受容/
「……へえ。そうやって、着けるんだ」
「ッ……」
母親の白い指先が震えているのを、子はどんな感情で見つめているのだろうか？
男に避妊具を装着するのは、多分2度目くらいだ。限りなく戯れに、おそらく夫に対してそうしたような気がする。
その朧な記憶が全て上書きされるほど、今美希子が行っている些細な動きは本人にとって常識外れなものだった。
昼間の恐慌はあくまで不意の行為であって、着けずに挿入されるなど沙汰の外の話だ。だから必死に乞い願って、辛うじて粘膜を隔てるゴムを息子に着けようとしている。この体勢になってしばらく経つのに、いまだ指のほんの少し先でひくひくと猛々しく嘶いている息子 徹のペニスに、母親自ら性の免罪を施そうとしているのだ。
「あ……すごい、ね」
先端が、肉色から僅かな桃色へと変化していく。甘い男の囁きは、やはり相手がまだ若い男である事を表していた。母の指が触れた事に小さく悶える息子が、美希子の戸惑いを倍化させる。だから、この避妊行為に集中するしかない。
「……っ」
「どうか、した？」
「な、何でも、ないわ……」
ただただ薄い人口粘膜を隔てて、熱くてたまらなく感じる男の先端。指先に伝わったその熱さから沸いた小さな溜息さえ、当の男はすぐに悟る。
抑えているつもりでも、ひどく昂奮しているのかも知れない。美希子はますますその白く美しい指を惑わせていく。
「……」
「ッ……」
必死に、冷静と余裕を装う奇妙な時間が続く。しっかりと猛った怒張にコンドームを着ける、本当に冷静ならばすぐに完了してしまう作業を、自分は嫌に迂遠に行なっている気がした。
実母子同士のセックスという禁忌を形式的に受容した以上、それを先導するのは大人であり母親である自分でなければいけない。しかし現出しているのは、震える指や生々しい溜息やたどたどしい動作しかない。
気がつけば無言になった息子 徹は、そんな母をどう見ているのだろう？息子を観察する事をその瞬間逃げ道としてふと選択した美希子は。
「……ん？」
「……ッ！」
優しく、小さな声。子供っぽい笑顔。そこまでは、実母が望んでいた姿だった。だが。
はっきりと、その瞳は暗いこのベッドの上で見て取れた。母親の指先や戸惑いをまるで捉えていない、ただひたすら母親の裸肉や色香を欲している、男の瞳。いや、それはもう、獣の瞳だった。
自分が無垢だった10代、20代。容貌や色気に無自覚だった時代。気がつけばそんな自分に向けられていた、周囲の男達の視線。学生時もあまり長くはなかった社会人時にもはっきりと感じられた。どんな状況でもどんな立場でも、紳士的な態度でありながらそこだけは隠せないという部分が瞳の色。
それは皮肉にも、美希子がそれなりの経験を経て、幸せな結婚を果たして、周囲と影響し合って大人になったからこそ判断できる事だった。まだ大人ではない徹は、その欲望を隠せぬまま、無遠慮にその瞳を実母に向けているのだ。
母親に対する純朴無垢かつ崇高な愛か。
目の前の豊満な女肉に対する野生的かつ単純な征服心か。
どちらの方向に向いていようとも、それは間違いなく逃げようのない男と女の番う関係。母と子が至ってはいけない関係。
「は、あ……ッ」
まどろっこしく進んでいたゴムが、ちょうど肉柱をすべて覆う事もできずに終端を迎えた瞬間、美希子は自然に吐息いた。徹の顔など見なければよかったと今更後悔し、すぐに視線を迷わせた。
躰が、儀式的に少し離れた。
できれば。優しい光であって欲しかった。母として、女として、そうあって欲しかった。しかしもう、そんな事は美希子には望めなかった。
後悔し、戸惑いを増しながら、なのに美希子はその身を暗く狭い徹のベッドに柔らかく横たえる。
やっぱりだめ。
否定や抗いの言葉は遂に発せぬまま、獣の瞳を続けているであろう男が躰に相対して来るのを感じている。
そんな自分が、徹と同じ瞳の色を宿していないなど、まるで自信が持てないのだ。
「ああ、母さん」
相変わらず声はひどく優しい。全裸の母親を組み敷いて、怒張を嘶かせて、目をらんらんと輝かせて、その上で優しく囁くのだ。
「……ああ、もう」
無言である事のみが堪えられず、美希子は息子の囁きに意味の無い言葉を紡ぐ。荒々しく、昼間のリビングでの狂乱のように貫かれたほうがよかったのかもしれない。
この部屋に忍んで来。
キスは拒んでも秘裂を晒し。
