決意/
「……あッ」
小さな唸りが、それを上げた少年の母親の耳にも届く。でもそれはすぐに、濡れた音に埋没していった。
意識して舌を伸ばしたつもりは、美希子にはなかった。ただ確かに、女の舌は暗い空間で伸ばされ、息子の弾けそうな先端に触れた。触れただけでなく、やはり縋るように巻きついた。
息子が自分の場所を舐める濡れ音に浸りながら、美希子の舌は少しずつ蠢き始める。恐れるほど上げられていた喘ぎは、互いのそれを愛する事で収まっていく。
「う、ンッ、ん、んむ……んッ」
「うん、ふンッ……ちゅ、ちゅッ、ん、ふンッ」
女の肉を求める若い男の舌が、さらに奥に進むのは不思議ではない。しかし、子を産み育てた熟れる女が、若い男の太幹に新鮮に這い回る様は常識的ではない。事実、美希子はこれまでにない感覚を覚えまた奇妙に心を熱くさせていた。
角度が、違う。こんなのは、初めて。
夫と、こうなった事がないわけではない。若い恋人同士として、将来を誓い合った相手として、そして素敵な愛し児を生むためパートナーとして。夫とも刺激的な性を紡いで来た。69という数字で現されるこの行為を、照れながら笑い合った記憶さえある。
なのに違うのだ。同じ格好でする、違う性技。
舌の行き先。道程。熱さ、硬さ、そして鋭さ。夫との記憶にある体勢だからこそ、細かく比較するそれぞれの生々しさ。夫よりも若く、夫よりも熱心で……夫より逞しさを感じさせる、自分の舌が絡んだモノ。
「あ……んんンッ、ちゅ、うンンッ!」
女芯から溢れる快感に震えながら、しかし男のそれから艶かしい舌先を離そうとはしない、美希子。
暗い部屋で、血を分けた子と相舐めし合う母。それが自分なのだ。
よりにもよって愛する夫とあからさまに比べ、その結果心を淫らに滾らせている女。それが自分なのだ。
男に組み敷かれ、上半身をパジャマに包みながら下半身を露わにして、ボクサーブリーフから晒された息子のペニスの先端をいやらしげに這い舐める牝。それが、自分なのだ。
「母、さん……ッ、んむ、んむウッ、んちゅッ」
「あアッ、とお……るウッ!んちゅ、んッ、んッ、んうンッ!」
これまで犯した徹との口淫よりずっとずっと、昂奮している。声を上げる事が恐ろしかったはずなのに、もう今は舌を出してもなお漏れる濡れ声を止められない。止まらない声もまた、欲情を高める燃料となってしまう。
母と子が、互いの性器を舐め合う。ひどく不道徳であると自覚できるからこそ、美希子の心は惑い、肉は爛れるのだ。
ならば。
昼間ゆかりの前で行われた偶発的なものとは違う、もっともっと濃密な交接が、この後に待っているとしたら。
「ん、ひッ……とおる、うッ、ん、んン、んちゅ、んうンンンッ!」
鋭く突き刺さっていた息子の舌は、急に乱暴な様子で入り口の周囲を激しく這い回り始めた。母親の淫らな感応に混乱したか、あるいはその感応に新たな獣性が生み出されたか。明らかに乱暴に、母の襞肉はおろか素肌も繊毛さえも音を交えて舌に巻き込み啜る。ひどく猥褻に音を立て、啜る。
「ひッ、くッ、んんッ……ちゅ、ちゅ、ンンッ!」
叫びたいほど強烈な快感。身捩りするほど思いもよらぬ荒々しい舌撫。先程までの美希子なら、真下に眠る夫への発覚の恐怖に戦いていた事だろう。
しかし今の美希子は、目の前の逞しい物に素直に縋っている。沸き上がる愉悦は樹幹を深く呑み込む事で抑え、露見の罪悪感は互いの躰の密着で霧散させている。
子が啜れば母が蠢き、子が舐めれば母は巻きつく。男と女が、女と男の部分を、愛し合う。
互いが淫猥な愛撫に身を任せながら、その悦びに耐え相手を舌や口で刺激する行為。唾液や肉汁で濡れたくった性器に進んで塞がれているその口から洩れる声は、抑えられているからこそひどくいやらしく徹の部屋に響いた。夫に届かないほど小さく低い声。夫に届いてはいけないのに断続的に発生する声、音。夫に決して知られてはならない、母子の69。
「んーンッ、ん、はぁッ……母さん、かあ、さんッ、んちゅ、んンッ!」
「あ、あッ、あアッ……徹、徹ッ、とお、るゥッ!んふ、んふッ、んちゅッ、んむ、むうううンッ!」
名だけが微かに聞き取れる、下品な濡れ音に塗れた深夜の子供部屋。不意に秘裂を舐められてしまった時間と、相舐めに没頭してしまった時間は、どちらが長く続いているだろう。小さな波や火花に流されかけている美希子にはもう分からない。きっと息子 徹もそうであろうと思っている。
なのに不思議とこの不恰好ながら嫌に美しい体勢が、永遠に続くとは想像できていない。放出や絶頂によって突然終了する事も思い描いたりはしない。熱に浮かされたように行為に熱中する思考のどこかで、美希子はこの実子との秘すべき行為が、近いうちにまた変化する事を確信していた。
