思議な感覚に、躰の奥が、嫌に熱くなる。

「わ、私も好きよ徹……でも、ああ、でもッ」

 しっかりと温度を持った言葉と共に、久々に息子の顔を見た美希子。

「ダメだよ……?キスしちゃいけない相手に、好きとか言っちゃ」

 真剣な表情より、少し微笑みを湛えている徹が、美希子には突き刺さった。母を眺め笑み、幼い理論を明け透けに語る、大好きな息子。

「そんな……違うわ。私は母親と、してッ」
「僕は母さんが大好きだけど、母さんは大事な人がいるんだから。好きとか、言っちゃダメだよ?」

 駄々っ子のような稚拙な言葉遊び。徹は男として母を大好きと語りながら、母親の親心から来る行為をむくれて拒否している。ゆかりの話題が絡まなくなったからこそ、母は、女はもどかしい。
 キスは出来ない。ゆかりには頼ませない。
 親としての好意を受け入れてもらえないからこそ、今出来る事は少しずつ減っていった。天秤の上で、母親の愛情という錘の向かいの皿に乗せられる、唯一の物。

「……とお、る」
「……?」

 見つめ合う。自然に、徹の微笑みも消えてゆく。

「いい、わ……見せて、あげる」
「えッ」
「いいわね、絶対に秘密……お父さんにも、もちろんゆかりさんにも」
「……見せて、くれるの?」
「ええ、だから」
「あそこ、を?」
「……ッ」

 ほんの数ミリの、頷き。唇を甘噛んで肯定する女。意外と短い時間でそれを行った美希子は、母としてなのか女としてそうしたのか自分でも判断できずにいた。

「マジで!」

 徹の動きは、笑えるほど素早かった。母の隣という位置をあっさりと捨てて立ち上がり、すぐに母の前にちょこんと正座した。ご褒美をねだる幼き子供のように、美希子の目前に座ったのだ。
 実母の淫裂を、見るために。

「ああ、とお、る……ッ」

 まだ分からないでいる。この無垢な姿は、女の肉と交わりたいという欲求のための仮の姿なのか、と。ゆかりの名を出し駆け引きする徹と、母に大好きだと連呼する徹は、短時間に並列してそこにいる。
 しかし、もう。美希子は許してしまったのだ。目前に瞳を輝かせて座る少年に、性器を見せる事を。


「……動かないで、少しも。いいわね?」
「……ッ」

 今度は、息子が無言で頷く番だった。母親とは違い、何度も何度もそれを繰り返す。
 微笑ましくはあるが、さすがに笑う事などできない。何より心臓は張り裂けそうなほど弾け、喉はあっさりと最大乾季を迎える。ゆっくりとした動作で、パジャマと下着のウエストを同時に掴んだ時、やはり心が痛かった。
 座ったまま、その両手に力を込めていく。このまま脱いだだけなら、パジャマの上着の裾に隠れて『そこ』は見えないだろう。
 逆に言えばパジャマ1枚だけ向こうに、息子の求める場所を隠す事になる。美希子が僅かでも美しい脚を開けば、そこに。
 葛藤と共に下がっていく2枚の布は、片足を2つゆっくりと通り抜けて、左手によって自身の横に置かれた。

「……ッ」
「……ッ」


 母と子の、生唾の音が重なる。母は緊張で、子は期待でその音を鳴らす。
 無言と、それを微かに遮る時計の音。互いの耳にだけ聞こえる自分自身の心臓の音。雨の、音。

「……徹」
「……うん」
「秘密、よ」
「……うん」

 既に挿入を行った母と子が、奇妙なくらい短い会話で、保証の無い行為へとはまり込んでゆく。

 ゆかりの囁きによって息子を男として意識し。
 近親を扱った本を見つけそれを咎められ。
 淫らな空間に変化したバスルームで揉まれ弄られ、尻を汚され。
 追われ、逃げ、やがて舌で唇で吸い、しゃぶり、胸さえ捧げ。
 傷つき汚れた包帯と強い雨に導かれ、互いの肉を重ね。
 ゆかりの前で、繋がった。
 そんな母と子が、男と女が。見せる母と見る子という関係で、終わるはずがない、深夜。

 息子の部屋。美希子は滾るような息子の凝視の先で、両脚にあらぬ力を込めていった。

「……ッ」
「……う、わぁ」

 見られて、いる。美希子は恥じらいの中で瞳を閉じ、息子の姿を捉えていない。だから興奮気味の徹の声が、逆に生々しく感じる。
 まだきっと、暗い部屋の中で数センチしか覗いていない場所に、徹は興奮しているのだ。自分でさえ処理の際にしか良く見ない場所を、実の息子が凝視し、感嘆の吐息を上げているのだ。

「母さん、すごいッ」

 抑えている声だが、感動は伝わる。自分の性器の何がすごいのか美希子には当然分からない。きっと、女の性器だから、すごいのだ。

「ああ、恥ずかしい……ッ」
「そんな事、無いよ……もっともっと、見たい」

 目を閉じている美希子の前で、息子の気配が動く。正座が崩れたのは間違いない。声が近づいたのも、現実。

「あ、あ……ッ」
「すごい……いやらしい、よ。大好きな母さんの、あそこ……」

 まだ開き続ける脚。男が告げるいやらしいの意味など、女は永久に理解できない。
 そして、また気配が動き声が近づく。
 娼婦のように股を180度開く事など、もちろん美希子にはできなかった。だから、約束と羞恥の境界である45度程度で、美希子は閉じていた瞳を開けた。

「……ッ!」

 息子 徹の姿は、もはや頭しか見えなかった。脚と脚の間に、それはあった。
 声を出さなくても、徹の昂ぶった呼吸は、実の母の繊毛をさわさわと揺らし始めていた。


ひとこと感想フォーム

戻る     /     進む