舌戯に身悶え相舐めに溺れ、 何よりも行為前提の性具を用意し、必死に息子に着けた。
女は間違いなく男とセックスをするために、ここにいる。
「このままで」
「……」
「このままで、行ける？」
「……？」
「えっと……入るか、って事」
単純な疑問だからこそ切実であり、母にとっては戸惑いを増す事。リビングでは他人の存在があるにもかかわらずピンポイントで中心を貫いて来た若い男が、きっとあの獣の色を瞳に湛えながら、熟れた女の脚が閉じている事に困っている奇妙な状況。聞いた母親は、組み敷かれて反応せずまた出来ずにいた母親は、息子のペニスはちゃんと自分のヴァギナを征服できるかどうかという事を、優しく心配しなければならなかった。
火照りはもう、際限なく拡がっていく。
「あ」
「……ッ」
美しく肉を纏った白い脚を、開くしかなかった。間抜けな語感の息子の声も、もう羞恥と別の場所に響いた。もともと距離が縮まっていた男と女の隙間は、すでに愛撫で高められていたからこそ、ほぼゼロ距離に至る。
ゴムに包まれてもなお形を浮き上がらせてひくひくと震える子 徹の勃起。
舌や、それ以外に沸く奇妙極まりない感情に潤み切った母 美希子の淫裂。
実の母と子のそれは、雨に濡れた体をくねらせ合った昼の廊下よりも生々しく相対した。
あの時のような熱に浮かされた言葉も互いに投げかけられぬまま、どちらかが腰にほんの僅かな力を込めれば何かが起こる体勢で、母と子は無言で、何故か不思議と、静止する。
物音が、した。
躊躇いや道徳心などでは説明がつかない肉体の距離が永遠に続くと思われた刹那、確かに階下から発せられた音が、美希子と徹に届いた。はっきりと、聞こえた。
絶望が具現化したようなその音や振動は、男と女を確かに恐れさせた。真下は夫婦の寝室。その部屋にただ1人眠っていた人物が、目を覚ましたという証拠。
美希子には、見えた。自分の上に位置している若い男の腕に、あからさまに緊張したのだ。野獣と化したはずの男の、嫌に人間らしい弱々しい動き。
「……」
ゆっくりとベッドから起き上がる。小さな灯りも点けずのそのそと立つ。切迫した様子もなく、とりあえずドアを開ける。廊下を同じように灯りを点けずに進む。トイレに辿り着き用を足す。
まるでルーティンワークのように進む物音。長い間その人物の一番近くにいるからこそ、その進行がいつもと違っていない事に、美希子は気づいた。
妻が隣にいない事など、それこそ徹の出産時に帰省した以来ないはずなのに、一瞬たりとて狂わないまま。水流の音、ドアが閉まる音、足音、ドアが閉まる音が続き、数メートル下の距離にいる夫は、きっと、そのまま。
「……えッ」
「……その、まま」
「かあ、さん」
「いいの。その、まま……あ、あ、あッ」
突然そこが触れた事に戸惑う男の声は、すぐに女の声に押されていく。そして、先端が濡れた泉に嵌り始めた頃には、『そのまま』の意味を本能的に昇華していた。
母が迎えた。息子はただそこに入って行った。夫が発した物音が、美希子を奇妙に狂わせた。
浮かした腰をシーツに軟着陸させた時、肉柱に巻きついた薄桃色は半分ほど消えかけていた。下階でベッドが軋み、そのまま自然に音を消していく。上階の母子は、まだ無音のまま、粘膜の接触を深く密にしていく。
耳の脇がじりじりと痛い。きっとそれは、道徳を削り取りながら堕ちていく痛み。遂に息子を、生み出した場所に嬉々として迎え入れる、感覚。道徳という物が薄くなると同時に増す、女の芯の悦び。母の、悦び。
生まれ出でた実の子が、自分の中に、また存在している。それどころか、気持ちいい、のだ。
「あ、あァ……徹、とおるッ」
いや、道徳が削られてなお残っているからこそ、この感覚は倍加していくのだ。文明人として一番の禁忌を自ら犯し、その上で露見の危険即ち身の破滅に直面しながらも、女の肉は禁忌と破滅に悶え始めている。
ずっとそれが、続くのだ。
息子のそれがもう進む場所を失った頃、押し出されるように自分の恥ずかしい液が肌を伝うのを感じた頃、0.何ミリか隔ててはっきりと息子の脈動を受け取った頃。
美希子は確信してしまった。血を分けた子と肉で繋がる恐ろしさ、そして恐ろしさゆえの、愉悦。息子がどう振舞おうと、自分が今のように腰を少しだけくいっと進めるだけでそれは始まり、きっと、ずっとそれが、続くのだ。
もしこれで、動かれでもしたら。