母である自分はそれを否定せねばならないのに、美希子という哀れな女はそれを望んでしまっていた。お互いに性器を愛し合い、お互いを激しく高め合う更に先にある、たった一つの行為。
「……んちゅ、ん、んふッ、んン、んちゅ、んんンッ」
だから、徹の舌が自分の秘所から離れ、徹の上半身が自分の躰から離れ、やがて接触している場所が自分の口内だけとなっても、美希子はひたすら息子の部分を舐り続けた。やがてそれも遂に離れる時、激しい口淫の余韻として透明の粘液が糸引く。もしかしたら自分のそこもそうであったかもしれないと反芻し、なぜかぞくり、とした。
「……は、ンッ」
小娘のような甘く短い吐息。激しい69に震えた身を、息子の匂いに包まれた簡素なシングルベッドに寝かせている。
足先のほうでゴゾゴソと動く徹の気配を感じながら、下半身を空に晒したまま惚けている。
このまま動かなければ、きっと徹は立ち上がり逞しい肉を生々しくこちらに向けるだろう。自分の身は静かに、しかし心臓と淫裂を熱くさせながらそれを迎えてしまうだろう。まるでそれが当たり前のように、美希子は躰を息子のベッドに横たえているのだ。
上半身を覆うパジャマが、煩わしい。無意識に意思表示するように、右腕が布地を這った。
カサ、ッ。
乾いた包装の音が、パジャマのポケットの中で、鳴る。
「……ッ!」
その音の発生源に思い至った時、美希子の道徳が不意に再起した。ここ数日間のいやらしい行為たちが、そして昼間リビングで起きた不意の性交が脳裏を駆け巡る。
母親である自分が、色に任せて最大の禁忌を薄ぼんやりと望んでいた、現実。それを恐れていたからこそ、この部屋へ至る前にこの小道具をポケットに忍ばせたのではなかったか。
避妊をしないまま、実の息子の精を迸るままに受け入れてしまったら。
まさしく寸前の自分のように、色に浮かされ素直に牡の精を望んでしまうような、ただの牝になってしまったら。
「とお、る……ッ!」
本能の凶宴の前、前段の沈黙に支配されていた徹の部屋。そこに酷くささくれ立った女の声が久々に上がった。上半身を必死に起こしながら、ベッドの足元で腰掛ける息子 徹に母 美希子は声をかける。
「……どう、したの」
静かな返事と共にゆっくりと立ち上がった徹。
ああ、やはり。美希子はまたひとつ息を呑む。
徹は母親の目の前で、生まれたままの姿になっていた。じんわりと汗を光らせた若々しく逞しい肌、そしてそれ以上に若々しく逞しい股間のモノ。少し前に熱心に舌を絡ませ口内で啜ったはずなのに、やはり鼓動を早鐘打たせる。女芯を昂ぶらせる。
だから、改めて怖れに震えた。自分が直前に自我を取り戻さなかったら、あれは有無も言わさず濡れそぼった母の胎内に突入して来たはずなのだ。そして突き入れられた女を狂わせながら、熱く濃く大量な精液を迸らせていたはずなのだ。
その結果どんな恐ろしい事が起こるのかなど、きっと微塵も考えたりせずに。
「待って、徹……こ、これをッ」
震える指先で、暗い部屋でも分かる距離に差し出した、白いビニールに包まれたコンドーム。きっと透過して、徹にも薄いグリーンのそれが見える事だろう。
これの意味が分からないほど、徹は無垢ではないはずなのだ。
「……」
徹はペニスを嘶かせたまま、母の指先にある小さな包みを見つめている。きっとその指先が震えているのも、しっかりと見ている。
「これを……着けなきゃいけないの?」
静かに、少しだけ視線をずらし母の顔に向かって囁く。熱に浮かされているのか、冷めているのか、どちらともなのか、どちらでも無いのか。
「そ……そう、よ。それが、当たり前なの」
声が震える。必要な事以外喋れないほど、美希子の思考は乱れている。どんな判断を息子が下すのか、まるで分からないままなのだ。
「……じゃあ」
徹が、距離を突然縮めた。若い肉体がベッドの上を弾み、母親の躰に正対する。差し出したコンドームの真横に移動した徹の顔は、母のうろたえた顔に向かって。
「それを着けたら、母さんとセックスしていいんだね……?」
ゾクゾク、とした悪寒。また美希子は、ひとつ禁忌の渦へと堕ち込む。
まるで、実の母と子が激しく番う免罪符として、指先の物があるように思えた。この部屋を訪れる際、敢えてパジャマに潜ませたその時の自分を呪い、哀れんだ。
セックスを拒むのでは無く、孕みの禁忌のみを怖れた自分。母子相姦を、まるで許したかのような、自分。
「……着けて。しかた、分かんないから」
微かに甘えが乗った囁き。コンドームを摘んだ手を下ろせば、それこそすぐに掴めるほどの場所に息子の怒張が存在している。
頭がカッカと脈打つ。ああ、自分は……息子とセックスをするために、避妊具を息子に装着するのだ。
セックス、するのだ。